第6話 注目の的

二つの弁当箱を抱えて、俺の教室へと赴き声をかけてくる火帆。


完全に気が抜けていた俺にとってはいい目覚ましにはなったが、周りの生徒からどんどんザワザワとしてきた……。


「あれって、隣のクラスの木雀さんだよね……。」


「本当だ……。お弁当二つ持って誰呼んでたんだろう?」


「なんか水郷とか言ってなかった……?」


やばい……、これは非常にまずい。


そう思って俺はすぐさま席を立ち教室のドアの方へ急いで向かい、火帆を連れて少し人の少ない所まで向かった。向かっている途中でも、色んな人に見られたが……、まあ、気にしないでおこう……。


そして、あまり人の通らない校舎の階段まできた。


そこで火帆は、ここまでの俺の行動に疑問を抱いているような表情をしながらどうしたのと聞いてきた。

「どうしたの? 水郷君。あ、これお弁当作ってきたんだけど、一緒に食べない?」


「え、ああ……ありがとう。」

いつも、学校の近くで買っているパンがお昼だったからありがたい。


にしても、昨日のことなのになかなか気合が入ってるな……。弁当を朝作るなんて簡単なことではないのに……。


そうは思いつつも、作ってきてくれたことは嬉しいので、階段のところに二人で座って「いただきます」と手を合わせた。


中を開いてみると、ご飯とおかずが綺麗に陳列されていた。見た感じは結構作りなれているような様子だ。


ただ、少し気になるのは……、おかずの中身が俺が昔好きだと言っていたものばかりだったことだ。


「あ、あの……火帆、このおかず……」


「うん!! 前に水郷君から聞いた好きな物いっぱい詰めてみたんだけど、どうかな?」


ぶっちゃけると嬉しい、今でも好きだし……。

ただ、あんなに前のことよく覚えてたな……、これ話した時なんか、学校の休み時間に友達数人と会話していた中で出てきただけなのに……。


改めて思ったが、どうやら火帆はあの頃からずっと俺の事を気にかけていたようだ。そして、結構愛が強いのではないかと……。


改めて認識したところで、俺は弁当の中に入っている玉子焼きをとる。


あ……、しょっぱい……。


うちの家はこの地域では珍しいらしく、玉子焼きはしょっぱい味付けになっていた。だから給食で出た時も、甘い玉子焼きをあまり食べつけなかった。


「あ、あの……この玉子焼き……。」


「良かった!! 気に入ってくれた? 水郷君はしょっぱい味付けが好きだって知ってたから、作ってきたんだよ!!」


そっか……、美味しかった、ありがとう!


そう口に出そとした時、俺の頭の中に一つ疑問が浮かんだ。


あれ……? 俺、玉子焼きのことなんて話したことあったっけ……?


よく思い出してみた。そうだ、あの頃なかなか味付けが合う人がいなくって、あんまり理解されなかったから話すのをやめたんだっけ……。


えっ……、そうなると、一体どこから……


「あ、あの火帆……」


火帆に聞こうとしたその時……


「あ〜! 火帆いた~!!」


「なんで、こんな人気のないところに……」

そう言いながら二人の女子生徒が近づいてきた。多分、火帆の友達といったところだろう。


あ……、この状況は言い訳できないよな……。


「? あれ、もしかして、この人って……ずっと火帆が好きだって言ってた人?」


「だとしたら、邪魔だったかな……?」


この二人のテンションは少し対称的だった、片方はよくクラスにいるような明るい子のようで、もう片方は、余り喋らないけど凛としているような子だ。


ここで俺が答えるわけにもいかず……

「い、いや! 邪魔じゃないから……。えっと……、その通りだけど、今は私の彼氏……。」


火帆は顔を真っ赤にしながら、友達二人に説明した。そんなふうに彼氏とか言われると、こっちも恥ずい……。


「えっ!! そうだったんだ〜! おめでとう!!」


「うん、おめでとう!! 良かったね、想いが叶って。」


二人は快く祝福してくれているようだった。今では、火帆に付き合えたことを一緒に喜べる友達ができたんだと思うと、少し安心した。


そう兄心のようなものを感じていると、話の的は俺の方へと向かってきた。


「はじめまして!! 火帆の彼氏さん! 私は火帆と同じクラスの未崎明希乃みざき あきの、こっちも同じクラスの……」


神楽坂凜夏かぐらざか りんなです。はじめまして……。」


未崎明希乃、今年度入ってきたテニス部のエースらしく、中学の頃は全国大会まで行った実力者だそう。


神楽坂凜夏、たしか今年の入学試験の総合一位だっけ……。


二人とも学校中では有名だよな……。こんな二人が友達って、なかなかすごいな……。


こんな三人でまとまってたら、みんな近寄り難いもんな……。

「は、はじめまして……。結月水郷です。」


「よろしくね!! 火帆の彼氏さん! 水郷君って呼んでいいのかな……? 私たち、いつも三人で集まってたから今日火帆が見つからなくって二人で探し回ってたんだよね〜。」


未崎明希乃、なかなかの距離の詰め方だな……。多分、誰にでも明るく接するタイプだろう。


探し回っていた理由は、たしかにいつも一緒にいる友達がいなかったら妥当なものだ。


そのように考えていると、神楽坂凜夏がグッと近づいてきて、俺に言い放った。


「あなた、入学試験、総合五位だった、結月水郷君だね……。」

うちの学校では入学の際に、試験での結果上位50人の名前が張り出される。


始めの方で、俺の成績は中の上と言ったが……それは苦手教科を意識したことであって……本来の総合成績はお世辞を抜きにしても結構良い方である。


まあ、言いたくなかったのは目立ちたくなかったから……という情けない理由なんだが……。しかも、上位三名程なら覚えている人も多いはずだと思ったが、五位という順位は知っている人数も少ないと踏んでいたのだが……まさか覚えられているとは……。


この発言を聞いて、未崎、火帆も驚いていた。


火帆にすら言ってなかったもんな……


そして神楽坂は発言を続ける。

「私、結月水郷君がどんな人なのかずっと気になってた……。私……あなたに数学と理科で負けてるから。このふたつに関しては、あなた学年トップでしょ。」


あぁ……、そこまで知られてたか……。

元々、理系科目は好きだったからずっと得意だった。今までそんな順位などは気にしたことは無かったから誰かに言ったりはしてこなかった。


この話を聞いて、火帆、未崎は目を丸くしていた。


「水郷君……そんなに頭良かったんだ……。」


「学年五位、それに理数は凜夏に勝ってるなんて!! 火帆の彼氏ってすごい人だったんだね!」


この話題のおかげか、一気にこの場の空気が変わった。


まあ、たしかにこれのおかげで火帆の彼氏というハードルの高いポジションにいる俺は成績優秀者ということになり、周囲からの火帆のメンツは保たれるだろうがな……。



「えっと、じゃあ水郷君がすごい人と知れたことだし、それに……お邪魔みたいだから私たちはおさらばするね~!!」


「じゃあね、火帆。結月水郷君、次のテスト楽しみにしてるから。」


最後に少し宣戦布告のようなものをされたが……まあ、いいだろう。


「ごめんね、私の友達が。いつも仲良くしてたから。あ、でもどうして水郷君、言ってくれなかったの? あんなに勉強できること。」


「えっと……、火帆に言うタイミングもなかったし、それにわざわざそんなこと言うのはあまり好きじゃないからさ……。」


この時言ったことも本心だ。わざわざそんなことを言って、何になるのか、それに自分の成績を口外するやつなんて普通はいないしな。



それから、二人で時計を確認して休み時間の残りがあまりないことに気が付き、急ぎながらも楽しくしゃべりながら火帆の作って来てくれた弁当を味わった。


そして、話しながら二人で廊下を歩き、じゃあ、また放課後と言ってお互い教室に戻った。


やっぱりまだ、視線自体は感じるが……、気にしなければ大丈夫だろう。


午後の現代文の授業が始まり、解説を聞いていた時、俺はふと思った。


今日は学校に来て、久しぶりに楽しいと感じた。あんなに話したのは、いつぶりだろう……。


ただ、やはりこの考えがよぎる……。


俺は、幸せを感じていいのだろうか……。人と関わっていいのだろうか……。ましてや付き合うなんて……。


やばい、また……発作が……!


そして普段通り授業中なのであまり目立たぬように、薬を取りだしペットボトルの中に入っている水で飲み込む。


何とか発作は治まった。


これ以上考えるのはやめよう……。思い詰めると余計に悪化するからな……。


それに、俺の事を好きだって言ってくれた火帆に申し訳ない。


そして考えることをやめ、俺は集中して午後の授業を全て受け終えた。


普段通りに片付けをして、カバンを持ち誰とも会話をすることなく教室を出る。


教室を出た瞬間、火帆の声が俺の耳に届く。

「水郷君!! 一緒に帰ろう!!」


「あぁ……、帰ろう。」


そして、二人で帰ろうとした時、ちょうど火帆が担任に呼び出された。


「ちょっと行ってくるね。」火帆はそう言って教室の方へと戻っていった。そんなにかからないだろうと思い俺は近くの廊下で待っていた。時間的にもう夕方になり始め、俺は窓の外を眺めていると肩をチョンチョンとつつかれ、振り向いてみてみると、そこにはお昼に会った未崎と神楽坂がいた。


「やあ!! 水郷君。お昼ぶり~!」


「結月水郷君、さっきぶり。火帆のこと待ってるの……?」


「ああ、一緒に帰ろうってことになってるんだけど、担任に呼び出されてからまだ戻ってきてないんだ。」


「そうなんだ。じゃあ、その間ちょっとだけ私たちと話しない? 聞きたいこともあるし。」


未崎はそう言って、神楽坂と一緒に俺の前に立った。


「ま、まあいいけど……。」


時間も持て余してるし、話し相手がいるのはありがたい。それに火帆の友達ということなら話しやすい気がした。


「水郷君のことはさ、火帆から結構聞いてたんだよ〜。ずっと好きだった人がこの高校でたまたま一緒だったって。でも、今までのことを聞いて知って思ったんだけど……、今日会うまで、水郷君が火帆の彼氏って全く思わなかったんだよね。」


「それはそうだろうな、こんな目立たないやつがあんな誰にでも好かれるような火帆の彼氏だなんて笑っちゃうよな。」


「ううん、私たちが気になったのはそこじゃない。正確には凜夏が気づいたんだけど……。」


「結月水郷君、あなたいくらなんでも目立たなすぎじゃない?」


え……、目立たなすぎってどういうことだ……。

それに続いて神楽坂は話を続ける。


「少なくとも、あの入試結果でトップ10をとった人はみんな話のネタになってる、私も含めてそう。でも今まであなたの名前が上がることは一切なかった。それに火帆から聞いていた感じの人だとすると、友達と全く一緒に過ごしていないのが不思議なくらい。」


なんでここまで、気づくのが早いんだ……。


グッ……また発作が……、ここでなるのはなるのはまずい……。またあんなことになったら、説明が必要になる……、あの時のことを説明するには薬が必要不可欠……でもこの薬を今月でこれ以上摂取するのは、担当医から入院を進められかねない………!!


そうわかっていても耐えられず、俺はその場にうずくまってしまう……。


俺の様子を見て、突然どうしたのかと不安になり心配してくる二人、いつもだったら薬を出すとこを戸惑わないのに……でも……もし入院なんてことになったら……。


そこに、呼び出しから帰ってきた火帆が息を切らしながら走ってきた。


「水郷君!! 大丈夫、大丈夫だよ。」


俺の背中をさすり、落ち着けてくれようとした。でも、やっぱり薬に頼らないと……、


俺はなんとか火帆にお願いし薬をだしてもらい身体に流し込んだ。


火帆のおかげかなんとか数分したら落ち着いた。


みっともないところを見せちまったな……。この二人にも……、火帆に抱えてもっらって……ほんと情けない……。


そして完全に落ち着いてから立ち上がり、二人は申し訳なさそうに俺に謝ってきた。


「水郷君、ごめん。」


「私からもごめん……。多分、私たちが原因だよね……。」


「いや、これは俺の問題だから……、二人は何も悪くない。二人はあくまで火帆のことが心配だったから聞きたかっただけだろう。それならむしろ、友人を心配しての行為にすぎない。」


こんな言葉を言っても、彼女たちが抱いてしまった罪悪感は拭えないだろうけど、俺はその旨を伝えた。



「ねぇ……、水郷君。あのこと、この二人には私から説明しちゃダメかな……? 水郷君のこと信じてもらいたいから。」


「え……? いや、でもこれは自分の口から言わないと……。」


これ自体が俺自身への戒め、罪滅ぼしだと思っているから……。だからどんなに苦しくても、説明をした。


「でも私、水郷君があんなふうになっちゃうの何度も見たくない……!! またお昼の時みたいに、みんなで笑えるようになりたいから……だからここは私に説明させて、お願い。」


「わかった……。よろしく頼む、二人に説明をしてくれ。でも説明をしながらあまり思いつめないでほしい、火帆はその人の感情を感じとってしまいやすいから……。」


昔からそうだった。だから話をする時も拒んだんだ……。


「大丈夫だよ!! 私、強くなったんだから!」


「ふふっ、そうか……。」


火帆は二人にその事を話すため、今日は別々に帰ることになった。明日はいつもの薬の受け取りと、定期検診の日……。


やっぱり、学校には通っていたい。その想いが今は強くなっていた。







〜続く〜

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