春の恋人
ねえねえ。
「うん?」
昨日の晩御飯、何食べたか覚えてる?
「あー、なんだっけ……あ、餃子食べた」
餃子かー! 美味しいよね、私も好き。
「え、急にどうしたの?」
じゃあさ、一週間前は?
「えっ、一週間前? ……何だったかな」
やっぱり思い出せない? そういう時はね、その日何してたか思い浮かべたら、その流れで晩御飯も思い出せるかも!
「あー、なるほどね? 先週の金曜か。え、何してたかな。学校行って、確か部活が長引いた日だっけ……うーん」
どう?
「そこまでして先週の晩御飯思い出す必要あるかなあ」
必要は無いけど。思い出せない?
「んー、ちょっと今すぐには出てこない……かな」
そっか……了解!
「え……何? 何かあった?」
人って、何で忘れるんだろうって思って。
「急に哲学……?」
いや、忘れたいと思ってなくてもこうやって自然に忘れちゃうことがあるし、忘れたいと思ってても忘れられないことがあるし、忘れたくないのに忘れちゃうこともあるし、難しいなあって。
「どうしたの……悩みでもあるの?」
年頃の女の子なんて、そんなの一つや二つくらいあるよー。こんなに文明の利器が増えてるんだから、記憶もデータみたいに好きな時に引っ張り出してきたり、削除出来たり、コントロール出来たら良いのになあって思わない?
「それは思うかな。僕は頭の容量が少ないから増やせるともっと良い。どうでも良くないことまで割とすぐ忘れるのが悩みかも」
うん、前からそんな気がしてた。あっ、だから前の学年末の定期考査も酷かったんだ。結構赤点だったよね? 四教科くらい。
「色々失礼だな。三教科だよ。勝手に多くするな」
あ、ごめんごめん。でもほら、赤点の数は覚えてるんだね。大学受験でそんなの役に立たないよ。部活引退したらちゃんと勉強するんだよ!
「はいはい……言われなくても分かってるって」
夏のインハイは結果がどうなっても、ずっと覚えてるかな?
「最後の大会だから流石にそれは覚えてると思うけど……その前に予選で負けるかも」
あっ、そっか、予選あるのか。でもあれだけ熱心だったんだもん、大丈夫だよ。
私応援行くし!
「……ありがとう。うん、予選落ちは避けたいな」
それよりもし負けたとしても、いつか大人になって忘れてる方が私悲しい。
「まあ、嫌だったこととか嬉しかったこととか、印象に残ってることは嫌でも覚えてるだろうな……。どうでも良いことは、忘れるっていうか、そこまで覚えてる余裕とか思い出す余裕が無いっていう方が正しかったりして」
自分にとって意味があるものはよく覚えてるってことかな? そう考えると案外シンプルだね。
「うん、だって全部覚えてたらパンクするでしょ。忘れた方が良いこともあるんだよ」
それ、自分にとって都合良いように解釈してない?
「……かもしれない」
でも、その通りかも。辛いこととか、苦しいこととかは、出来ることなら忘れたい。
「でしょ?」
けど、楽しいこととか、嬉しかったことはずっと覚えていたい。
「相変わらず我儘なところあるね。人間そんな都合良くないよ」
願わないより、願う方が叶う気がするもん。
「……それは一理ある」
……人が忘れるのはきっと、上手く生きていくため、ってことなのかな。どうでも良い些細なこととか、自分を苦しめることから順番に、勝手に忘れていってほしい。
「苦しいことはそう簡単に忘れられないかもだけど……どうでも良いことは順番に忘れるもんだよ、きっと」
……じゃあさ。
「うん?」
楽しかったことで忘れられないことだらけの人生にしたいね。
「そうだね」
今日こうやって話したことを忘れるのは、どれくらい先だろうね。
「……」
いつも通りの日だったし、忘れっぽいから一週間後には忘れちゃうかな。
「それは早過ぎる。僕を何だと思ってるの」
じゃあ、三ヶ月後?
「どうだろう。もしかしたら僕の方が長く覚えてるかもよ」
ないない!私の方がずっと覚えてるよ!
「そんなの分かんないよ」
分かるよ!
「じゃあ僕が忘れないように、たまに今日のこと話してよ」
何それ、ずるくない?
「……ほんと、桜って綺麗だよな」
え、何、急に。そんなに私……綺麗?
「ごめん、花の方」
ねえ、怒るよ!
帰り道、夕陽を浴びた公園。
二人影を並べて桜を見上げたあの日。
いつの日か大人になって。
今日の日が遠い思い出に変わったとしても。
記憶の奥底に仕舞い込んだとしても。
暖かな春の日はまた約束通りに巡ってくる。
そうやっていくつもの季節を繰り返し。
春を迎える度に。
また思い出す。
そんな気がしていた。
掌の紡物語 楪 一志 @yuzuriha-isshi
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