第3話 見下され班

事件から3日後…


「おはようございます」

二条は特殊麻薬取締部の事務所に入りながら挨拶をする。

「おはようございます!」

元気な挨拶が返ってくる。しかしたった一名のみだ。他二名はガン無視。自分の作業に熱中している。


ここ数日でこの部署の人間について少しずつ分かってきた。因みに今挨拶を返してくれたのは、丸眼鏡の女性――影沼かげぬまさんだ。


影沼はこの部署唯一の常識人だな、と二条は考えていた。挨拶をしたら挨拶を返すことなど常識だと思うかもしれないが、この部署にいる者の半分が非常識人なので、常識的な行動がすごく見えてしまう。


「おい新人!飲み物と飯をくれ」

椅子にふんぞり返りながら、ぼさぼさ頭の青年――左沢あてらざわは二条に向かって言った。

「そうですか」

「そうですかってなんだよ!ばーかばーか」

二条はここ数日でこの左沢という男の扱いにも少し慣れた。二条と左沢は同じ26歳なのに、左沢の言動や行動はまるで生意気な幼稚園児だ。何なら今どきの幼稚園児よりも幼いかもしれない。人の買ったものは勝手に食うし、自分のデスクには落書きし放題だ。たまに二条のデスクにまでうんこを描くのはもう勘弁してもらいたい。


当然二条は左沢のことが苦手だ。


二条がそんなことを考えていると、影沼がこれでどうだと言わんばかりに力強くエンターキーを押した。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!やっとだ!!!」

影沼が雄たけびを上げた。かと思うと、

「あれ、あれれれれれれれれれれれ!!」

すぐさま悲鳴に変わった。

二条は思い出した。影沼も十分変人だということを。


「何段階ロックなわけぇぇぇぇぇぇ?あーもうダメだぁぁぁぁ。私は何もできないただのくそ雑魚オタクだったんだぁぁぁあぁ。あれ?オタクを馬鹿にした発言をしてしまった。人間失格だぁぁぁぁぁぁ」


そういえば数日間この状況の繰り返しだ。何をしているのかはわからないが、喜んで「私天才かも!」と叫んでは、ネガティブになるの繰り返しだ。しかも声がでかい。


「お、みんないるな」

眠そうな顔をしながらこの事務所に入ってきたのは、ショートヘアの女性――部長のうつぼだ。手には吸いかけのタバコを持っている。

「おはようございます!」

左沢は率先して挨拶をした。

できるじゃんかよ。だれにでもその挨拶をしてくれよ。二条はそんなことを考えていた。


靭はタバコを持つ手とは逆の手に、何やら書類を持っていた。

「これ、警察から。死体の身元やら検視結果だ」

そういいながら近くの机に紙の束を置く。ただ…

「え、これだけ?薄すぎない?」

書類を手に取った白衣の男が、パラパラと紙をめくりながら言った。

書類には死体の人物の詳細と、軽く解剖の結果が書いてあった。が、素人目に見てもこれが全部とは思えないような情報の薄さだ。


警察とマトリは基本的には友好関係である。たまに捜査対象を巡ってライバル関係にもなるが、多くの場合は穏便に終わる。

しかし、ここ‘‘特殊麻薬取締部‘‘は明らかに警察に見下されている。現に、三日も捜査状況の報告が無かったし、やっと来たデータも薄い内容とひどい扱いを受けているのは明白だ。


「まーあのハゲじじいか!殺してやる!」

左沢は書類を机にたたきつける。

「仕方ないですが、これで調べるしかないですね」

二条はとりあえずそう言ってみたが、未だになぜマトリが殺人事件に関わるのかピンときていなかった。


「んなこと言わないでもわかるっつーの」

左沢は二条に向かって中指を立てたが、向けられた本人は無視を決める。無視されたことに対しても腹を立てた左沢だが、気を取り直して席を立つ。

「被害者は大森正典おおもりまさのり、30歳だが未だに親の金で暮らしているらしい。影沼!」

「は、はい!」

「この大森正典について、性格から性癖まで徹底的に調べろ」

「らじゃー!」

すると影沼がパソコンに向かい始め、大きな独り言を言いながら作業を始めた。


「先生!先生はこの書類から‘‘赤りんご‘‘の種類調べといて」

「はいはい」

先生とはあの白衣の男だろう。白衣の男は立ち上がり、ファイルの山から三冊ほどファイルを取りだして中身を読み始めた。


二条は普段と違う、てきぱきとした左沢の姿に少しばかり息をのんだ。それと‘‘赤りんご‘‘とは何のことだろうか、と二条は疑問を抱く。


すると、「左沢さん!」と影沼が叫ぶ。

「この大森って男、過去に車両事故起こしてます」

しかも死人が出ている、と言葉を付け足した。





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