第4話 過去の記憶
中学一年の時、俺はまだクラスの中で目立つ存在だった。休み時間には周りに人が集まり、放課後にも何人かと一緒に帰るそんな学校生活を送っていた。
そんな中、俺は部活選びで美術部に入部した。
そのせいかよく周りからは、「なんで、美術部になんか入ったんだ?」とか「どうせならうちの部活来いよ!」とかそんなことをよく言われた。
こういう時は決まって
「単順に絵が描きたいんだよ、いいだろ!」
と笑いながら誤魔化していた。
誤魔化していたと言っても、絵を描きたいと思っていたのは本心だった。ただ、なぜ絵を描きたいと思うようになったかには理由があった。
それはある放課後、俺は任されていた仕事がやっと片付き教室に戻ってきた時、俺はある絵を見た。
それは一人の少女が夕日をバックに微笑んでいる絵だった。その絵に俺は完全に心を奪われた。
ひとつひとつのタッチが繊細でなおかつ、色の入れ方も絶妙なものだった。
それをまじまじと見ていた時、この絵を描いていた人、それと同時に俺が罪の懺悔をし続ける人となる静宮 葉月《しずみや はづき》に出会った。
「あの……何しているんですか……?」
この声がけで俺は彼女の存在に気がついた。
そこで俺は途端に、彼女に絵を教えて欲しいと頼み込んだ。
当然、彼女は俺の要求に困惑していた。いや、それ以上に怪しんでいた。
たしかに、怪しまれるのは納得だ。教室に帰ってきてからいきなりこんなこと言われたら怪しむなと言われる方が難しいに決まってる。
俺は必死に教えて欲しい理由を伝えた。
この絵を見て思ったこと、本当に素晴らしいかったと、思っていることを熱心に伝えた。
そしたら、彼女の目から涙がこぼれてきた。
「大丈夫!?、ご、ごめん余計なこと言ったかな?」
咄嗟の事だったので、焦ってしまった。
そしたら彼女はこんな言葉を口にした。
「ち、違うの……ただ、嬉しくって……今までこういう絵を褒めてもらったことなかったから。」
この時の彼女の表情を俺は一度たりとも忘れたことはなかった。
その後、よくよく聞いたらこの絵は自分で作ったキャラクターの絵だったと教えてくれた。
彼女は元々、こういう絵を描くのが好きならしくよく暇を作っては描いていたそうだ。
その日はたまたま活動をしている美術室が開いていなかったらしくこの教室で続きを描いていたらしい。
そして俺は、彼女に絵を教えてもらうためにこの学校の美術部に所属した。
人数としては俺も含めて五人という少ない人数で活動していた。二年生の部員はおらず、三年生が三人、一年生は俺と彼女の二人、このような環境であった為、俺は自然と部員の人達とも交流が増えた。三年生の先輩達も笑顔で向かい入れてくれた。
今まで自分がしてきた人付き合いとは少し違い、戸惑いながらもすごく楽しかった。
放課後での活動、たまの休日に外で風景画を描く活動、そのようなことをしながら早くも一学期が終わった。ここで三年生の先輩達は引退し、俺と静宮での二人での活動が始まった。
他の部員がいなかった為、部長は静宮、副部長は俺、他の役割はそれぞれできるときに回していこうというかたちになった。
ある日、二人で学校の屋上で絵を書いていたとき
「少しは上達したかな……」
「前よりは、すごく良くなったよ!! あとはもう少し色の入れ方とかを試してみよう!」
毎日、描き続けていた俺だがなかなか絵を上達させるのは難しくいつもこうやって静宮にアドバイスを貰っていた。
「水郷くんは……毎日部活に来てくれてるけど、他に友達とか大丈夫なの……?」
これが静宮の口癖のようなものだった。
いつも、俺の人間関係のことを心配してこう聞いてきた。
「だから、大丈夫だって! 俺はさ、好きでここに来てるんだ。静宮と絵描くの楽しいからさ」
「そっか、ごめんね。毎回変なこと聞いて……」
「いいんだよ、心配してくれることは、それよりさここのやつなんだけど……」
こういう何気ない日々が俺にとっても静宮にとってもすごく楽しかった思い出だと思っている。
それから段々と、仲も深まっていき俺も静宮のことを葉月と呼ぶようになった。
ここまでのことを、一旦すずめに全部話した。
この話を聞いたすずめは「なんだか、すごいイチャつきはを聞かされているような感じなんだけど……、一応、私結月君に告白した身なんだけどな……」と少し、不満げな顔をしていた。
そこに関しては、本当に申し訳ないと思っている。
(ただ、ここからなんだ……、俺がこうなった原因は)
そう思いながらまた薬を取り出し、水で飲み込んだ。
「すずめ、本題はここからなんだ……覚悟して聞いてくれ……」
そして、とうとうずっと閉ざしてきたあの時を自分の手でこじ開けた。
それからというものいつものように美術室で俺と葉月でそれぞれお題が出たものを描いていた。
その途中で、葉月が席を外し美術室で俺は一人で絵に没頭していた。その中で鉛筆を変えようと席を立ち、鉛筆が閉まってある引き出しに向かおうとした。
その時に、机に足を引っ掛けてしまい、上に置いてあった俺と葉月のカバンが落ちてしまった。
俺は慌てて、カバンを元に戻そうとした。すると葉月のもう一つ持っていたハンドバッグがちょうど開いていたのか中身が溢れ出てしまい、中からはずぶ濡れになった体育着と下着が出てきてしまった。
これはまずい、と思い急いでカバンの中に戻した。ただ、片付けている中で一つ引っかかった。
(今日って、雨振降ってなかったよな……。それになんで葉月は着替えを持ってたんだ……。)
明らかに不自然だった。しかもどう考えても濡れすぎていた……。
それにもし、バケツをひっくり返してこのようなことになったのなら笑いながら俺に話していたはずだった。
そう思ったが、なかなか本人には聞けなかった……。本当にそうだとしたら……、という不安が俺の口を開かせようとはしなかった。
でも、それから葉月のことをクラスで気にかけるようになった。他につるんでいたやつには部活のことだと嘘をついて、休み時間にずっと一緒にいた。当時の自分のクラスでの立ち位置である人間が近くにいるとなかなか迂闊に手は出せないだろうと思ったためにしたことだった。
当時はこれでなんとか防げると思い込んでした……。でも、そんな気持ちの甘さが彼女を地獄へと連れられてしまう道を作ってしまった。
それからだんだんと葉月は部活に遅れてくるようになっていった。
いつも「ごめん、遅れた〜。」と笑いながら部室に入ってきた。でも、今思えば葉月の笑顔は普通じゃなかった……。あんな、あからさまに張り付いたような笑顔……、何であの違和感に気づけなかったのかずっと後悔している。
そして、あの日……。あの、俺がずっと止まり続けているあの日になった。
あの日も普通にいつものように美術室で活動をしていた。あの日は初めて俺一人で描いた絵が完成まじかでずっとそのことを気にしていた。
(絶対に、葉月に見せて喜んでもらう……。)
このことだけが頭の中にずっとあった。そのためか、注意が足りていなかったのかもしれない……。
あの日はいつもと比べて帰りが遅くなり、窓の外の日も落ちそうになっていた。
そして、これからする二つ選択の間違いが小さな正解と大きな失敗を生むことになる。
完全下校時刻の知らせのチャイムが鳴り、俺たちは慌てて片付けをし、窓を閉め、カバンを手に取った。
この時に俺はカバンを葉月のものと取り違えた。学校指定のカバンのため急いでいるとなかなか気が付かなかった。
それから二人で美術室を出て扉のカギを閉めた。
そして、いつもだったら俺がカギを持ち歩いていたはずだったのにあの日だけは朝早く来たいからという理由で葉月にカギを渡してしまった。
持ち歩いている鍵は、美術室の鍵、校舎玄関の鍵、そして屋上の鍵だった。
それからいつものように途中の分かれ道まで一緒に帰っていた。そこまでは全くいつもと変わらなかった。ただ、別れ際に「水郷君、さようなら……。」それだけ言ってその時は別れた。
そして、うちに帰ってからお風呂に入り、晩御飯を食べ、自分の部屋へ行き、夜七時を過ぎようとしていたので次の日の予習でもしようと思いカバンを開けた。
そこで葉月とカバンを間違えていたことに気がついた。
(あ〜、やっちまったな……。)
初めはただ間違えてしまったと思っただけだった。でも、何故だか異様に教科書に汚れが付いていた。
(葉月は、こんな汚し方はしないはず……。)
何に対してもそうで、自分が管理している道具は全て綺麗な状態を保たれていた。いつも隣にいたからわかった。
(この汚し方は葉月じゃない……)
そう思って咄嗟に、中から教科書を取り出し中を開いてみた。
そしたら……、中には落書きがそこらじゅうに書かれていて、教科書の書いてある文章も塗りつぶされていたり、いくつもの暴言が書かれていた。
それも、持っていた教科書全てに……。
これを見た俺は、すぐさまカバンを持ち携帯を持って家を飛び出して行った。
カバンを持って走っていると、葉月から電話が鳴った。
「もしもし、葉月!! あの……カバンを……」
息を切らしながらも葉月の電話にでた。
「水郷君、今までありがとう。」
「は? 葉月、何言ってんだよ。」
この言葉を聞いて俺の頭の中にはすごく嫌な予感がした。
「ううん、ただお礼を言っただけ。水郷君だけは私を見捨てずにいてくれた。ずっとそばにいてくれたから。」
「だから、何言ってんだよ! そんなの当たり前だろ!! 今、どこに……」
そういった瞬間に電話に風の音が入り込む。
(この風の音……、あ、学校の屋上だ……。)
それに気づいた俺は、学校の方に足を向けて死ぬ物狂いで走った。その間にも電話を続けた。
「ねえ、水郷君。私、楽しかったよ。水郷君と一緒にいるときは生きててよかったって思えた。」
「なら、これからもそうしよう!! 一緒にまた、二人で……」
これからも一緒にいようって、いたいって
だが、返ってきたのはとても受け入れ難い答えだった。
「ごめんね……。もう、限界になっちゃった。」
「まだ間に合うから!! 俺が葉月を守るから!! だからこれからも一緒にいよう!」
「ダメだよ……。そんなことしたら……今度は水郷君も私みたいになっちゃう……。」
涙ながらに葉月の言葉が聞こえてくる。
(こんな時にまで、人の心配して……。)
俺は必死に走った、走り続けた。もう体力の限界がきているのは十分わかっていた。でも葉月を助けたい、その一心で足を動かし続けた。
そして、学校の目の前まで来た。まだ電話は繋がっていた。
それから何とかして校門をよじ登り学校の敷地内に入った。
「じゃあ……ね……、ありがとう。」
その声が聞こえたあと、電話からは声が聞こえなくなった。
「葉月頼む!! お願いだから、やめてくれ!」
そして屋上の方へ目を向けると、葉月が飛び降りる瞬間にあってしまった。
「あぁ…!、葉月ーーー!!」
そう叫んだあと、俺は呆然としその場に膝から崩れ落ちた。それから地面に這いつくばるようにして葉月が落ちた場所に駆け寄っていった。
「あぁ……、葉月……。」
葉月が倒れている近くにより、抱き寄せた。
涙が止まらなかった……。どうして止められなかったんだと自分を責め続けた。
それからすぐ我に返り急いで救急車を呼んだ。幸い、落ちる途中で木に引っかかり致命傷は免れたとのことだった。だとしても、緊急手術が必要ということで、急いで運ばれていった。
そして俺は、この事故に対して一部始終を見ていた重要参考人として、警察に連れていかれた。
連れていかれた俺は、知っていることを全て話した。話した時はこれで、全てが明らかになると思い込んでいた。
でも、現実はそんなに甘くはなかった……。
それから、全てを話し終わった俺は親に警察に迎えに来てもらい家へと帰った。
そして、次の日の朝、俺は冷や汗を流しながら目を覚ました。何度もフラッシュバックしているあの瞬間が夢の中にも出続けていた。
親には休むかとも言われたが、学校に行って葉月にあんなことをしたやつは誰だったのかを確かめたかった。
そしてなんとか自分の足で学校に向かい、教室までたどり着いた。
教室では、学校の校庭に規制線がはられている話題で持ち切りだった。
そして何人かの友人が俺に対してその話題を振ってきた。俺はそれを何とか流していた。
そして、朝のホームルームが始まり担任が教壇にたった。
「え〜、今日の校庭に規制線がはられている件についてですが、昨晩ちょっとした事故が発生したことによるものですので、変な詮索をしないようにお願いします。それと急ですが、このクラスにいた静宮葉月さんですが、今日限りでこの学校から転校するという形になりましたので、よろしくお願いします。」
俺は、担任の発言に対して声を荒らげた。
「待ってください! ちょっとした事故ってなんですか!! それに……。」
「結月君、静かに。それと、結月君この後職員室に来てください。」
いきなり声を荒らげたことによりクラスのみんなは驚いていた。でも、怒りが収まらなかった。
あのことがちょっとした事故だなんて納得がいかなかった。
それから職員室に連れていかれ、学年の教師全員と校長の前に立たされた。
そこで話されたのは、とても信じられないものだった。
「結月君、君は昨日のことについて詳しく知っていると思うが、このことについては何も言及しないでもらいたい。」
「は? どういうことですか!?」
何を言い出したのかと思った。その先も教師たちの言葉が続く
「だから、一切口外しないでもらいたいということだ。君が知っている一切を、そして静宮葉月に起きていたこと何もかもをだ。正直に言って、自殺未遂者が出たなんてとてもじゃないが郊外はできない。マイナスにしか繋がらんし、それに……、いじめともなればよっぽどだ。」
(嘘だろ……。こいつらは、生徒一人のことよりもそんなことを優先するのか……。)
「そんなこと呑めるわけないじゃないですか! 本人の意思はどうなるんですか!? 葉月一人のことなんかどうでもいいって言うんですか!?」
「結月君、頭のいい君にならわかると思うが、死に絶えそうな一人の生徒よりも、これから未来がある加害者多数を守った方がいいってことは理解出来るはずだ。少なくもとこの件に関わっているのは五人以上いるだろうからね。」
この言葉を聞いて俺は絶句した。この時点で何を言っも無駄だということを悟った。
それから先も、何度も言及しないように言われたが一切返事をせずに聞き流し続けとうとう職員室を追い出された。
(絶対に納得なんかしてやるもんか……。)
そう心に決めた時、階段の方から女子数人の話し声が聞こえてきた。
(……? いくら自習とはいえ、こんなところで会話するか……?)
そう思いながら近づいていくと、気になることが聞こえてきた。
「ねえ!! あの静宮死んじゃったらどうするのよ!」
「私も、まさかここまでになるとは予想してなかった……。」
(なんだコイツら……、なんで葉月の話を、しかもこんな場所で……)
その時に俺は勘づいた。こいつらが葉月をいじめていたやつじゃないかって……。
それを確かめるためにも俺は聞き耳を立てながら、バレないギリギリの所まで近づいた。
「ただ、これからどうするの! 私達バレたらもうこの先の人生終わりだよ!!」
(やっぱり、こいつらが……葉月を……。)
それを確信した時、俺の中には今にも爆発しそうな怒りが登っていた。でも、ここで出たら掴みかけているしっぽを逃すことになると思い必死でこらえた。
そこで、一人の女子が声をあげた。
「でもさ、バレなきゃいいんでしょ~。しかもバレたところで自殺したのはあいつ自身なんだし、特に問題ないって。あれがどうなろうと、私には関係ないし。」
この発言が俺の中にいる悪魔を呼び出した。もうどうにでもなれと思い、俺はヤツらの前に立った。
「おい! 今の話、どういうことだ!!」
俺が物陰から出てきたことにより、さっきまで自分のことを心配していた二人は完全に黙り込み俺と目を合わせようとしなかった。
ただ、一人は違った。やつは周りの様子を見てから、ふっとした瞬間に表情が変わった。
そしてなんの前触れもなく俺に話しかけてきた。
「君、結月水郷くんだよね〜。クラスのみんなが結構話題にしてるからさ〜。目立つ方だし、運動できるのに友だちの勧誘みんな蹴って、何故か美術部に入ってるって。」
(なんだ、こいつ……。一体、なにを考えるんだ。)
「質問に答えろ! お前らがさっき言ってたこと……、葉月にあんなことしたのは、お前らなのか!」
「へぇ〜。全部知ってるんだ……。なら隠す必要ないか。そうだよ、静宮さんを体育の後池に落としたり、文房具折ったり、他のことしたのも全部私たち。」
俺は我慢できなくなり、やつの胸ぐらをつかみ叫んだ。
「ふざけるなよ! なんでお前は笑ってんだよ! お前らのせいで、葉月は……」
言いながら、動悸が止まらなくなり冷や汗が出てきた。
その瞬間にあの時のことを思い出した。
「なんで、私たちにキレてんの……? 死のうとしたのなんて、アイツの勝手だし、それに自殺したやつが結局一番悪い。頭のイイあんたならわかるでしょ。学年トップの人気者優等生さん……。まあ、結局ああなっちゃったらあんたの助けも無駄だってってことだけどね。」
「……ック、ふざけるんじゃねぇー!!!」
俺の限界は完全に突破していた。だからもう止められなかった。
俺はやつを殴り飛ばそうとしていた。ただ、その瞬間やつはフフっと笑ってから、とんでもない行動にでた。
「キャーー! 誰か助けて!! 結月君に殺される!!」
その声を聞いて、生徒が覗きに来る。そして教師が俺を取り押さえに来た。
(ふざけんな! 放せ!! コイツ、コイツだけは……!!)
俺は必死に逃れようと、暴れた。でも五人の男性教員に取り押さえられ、身動きがとれなくなった。
この行動がきっかけで、俺は学校で完全に浮いた……。クラスでも居場所はなくなり、学校全体では何もしていない女子に暴力を振るおうとしたやつだというレッテルを貼られた。
やつは学校側に、俺と話をしていた途中で急に切れて暴力を振るおうとしたと説明していたらしい。
学校側はそれを一切疑わず、暴力事件として処理した。
それから一週間後、俺は母親と一緒に呼び出されて、謝罪をさせられた。母さんも一緒に頭を下げた。正直に言って、申し訳なくて、何より悔しかった。
そして、家に二人で歩いて帰り玄関の前で、俺は膝から崩れ落ちた。
「母さん……。もう俺、学校行きたくない……。」
俺は久しぶりに母さんの前で涙を流した。相当、みっともなかったと自分でも思う。
でも、母さんは抱きしめてくれた。
「大丈夫、母さん達は信じてるから。水郷が一方的に暴力なんか振るわないって。あんな学校、もう行かなくていいから……。それに、私は水郷のためだったら、どんなに泥を被ったって守っていくって決めたから。ほら、だから大丈夫!!。」
その言葉を聞いて、安心しきった俺はひたすら泣き続けた。そんな俺を母さんはずっと大丈夫だから、と言い続けて慰めてくれた。
その次の日から俺は学校に一切行かなくなった。このことを知った父は学校に抗議しに行こうとしたらしいが母が全力で止めた。
あとから聞いた話だったが、あの事件の後、母は俺がそんな一方的に暴力なんか振るうはずがないと、何度も学校に説明していたという。その事を聞いた父は俺の部屋に来て、
「水郷、あんな学校もう行かなくていいから安心しなさい。その代わり、きちんと勉強はするんだぞ。ちゃんと、ネットの授業とかは工面してやるから。」
「わかった。ありがとう、父さん……。」
俺の様子を見た父は少し安心していた。
そして、俺は二年間家でずっと勉強し続け、精神科に受診にも行きあのトラウマのことを打ち明け、一応薬を渡された。
メンタルがボロボロになった時は辛かったけど、工面してくれた親達のためにと思って勉強し続けた。
そして、受験の季節となり俺は、ここから少し離れたある程度偏差値が高いとされている今の高校を受験した。
志望した理由としては、同じ中学の奴らと会いたくなかったからというどうしようも無いものだったが、父はその高校なら問題ない、むしろ嬉しいくらいだと言ってくれた。
幸い、この高校は、ペーパーテストだけで入れるというメリットと勉強はできる方だったので俺にとっては好都合だった。
そして、今、俺は一人で学校生活を過ごしている。
ここまでの話を俺は、すずめに話した。話し終わってまた、薬を水と一緒に流し込んだ。
「大丈夫か……? ごめんな、こんなことを聞かせて、ただこれが今の俺を作った全てだ。」
「うん、大丈夫。それで……その、葉月さんはどうなったの……?」
「わからない……。元々家族同士の付き合いではなかったし、どこにいるのかまでは……ただ、亡くなってはいないと思う……。」
信じたいに近いのかもしれない……。もし亡くなっていたら……。一瞬その考えがよぎったが思考するのを辞めた。
「すずめ、だから俺はお前とは付き合えない。今の俺は、すずめと対等に付き合えるような価値のある人間じゃない……。」
この話をしたのは理由がある。
俺から離れてもらうため……避けてもらうため……
こんなことをずっと引きずって落ちていったやつと一緒にいるなんて絶対に嫌なはずだ。
それに、あの頃の俺はもういない……のだから。
「そんなの、理由になってない!! 私納得できないよ! 対等にってなに!? 私はそんなこと思ってないよ!」
叫んだすずめの声に一瞬びっくりして、俺は固まってしまった。
頼むから……嫌いになってくれよ……。
「俺は、もう決めたんだ。人と関わらないって……、俺が関わったらまた何か起きそうで……、今の俺は守ってあげられる力もない……。」
「私はそんなこと気にしないよ!! 守ってもらわなくていいから、たとえどんな事があっても私は結月君とお付き合い……したいの。結月君と一緒にいられたら、どんなに幸せなんだろうってずっと思ってた。でもなかなか自分から逢いに行く勇気がなくて、そしたら高校の入学式の日に結月君を見つけて、すごく嬉しかったんだから!!」
そんなにずっと思っていてくれてたのか……。
正直に言って、嬉しかった。でも……
「今の俺はもう……あの頃の俺とは違うんだぞ……」
すずめが好きになってくれたあの頃の俺はもういない……。あの時、すずめに手を差しのべた俺は……もう。
「ねえ、結月君。二週間ぐらい前の朝、電車で痴漢にあっていた人助けてたでしょ……。あれ、実は私だったんだ……。」
「……えっ。」
覚えている。あの日はいつも通り電車に乗り学校に向かっていた最中だった。俺はいつものようにつり革につかまって到着するのを待っていた。
そこで一人、同じ高校の制服をきている生徒が目に入った。目を合わせないようにしようと、目線を違う方向に向けようとしたが違和感に気づいた。
近づいてみたら、やはりというか……だから俺は証拠をスマホの写真で撮り、そいつの襟を掴んで次の駅のホームで下ろし駅員に諸々の説明と証拠を提示してそいつを突き出した。
そのとき生徒の顔をよく見ていなかったから気づかなかった。
「あの時、私怖くって声もあげられなくて、でも結月君が助けてくれた。あの時に私思ったよ。結月君はあの時のまま優しい人だったって!」
そう言っているすずめの顔は笑っていた。
それを聞いて俺の目からは涙が滴る。
な、なんで……涙が……
「ずっと、つらかったんだよね。大丈夫、今は私がいるよ。」
そう言って慰めてくれるすずめ、昔は逆だったのにな……。
そして、少ししたら涙は止まり普通に話せる状態に戻った。
そこで、もう一度すずめは俺に告白をしてきた。
「じゃあ、結月君。改めて言うね。スゥー……私のか、彼氏になってください!! 私、今の結月君の助けになりたい! これからずっとそばにいたい。」
こう言ってくれたことは、素直に嬉しい。ここまで素直に話せたのはすずめだけかもしれない……。
でも、今の俺の気持ちをすずめに話した。
「ごめん。正直俺はまだ、すずめのことをそういう風に思ったことはなくて……、だから付き合うっていっても……。」
そう我ながらうじうじしていると、すずめが顔をグッと近づけて
「絶対に結月君が私のことを好きになるようにしてみせるんだから!」
とハッキリと言い俺はその推しに負け、
「わかった、じゃあ……よろしく。」
あっさりとOKを出してしまった。
「うん!! よろしく水郷君!」
すずめは嬉しさいっぱいの笑顔でよろしくと言ってきた。
あれ……? 今、水郷って……
「水郷君は、私を名前で呼んでくれないの……?」
そう言いながら、俺に近づきあと数ミリで接触するようなところまできて俺を見上げてくる。
たしかに昔から俺になにかお願いをするときにはこうやってきたけど、今やられると……、いろいろが近くて……反応に困る!!
「ずっとすずめって呼んできたから、まだ慣れなくて……、少しづつでいいか……?」
「しょうがないな〜わかったよ!! 」
そしてこの日は俺にとって……一生忘れられない、俺の時間が再び動き始めた瞬間になった。
〜続く〜
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