第10話 二人のかたち

生まれて初めて、キスをした……。なんというか不思議な感覚だった。ただ口と口が触れただけ……、そんな軽いものじゃない、彩やかななにかがそこにはあった。


キスをしたあと、俺たちはお互いにどう話しかけたらいいかわからず、駅まで歩いていた。


された直後は状況がよく呑み込めなかった。でも、火帆の表情をみて理解した。その時の表情を真近でみて覚えているからこそ、お互いに声を掛けずらくなっていた。


でも……、このまま黙っているのも、なんだか良くない気がする。火帆は絶対勇気を振り絞って行動したのだから、その後のリアクションがなかったら不安で仕方ないと思うし……。


そしてスゥーっと息を吸い名前を呼ぶ

「か、火帆……!!」

「み、水郷君……!!」


本当に上手い具合に同時だった。こんなに同タイミングで呼びあったことに二人して笑ってしまった。


「本当に同時だったね(笑) 水郷君も声掛けようとしてくれたんだ。」


「だって絶対、火帆は勇気を出して……、してくれたんだろ……。だからこっちからなにか言わないと不安になるかなって。」

自分で言ってて、とても恥ずかしくなってきた。でも、これは火帆の方も同じようで、少し顔が赤くなり、目線を逸らされてしまった。


「う、うん……。勇気出した……。こういう時こそ、恋人っぽいことしたいなって思ったから……。」


そう言った火帆をみて思わず可愛いと口に出してしまいそうになった。ただ、ここでそんなことを急に言いだしたらただの変人に見られるから、そこで自制した。


ここでもまた、お互い顔を見合わせて沈黙が続く。そこで見た火帆の表情は何かを求めているような、そんな印象を抱いた。


だからここは俺から切り出す。

「あ、あの……、いつもみたいに、手……つなぐ……?」


言い出してみると、すごく端切れが悪くて自分が嫌になりそうだった。


でも、それを聞いた火帆は表情にひとつ笑顔が灯った。

「うん。いつもみたいに、ね!!」

あまり理想通りには言い出せなかったけど、その笑顔を見てどうでも良くなった。


なんだかだんだん火帆に毒されてる気がするけど……。


そして、二人で手を繋ぎながらいつもの駅に向かって歩いていく。周りから見たら、この様子はカップル以外何物でもないだろう。


最初は乗り気ではなかったこの関係に、だんだんと満足している自分がいることに気づいてきた。まだ、漠然とだけど、本当の彼氏・彼女の関係になれたのかな……。


火帆は初めっから俺のことが好きだと言ってくれていた。好きになった理由は聞いたし、改めて思ったきっかけも知っている、でも再会した俺を見て、失望しなかったのだろうか……。


入学式のときに見ているなら、あの沈んだ目をしていた俺を見ているはずだ。


あの日まで、ほとんど誰とも会話をしなかった頃の俺を知っているはず……。


なのに何故、俺に好きだって告白して来てくれたんだろう……。


「火帆は……、あのときの俺を見て、失望しなかったのか……?」

口に出てからハッとした。ついボソッと言ってしまった。


「え? 急にどうしたの?」

しかも火帆にも聞かれてたようだ……。はぐらかそうと思ったが、はっきりと聞かれていたようだし、ここで濁すのはあまり良くない気がした。

だから、もう一度口に出して聞いてみることにした。

「いや……、火帆はあのときの俺を見て、気持ちが変わったりとかしなかったのか……?」


聞いてしまったら、もう後には戻れない。それでもやっぱり聞いてみたかった。


「ねぇ水郷君、気づいてないと思うけど、入学式のとき私、ずっと近くにいたんだよ。水郷君の真後ろの席だったし、だから終わったら声かけようとしてたんだよ。」


式の時はたしか出席番号順に横に並んでいた、だからたしかにありえる……。


「でも、前の水郷君とはどこか雰囲気が違うことに気づいちゃって、声かけるの躊躇しっちゃた……。もし、あの頃の水郷君がいなくなっちゃってたらって考えると怖くなっちゃって……。」


あの日までの俺は二年ぶりの学校生活に対して、自分なりに上手く付き合う方法を探していた。だから、目立たず、輪に入らず、孤独を貫いていた。


これは枷だと自分なりに理解していたから、この状況を変えようなんて考えは全くなかった。


あのときの俺には、昔の面影どころか人としての優しさすら感じとれなかっただろうから、当然だろうな……。


「だから多分、一瞬でも変わらなかったっていうのは嘘になっちゃうけど……、でも電車で助けてくれたことが、私が告白するきっかけになったの!! 今の私は、昔の水郷君が好きなんじゃない、今の水郷君が好きなんだから、そんなこと気にしないの!!」


そう言って、俺のほっぺたをつまんでニコッと笑っていた。


「そっか……、ありがとう、火帆。」


「だから、お礼を言われるようなことなんてしてないって。」


そうやって笑いかけてくれる火帆が俺にとってはすごく勇気づけられて、だからついありがとうと言葉が出てしまう。


それに、今の俺が好きだって言ってくれたことがすごく嬉しかった。今の自分が気に入っているかと言われれば昔よりは好きではなくなった。でも、これが今の自分なんだから、それを受け入れてくれたことは自分の中ですごく大きな意味を持っていた。


本当にだんだん好きになっていっている……。


これは依存ではないのか……。これまでの経験で俺はそこまで強い心の持ち主ではないことは理解している。だからこうやって、俺の事を受け入れてくれる火帆に入れ込んでしまっている……。


ただ、もしこれが依存だと言うのなら、世の中の想いを寄せている大半は依存ということになってしまうだろう。


なら、それも悪くないかもな……。



そんなことを思いながら二人で歩いていると、いつもの駅の前まで来ていた。


この後は二人で同じ電車には乗るが、なんせ車内ではあまり会話することも出来ない。それに会話が出来たとしてもそこまでの時間はない。このまま帰るのは少し名残惜しく思っていた。


ただ、ここで何も言わず二人して駅の前で立ち止まっていたことはなんというか……。


駅の前で立ち止まりながら、二人して目を合わせる。ここでお互いに名残惜しいことはわかっていた。

だから……。

「どこか寄ってから帰ってもいいか……? その……一緒に。」


ここは俺から誘いたかった。火帆自身もまだ離れたくなさそうなことは感じとれていたからこそ、自分から言った。


「あぁ……!! うん! 大丈夫だよ!! じゃあ、こっちこっち!! 行きたいところあるの!!」


そう言うと繋いでいる俺の手を引っ張って走っていった。俺もそれに続いて走っていく。誘った瞬間の火帆の嬉しそうな表情を見てこっちも嬉しくなった。


学校帰りにこうやって火帆とどこかに寄るっていうのはあのとき以来だな……。あのときは気持ちも沈んでて、場所も誰もいない静かな公園だったけど、今は二人とも笑っていて多く人がいる大通り沿いに出ている。


こんな気分になるのは本当に、小学生のとき以来かもしれないな……。


同じ道を通っている人を掻き分けながら、二人で手を繋いで走っていく、手を引いている火帆の姿はとても輝いているように見えた。この感覚がなんだかとても優越感あるものに思えた。


そして、息を切らしながら走っていくと、ある場所にたどり着いた。そろそろ日が沈もうとしている薄暗い空に明るく灯っている観覧車が目の前にあった。


「水郷君、ここだよ。」

そう言って、目の前にある遊園地に指を指す。


明るく日が差している遊園地ではなく、少し薄暗い中に光を灯しながら存在感を出している遊園地はなんだか不思議に思えたが、同時にとても綺麗だった。

「ここか。綺麗なところだなー。聞いていいか、なんで遊園地……?」


「ずっとデートらしいことしてみたいなって、思ってたんだけど……、なかなか言い出せなくって……。遊園地ってデートらしいかなと思ったから……、子供っぽいかな……?」


その言い方にグッと何かを掴まれそうになったが、ここは落ち着いているように振る舞う。

「いや、たしかにデートらしいかもな。したことのない俺が言っても説得力ないけど(笑)でも、楽しそうなことはたしかだと思うよ。」


「水郷君はここでいい……?」


「ああ、火帆といっしょならな。」

火帆を安心させようと思い、ニコッと放った言葉だが思い返すとすごい恥ずかしい言葉になっていた。

ぶっちゃけ普通だったら絶対にキモイと思う……。


だが、「本当? そう言ってくれるのはなんか嬉しいな〜。」俺の言葉に笑うこともせずに、喜んでいた。


自分を許すと同時に、自信も取り戻さないとなのかもな……。こういう言葉が何も考えずにすんなりと出てきてしまうのは昔の名残りだろう……。


でも、昔はこれが本当の俺だったんだからな。今、この瞬間は変に自信を持てなくてハキハキ出来ないのは、なんだか嫌だから久しぶりにテンションをあげていくか。


「よし!! じゃあ急ごうぜ。遊園地だとそんなに長くはやってないだろうから。」


「うん!! じゃあ、チケット買いに行くよ〜!! こっちにきて!!」


そう言ってまた俺の腕を掴んで前を走っていく。ただ、ずっとリードされているのもちょっと違う気がして……。


だから俺は火帆の手を繋ぎ返して、並んで走っていく。せめて、肩を並べられるくらいにはなりたいから。


そして、入場口前でチケットを買う。一人2000円と書いてあったので、金額を確認し、財布を用意して待っていたが二人の会計合わせて3500円となっていた。


あれ?っと思ったが、売り場の方はとくに何も無く、平然とした表情のままで対応していた。それに二人の合計料金を間違えるはずはないし、特に問題は無いのだろうと思った。


料金は二人で割り勘にした。この関係上割り勘はどうなんだと思う人もいると思うが、学生の身だし、それに元々は小学校からの友達だったのだ。今更そういう風にするのはあまり二人とも好まなかった。


そうして払うと、腕に巻き付ける園内パスのようなものを受け取り、それを巻き付けた。


自分たちが巻き付けたパスの色は蛍光ピンクになっていて、少々ハートが書いてあった。


だが、ほかの家族連れの人達の腕をみると明らかにパスの色は蛍光の黄色だった。


なにが違うんだと思っていたが、別にサービスに関しては特に変わりないようだし、火帆の方は全然そんなこと気にしていないようだった。

「水郷君、早く荷物ロッカーに入れて、遊ぼ!!」


「あ、ああ、そうだな。じゃあ、行こう!!」


そして、ロッカーにスマホと財布以外のあらかたの荷物を預けて園内の方へかけて行った。


まず何かに乗ろうってことになったけど、最初ってどうすればいいんだ……? ここは聞いてみるのが一番か。


「火帆は何に乗りたいんだ?」


「うーんとね、あ、じゃああれ、コーヒーカップ!!」

そうして指をさした方向に火帆が言ったコーヒーカップがあった。


「昔から好きだったんだけど、最近行けてなかったからまた乗ってみたい。」


「わかった。じゃあ、まずはコーヒーカップだ。」


そうして目当てのコーヒーカップへと向かう。ほかのアトラクションより空いていたので、ほとんど並ぶことなく乗ることが出来た。


ただ、大きいサイズのところに案内されると、ほかのお客さん達と一緒に乗ることになるのだが、今回はふたり用の小さなカップに案内されたおかげで、火帆と二人っきりだった。


どう乗ろうかと迷ったけど、一応カップルというわけなので、できる限り近くに座るようにした。


少しばかり緊張していたが、その緊張も数分後にはすぐに無くなった……。


アトラクションが始まり、コーヒーカップが回り始めた、色んな人達がアトラクションに喜んでいるように見えたその時に、火帆が中心にあるハンドルをバシッと掴む。

なんだか明らかに違うオーラを醸し出していた。


そして次の瞬間から、ハンドルを一気に回し始めた。回り始めると、コーヒーカップは留まることを知らずどんどん加速していき、ほかのコーヒーカップよりも明らかに高速でまわっていた。


この速さで回っているコーヒーカップに圧倒されていた俺に対して、火帆は笑顔で楽しそうにまだハンドルを回していた。


火帆ってこんなに三半規管強かったのか……。


そして、圧倒され続けていると、いつの間にかアトラクションは止まっていた。終わると火帆はご機嫌に鼻歌を歌いながら席を立っていた。


それと対象的に俺は目の前の視界がフラフラして、直立で立っているにはギリギリだった。


ほかのお客さん達も、俺の様子を見て大丈夫かと見守っていた。


この後、なんとか火帆に支えてもらいながら近くのベンチへと移った。


「水郷君、ごめんね。ついいつもの癖で、回しすぎちゃった。」ここでもケロッとしている火帆の姿がこのときの俺には少し恐ろしく感じた。


「い、いや……、別に大丈夫……だから……。てか火帆、三半規管強すぎない?」


「昔から、回ったりすることが好きで、みんなは気持ち悪くなるって言ってたけど、私は全然だったから、まぁ強いのかな……?」


そういえば思い出した。昔クラスで社会科見学に行った時、ぐるぐる道の中、酔っている人もちらほらいる中で、火帆はバスの中でずっと一人で本を読み続けてたっけ……。

その後何事もなく、外を歩き回ってたし……。

もしかしなくても、火帆って結構ハラハラするアトラクションが好きらしいな……。


そして、10分ほど休みなんとか回復した。

「水郷君、大丈夫? よくなった……? 」


「あぁ……、なんとか普通に行動できるくらいにはなったよ。」


「そっかー、良かった~。じゃあ、次はどこ行く……? 今度は落ち着いたものにしよっか。」


「あっ……、そうだ火帆、ちょっと行ってみたいところがあるんだ。」

そう、ここまでになったんだ、少しくらい仕返ししてやっても文句はないだろう。


「わかった。今度は水郷君が行きたいところね!!」


そうして俺たちが向かったのは、この遊園地にあるお化け屋敷だ。ここは地元でも有名で相当楽しめるらしい……。


それに俺は知っている。火帆は幽霊が苦手だということを……。


お化け屋敷の目の前に着いたとき、火帆はそこを見上げながら少し青ざめた表情をしていた。ただここで一つだけ弁解しておくが、俺は普通にお化け屋敷が好きだ。今回の仕返しのためだけに行くんじゃない。普通に行ってみたかったし……。


「どうした……? 大丈夫そうか……?」


「う、うん……!! お、お化け屋敷か……。よーし、楽しむぞーー。」

表情は明らかに不安そうだったが、二人で入れば楽しめるだろうと思ったので、この調子で進んで行った。


そして、中へ入るために腕のパスを見せる。すると、中のマップと二人で持つようにとライトを渡された。ただ、形状的に二人で持つとなるとすごく密着するな……。


でも、入った瞬間から火帆は俺の腕を掴んでいるから、変わらないか……。


そして、中へ案内される。中は外とは比べ物にならないくらい真っ暗で、しかもとても静か。また、首の辺りを少し涼しい風がフーっと抜けていく。まさにお化け屋敷といった感じだな……。


中へ進んでいくと少しづつ目が慣れて、だんだん中の様子が見えてきた。中は案外広くでも、マップも見てみると通路はいくつかに分かれていてまるで迷路も兼ねているような構図だった。


そしてちょうど、その分かれ道が目の前に現れる……。

「分かれ道……、どっちに行けば……。水郷君わかる……?」


そう言われてマップにライトをかざして現在地を確認する。こういうとき地図をよめない人ってどうしてるんだろうな……。


「えーっと……、ここから来たわけだから……、ここは右だな。」

そう言って並んで二人とも右に曲がっていく。


俺の腕をつかみながら少し震えている火帆、ここまで苦手だとは誤算だったな……。

「水郷君ってすごい冷静だよね……。もしかしてこういうの得意?」


「得意というか、好きな部類かな。本物の心霊スポットとかはちょっと気が引けるけど、こういうところなら単純に楽しめるからさ。」


「へ、へ〜楽しめるんだ~……。」

明らかに俺の返答にドン引きしたような言葉を返して来たが、こればっかりはしょうがないだろうなと自分の中で納得した。


そして、どんどんとマップを見ながら先へと進んでいく。先に進むごとに段々と火帆が俺の腕をつかむ力が強くなっていって、距離も近くなっていた。


近づかれたことによって、俺はお化け屋敷よりもそっちばかりを気になってしまう……。


ある意味、カップル気分を味わえているのだろうか……。


そう気を取られていたときだった……、後ろから何やら足音が早々と聞こえてくる。二人してそれに気づき、後ろを振り返る、その瞬間はまだ遠く、見えなかった。だが、時間が経つにつれてどんどん足音が近づいてくる。音的に何人か走っているようなベタベタした足音だ。


そしてとうとう渡されたライトをその先へ照らしてみる。すると……、、後ろの方から何人かの白塗り幽霊に血を被せたようなものと、ゾンビらしきものがベタベタと走ってきていた。


それに気づいた瞬間……

「ギャーーーー!!!」と火帆が今まで聞いたことの無いような悲鳴をあげた。

もちろん俺も後ろの様子に驚いたが火帆の悲鳴に圧倒されてしまい、声が出なかった。


叫んだあとの火帆はまるで魂が抜けたかのように、ボーッと突っ立っていた。


「お、おい!! 火帆。大丈夫か……!?」

呼びかけても全く返事がない。なんとかこの場は走らないといけないのに、火帆が動けない……。


どうしようかと思ったその矢先、パッとひとつ思いついた。一瞬、迷ったがこの状況で迷ってはいられないと思い、即行動に移した。


「火帆、わるい……。ちょっと持ち上げるぞ……!!」

そして俺は背中と太ももの方に手を添えそこからガシッと抱えるように抱き上げた。俗にいうお姫様抱っこの体制だ。


この瞬間に、火帆の魂は戻ったようだが……、すごく慌てていた。

「……えっ、ちょっ、ちょっとなんでこうなってるの~!!?」


「後で説明するから、とりあえず走るぞ!!」

そう言って俺は火帆をだき抱えたまま全力で走りぬけて行った。


そこから先は周りの様子を気にすることも無く、だき抱えていたこともあるだろうけど、後ろから逃げることに必死で走り抜けて行った。


そしてそのままの勢いで出口まで着いてしまった。

息を切らしながら、なんとか火帆を運び最後まで来てしまったようだった……。


楽しかったけどここはなんだかお化け屋敷というか、脱出ゲームに近かったような感じがするが……。


「火帆……、大丈夫だった?」

話しかけているときもまだ息が切れていた。


だき抱えられている火帆の方を見てみると、ボーッと俺の顔をずっと見ていた。なぜか少し顔がほてっている。

「? 火帆……?」


声をかけると火帆の意識がこちらに戻ってきた。

「ハッ、あっ……、ありがとう。水郷君……。」


「いや、別に大丈夫だよ。」

予想より全然軽かったし、それにあんな状態で放ってはおけなかったし……。


まさかお化け屋敷に入ってこんなことになるとは、予想もしてなかったけど。


そうしていると一人の子供がこっちの様子を、なにか不思議なものを見ているような目で見ていた。

「ママー。ああいうのがお姫様抱っこって言うの?」


それを聞いてその子の母親は「そうね、邪魔しないであげて」と言ってその場から離れていった。


それを二人して見聞きしてしまったため、一気にこの状況が恥ずかしくなってきた。


「さ、さすがに下ろそうか……。」

そう言ってみたが、なんだか少しものほしそうな目でこっちを見てくる。


えっ……もっとして欲しいってことなのか……? 可愛い目をしてこっちを見てくるのがずるい!!


こうなってしまうと、強引に下ろすことは俺の心が許せないので……

「もうちょっとだけ、こうしてるか……?」

そう聞いてみた。


「あっ、うん……。もうちょっとだけ……。」

するとなんだか喜んでいるような表情を浮かべた火帆。恥ずかしいけど、火帆が喜んでくれるならいいか、と思いもう少しだけそのままでいることにした。


ただ、やっぱり近い……。抱えているだけなのに、なぜ火帆の匂いがしてくるんだ……!! しかも柔らかい感触が腕に伝わってくる……!! こんなこと意識して、俺って変態なのか……!! 


俺が煩悩に耐えているあいだ、火帆は顔を俺の身体の方へ近づけて目をつぶっていた。様子的に眠っているわけではなく、なんだか安住の地をみつけ、安心している小動物のような印象をいだいた。


あの頃を思い出す……。まだ、小二の頃……、夏休みの学校プールに来て、その帰り道いつもは五人くらいの団体で帰っていたのだけど、ほかの三人は休みだったり、用があったりと噛み合わず火帆と二人っきりで帰ったときがあった。


今とは違って、ハキハキした感じではなく前髪も目にかかっていた。今でも少しだけ、あのころの面影が見えるのがちょっぴり嬉しくもある。いつも後ろに着いてきて、遊びに付き合っていた。


二人きりになったのはこのときが初めてだったかもしれない……。この頃は火帆からしゃべりかけることはほとんどなく、俺が話を振って会話をし、少し笑うみたいなやりとりをしていた。


この日は夏の中でも猛暑日だったらしく、二人とも晴天の中汗を垂らしたがら帰り道を歩いていた。あまりにも暑すぎたから、俺は少し休もうと言い近くの小さなスーパーでアイスを買った。


買い食いはダメと学校から言われていたけど、あまりダメな理由が自分の中で見つからず特に気にしていなかった。火帆の方はどうだったかと言うと、俺が大丈夫と言ったらすんなりと受け入れ、アイスを選んでいた。


そしてフードコートのイスに座り、互いに選んだアイスを食べる。自分はモ〇王、火帆はピ〇を選んでいた。元々シェアしやすいアイスだったこともあって、二人でちょっとづつわけて食べた。


火帆の方はどうだったかわからないけど、当時はただの友達だったから意識なんか全くしなかった。


いま思うと、なんやかんやで火帆とは妙な繋がりがある。

アイスを食べ終わり、俺はトイレに行くためちょっと席を離れた。時間としては五分もかからないうちに戻ってきたが、フードコートのイスの上で火帆が熟睡していた。


スーパーに来てから何回かあくびが出ていたし、明らかに眠そうではあったからしょうがないと思った。


この頃不審者情報なども出ていたので少し心配したが、近くにいたおばさんが目を光らせたいてくれていたため、大丈夫だったよう。


「おーい、スズメ~、もう行くぞ~。」

声をかけてちょっと揺らしてみたが、なかなか起きない……。安心しきった感じでぐっすりだった。


しょうがないかと思い、自分のと火帆の荷物を持って火帆を背中におぶさった。


今考えたらよくできたなと今からでも自分のことを褒めたいくらい道のりが大変だった。

この日は猛暑日で日差しも照っており、そんな中で友達の荷物も持ちながら友達をおぶさっていた。


汗もジリジリと垂れてきており、特に背中が暑かった。火帆の汗も首を伝って流れており、とても変な感じがした……。


肩に火帆の顔がかかっていてちょっと振り向くと火帆の寝顔がよく見える。こんなに暑くて、汗もかいているのに、安心しきったような寝顔でしっかりとはりついていた。


このときの寝顔を見て不意にもちょっと可愛いなと思ってしまった。



あのときの様子にそっくりだ。こんなこと言ったらちょっと怒られそうだけど。

火帆は覚えているかわからないけど、あれ以降から二人でよく話すようになったんだよな……。


「……おーい……!! 水郷君? ボーッとしてどうしたの……?」


「あっ、いや……、別に何もないよ。よし、そろそろ次行こう!!」


「えっ……!? ちょっと待って、ここまま行くの!!」


テンションが上がっていたせいか、火帆の声が聞こえず俺はこのままの状態で、アトラクションの方へ走っていってしまった。


その後、列に並んだときに二人して恥ずかしさで死にそうになったのだが……。


それから二人でジェットコースターなど絶叫系を楽しんだり、ちょっとだけ二人で分けようと食べ物を買ったり、普通の遊園地デートを楽しんでいた。


そうしてあらかた遊び終わったところで、火帆から提案があった。


「水郷君、やっぱりここまで来たら……観覧車乗ろうよ!!」


「観覧車か……、景色でも観たいのか?」


「まぁそれもあるけど……、やっぱりデートって言ったらさ……、あーもう!! これ以上は言わない!!  ほら、早く行こう!!」


「え……、あ、ちょっと!!」

そうして手を掴まれて観覧車の方まで走っていく


途中まで火帆が言っていたことが気になったけど、まぁいっかとなり数分後には忘れていた。


そして手を掴まれたまま、観覧車の乗り場に着いた。他の家族連れの人もいたので、そこへ並ぼうと歩いていくと、チケット確認のために前で停められた。


「チケットご確認致しますね。」

そう言われ二人とも腕に巻き付けている、園内パスを見せる。

「はい、ありがとうございます。カップル様ですね。こちらへお並びになって、お待ちください。」


……え? カップル様……? 何でわかったんだ……? いや、この状況でそうじゃないというのも無理な話だが……。


あっ……?!


そこで全てに納得がいった。園内パスが他の人たちと違うこと、値段が少し安かったこと、コーヒーカップで謎に二人乗りに案内されたこと、これのせいだったのか……。


するとふと思った、あれ……? この観覧車もなんか別のところに案内されたよな……。


「あ、水郷君、私たちの番来たよ。」

カップル様という言葉を聞いても、火帆は全然反応しなかった。元々知っていたのか、それとも気にしていないのか……。よくわからなかった。


そう言われてすぐさま乗るゴンドラを確認する。パッと見は普通のゴンドラと大差がなかった。なら、特には気にしなくて大丈夫かと思い安心していた。


「では、扉を閉めさせていただきます。いってらっしゃいませー。」

そうしてスタッフさんに扉を閉めてもらい、ゴンドラは二人っきりの空間になった。お互いに話しやすいように対面で座るようにした。


いざこうなってしまうと、なかなか会話を切り出しずらくなってしまい、少し沈黙が続いた。


その間に、少しなかを確認してみる。するとガラス窓にカーテンがつけてあった。最近の観覧車はみんなそうなのかと思っていたが、窓の外から他のゴンドラが見えそこには何も無かった。


あれ……? あれだけないのか……。いや、たしか全体を見たときカーテンが付いてるゴンドラってそんなにあっけ……?


「あっ……!!」

つい納得がっいってしまい、声に出てしまった。


「水郷君、どうかしたの……?」


「あぁ……え……、いや、別に大丈夫だよ……。」

なんでわざわざカーテンなんか付けてんだよ~!! これじゃあ、ただ怪しまれるだけだろうに……!!


「水郷君、顔赤いよ。大丈夫……? もしかして暑い……?」


「あぁ……い、いや別にそうじゃないんだ……。だ、大丈夫……!!」

ダメだ~!! 誤魔化しにすらなってない!! ごめん、火帆、こんなことを考えてしまう俺が悪いんだ~!!


「大丈夫そうじゃないよ!! ちょっとこっち来て!!」

そう言われて顔をグッと近づけられる。

火帆の癖らしいのだが、昔から人には目線を合わせて顔を見合わせる。


そのせいで目線がバレてしまった……。


「ん? カーテンなんか見てどうしたの……? もし、日射しが暑いなら閉めよっか?」


「い、いや!! さすがに閉めるのは、景色も見えなくなるし、いいよ……!!」


気にしないように、気にしないように……!! 

なんとか煩悩を捨てようと意識してみたが、なかなか消えない……。


そこで火帆が気づいてしまった……。

「そういえば、カーテンが付いてる観覧車ってなかなかないよね。」


「た、たしかにあまり見ないよな~……。」


「ねぇ、一回全部閉め切ってみない!!」


「え!? 閉め切るのか……?」

その言葉に驚いてしまった。完全に気づいていないみたいだな……。


「うん!! なんか面白そうだし、ドキドキしない……?」

この状況で、その言葉はやばい……。

いや、火帆はそんな気で言っているわけじゃないし……、だ、大丈夫だよな……。


それから窓の周りにあるカーテンを閉め切って、ゴンドラの中が完全に個室と化した。


「なんか不思議だね。せっかく観覧車に乗ったのに、窓を閉め切っちゃうなんて。」


「そ、そうだな〜……。」


反応に困って火帆に対して素っ気ない返しをしてしまい、火帆はムスッとして立ち上がり俺の方へ近づいてきた。


「もう、水郷君!! 観覧車に乗ってからなんか変だよ!! 私なにか変なことした?」


そう言った瞬間に、風のせいかグラグラとゴンドラが揺れた。それによって火帆がバランスを崩し俺の方へかぶさってきた。完全に抱きつかれた感覚と変わらず、不意にもドキドキしてしまった。


「あ、ありがとう水郷君……。」


不意な事故であったもあり、火帆も少し照れていた。


「あ、い、いや……。それより大丈夫……?」


「うん、水郷君が受け止めてくれたから……。良かったね、もしカーテン閉めてなかったら、まる見えだった……ね……? あれ……、そういえばカーテンって……。」


そこでだんだんと火帆がカーテンの存在を理解し始めた。

ヤバいかも……。


「!! も、もしかして水郷君……。」

その瞬間から、だんだんと火帆の顔が真っ赤に染まっていく。


「このカーテンってそういう意味だったの……?」


「お、おそらくは……。で、でも……!! 俺たちはそういう意味で閉めたわけじゃないから……。」


そこで火帆は自分がした発言を思い出す。

「わ、私……、カーテン閉めるときドキドキしない……とか言っちゃった……!! 水郷君、わかってると思うけど、そういう意味じゃなかったからね!!」


「そ、それはもちろん、わかってはいたけど……。」

わかってはいたけど、その言葉にドキドキしている自分が確かにいた。それになにか妄想までぎりそうになってしまった。


俺のこの反応に、考えていたことがわかってしまったらしく……

「い、今は……!! まだダメ!! そういうことはまだダメ!!」

しっかりと火帆にお叱りを受けてしまいました……。


「ご、ごめん……!! で、でもそこまで変なことは考えてたりしないから……!!」


「ふぅーん。水郷君も意外とそういうこと考えるんだ……。」


「え、い、いや……」


ガッチャン!!

そして、観覧車が一周し終わったらしく、ゴンドラの扉が開けられた。


「お疲れ様でした~……。お客様、もう終了ですよ……?」


そう言われた瞬間、自分と火帆の状態を再確認した。バランスを崩し火帆が俺に被さって接近している体勢のままでいたため、この状態をガッツリ見られてしまった……。


「ご、ごめんなさーい!!」


「ご、ごめんなさーい!!」


二人して顔を真っ赤にして同時に謝りながら、早々と逃げるように走り去って行ってしまった。


最後の最後で絶対受けてはいけない、誤解を受けた気がする……。


それからもう少しいようかという話になったけど、そろそろ帰らないと家の人が心配するってことで園の中をあとにした。


空にあった夕日はもう沈み、明かりもそろそろ消え、真っ暗になろうとしていた。


道には街灯が灯り始め、辺りはもう夜の雰囲気を醸し出している、その中を二人手をつなぎながら通り過ぎていく。


初めはドキドキしっぱなしだったけど、手をつなぐこともだんだん慣れてきた。


さっきあんなことにもなってたし、耐性が付いたのかもな……。


そうして少しさっきの出来事を思い出しまた恥ずかしくなる。そのせいか握っている手にだんだんと熱を帯びてきた。

あまり手汗はかかない体質だから、そこは心配ないんだけど、明らかに熱くなってるのは伝わっちゃうからな……。


そうしていると、だんだん繋いでいる手の中が湿ってきていた。

感覚的に自分の手からの汗ではなかった。


そうなると他は火帆以外にはありえなく、火帆の方へ顔を向けるとうつむいたまま、少し赤くなっていた。

様子的に全然慣れているようなことはなく、逆に心配になってくるほどだった。


「か、火帆……? 大丈夫か……?」


「!? えっ……? う、うん!!」

大丈夫という言葉には程遠いように見えたので、もう一度声をかけてみる。

「ど、どうした……? なにかあったの……?」


「なっ、何かあったって言うか……、その……これは自分のことだから、水郷君は気にしないで!!」


予想以上にはっきりとした声でそう言ったので、なにか聞いて欲しくないことでもあったのかなと思い、それ以上は聞かないことにした。


でも聞かないようにして少し黙っていると、ちょっと不機嫌そうにこっちをチラチラと見てくる。


かまって欲しいのかな……? それとも、なにかしちゃったかな……?


「ちょくちょくこっち見てるけど、どうかしたの……? もしかして、何か気に障ることしちゃった……?」


「べ、別にそういうことじゃない!! そうじゃないんだけど……。」


ますますよくわからない……。一体なにをすればいいのか、検討もつかない。


そうあたふたしている俺を見かねてか火帆はそっと近付いて話しかけた。

「そっか、水郷君こういうのあまり得意じゃなかったっけ。ごめんね、変なこと言っちゃって。」


そう言った火帆はなんだかすごく寂しそうに見えて、真意を聞かないわけにはいかなかった。


「ご、ごめん!! 俺火帆が思ってること全然わからなくって、どうしたらいいのか考えてもそれが正解のように思えなくって……、だから口で伝えてもらってもいいかな……?」


「………、ふふっ、水郷君でもわからないことってあるんだね(笑)。」


そう言った俺の言葉を聞いて彼女は軽く笑っていた。その後で、どうしてあんなこと言ったのか聞いてみたが、かるくかわさせてしまい教えてはもらえなかった。


それからは二人ともいつものテンションに戻り、いつも通りの会話をつづけた。駅に着いてからも、途中で降りるまで会話は弾んだ。


火帆が電車から降りた後、感情に浸りながらも少し考えた。


火帆が思っていたこと、して欲しかったことってなんだったのだろう……。集団生活というものから離れて約三年間の弊害がまさかこんなところで出てくるとは……。


人よりは感情を読み取れる自信はあったんだけどな……。

昔はもう少し人の考えてることとかわかったのに……。これから関わっていく中でまた身につけていくしかないか……。


でも、人との関わりに対しての恐怖はだんだん溶けつつある。


どうにかできるはずだ。そう思いながら電車の中を後にした。





〜続く〜

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