第4話 似ているようで違う

「あいつ、何者なんですか」

なにが起きているのか分からず一人置いてかれた二条にじょうは、部長に話を聞こうと、うつぼに話しかけた。


「事件のことになるとこうなるんだ」

「はぁ…」

「好きなことには本気出すんだよな…。まったく、子供だよな」

好きなものが事件の捜査というのも変わった話だ。

そもそも二条は、マトリがなぜ殺人事件を調べているのかピンと来ていなかった。それと先ほど左沢あてらざわの言っていた‘‘赤りんご‘‘とは一体何のことだろうか。恐らくなにかの隠語だろう。


二条が靭と話してる間にも、左沢たちは捜査を続けていた。

「大森が事故起こしてたってのは本当か?」

「はい。インターネットで名前を入れて検索したら、すぐ出てきて、調べてみたらその事故の被害者は亡くなってしまったらしくて…」

「わかった。影沼はその事故の詳細をメールで送ってくれ」

「はい!」

影沼はすぐにパソコンに向かう。


すると白衣の男が、自分の座っている椅子を回転させ左沢のほうを向いた。

「ねえ、やっぱこれだけじゃ特定できないよ」

白衣の男の机の上には様々な資料の入ったファイルが雑に開かれている。

「まあ大まかにでいいよ」

「大まかにだったらもうわかったよ。去年流行った増強型のタイプで間違いないね」

「あの頭は手で切り離したのか」

「たぶんね」

そういいながら、頭を引きちぎる動きをした。



「部長!ちょっと出かけてきます」

左沢は小学生が背負っていそうなリュックサックを拾い上げると、それを背負って、事務所を出た。


「俺は暇ですね」

二条はそう言って椅子に座った。少し前の自分ならこの捜査に協力しようとしただろうか。少なくとも今の二条には手伝う気はなかった。

「あんた、腕に自信は?」

靭が新しいタバコに火をつけながら二条に尋ねる。

「戦闘ってことですか?まあそれなりには」

二条はその手の腕に関しては、かなり自信があった。訓練生時代、同期の奴に負けたことはほとんど無かった。


「じゃあこれから忙しくなるぞ」

靭はニヤリと笑いながら事務所を後にした。



               ♢     ♢


左沢はとりあえず、大森が事故を起こした現場へ行くことにした。事務所の一階に停めてある愛車に乗り込む。運転席に腰を掛けたちょうどその時、携帯の受信音が鳴った。影沼からだ。

メールには事故の詳細と、その亡くなった被害者の情報が書かれていた。

今回の殺人事件を紐解くには、やはり殺人の動機から考えるのが最適解だろうと左沢は考えていた。無差別な殺人という可能性も否定できないが、いちいちそんなことを考えていてはらちが明かない。まずは大森が起こした事故と殺人事件のつながりを調べるほうが優先だ。


左沢は車を発進させた。


事故現場に行こうと思っていたが、気が変わった。

左沢は神奈川方面に車を走らせた。


     ♢    ♢


左沢は、都会から離れた小さな墓地の中にいた。

荒川家之墓、と書かれた墓の前で左沢はしゃがみ込み、手を合わせる。

荒川日織あらかわひおりとは、大森が起こした車両事故で亡くなった女性だ。影沼によれば、彼女はこの荒川家の墓に埋葬されているそうだ。

お墓には割と新しい花が供えられている。最近誰かがお参りに来たのだろう。


ただ、左沢は墓参りに来ただけではない。墓には様々な情報がある。左沢は墓石の後ろにある卒塔婆を漁り始めた。卒塔婆には、作るのを依頼した日付や依頼主の名前が書いてある。その中から比較的新しいものを写真に収める。

すると、誰かが向こうから歩いてくるのが聞こえた。


「何してるんですか?」

「げっ!」


左沢が声の主のほうへ顔を向けると、一人の女性が左沢のことを不審者を見るような顔をして立っていた。確かに今の左沢はどう見ても不審者だ。


「あーちが、違うんだ。不審者とかそういうのじゃ」

「警察呼びますよ?」

「ダメダメ!いや、マジで違うから!」


女性の左沢への不信感は募るばかりだ。

なんとか女性を落ち着かせ、事情を説明する。左沢は自分が特殊麻薬捜査官だということは伏せたものの、女性は警戒心を解いてくれた。恐らく警察かなにかと勘違いしているのだろう。

この女性は、亡くなった荒川日織の友人だそうだ。墨田と名乗った。


「犯人が亡くなったって本当ですか?」

左沢はコクりと頷く。


「そうですか.....なんだか複雑な気持ちです」

墨田は荒川の墓を見つめ、そう呟いた。

「複雑.....か」

左沢も彼なりに気を遣いながら話を聞く。


「親友の命を奪った、当然の報いを受けたのでしょう。でも.....」

「でも?」

「本当に死んだとなると、なんだか私の恨みがそうさせたんじゃないかとか、私がこの手で殺してればとか、余計なことを考えてしまって」

墨田はそう言いながら下を向く。


「あんたは悪くねえだろ。たぶん」

左沢もどうすればいいのか分からず、墨田から目を反らした。


突然親友を亡くした墨田は、自分には想像できないほどの傷を心に負ったのだろう。左沢はそう考えた。


二人に沈黙が訪れる。気性の荒いカラスの声が辺りに響いた。



沈黙を破ったのは墨田の方だった。


「なんだかすいません。おかしいですね私」

墨田は無理矢理笑っていた。


長話をするのも変だなと思い、左沢はさっさと聞くことを聞いてしまおうと思った。

「なぁ、また彼女のことを思い出させて悪いんだが、こいつと仲良かったやつとか知らないか?」


左沢は未だに目を合わせることが出来なかったが、恐る恐る聞いてみた。


「あぁ、大学の友達とか、私と同じように高校の同級生とかなら仲いい人はたくさんいると思いますけど.....あっ」

「どうしました?」

「付き合ってた方がいました」


これは耳寄りな情報だ。すぐに詳しく聞くことにした。


「最近は会ってませんけど、日織が亡くなってからは人が変わってしまったようだと聞きます」


これはこの男性について調べる必要がある。


「ありがとう。じゃあ俺は行くとこあるんで」

左沢はポケットからスマホを取り出しながらそう告げ、墓地の入り口の方へ歩みを進めた。

対する墨田は、左沢の背中に深々とお辞儀をした。


「早く犯人が捕まることを願っています」


左沢は手を軽く上げて、無言で答えた。

左沢はスマホをいじり、電話をかける。ワンコールでその人物は電話に出た。


「あ、影沼?荒川日織に男がいたって。詳しく調べといて」

『らじゃーです!すぐ調べちゃいますよ。分かったらメールで送っちゃったりしときますね』

電話からいつも通りの元気な返事が返ってきた。

「あ、それともう一つ頼みたいことがあってだな」




左沢は影沼に用件を伝え、携帯をポケットにしまった。




そして、この一部始終を、二条は遠くから見守っていた。














  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る