舞台は安楽死が認められた日本。あるウィルスが引き金となり国民の不安が大きくなったため、安楽死制度ができた。けれども誰でもその薬を手に入れられるわけではなく、ちゃんとした手続きを踏む必要がある。終焉要件というものを満たし、申請手続きをし、アシスターと呼ばれる安楽死を減らすための人命幇助者との面談が必要となる。
と、物語の背景を説明しましたが……完璧に世界観が出来上がっていて、入り込んでしまいます。世界観が揺らぐなんてことはなく、作者の楪さんは繊細なところまで考え込み、何度も読み返し、物語を作った……というよりも、その世界を構築していったのでしょう。
物語はアシスターである眞白ちゃんと安楽死をしようと申請を行った人々のお話。視点は眞白ちゃんだったり、そのお話の人物だったりと動くので、両方に感情移入できます。
生についても死についても、考えたことがある人は多いはず。もしこの世界に自分がいたら、どうだっただろう。そう考えてしまいます。
『その時、彼は勇者になった』のお話の中で出てくる言葉で、ああ、そうだよなあ、と思ったのが、
「初対面の人に気を遣いすぎると、後になってから疲れたという思い出しか残らない。最初にその姿を見せると、次もその姿を見せ続けなければならない」
という言葉たち。だから疲れて楽しめなくなってしまう。大人には多くあることではないでしょうか。
そういう素敵な言葉たちが物語の中に、ちりばめられています。
生きていたくないから死を選ぶ。死にたいから死ぬわけじゃない。自殺者は世界が嫌になって、だから死を選ぶしか道が見えなかったのではないでしょうか。
生きるのは苦しいことかもしれないけれど、それと同じくらいに素敵なことがどこかで待っていて、そういうこと一つに出会ってしまえば今までの苦しさが全部報われたような気持ちになったり。自分の気持ちは、感じることに素直です。それが嫌が好きか、素直です。本当はどうしたいですか?
そういうことに改めて気づかせてくれる作品です。
生きづらいな、と思っている方、勇気をもらえます。
読みやすい文章なので、ぜひたくさんの方に読んでいただきたいです!
パンデミック、国家間紛争……現在のリアルな日本からほんの少し糸を掛け違えたパラレルワールドのような世界で、人生に希望を見出せない人々のために安楽死が制度化された。
しかし誰でも安楽死を選べるというわけではなく、最低十回は「アシスター」と呼ばれる人と面談をしなければいけない。
また、安楽死の希望を申請するのは人生で一度きりしか認められず、面談の途中で申請を取り下げた場合は今後一切申請することはできない。
まず、この設定の巧さに舌を巻いた。
安楽死が認められる社会という設定までは思いつきそうなものだけれど、そこにいたる過程と葛藤を生み出すシステムが精緻に作り込まれている。まるで実際にその未来の姿を見て書かれた記録のようなリアルさがある。
この設定だけでいくらでも物語を生み出せてしまうだろう……自分も拙いながら小説を書く身としては嫉妬せざるをえない巧さだ。
ただ、物語の進行はあくまで地に足ついた目線。
江ノ島付近にある「ラストリゾート」と呼ばれる専用施設で、「アシスター」になったばかりの少女・眞白が安楽死希望者と面談を重ねていく連作短編だ。
そこに魔法やトンデモテクノロジーは存在せず、人間同士の生身の対話と心情の変化で物語を綴っていく。
……これがまたいい。
作者の楪さんが意識されているかはわからないけれど、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が好きな方は確実にハマるだろう。
波の音すら聞こえてきそうな静かな面談の中で、死を求める人の心の中にある本音を汲み取ろうとする眞白。新人で経験がないながらも一生懸命にアプローチし、時には傷つき、時には生きる喜びを共に見出していく。
様々な人々が彼女の元を訪れるけれど、彼らと交わした言葉や経験が少しずつ眞白の糧になっていくのがとてもよかった。純白だった少女が他者の色に触れて染まり切るのではなく彩(いろ)を増していくのだ。
本作のタイトル『レゾンデートル』は、調べたところフランス語由来の哲学用語で「存在意義」の意味を持つ言葉らしい。
自分に存在意義はあるのか。それはこの作品の中に限らず普遍的な問いではあるが、改めて考えさせられる物語だった。
ぜひたくさんの人に読んでみてほしい。
安楽死という選択が尊重される社会およびそのための制度が整えられた世界。
主人公はそんな世界で「死を希望する」人々と対話する職業に就いた女性。
彼女は仕事という形で「死を希望する」さまざまな人々に関わっていきます。
老若男女。
やってくる人たちの「死にたい理由」「生きたくない理由」はさまざま。
安楽死をしたいと公的に届け出てからの一年間、彼らのその意思が突発的なものではないか確かめるため、あるいは「生きる希望」を見いだすために、主人公たちは彼ら「死を希望する」人々と対話していきます。
そんな関わりの中で、主人公は時に傷つき、時に気づかされ、時に笑い、時に涙し、時に希望を見つけ出し、時に深く絶望していく。
職業として割り切って向き合うべきなのか。
それとも一人の人間として関わるべきなのか。
死を希望する人たちを少しでも減らしたいという一方で、どうしても生きるのがつらいという彼らの意見をないがしろにしていいのか。
職業的意識と道徳的意識。
人と人との関わりが生み出すしがらみ。
安楽死を止めたいと思う一方で、自己犠牲を尊重する二律背反した死生観。
仕事を通して突きつけられる「解けることのない命題」を前に、主人公は静かに自分の頭で考え少しずつ歩んでいきます。
おそらく読者の身に置き換えても答えが出ることがないでしょう。
濃密な苦悩と葛藤をつい考えさせられる上質な社会派作品。
おすすめです。
制度としての安楽死が認められた未来の日本。
安楽死を希望する者は、申請から1年の間で、人命幇助者=アシスターと10回の面接をし、生死を決める。
これは、アシスターである遠野眞白が見届ける、安楽死志願者たちの物語。
まずは設定がすごい。
いつか、こんな未来が来るかもしれない。けれどもはっきりと想像はできない。そんな絶妙なライン。
その設定をしっかりと生かしきる筆力、構成力も素晴らしかったです。
眞白の、真っ直ぐで自分より他人を優先してしまう人間性というか、キャラクター性も、この作品にはもうこれしかないんじゃないかと思えるほどに完璧だったように感じます。
話は連作短編の形式で、どの話もテーマを一貫させつつ、異なる人間の"死にたい"や"生きていたくない"、"生きる理由がわからない"が描かれています。
個人的には『その時、彼は勇者になった』が一番好きです。他のものに比べると楽しくて優しい話なのですが……最後は泣きました。
また、この作品は眞白の成長の話でもあり、その部分に関しては、高坂先生がキーパーソンでした。
他の章と少し違った書かれ方をされている『天秤』で、それが強く出ています。
作品内には書かれていませんが、眞白に関わって"生きる"ことを選んだ人たちがたどり着いた未来は、きっと後悔のない、素晴らしいものになっていると、私は確信しています。