第9話 巡り合わせ

「あ、どうせだったら、この五人でお昼食べない?心来もどうせお弁当でしょ? 久しぶりに心来ともお昼一緒にしたいし!!」

 

未崎からの提案だった。どうしよう……。火帆とお昼を食べる約束だったから……。


そう思って、火帆の様子を見てみると……、今日はみんなでという感じらしい。


俺はわかったというように合図を送った。

火帆も俺もみんなでお昼に行くことに異論はない。俺がその旨を伝える。

「ああ、俺と火帆は問題ないよ。桔紫と神楽坂はどうする……?」


「僕は、明希乃がいるなら一緒させておらうよ。」

桔紫の反応は即答だった。予想通りと言えば予想通りだな。


一方、神楽坂はと言うと……。少し悩んでいる様子だった。

それはそうだろう、少なくとも四人の中で二人組は高校以前からの知り合い同士なのだから、自分がいてもいいのか……と思ってしまったのだろう。


その様子をわかってなのか、そうではないのか火帆が神楽坂を誘う。


「凜夏も行こう!! この三人でいつも一緒にいるんだから!! 凜夏がいないとつまらないよ~。」


火帆の言葉で悩んでいた神楽坂の表情に少し笑顔が戻った。


「なら、そうさせてもらおうかな……。よろしく……。」


少し緊張したような様子だけど、すぐに慣れてくれると思う。火帆と未崎もいてくれるしな。


そして俺たちは、未崎が案内してくれた外にある花壇の周りのベンチに向かった。


ここのベンチは円の形になっていて、五人が一箇所にとどまれるようになっている。

本来は円の外側に脚を向けて座るのだが、みんなが顔を合わせられるようにと、今回は内側に向けて座ることになった。


順番としては、俺、火帆、神楽坂、未崎、桔紫という並びで座ることになった。


こうやって五人で集まってみると、改めて人の縁ていうのはバカにできないことを思い知らされる。


つい何日か前まで、誰ひとりとして話せる人もいなかったのにな……。

少しづつだが、火帆と一緒にいることで黒く澱んでいた俺の目の前に光が差してくるような気がした。


そんなことを考えていると、火帆は俺に手作りのお弁当を渡してくれた。

こういうふうになる前までは、ずっと購買で何かを買って食べてたから、すごい温かみを感じる。


「ありがとう、わざわざ俺の分まで……。」


「ううん、全然。水郷君と一緒に食べるって考えたらむしろ楽しかったよ。」


この笑顔にたびたび救われる。昔とは完全に立場が逆になっちゃったな。火帆は俺に幸せをくれる。


俺にそんな価値があるのかな……。

いや、今はそんなこと考えるな。そんなことを思いながら、ここにいるのはみんなに悪い……。


こんなことを思っていると、未崎が俺たちにツッコミを入れてきた。

「二人とも、さすがだね~。お昼に同じお弁当だなんて、夫婦みたい(笑)」


未崎の言葉で恥ずかしながらも、火帆は答えた。

「そうかな? 私は、水郷君に食べてもらいたいなって思っているから……。」


そういう感じで言われると、嬉しいけど恥ずかしいな……。


「それが夫婦みたいなんだよ~!! そんなふうに思えるの、羨ましいくらいだよ。ねぇ凛夏。」

この流れで神楽坂に話を振る。


それと、未崎……あまり桔紫の心をえぐらないでやってくれ……。


「たしかに、そこまで入り込める人に巡り会えるのは羨ましいかも……。」

そう言うと、神楽坂は俺の方へ視線を向けてきた。俺はそれに気づいて目線を合わせたが、すぐに逸らされてしまった。


火帆、未崎、神楽坂はそのやり取りが弾んで楽しそうに話していた。


俺と桔紫は隣で目を合わせて、クスッと笑った。

「仲良さそうだよね、三人とも。」


「そうだな、少し羨ましくなるくらいにな‪(笑)」


そう10分ぐらい話したあと、それぞれお昼を食べ始める。


弁当箱を開けると、火帆が作ってくれた食材達が俺をむかえてくれる。手作り感があって、すごい温かみを感じるそんなお弁当だ。


早速、箸を手にとって食べようとしたが、あれ……、箸が見当たらない。そう思って探していると、目の前の玉子焼きがヒョイっと、箸で持ち上げられた。それを追って見てみると……。


「はい、水郷君。ほら、あーん。」


火帆がひとつの箸で俺の口の前に差し出してきた。


「えっ……、いや、火帆……。みんないる前でこれは……。」

三人ともこっちを凝視してるし……。


「え〜、そっか……。じゃあ、これだけでも食べて。ほら、あーん。」


しょ、しょうがないか……。こう思ってしまう俺も火帆に対して甘いのかもな……。(笑)


そうして、火帆によって口に運ばれる玉子焼き。味は言うまでもなく、美味しい。やっぱりこの出汁の味がなによりいい……。


出汁の味……。あ、そういえば……、どうして俺がしょっぱい玉子焼きが好きなことを知っていたのかまだ聞いてなかったよな。


そして、それを口に出そうとしたとき、またもや横槍が……。


「いや〜、見せつけてくれるね。おふたりとも!! しかもこれだけってことは、まだするつもりだったの!?」

いつものノリで、俺たちをからかってくる未崎。


「二人が付き合ってるって、噂ぐらいに聞いていたけど、予想以上だったな……。すごいね……。」

少し驚きながらも、理解しようとして頑張っている桔紫。ただ、少し恥ずかしそうにすごいねの言葉はやめてくれ……。


「ある意味、幼なじみのカップルって……。羨ましいかもね……。二人だけにしかわからない、思い出が沢山あるから……。」

いつものように、一定のトーンで話す神楽坂。ただ、いつもより少し歯切れが悪いような……。


「もう、みんななにか見てはいけないものを見たみたいな感じやめてよ~!! こっちも恥ずかしくなっちゃうじゃん!」

そうして、みんなに明るく返す火帆。こう見ると、本当に変わったなと実感する。


この学校に入学して一ヶ月、友達なんかできるはずがなかった。他人との関わりを一切していなかった……、そんな俺にまず彼女ができた。彼女のつながりからこんな人たちにかこまれている……。


笑って過ごせている……。


(私のこと……、忘れちゃうの……。ねぇ、水郷君……。)


突然、頭の中に声が聞こえてくる……。この声……、葉月……。


(違う!! 忘れようとしてるわけじゃない!! 俺の頭には、いつも葉月が……)


はっ……、あぁぁ……。あのときの映像が頭の中で流れだす……。

震えが出てきた……。やばい……、過呼吸寸前だ……。


「……? 水郷君、どうしたの……?」


言葉がでてこない……。でも、このまま倒れるわけには……。

そこで、膝の上にある弁当箱が目に入る。これを落としたくはない……。


俺は震える手で、なんとか膝の上にある弁当箱を掴んだ。


ただそれでも容赦なく、回想は頭の中を巡っていく……。


(じゃあ……ね……、ありがとう。)


(お願いだ……!! 葉月!! やめてくれ……。)

あのときの後悔が、新鮮かつ残酷に蘇ってくる……。


助けられなかった……、一番近くにいたはずなのに……、俺が……殺したのか……。


「あああぁぁ……。ごめんな…………。」


「どうしたの!? 水郷君!!」

聞こえてくる火帆の声にもこのときは気付けもしなかった……。


次の瞬間、俺はその場からベンチの下へ倒れた。その瞬間からの記憶はない……。



目が覚めると、また保健室の天井が目に入ってきた。ここまでが、まるで一瞬の出来事のように感じたが、もう時計の針は午後四時を指していた。


そして、明らかにおかしいレベルの汗が出ていた……。


ただそれでも、とりあえず、安全に目が覚められたことに安心した。


そこで安堵していると、養護教諭の教師にガラッとベッドのカーテンが開けられた。その前の状況とあまり変わらないな……。


「結月君、目覚めたねー。随分長いこと気を失って眠ってたけど、うなされ方が尋常じゃなかったよ……。薄い布団すらかけてないのに汗もこんなに……。本当に紹介しなくて大丈夫なの?」


本当に心配してくれているのだろう……。でもこれは、自分自身でどうにかしないと……、いくら紹介してもらっても無意味になる……。


「はい、元々精神科の先生には毎月のように診てもらっているので大丈夫です……。薬も持っていますし。」

そう言って、ポケットの中から緊急用の薬を見せた。今回は、そこまで手が伸びなくて服用できなかったが……。


「そう……なのね……。わかった。お昼休みのとき、急に四人がかりで運ばれてきたから、何事かと思って本当に心配したのよ。倒れたのが結月君だっていうのを知って、何となくわかったけどね……。」


「大体はご察しの通りです……。情けないもんですよね……、もう二年以上経つっていうのに……。」


自分がここまで過去に執着がある人間だとは、思わなかった……。

あのとき、頭の中に響いてきた葉月の声……、俺の想像が生んだ偶像なのか、はたまた葉月自身の生霊なのか……もしくは亡霊……。


いや、葉月は生きている……そう信じたい……。

そんな実証もない可能性に頼っている俺に教師から重い言葉を突きつけられる。


「結月君……、私は君に一体何が起きたのかよくわからないけど、もしかすると君は、そうやって自分を責め続けることが償いになるって思っているのかもしれないけど、それは間違いだからね。」


「え……? ま、間違い……。」


「間違い」この言葉が俺の心に鈍く響いた。

俺はこれしかできない……、こうすることでしか葉月に対して向き合えない……。それ自体が俺自身への自己満足だということはもちろんわかってる……!! けど……。


「じゃあ……、他にどうすればいいんだよ!! 死んで償えばいいのか!? 今の俺の命を持ってしてでも償えない枷なんだよ……!! 絶対に忘れちゃ……いけないことなんだよ……。」


俺の額には涙がすすり零れていた。すごく悔しかった……。あの時のこと……、何も出来なかった……あの時のことを。


「結月君!! あなたにどんな辛いことがあったのかは、私は絶対にわからない。あなたの気持ちを理解してあげられるかもわからない。でも、あなたの事を本気で心配して、いる大人もいるっていうことを覚えておいて! 少なくとも私はそのうちの一人だから。」


このときの先生は輝いていた。涙のせいだけじゃない、ほかの大人とは明らかに違う……濁りが全くなかった。


「結月君の身に何が起きたのかわからないけど、あなたはそんなに自分を責め続ける程のことをした人じゃないことは、今日のあなたを見てよくわかった。こんなことを言っても、あなたの中の枷は消えないと思うけど、あなたには後ろじゃなく、前を向いていて欲しいって思ってくれている人がいるでしょ。今はその人のために、自分を許しなさい。これは、その人のためにあなたが行う優しさなの! 決して、過去から目を背ける行為じゃない。」


自分を許す……。火帆のためにも……。

そうだ……、こうなることで、ずっと迷惑ばかりかけてきてしまった。火帆のために自分を許すか……。なんとも聞き覚えのいい言葉なのだろう……、そんなのただ罪の意識から逃れたいだけの言い訳にしか思えない、そんな言葉なのに……、妙に納得している自分がいた。


その後、火帆が俺の荷物をまとめて保健室の方へ迎えに来てくれた。火帆は何も言わずただいつも通りに微笑んでいた。


俺はただ一言

「ありがとう」そして「ごめん」を言った。


「ありがとう」は今回のこともそうだが、そばに寄り添っていてくれたこと、助けようとしてくれていることに関してだ。


「ごめん」はお昼のお弁当を落としてしまったことと、まだ火帆が望むような俺に戻るのは時間がかかりそうだということ。


そんな俺に対して、火帆は普通に答えた。

「別に謝らなくていいの!! 水郷君が無事なら私はそれでいいから。それにお礼を言われることなんて、別にしてないよ!! 私がただ水郷君にしてあげたいだけだから(笑)」


「その想いに感謝しているんだ……。学校ここで火帆に会えて、本当に良かった。ありがとう……。」

またも俺は瞼から涙がこぼれていた。


「水郷君泣かないで。私も水郷君にこの学校で会えて、本当に嬉しかった!! 昔から大好きだった水郷君と付き合えるなんて、夢にも思っていなかったから……。」


火帆は嬉しそうに顔を赤らめながら、そう言った。ここまで喜びが溢れてくるのは本当に久しぶりだ。自分でも少しニヤケているのがわかるくらいに。


そして俺たちは、二人で手を繋ぎながら駅の方へ向かって歩いていった。誰の目も気にせずに、お互いに相手のことしか目に入っていない……。

完全に二人だけの世界だ。


「水郷君!! こっち向いて!!」


「? なに、か……、“チュッ”」


そこで俺たちは初めて、キスをした……。







~続く~

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