第2話 缶コーヒー契約

死体を見つけた二条は無意識に元相棒の姿と重なった。ただ、ここにある死体は頭部が無くなっていた。よく見ると、部屋の壁際に頭だけが転がっていた。二条に死体に関する知識はなかったが、初心者目で見ても分かることが一つあった。この死体の頭と胴体は刀で切り分けられたというよりは、‘‘引きちぎられた‘‘というほうが正しいということだ。


少し前までの二条だったら腰を抜かしていただろう。しかし今の二条は違った。この変死体を、置物程度にしか見てなかった。


「おい!2人とも喧嘩はやめろ」

その女性は口論をしていた2人の間に立つ。


うつぼ!ここは禁煙だぞ!」

ハゲ頭のおじさんは女性に向かって言った。


「うるさいわね。どうしてやろうかしら」

「くそっ.....。警察をなめやがって....」


このハゲ頭のおじさんは警察官らしい。

「はい。上からの指示。この事件は特殊麻薬取締部の管轄になったから」

女性は淡々と話す。


「言っとくけどな、俺はお前らみたいに都市伝説なんて信じてないからな」

警察の男は女性を睨み付けながら言う。


「なんだと?!都市伝説じゃねえよバカ」

青年はそう言って、警察の男に唾を吐くふりをした。


「だから、いい加減止めろって」

女性は呆れた顔をしていた。


数時間後、鑑識による捜査も終わり、ここからは本格的に特殊麻薬取締官による捜査が始まる。らしい。


「あの、一体この部署は.....」

二条は先程の女性に話しかける。


「あぁ、紹介がまだだったな」

女性はたばこの火を、携帯式灰皿で消しつつ話を続ける。

「特殊麻薬取締官は特殊な麻薬全般、つまり通常のマトリが手に負えないような案件を取り扱う」


「.....と、言いますと?第一殺人事件となんの関係が」

「まぁ分からないのも無理はない。が、実際にあの死体を見たろ?」

あの死体とは、首が飛ばされた死体だろう。先程警察の捜査が終わってすぐ、警察が持っていってしまったため、今ここにはない。


「首が千切られることなんてあるんですね」

二条は抑揚の無い声で答える。


「あるわけないだろ。あれは異常だ」

「そうですよね。でも今のところ麻薬との繋がりが見えませんが」

「つまりはだな、異常を起こすもの、それ自体が特殊麻薬という物だ。」

二条は首をかしげた。

「.....僕には何がなんだか分からないですね」


すると、今さっきまで部屋の角から角を調べていた青年が、こちらに歩み寄ってきた。青年の後ろには白衣を着た男と、丸眼鏡をかけた女性がそれぞれ手元のタブレット端末に何かのデータを打ち込んでいるように見えた。

「靭さん!調査終わりました!」

「そうか。じゃあ戻るぞ」

すると、青年が二条の存在に気付く。


「お前誰だ?」

青年は怪訝そうな顔で二条を見ながら、そう尋ねた。二条のことを警察か何かと勘違いしてるのか。それともこの女性の隣にいることが気に食わないのか。


「本日付でこちらに異動になりました二条です。よろしk…」

二条が話している途中なのにも関わらず、その青年はすたすたと歩いて、どこかへ行ってしまった。それに続いて白衣の男とメガネの女性もこの場を去った。


当然二条はカチンときた。聞いたのはてめえだろと言いかけたが、ここでキレるのは何だか負けた気がするので冷静さを装う。


「ほんとに子供だな。呆れたもんだ」

女性はため息をつきながらさらに言葉を続ける。

「そういえば自己紹介がまだだったな。私はここの部長のうつぼだ。よろしく」



             ♢   ♢



どうやらあの靭という人は、俺に死体を見せたいがためにあの現場に向かわせたらしい。死体は見世物でも何でもないのに。迷惑な話だ。まったく。


そんなことを考えながら、特殊麻薬取締部の事務所に戻った。

とりあえず一休みしようと思い、事務所の廊下にある自動販売機で缶コーヒーを一つ買う。特に気に入ってるわけではないのだが、いつも同じ銘柄の缶コーヒーを買ってしまう。選ぶ時間がもったいないからだ。

ガタン!と缶が落ちてきた。二条が缶を取ろうとしたその時、急に別の人間の手が出てきた。その手は二条の買った缶コーヒーを取り上げてしまった。

二条が顔を上げると、そこには先ほど二条のあいさつを無視したぼさぼさ頭の青年が缶コーヒーを持って立っていた。


「…それは俺のです。返してください」

「あ?名前なんて書いてないけど?」

青年はニヤニヤしながらそう答える。

「俺の金で買ったんで。だから俺のです。それくらい常識で…」

二条が言い終わる前に、青年は缶コーヒーを開けて飲み始めてしまった。

二条は今にも殴り掛かりそうだったが、たかがコーヒーで手を出すというのも、器の小さい奴だと思われて負けた気がするので、ぐっとこらえる。


そんなことを考えているうちに、青年はコーヒーを飲みほした。

「うめえぇ!久しぶりにまともな水飲んだぜ」

「あんた、何のつもりですか」

二条は相変わらずの抑揚のない声で尋ねた。

「俺は左沢あてらざわだ。君のことは聞いている。今日から俺にまともな飲食をさせる係君だろ?」

「何を言って…」

「これからも君の飲み物もらうね。よろしく」

そう言うと左沢は事務所の中に入った。

「こちらこそよろしくお願いします」

二条は皮肉たっぷりの笑みを浮かべながら、左沢の背中に語りかけた。














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