第12話 私からみた水郷君(1) 〜火帆side〜

 私は水郷君が好き。その想いが宿ったのは小学生の頃だった。当時の私は、人に話しかけるのが苦手で、何をするにも人の陰に隠れていた。


そんな隠れている私の前に立っていたのが水郷君だった。彼はいつも私の目には輝いて見えた。


私が苦手とする人に話しかけること、友達になること、勉強も運動も何もかもが、彼にとっては苦手というより、一つの楽しみのような感じだった。


こんな私が、どうして水郷君といつも一緒にいたのかは一年生のときに同じクラスになったことがきっかけだった。

隣の席にいた私に話しかけてくれたことが全ての始まり。最初は相づちぐらいしか出来なかったけど、だんだんと自分のことも話せるようになって、一ヶ月も経つ頃には、常に一緒にいるようになった。


いつも一緒にいられたこのポジションは、私にとってすごく特別なものだった。好きな人の一番近くにいられるこの位置は絶対に誰にも譲りたくなかった。


水郷君は当時から人気があったから、高学年になるにつれて嫌がらせも増えてきてたけど、必死で耐えた。


でも、そのときに言われた一言が私を変えた。

「あんたみたいな、人の陰に隠れてコソコソしてるようなやつ、絶対結月君には似合わない。」


今でも頭に残ってる印象的な一言。

これを言われてから、一時期水郷君から距離を作っちゃったこともあった。私じゃあダメなのかなって落ち込んだ日もあった。


六年生のときは違うクラスになっちゃったけど、それでも水郷君は私との関わり方を一切変えず、六年間ずっと一緒に過ごしてくれた。


でも、ここで私は決意した。中学生になったら、水郷君の隣に似合うような私になる。いつか並び立てるように、それまでは告白はしないって心の中で決めていた。


だから恋愛ものでよくある、卒業式の日の告白をすることはなかった。当の水郷君は何人かに呼ばれていたようだけど、誰とも付き合ったって聞いたことがないから、たぶん断ったのだと思う。


ただここで私の思い違いが起きてしまった。水郷君の住んでいる地区では、私の通う学校は校区外だったこと。


これによって私は水郷君と離れ離れになってしまった。最初はすごく落ち込んだけど、逆にこの三年間のうちに今の私からさようならをしようと決意した。


まず、決心してからの最初の一歩が一番大変だった。隣の席の人に自分から声を積極的にかけてくように心がけた。水郷君が私にしてくれたように。


最初はあんなに緊張したのに、ただこれが不思議なもので、回数を重ねる度に自然と、段々と笑顔になっていった。こうやって他にもクラスメイトと交流を重ねていくうちに何人かのグループにも誘われるようになれた。


こうしていくうちに、私の中にも段々と自信が芽生えてきた。理想としている私にどんどん近づいてきている、そんな気がしてきた。


この頃から、私も告白されることが増えてきた。

人に目を合わせて話す癖があったから、そのせいで勘違いさせてしまったこともあったみたい。


でも、どんな人から告白されても、水郷君のことが私の頭から離れなかった。


友達からも「まだ、その子のこと忘れられないの? 乙女だね〜。」とよくイジられた。


でも、心のどこかではもう逢えないかもしれない、水郷君にも好きな人がいるかもしれない、そういう不安がずっとあった。


理想とした私に近づくにつれて、だんだんと水郷君との距離が離れていっているようなそんな感覚に襲われた。


それから、そうやって人付き合いや学校生活のことばかり考えてきた私にも、二年生の冬、進路選択のときが来た。


理想の私になることと、水郷君のことしか頭になかった私には正直進路のことなんて考えたこともなかった。


進路選択の用紙は、配布されてから一週間経っても空欄のまま。今の成績でいける安全なところ一本に絞る。そんな考えが私の中にちょこっと出てきた。


でも、それでいいのかな……。

そんな考えのループに陥っていた。

そのときふと頭に降ってきた疑問があった。

『結月君は、どんな学校に行くんだろう……。』


こんなときになっても水郷君のことがずっと離れない私に少し呆れてしまった。


もう、忘れられてるかもしれないのに……。

ただ執着してるだけなんじゃ……。

この進路を考える瞬間のときは、また昔の私に戻ってしまっていた。


ここからは、水郷君にも話していない秘密。


そうやって堕ちていってるうちに、進路選択の用紙の提出日まであと二日となってしまい、この土日でどうするか、一旦決めなくてはならなくなってしまった。


机に突っ伏していても、何も思いつかず、息抜きのためにも一旦外の空気を吸ってこようと思い、コートとマフラーを身に着けて外に出た。


行く宛てもなく、ひたすらに歩き続けていると、私の目の前のバス停にバスが止まった。

この日はなんだか少し遠くに行きたくて、目の前に止まったバスに私は迷わず乗った。


特に行くあてもなかったから、適当なバス停に着いたときにそこで降りた。そこから、また目的もなく道をひたすら歩き続けて行く。そんなことをしていても、いい考えは全く浮かんでこない……。


私は身体も心もどんどん冷え切っていった……。


そんなとき、前から歩いてくる人に気づかず私たちはぶつかってしまい、その人は手に持っていた封筒の中身を道にばらまいてしまった。


「あ、ごめんなさい……!! 私、前あまり見えてなくって!!」


「あ、いえ、ぶつかってしまったのは、僕のせいでもあるので気にしないでください。」


そう言いながら、封筒から出た用紙を拾い集める男の子。私も申し訳なくなって一緒にその紙を拾い集める。


拾いながら目にしたその紙は、中学生模試と書かれた解答用紙だった。

そこから、名前の欄に目を通す、そこには見覚えのある名前があった。『結月 水郷』


あれ……? 結月君と全く同じ名前……。

私が見間違えるはずのない、ずっと思ってきた人の名前が、そこにあった。


「すみません、拾ってくれてありがとうございました。」

そう言って顔を上げる、そこには私に希望を与えてくれた、その人が目の前にいた。


「結月君……。((ボソッ…」


「? 何か言いましたか……?」


ハッと気づき、私は口元を抑える。どうやら反応的に私だって気づいていないみたい……。


「あ、あの……!! それって模試ってやつですか?」


「え、あぁー、はい。中二にもなったので、そろそろ受けてみようかなって。」

間違いない、絶対に結月君だ……。声は変わってて気づかなかったけど姿ですぐにわかった。あのときより身長も伸びて、さらにカッコよくなっててちょっとドキドキしてしまった。


ただ、あのときに水郷君から発せられていたオーラはすっかりと消えていた。雰囲気はちょっと変わったような、そんな気がした。


手元の封筒を見て、水郷君もしっかりと進んでいる、それに比べて私は、ずっと止まったまま……。結局あの頃から何も変わってない……、そんな気がしてならなかった。


「あの……? どうかしましたか……? 何かあったとか……。」


「……え……? 」


「あぁ、すみません。気にしないで下さい……。」


そう言って私の前から去って行こうとする水郷君。

ここで別れたら、もう二度と逢えないかもしれない……、その想いがこのときの私を動かした。


「あ、あの……!! あ、あなたはもう、志望校とかって決まってるんてますか……?」

今思い返しても、初対面の人にこんなこと聞かれたら、警戒して逃げてしまうようなそんな酷いものだったと思う。


「……え? 志望校……?」

それを聞いた水郷君は、やっぱり最初はちょっと不思議がってた様子だった。


それでも、この神様が繋いでくれた縁を、ここで途切れさせたくなかった。

「わ、私はまだ何も決まってなくって……、でも、そろそろ決めなきゃいけない、時期になって来てしまっていて……、何か教えてもらえたらなって……。」


「何かを……ね……。」

やっぱり戸惑っていた。ここで断られたら、もう諦めようと思った。初めての恋を……。


「教えるというか、そんな大層なことは出来ないけど、ちょっと何かを伝えるくらいなら、出来ると思うけど、それでもいい……?」

でも、返ってきた応えは、私との縁を切るものではなかった。


絶対に逃すわけにはいかない。そう心に誓った、この縁を……。

「は、はい……!! お願いします!!」


このときに聞いた、わけのわからないお願いに水郷君はしっかりと答えようとしてくれた。


「何かそこに行きたい理由を、見つければいいと思うよ! 理由はなんだっていいし、自分の好きなように選べばいいと思うから、まずは理由探しをしてみるのもありかもしれないよ。」


そこに行きたい理由……。理由……、理由……、私が今まで頑張ってきたのは、水郷君がいたから……、これ以外に理由なんて……。


「今は全く想像できなくて……。良ければ、あなたがその学校を選んだ理由を参考までに、教えてもらえませんか?」


「これを言っちゃうと、ほぼ志望校を教えるようなものになってしまうけど、ペーパーテストのみの成績で入学できるから、かな。」


「それって……、あの……。」

その特徴を持っている高校を私は知っていた。友達もそこを受けるって、聞いたことがあったから。


それが今私が通っている櫻木高校、これを聞いたときは、やっぱり頭良いんだと心の中で思った。櫻木高校はうちの地域の中でも、結構良い成績じゃないと入学できない進学校って言われていた。


でも、この区域からは少し遠くて進学する人は少なかった気がする……。


「そう、思い浮かべてるところで合ってると思うよ。」


水郷君なら、余裕で合格なんだろうなと思ったそのとき、私の頭にこんな考えが浮かんだ。


「あの……、理由って何でもいいんですよね。」


「あぁ、どんな理由であれそれが実れば、きっと後悔はしないと思うから。」


「わかりました、ありがとうございました……!!」


その言葉を聴いて決心がついた。

私は、結月君が行こうとしている高校を受験する!!


それから家に帰って、すぐに用紙に志望校を書き入れ、両親にも報告をした。


両親からは、急にどうしたの? と不思議がられり、大変だとは思うけど、頑張りなとエールを貰った。


そこからは友達の中でも勉強が得意な子に、教えて貰いながら授業を受けたり、今まであまり出来ていなかったテスト勉強もこなすようになった。


周りからも、急にどうしたの? 何かあった? と心配のようなものもされたけど、「私にも行きたい理由が出来たから!!」とたげ伝えてその場を乗り切った。


それからか周りの友達も私と同じように図書室で集まって、勉強をし始めた。


「火帆を見ててさ、なんか私達もやらなきゃマズくない? みたいになったから、始めたのよ。」


「出来ればまた、火帆と同じ高校に通いたいって思いもあるから……、そのためにもしたいなって……。」


そのおかげもあって、私たちのグループ全体で成績が上がっていった。みんなそれぞれ目標が見つかり、成績も上がったことでその道へ進める友達も増えてきていた中で、私は三年生の後半になっても、まだ安全圏には届いていなかった。


選んだところがここだったからというのもあるし、私の地頭の限界がだんだんとわかってきてしまっていた。


そう落ち込んでたときに、一人の友達が話を聞いてくれた。その友達が明希乃だった。

そのときに私がどうして櫻木高校を受けようと思ったのか伝えた。もちろん水郷君に会ったことも。


「え!?、じゃあ火帆はその初恋の子に出会えたっててこと!?」


「う、うん。実はそうだったんだ……。そのときに志望校を教えて貰って、一緒に通いたいなって思ったから……。」


「へぇ〜、だから急にあんな高校に行きたいって言い出したのか……。ってことはいつか私も、その人がどんな人なのか見られるのかな……。」


このときはもう既に明希乃は櫻木高校から合格の通知を貰っていた。だからここで私が受かれば、明希乃と同じ高校にも通えるという二つの意味があった。


「でも火帆、合格圏には何度か届いてるんでしょ……?」


「う、うん。一応、何回かはね……。でもなんだか安心出来なくって……。もし合格してもいないかもしれないし……。」


やっぱりここが気になっていた。もしかしたら、もう一年も前の話だから目指してるところが変わってしまっているかもしれない。


「そのお目当ての彼がいるかどうかはわからないもんね……。だったら火帆、私と一緒の高校に通うためって思えないかな……? その子には敵わないと思うけど、一応友達だから、私も火帆と出来れば同じ高校に通いたいし。それにさ、彼がいないとも限らないじゃん。」


明希乃が言ってくれた内容は、私の中で結構な救いとなった。友達と同じところに通うため、それだけでも自分の中でやる気が出てきた。


「うん、そうだね、そう思って頑張ってみるよ!!」


そして受験までのラストスパートとなり、そのときはこれ以上ないくらい時間を費やした。周りの友だちも応援してくれていて、私はこの三年間でとても大切なものを手に入れていたんだなと改めて思った。


そして迎えた受験当日、ここでもちょっと水郷君のことが気になって辺りを見渡していたけど、それらしき姿は見られなかった。試験はというと、これは奇跡が起きたのか、苦手な問題が少なく私としては問題ないくらいの結果で終われた。


それから何週間か経った後、合格発表を両親と共に見に行った。結果は合格となり、両親共々すごく喜んでくれた。私はと言うと、やりきった気持ちでいっぱいだった。


そのことをすぐに明希乃に連絡して、これからもよろしく!!とお互いに挨拶をした。


このときも周りをみても水郷君の姿は見えなかった……。もしかして違うところだったのかな……。と内心悲しくはあったけど、明希乃とこれからも同じ高校に通えるということもあったから、すぐに切り替えて両親の元へ戻った。


それからはあっという間の春休みを過ごし、たくさんの思い出を作って、気づけば入学式当日になっていた。


このときも明希乃と一緒に行動していた。そして、このときに入学式で隣の席になった凜夏と話すようになって、三人で固まって話をしていた。


校庭には今年入学する私たちの同級生が全員集められていて、山のように人が集まっていた。


何気なく三人で話していると、向こうの方でなんだか一人でいる男子生徒が目に入った。遠くて初めはよく見えなくて、少し目を凝らしてみると、水郷君だった。


私は嬉しかった。そのせいもあって、見つけた瞬間は固まってしまっていた。

その様子で明希乃にもすっかりと察されていた。

「もしかして、お目当ての彼がいたの……?」


「う、うん!! いたよ!!」


「良かったね〜!! 火帆!!」


「どうしたの……? お目当ての彼って……?」

私と明希乃が二人で盛り上がってしまって、何も知らない凜夏は一人ポカーンとしてしまっていた。


ここで私がどうしてここ櫻木高校に来たのか、誰がいたのかをしっかりと説明した。それを聞いた凜夏は「そういう事ね。すごいね、彼のためにそこまで。」と何とか理解してくれたようだった。


それから三人と別れて話しかけに行こうと近づいてみたのだけど、なんだかちょっと違う……。


今の結月君からは、人を近づけるようなオーラは全く感じなかった。それよりか、なんだか近づかないようにしているみたいに、そう見えた。


なんだかそのときの私は少し怖くなってしまって、話しかけることが出来ずその場を立ち去ってしまった。


そのことを明希乃と凜夏にすぐに話した。前の水郷君から少し変わってしまっているように見えたこと。凜夏には、昔の水郷君がどんな人に見えたのかを話した。


なかなか難しい問題に直面してしまった……。私一人だったらどうしていたのかわからなかった。そんな中で凜夏が一つアドバイスをくれた。

「月日が経ってしまっているから、人は変わってしまうこともあるし、もし不安なら彼の様子を見てみるのもいいかもよ。」


ちょっと怖かったけど、調べてみないとわからないから、とりあえず行動してみることにした。

「う、うん。そうしてみる。」


それから二週間ほどずっと水郷君の跡を追いかけてみることにした。傍から見たらストーカーと言われても仕方がないくらいだったけど……。


最初の何日かで水郷君が乗っている電車の時間を把握して、それからはその時間に乗り合わせるように家を出た。ありがたいことに、学校へ行くための私と水郷君が乗る路線が全く一緒だったから、そこまで苦労することは無かった。


そこから一週間観察してみたけど、特に変わることは無かった。それでもわかったことは水郷君の様子はずっと静かで落ち着いてて、ずっと一人だったということ。


あのときの水郷君とはまるで別人みたいに、全くと言っていいほど瞳に光が灯っていなかった。


私は一体水郷君に何があったのかすごく気になった。あそこまで明るかった人がこんなに変わってしまった理由を知りたかった。


でも、久しぶりに会ったあのときは水郷君ここまで暗くなかったのに……。


そして私が水郷君に告白をしようと決心が付いたある出来事(事件といった方がいいかも……)が起きた日になった。

その日もいつも通り、水郷君の様子を見るためにいつもの電車と車両に乗り込んだ。ただこの日はいつもより車両の乗車人数が多かった。


ちょっと過ごしづらかったけど、水郷君のことで頭がいっぱいだったから特に気にしなかった。


そうしていつものように水郷君が乗り込んでくるのを待っていたけど、なんだか後ろの人が妙に近づいてきてる気がした……。


私がちょっと離れようとすると、それに伴って同じ方向に進んでくる。明らかに近い……。この頃からだんだんと恐怖感が募っていった……。


離れたいのに、周りに人がいて大きく距離が取れないし……、何より首あたりに息がかかってきてすごく気持ち悪い……。


そのタイミングで水郷君が乗り込んでくる駅に着いた。いつも通り水郷君が、すんなりと乗り込んできた様子をみた私だけど、今はそれより後ろの人と離れたくてそれどころじゃなかった。


どうにか離れたいと思って、どうすればいいか考えていたその瞬間、私の太ももの方に手が伸びてきた。


えっ……、この人……今私の足触ってきてる……。


そのときに私はこの後ろの人が痴漢だと確信した。


う、うそ……最悪……。なんとか離れないと……。


離れようとしても、隙間がなくて大きく動けず後ろの手が伸びてくる範囲からはどうしても、逃れられなかった……。


前にニュースで観たときは、万が一自分に起きても大声を出せばなんとかなると軽く思ってたけど、恐怖で全く声が出せなかった……。


誰か……、誰か……助けて……。


怖さと情けなさから、私の目元からは涙が浮かんできていた。


触られているところがどんどん上へと上がっていった瞬間、パッとその手が私の肌から離れた。


そっと後ろの方を目にすると、そこには腕を掴んで痴漢にスマホを見せて何かを話している水郷君が立っていた。


「次で降りろ……。」

と少しドスの効いた声で痴漢に威嚇していたので、私でも少しドキッとした。


そこから間もなくして次の停車駅に着いて、水郷君は痴漢の襟を掴みながら颯爽と降りていった。


その一瞬も水郷君は私と一切目線を合わせずに早々と降りていってしまい、お礼を言う瞬間を逃してしまった。


そこからポカーンとしながら学校の近くの駅に着いて、駅でちょうど明希乃が待ってくれていた。


「火帆〜、おはよう!!」


その声に一気に安心してしまい、私はゆっくり明希乃に近づいて明希乃に抱きついて、泣いてしまった。


「明希乃〜!! 怖かったよー………。」


「ちょ、ちょっとどうしちゃったの!? 火帆大丈夫!?」


駅のど真ん中で明希乃に泣きついてしまい、明希乃には迷惑をかけてしまった。


ある程度泣き止んだあと、私は電車の中で何があったのか明希乃に話した。


「えっ……、うそ、痴漢? 最悪じゃん……。この地域にもいるんだね……。まぁ、火帆ならあまり声は出せないよね。よしよし、怖かったよね。」


明希乃は私を抱きしめながら、慰めてくれた。

明希乃は昔にされたことがあるらしく、なんとか大声を出して逃げてきたらしい。

だから私が感じた怖さを理解してくれていた。


そこからどうやって逃げてきたのか明希乃に聞かれて、水郷君が守ってくれたことを伝えた。


「え……? その彼がちょうど守ってくれたの……?」


「うん……。そのまま襟を掴んで降りていっちゃったから、お礼は言えなかったし、私だとは気づいてなかったと思うけど……。」


「火帆……、良かったじゃん!! それなら、告白、してみてもいいんじゃない? まぁ私が言わなくてもしたとは思うけど(笑)」


わざと明るく振舞ってくれていることはすぐにわかった。でも、明希乃の言う通り本当に良かった。ここで私は水郷君は何も変わってなんかいないって、そう心から思えた。


「うん、してみるよ。守ってくれたときの水郷君すごくかっこよかったもん……。」



そこから二週間ほど経ったある日、私は放課後、水郷君が一人残っているタイミングをみて、告白をした。


「なんで俺?……、この学校にきて話したこともなければ、顔も合わせたこともないと思うんだけど……」

最初はやっぱり気付いてもらえなかったけど、昔の髪型に似せてみたらすぐに思い出してくれた。


でも、昔のことを振り返った瞬間に水郷君は倒れてしまった。初めて見た時は、本当にどうしたらいいかわからなくなってしまった……。


そこにちょうど担任の先生が通ってくれて、私はとりあえず保健室に助けを呼びに行って、そこからはずっと待っていることしか出来なかった。


なにがあったのか、どうして水郷君がこんなに苦しむことになってしまったのか、今の水郷君になったのももしかして……、そんなことをずっと考えたまま、私は水郷君が目を覚ますのを待ってた。


それから水郷君が目を覚まして、私は嬉しくってつい、起き上がったばかりの水郷君に抱きついてしまった。


その様子を養護の先生に見られちゃったのは、ちょっと恥ずかしかったけど……。


先生からはストレス障害って言われてたけど、あそこまでになってしまう何かが水郷君の中には眠っている、そのことが気になった。


なんとか水郷君が歩ける状態に戻り、私たちは保健室を後にした。

まずは謝らないとと思い、水郷君に向かってごめんねと言った。

「あの、結月君……本当に大丈夫?……ごめんね、多分私のせいだよね……私が変わったねなんて言ったから。」


「いや、すずめは何も悪くない!」

そう断言してくれたけど、水郷君の表情にはずっと引きつったような感じが取り付いていた。


なにが水郷君をこんなにも苦しめてるの……。

傷つけてしまうかもしれないけど、水郷君が背負っているもの、ずっと苦しみ続けているわけそれが知りたかった。


だから聞いてしまった……。

「本当にごめん!、結月君を苦しめるってわかっているけど、でもどうしても聞きたいの!!、結月君……、本当に何があったの!?、うなされながらずっと謝り続けてて涙を流して、ずっと呼び続けてた葉月さんって誰なの?……」


「葉月……」

その名前を発した瞬間、またうずくまってしまう水郷君。

「結月君、大丈夫! ごめんね……、やっぱり……」


「だ、大丈夫……だから……。ちゃんと話す……から……、カバンの中にある薬を出してくれ……」


「う、うん……!!」

そう頼まれて、私は水郷君のカバンの中を探り、それらしき薬を取り出して水郷君へと届ける。


水郷君はそれを手に取ると、震える手で薬を口に放り込み水でいっきに流し込んでいた。


薬を口にしてからしばらく経つと、だんだん水郷君も落ち着いてきたようで、ある程度ちゃんと会話ができるようになっていた。


「ありがとう……。すずめ、ちゃんと話すからこの後時間取れるか……?」


「う、うん!! 大丈夫だよ!!」

そしてこの日が、高校に入学してから初めて、放課後にどこかへ寄り道をすることとなった。


水郷君に連れられて、学校から少し離れた小さな公園へと向かい、落ち着いて話が出来るように静かなベンチを見つけて、お互いに飲み物を買ってから座り込んだ。


辺りには誰もおらず、もう日も落ちる寸前、音はただ小さく風がなびくだけだった。


そんな中でガサガサと水郷君は薬を取り出し、数錠口に含みペットボトルの水で飲み込んだ。


それから少し沈黙が流れたあとで、水郷の口が開いた。

「これから話すことは、もしかしたら……すずめの精神状態を歪めてしまうかもしれない。それでもいいのか……?」


「大丈夫!私は、平気だよ!! それよりも……、結月君は自分の心配をして!! たしかに、結月君に何があったのかは私は聞きたい。でも、私は結月君が苦しんでいる姿を見たくない。」


水郷君からの言葉を聞いて精神が歪むなんてことありえない、そんな自信が私の中には確かにしっかりとあった。


それに、私はあなたに救われた。だから今あなたが底知れぬ闇から抜け出せなくなってるなら、救い出してあげたい、私にあなたが光を灯してくれたように。救うことが出来なかったとしても、一緒に落ちたって構わない。


それであなたの特別になれるなら、私はすごく嬉しいから。


自分を客観視してみなくても、相当変だって、おかしいって、気持ち悪いってわかってるけど、でもそれだけ水郷君のことが大好き、この気持ちは多分誰にだって負けない。


だから私は、水郷君のことを誰よりも知りたい。

あなたのことを知りたい……。



「あ、ありがとう……。」

水郷君の口からありがとうと言ってもらえた。それから、水郷君は中学生の頃にあったことをゆっくりと語り出した。



話を聞き始めたはじめの頃は、私からしたらちょっと焼ける話だった。水郷君との時間、交流をたった一人で共有していた葉月さんをちょっと妬ましく思ったぐらいに。


でも話を聴けば聴くほど、ちょっと私と葉月さんは似ていたのかもしれないと思うようになった。彼女のように水郷君が見惚れてしまうような才能は持っていないけど、普段はうちに留めていても、親しい人達にはしっかりと気持ちを伝えられる、昔の私の中身そのまんまだ。


話を聞いていた途中で、水郷君が私に一旦語りかけてきたあと、薬を再び取り出し、口の中へと流し込んだ。


ここから、水郷君が今のようになった理由がだんだんとわかってきた。

自分がどのようにしても、変えられなかったものがあったこと、一番時間を共有していたであろう葉月さんを救えなかったこと。

目の前でその命が消えてしまいそうになるのを、止められなかったこと。


その後に起こった大人たちの卑劣な対応。

それによって失われてしまった信用と何もかも……。


絶対すごく辛かっただろう……。こんな一言だけで済ませていいものでは決してなかった思う。


想像よりも重苦しい空気が流れた影響で、なかなか話が終わったあとでも口が開けなく、私は静かに黙り込んでいた。


そこで全て話し終わった水郷君はまた同じ薬を口に流し込んでから、私に話しかけてきてくれた。

「大丈夫か……? ごめんな、こんなことを聞かせて、ただこれが今の俺を作った全てだ。」


正直なにを返せばいいのかわからなかったけど、ここは気になったとこを素直に聞いてみることにした。

「うん、大丈夫。それで……その、葉月さんはどうなったの……?」


「わからない……。元々家族同士の付き合いではなかったし、どこにいるのかまでは……ただ、亡くなってはいないと思う……。」


その言葉を発している水郷君の顔はやっぱり悲しそうに見えた……。これ以上、水郷君の沈んでいる表情はみたくなかったから、葉月さんのことはもう聞かないようにした。


それから水郷君が私に発した言葉は、私自身に驚きを与えた。

「すずめ、だから俺はお前とは付き合えない。今の俺は、すずめと対等に付き合えるような価値のある人間じゃない……。」


なにそれ……。価値なんて……、周りから観る価値なんてどうだっていいのに……。

私は水郷君だから好きなのに……。


水郷君から発された言葉に私は妙な怒りを覚えた。


「そんなの、理由になってない!! 私納得できないよ! 対等にってなに!? 私はそんなこと思ってないよ!」

つい言葉を荒らげてしまった。でも、伝えたかった。そんな浅い所で水郷君を見てなんかいないって。


「俺は、もう決めたんだ。人と関わらないって……、俺が関わったらまた何か起きそうで……、今の俺は守ってあげられる力もない……。」

守ってもらおうなんて思ってない。私はただ、水郷君と一緒にいたいただそれだけ……。


「私はそんなこと気にしないよ!! 守ってもらわなくていいから、たとえどんな事があっても私は結月君とお付き合い……したいの。結月君と一緒にいられたら、どんなに幸せなんだろうってずっと思ってた。でもなかなか自分から逢いに行く勇気がなくて、そしたら高校の入学式の日に結月君を見つけて、すごく嬉しかったんだから!!」


興奮してたからつい言葉にしちゃったけど、この時は全然そんなこと気にならなかった。水郷君に伝えたい、あなたのことが好きだって、あなたと一緒の時間を共有したいって。


「今の俺はもう……あの頃の俺とは違うんだぞ……」

水郷君から弱々しい一言が出てきた。

でも、私は知ってる。水郷君はあの頃からなにも変わらない、心優しい人だってことが。


「ねえ、結月君。二週間ぐらい前の朝、電車で痴漢にあっていた人助けてたでしょ……。あれ、実は私だったんだ……。」


このことを口にした瞬間、水郷君は驚いた表情をしていた。やっぱり私だってことには気づいてなかったみたい……。


「あの時、私怖くって声もあげられなくて、でも結月君が助けてくれた。あの時に私思ったよ。結月君はあの時のまま優しい人だったって!」

私はあの恐怖に襲われた、あの日に思った水郷君に対しての気持ちを笑顔で伝えた。


今の私になれたから伝えられた水郷君への気持ち。

私は水郷君のおかげで、ここまで明るくなれたんだよ。


次の瞬間、水郷君の方へ顔を向けていると、水郷君の瞳から涙が額をつたっていた。


「ずっと、つらかったんだよね。大丈夫、今は私がいるよ。」

あなたのことをどんなことがあっても、信じ続ける。私はあなたの優しさに救われたから。


そこから水郷君はものの五分ぐらい涙を流して、話す前とは変わって少しスッキリした様子で座っていた。


それから改めて告白をして、しっくりと水郷君からの返事をもらう。

「じゃあ、結月君。改めて言うね。スゥー……私のか、彼氏になってください!! 私、今の結月君の助けになりたい! これからずっとそばにいたい。」

伝えられるだけの全ては伝えた。


「ごめん。正直俺はまだ、すずめのことをそういう風に思ったことはなくて……、だから付き合うっていっても……。」


うん、知ってた。絶対私のことなんて好きじゃないってあの頃から気づいてた。


でも今の私はあの頃とは違う。水郷君の隣を堂々と歩ける自信が、今の私にはある。


「絶対に結月君が私のことを好きになるようにしてみせるんだから!」

私は身体をグッと近づけて、大きく言い放つ。推してみると案外すぐに水郷君は折れてしまった。


これはちょっとラッキーだったかも、と後で少し悪い考えをしてしまった。


「わかった、じゃあ……よろしく。」


「うん!! よろしく水郷君!」

ずっと頭の中ではそう呼んでたけど、本人の前で呼んでみたのは初めてだった。


水郷君も気づいたみたいで、少しあれ?となっていてちょっと可愛かった。


「水郷君は、私を名前で呼んでくれないの……?」告白が成功して、水郷君が推しに弱いってことがわかって少し欲張ってあざとく言ってみた。


私が近づきながらそう言うと、水郷君はちょっと困ったような反応をして目線を逸らして答えた。

「ずっとすずめって呼んできたから、まだ慣れなくて……、少しづつでいいか……?」


「しょうがないな〜わかったよ!! 」


この日から私と水郷君が正式に付き合うことになった。


水郷君は大切な人。それは今も昔も変わらないけど、今はちょっと違う大切な人。



放課後、水郷君の教室の前で待っていると、係の仕事を終えた水郷君が来てくれた。


「もう終わったから、じゃあ行こう。」


「うん。」


着いてきて欲しいところってどんなところなんだろう……?


目的地がわからないまま、私は水郷君の後をついていくことにした。





〜続く〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やさしさにふれたら Magical @magical

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画