第9話 約束

数分前.......


二条は左沢に言われた通り、バーを目指す。が、突如入り口に押し寄せた大勢の客に押し流され、なかなか進めなかった。


「まったく、なにが起こってるんだ」


人混みを掻き分けながら進む。ようやく人混みを抜け出すと、一人の女性を見つける。


――――あれは確か.....お墓にいた女性だ。


二条は墨田のことを思い出す。しかし、今の墨田は墓地で会った時とは様子が違う。二条が辺りを見回すと、男が二人倒されていた。そのうち一人は左沢だった。


「.....!」


二条は状況を理解できていない。しかし、この混乱を生み出したのは墨田だということを、肌で感じていた。墨田から伝わる殺意。このままでは左沢を殺しかねないと思った。



墨田は一歩ずつ左沢に近づいている。まるでホラー映画で、ゾンビが人間にとどめを刺すかのような動き。


―――まずい。左沢さんが殺される。


二条は動いた。敵に気付かれないように背後に回る。そして二条は足を振り上げ、墨田の体にヒットさせる。ダメージを与えることより飛ばすことを意識した。二条の狙い通り、墨田は横に吹っ飛んで倒れた。


「まだ終わってないですよ」

二条はぼそりとつぶやく。


「うっせーよ。俺が負けてるように見えたか?」

左沢はそう言いながら、ゆっくり立ち上がる。左沢は腰に付けていたポーチから、瓶を一本取り出す。特製ポーチのおかげで瓶は割れていない。このポーチを作ったのもあの白衣の男だろう。


「左沢さん!」

「なに、一本目は平気だ」

そう言うと、左沢は瓶のふたを開け、中身を一気に飲み干した。空になった瓶をその辺に投げ捨てると、瓶は割れて砕けた。


―――やべえ、痛みが消えてく!これはすげーな。

傷だらけの外見を除き、左沢はすっかり元気になった。


「よーし、第二ラウンドといこうじゃねえか」


墨田は横っ腹を抑えながらも、素早く立ち上がる。まるで隙が無い。


「左沢さん。状況を教えてください」

「うるせー。あいつを倒す、それだけだ」

左沢はニカッと笑った。


「女だからってなめてかかるなよ?奴は化け物だ」

左沢は手首を回しながらそう言った。

「よくわからないですけど、俺のこともなめないでくださいね」


そう言うと、二条は敵に向かって走る。間合いを詰め、腕でガードをしながら敵の懐に潜る。

 —――もらった!

と、思ったが一瞬で店の壁まで吹っ飛ばされた。二条は壁に激突し、左半身に激痛が走る。

―――なにがあった?

二条は状況を理解できなかった。

「舐めてかかるからそうなるんだよ!」

左沢が罵声を上げるが、音楽にかき消された。


「墨田の一撃は半端ねえ。おまけにこっちの攻撃を相殺してくる。勝つ方法は......」

耳に付けた通信機を使ってコミュニケーションをとる。

「二人で同時に攻撃する。ですね?」

「そういうことだ」

二人は同時に不敵な笑みを浮かべた。


まずは左沢が墨田に近づく。それに続いて二条も走り出す。墨田の左側に左沢、右側に二条が立つ。そして、安易に間合を詰めず、互いに牽制し合う。


左沢が敵の間合に入ったかと思うと、二条が敵に急接近し、拳を振るう。


しかし、墨田の素早い手さばきで受け流されてしまう。その直後、墨田の回し蹴りが繰り出された。周りを大きく巻き込むようにして繰り出されたその蹴りは、二人を飛ばすのには十分な威力だった。二人は同時に2メートルほどふっ飛ばされた。


「いててて........」

「これが赤りんごの力ですか......」


二条はいまだに信じられなかった。あんな華奢な体から、人を飛ばすほどの攻撃が繰り出されることを。


「でも、今の感じでやれば勝てそうだ」

二人はまた走り出す。二人は先ほどと同じ位置取りをする。


そして今度は、二人同時に間合いを詰めた。


墨田は広範囲を攻撃できる、回し蹴りのモーションに入る。


「すまん!」


左沢はそう叫んだ。手には何かを握っていた。そしてそれを、墨田に投げつけた。―――割れた瓶の破片だ。墨田は咄嗟に腕で顔を覆う。一瞬だが、これで隙ができた。


「今だ!」

「はい」


二人は同時に蹴りを繰り出す。だが、


「おえっ......がはっ!」

左沢の動きが急に止まる。左沢はそのまま床に倒れた。


「左沢さん!」

二条の蹴りは相殺されてしまい、結局ダメージを与えられなかった。


「やばい....もう薬が....」

左沢は転がりながら、墨田から距離を取った。薬が効く時間は思ったより短いようだ。左沢の話によれば、一人では勝てないらしい。応援を待つにも、すぐには来ないだろう。来る前に外に出られて暴れられたら困る。何とかここで止めなければ。二条はそう考えた。でも、


「終わったな.....もう無理だ」

二条は諦め始めていた。


「あ?何言ってんだ」

左沢はフラフラになりながらも、立ち上がる。そして、二条の方へ近づくと、二条の腰に付いてるポーチから瓶を取り出した。


「やめてください!二本飲んだら死にますよ!」

「うるさい!お前の飲み物は全部俺が飲むんだよ」

二条は缶コーヒーの一件を思い出す。





『これからも君の飲み物もらうね。よろしく』




そういえばそんなことを言っていたが、今はふざけている場合ではない。

二条は瓶を奪い返そうとするが、躱されてしまう。左沢は瓶のふたを開け、一気に中身を飲み干した。するとすぐに、左沢は元気を取り戻した。


「よっしゃ」

「左沢さん、何してるんですか」

二条は恐怖に襲われた。

―――この人、死ぬつもりなのか?


「死んでも負けたくねえんだよ。それに俺は死なない」

左沢は珍しく本気の顔をしていた。まるで獲物を狩る前のオオカミのようだった。







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