第8話 日常の始まり
そしてその翌日、俺は普段通りに通学用に乗っている電車に乗っていた。いつものように吊り革に掴まりながらボーとしていると、いきなり視界が真っ暗になった。
すると後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「だ〜れだ?」
少し不貞腐れたような様子で俺に話しかけてくる。
「火帆だろ。塞いでいる手でよくわかる。」
「そうだよ〜。昨日何も言わずに水郷君がお休みして、それからずっとご機嫌ななめな火帆ですよ〜だ。」
言い忘れてしまったのは、本当に悪いと思っている。
「悪かって。一緒に帰るつもりだったから、その時に言おうと思ってたんだ。埋め合わせならちゃんとするからさ。」
すると、声の雰囲気は一気に変わり塞いでいた手をはずし俺の隣に並んだ。
「じゃあ、今日も一緒にお昼食べようね!! 今日も水郷君の分作ってきたから。」
「うん、ありがとう。楽しみにしてるよ。」
クラスからの気まずさは拭えないけど……、火帆からのお願いってことだからしょうがないか……。お弁当も作ってきてくれたわけだし。
そう思っているとま隣から視線を感じる……。火帆がずっと俺に目線を向けているようだった。
一体、何を求めての行動なのかはわからないけど、気恥しい……。
「火帆、その……、なんでずっとこっちを見ているんだ? 俺に何か付いているのか?」
そう聞くと、なにかボソッと言葉をこぼし始めた。
「水郷君、案外そういうの鈍いのかな……?」
え? 鈍いってなんのことだ……?
「ううん、何も無いよ。ただ、水郷君を眺めていただけ(笑)」
初めの方に聞こえた、言葉がずっと引っかかってしまい、返す言葉が思いつかなかった。
何に対して鈍いのか全くわからない俺は、たしかに相当鈍いんだろうな……。
そうして、いつもの学校から近い最寄り駅へ降りて、火帆と並んで歩いていた。
やはり一昨日と同じように視線を感じる……。
火帆は気にならないのか……? どう考えても、俺が迷惑かけているとしか考えられないよな……。
そう思っていると、後ろの方から声が聞こえてきた。
「火帆〜!! 水郷君〜!! おはよう~!」
誰かと思ったが、声で未崎だとすぐにわかった。
「明希乃、おはよう。朝から元気だね。」
「そこまで元気じゃないよ〜。まあ、みんなよりは多分、テンション高いだろうけど。」
道の途中で、二人は話し始めた。こうなると自分も火帆のそばで待っていることになる。
だから自然と俺にも話が回ってくる。
「水郷君、一昨日は本当にごめんね。あんなことがあったなんて、私知らなくて……。」
「いや、全然いいよ。悪気があって聞いたわけじゃないし、火帆のことを心配してしたことだったんだろう? だったら全然。それに普通、聞いただけで、こんなことになるやつなんかいないしな。」
未崎にも神楽坂と同じ返しをした。やはりこの症状によって、迷惑をかけてしまっていることは事実だ。何としても治さないと……。
そう思っていると、未崎は俺の言葉に対してこう言ってきた。
「でも、悪いことしちゃったのは本当だから、これだけは謝らせて。」
そう言って、道の途中で俺に頭を下げている未崎。これは俺も火帆も慌ててしまった。
「い、いや未崎、いくらなんでもそこまでしなくていいから!」
「そうだよ、明希乃!! こんな道端でこんなに深々と頭下げてたら、何かあったと思われちゃうよ!!」
「でも私、こういうことはちゃんとしたいの! 故意でないとはいえ、水郷君を傷つけてしまったのは事実だから。」
ここまでしっかりとした謝罪をできるのは、未崎の美徳なのかもしれないけど、俺の事でここまでしてもらう必要はない。
そして、その場で何とか少し時間をかけて、未崎を説得し普通の体勢に戻った。
「許してくれて、ありがとう。水郷君ってやっぱり優しいんだね。」
「優しいわけじゃない、人としては当然だろ。悪気はないんだし。」
なんで、未崎は俺に対してありがとうなんて口にしたのだろう……。そんなに悪いことをしたと思っていたのか……?
いや、深読みはやめよう。俺が考えているほど人は複雑じゃない……。そう思う……。
そして、ひと段落したところで、俺、火帆、未崎の三人で学校へ向かっていった。
校門に近づけば近づくほど、目線が集まってくる。
そろそろ、慣れないとな……。火帆の彼氏になるということなら、こうなることは予想出来たわけだし。
そんなことを思いつつ、三人で下駄箱に向かい、靴を履き替え、階段を登りクラスの前で別れた。
一昨日と比べたら、俺に目線を向けてくる人も少なくなった。この調子なら、来月あたりになればそんな感じで注目を集めることもなくなるだろう。
そんなことを思いつつ、席につき普段のように参考書の問題を解き始める。すると、前の方から一人、男子生徒が近づいてきた。そこで彼は前の席のイスを後ろに向け対面状態で座ってきた。
「おはよう! 結月水郷君だっけ? 僕、前の席に座ってる
突然の事で呆気にとられていると、彼は俺の様子を察してなのかこう語りかけてきた。
「急に話しかけてごめんね。最近、君のことが噂になってて前から僕も話してみたいな〜、とは思ってたからいいきっかけかなと思ってさ。だから今日、話しかけてみた。」
噂になってるか……。まあそんなところだろうとは思っていたけど。
「そっか……。それで、話しかけてみたかった理由はなに? 木雀火帆のことか?」
「それもあるけど、いつも難しそうな問題やってたからどういうふうにやってるのかなとか、あとクラスで人と話してるの見たこと無かったからさ。」
どうせ、クラスで話題を売るための口実だろう。
こういう奴らは、ある程度答えてやれば直ぐに離れていく。
「聞きたいことはこれだろ。火帆とは、小学校からの同級生で、たまたまこの学校で再開したんだ。だから、こんな感じで関わりあっている。これでいいか?」
これさえ聞ければ、直ぐに立ち去るだろう。
そう思っていたが、彼はなにか違った。
「……? 結月君って、なんだか面白い人だね。普通に僕は結月君のことを知りたいんだけど……。」
は? どういうことだ……。今までクラスの誰とも話したことの無いようなやつのことの何が知りたいんだ?
「俺の事なんか、知ってどうする? 君になんのメリットがある?」
「メリット? 君のことが知れることかな……? 僕は君と話をしてみたいからさ。」
なんなんだこいつは……。こいつは本当にただ、後ろの席に座っているクラスメイトに話しかけているだけなのか……?
まだ、迫って聞いてみる。
「そんなことが、か……? 他の奴らと話のネタにする方がよっぽど、使い道があると思うが……。」
「そんな何でもかんでも、喋らないよ。僕がそういう目的で話しかけてきたと思ったの?」
「逆にそれ以外、何がある? 席が近いのに今までろくに話したこともなくて、急に火帆と関わりあったタイミングで、話しかけてくる。これなら疑うのが当然だ。」
やってしまった……。つい、言いすぎてしまった。
「ご、ごめん……。言いすぎた。」
慌てて訂正したが、彼の反応はまたもや意外なものだった。
「まぁ、それはそうだろうね。こんなタイミングじゃ誰もが疑うよ。でも、僕は君と話してみたかった、これは真実だよ。」
このときの彼の表情は、まっすぐに目を向けていて、とても嘘をついているようには見えなかった。それに彼には、今まで他の人とはなにか違うものを感じる。
「俺と話を……か。わかった、そこまで言うなら嘘ではないようだし、桔紫君だっけ? なんでか君を疑う気になれないし。で、何の話をしたいんだ?」
「毎回やってるこの問題って、まだやってないところだよね。もしかして、独学してるの……?」
「ああ、そうだよ。別に独学と言っても好きでやってるだけだし、そんなに注目するところじゃないよ。」
「いや、注目するよ。だって数IIB青○ャートだよ。一年生でこんなの他にいないよ!!」
「ちょこちょこいると思うぞ。独学組はよく使うからさ、この学校にもいるよ。」
こんな感じで、本当に久しぶりにクラスメイトと授業が始まるまで話した。楽しいと感じた……。後半は、意識しなくても笑顔になれていた。
中学までは当たり前の事だったけど、失ってみて初めて気づいた、こんなに幸せなことだったのだと。
授業が終わった後も、また席を後ろに向け机を挟んで話をしている。
「授業の内容難しかった〜。 結月君わかった?」
「まぁ、大体は。そこまで難解ではなかったし。」
「やっぱりすごいわ〜。結月君ってさ、勉強とか家でどのくらいやってるの?」
どのくらいか……。数学の時間も入れるのかな……? 勉強という括りがあまりわからないけど、大体の時間は把握している。
「数学も入れれば、大体四時間ないぐらいかな……。ネットサーフィンとか絵を描く日もあるから、いつもという訳にはいかないけど。」
「おお〜!! さすがだね。そんなに僕は出来ないよ……。僕結構ギリギリでここ入ってきちゃったからさ、やらなきゃいけないのはわかってるけど、あまり出来ないんだよね……。」
「ギリギリで入ってきたって、なにかここに入りたい理由でもあったの? 俺は内申書があまり関係しない入試制度だったからだけど……。」
「あぁ……、うん。ちゃんと理由はあるよ。結月君みたいに真っ当な理由ではないんだけど……。」
このときの桔紫の様子は、少し変だった。なんかちょっと照れているような、それに真っ当な理由じゃないとか。
気になるけど、わざわざ話さないのだからあまり言いたくないことだろうと思い突っ込まなかった。
「でも、入ってこられたんだから大丈夫だよ。それなりの学力があるってことだからさ。やれるだけでも続けてみることは大事だから。」
「結月君にそう言ってもえると助かるよ~。」
そんな調子で、今日はずっとお昼近くになるまで、桔紫と話していた。
時間は昼休みとなり、2人で手を洗いに水道に向かっていると、火帆と未崎、神楽坂の三人組に廊下でパッタリと出会った。
そのとき、俺と火帆が声を出そうとする前に、一人が勢いよくに声を上げた。
「あれ、心来じゃん!! 水郷君と話してたの? 友達だったの知らなかったんだけど〜。」
「あ、明希乃。最近仲良くしてるって言ってたの、木雀さんと神楽坂さんだったの? こっちも知らなかったよ。」
声を上げたのは未崎だった。そして、どうやら未崎と桔紫、この2人は相当顔の知れた仲のようだ。
俺は気になったので、二人に聞いてみた。
「二人は、知り合いなのか……? 結構仲良さそうだけど。」
「うん!! 私たちは保育園からの幼なじみなんだよ〜。家も近いから、昔はよく遊んでたんだよね〜。最近は帰りに少し話すくらいだけど。でも、またに休みの日とかに遊びに行ったりはするよ。」
なるほど、だからこんなに距離が近いのか。幼なじみでもなかったら、未崎の方から腕を引っ張って抱き寄せてきて話したりしないだろうな。
ただ、何一つ変わらない様子で桔紫に接触している未崎に対して、桔紫は少し目線を逸らしていたり、少し照れているかのよう。
あぁ……。なるほど、そういうことか。
前に火帆から聞いたことがあったけど、未崎は推薦組らしく、他の生徒より早く進学先が決まっていたそうだ。
多分、この学校に来たのは未崎のことを追いかけてなんだろうな。
そう思って火帆の方を見てみると、小さく笑って頷いていた。火帆の方もわかっていたらしい。
それなら、あまり人には言いたくないだろうな。
ただ、この二人の様子を見ていると俺が話したことのある未崎と桔紫とではなにか違った。この感覚が、二人だけにある心の距離なんだろうか。
そう二人のことを思っていると、話題はこちら側にまわってきた。
「そういえば、どうして明希乃は結月君と知り合いなわけ……?」
「水郷君は火帆の彼氏さんだから、火帆を通じて話すようになったの。まさか心来と友達になってるとは思わなかったけど(笑)」
「あ! それ本当だったんだ! 木雀さんと結月君が付き合ってるって話。みんな頑なに信じようとしないから、わからなかった。」
「そうだよぉ。火帆から水郷君の話、いっぱい聞いてるんだから、火帆にとって、水郷君が王子様みたいだったってことも!!」
「ちょっと、明希乃!! 恥ずかしいから、言わないでよ。しかも水郷君の前で……。」
王子様か……。なんかそう言われると、すごく照れくさい。そんなかっこいい訳でもないし……。
そうして、俺が少し顔を赤らめていると、その様子を火帆は見て
「もう〜!! 水郷君に聞かれちゃったじゃん〜!! 私も恥ずかしいよ〜!!」
この話題によって、俺と火帆は互いに目を合わせられるようになるまで少し時間がかかった。
そして、ある程度話が続いたあと、未崎の方から提案があがった。
「あ、どうせだったら、この五人でお昼食べない?心来もどうせお弁当でしょ? 久しぶりに心来ともお昼一緒にしたいし!!」
お昼を一緒に……か……。
〜続く〜
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます