第11話

気が付いた時、二条は病院のベッドに寝ていた。

―――えっと、俺は確か戦ってて、それで.....


二条は思い出す。


「左沢さん!」

あの男は薬を二杯も飲んで倒れた。本人は大丈夫と言っていたが、そんなわけない。信じたくない話だが、左沢はもう.....。


「目、覚めた?」

いきなり声がした。二条はゆっくり体を起こし周りを見回すと、病室の窓に寄っ掛かっている人物を見つける。白衣を着ていたので病院の先生かと思ったが、違った。特殊麻薬取締部のメンバーだ。確か、左沢が「先生」と呼んでいた。


「あ、あの、左沢さんは.....」

二条は恐る恐る聞いてみる。

白衣の男は二条から目をそらした。そして少し俯いたまま黙った。


「そうですか」

二条は察した。わずか数日の付き合いだったが、悲しいことには変わりない。


同じことの繰り返しだ。


自分と関わった者は死んでいく。まるで死神だなと自分自身を嘲笑う。自分は相棒の命すら守れないような人間だ。もしあの時もっと強い言葉で止めていれば、強引に止めれば結果は変わっていたかもしれない。後悔は募るばかりだ。


「あの人は、左沢さんはかっこよかったです」

二条が放った言葉には左沢への敬意がこめられていた。


「俺は.....ダメな人間ですね.....」

二条は絞り出すかのようにそう言った。


しばらく、二条は下を向いたままだった。そして二条は白衣の男の存在を思い出した。


「あっ、すいません俺ばっかり.....」

そう言いながら頭を上げるが、白衣の男はニヤッと笑っていた。


訳が分からず、二条は白衣の男を不思議そうに見つめる。二条と白衣の男は互いに見つめ合う構図になってしまった。



「うわっ、気持ち悪っ」

突如どこからか声がした。その声はここ数日で聞き馴染みの声となっていた。

その声の主は松葉杖をつきながら病室に入ってきた。


「えっ.....?」

二条は驚きのあまり固まってしまった。


「えっ、じゃねえよ。勝手に死んだことにするなクソアホ」

左沢は片腕をギプスで固定した上に松葉杖をついているというひどい状態だが、口の悪さは通常運転だった。


この状況を、白衣の男はケラケラと笑いながら見ていた。


「先生、俺死ななかったじゃんかよ。説明しろ」

左沢は白衣の男を睨みながらそう言った。


「え?まさか2本飲むとは思わなかったよ」

「からかったのか?」

「違うよ。あーでも言わないと左沢くんが新人くんの薬飲んじゃうんじゃないかなと思って言ったんだよ?」


二条は状況を理解した。元々2本飲んだところで死にやしなかったのだ。


「でも危険なことには変わりないよ?5本とか飲んでたら死ぬだろうね」

白衣の男はそう言うと、ケラケラと笑った。


二条は急に恥ずかしくなってきた。なんて臭いセリフを吐いてしまったのだろうか。


「そんなことより、俺ってかっこいいんだろ?なぁ?」

左沢は高圧的な態度で二条に向かって言った。


「前言撤回です。左沢さんのことは嫌いです」


「あ?なんだよてめぇ!やんのかー?」

「いいですよ?勝ちますけど」


そして二人はいつも通りの罵り会いを始めた。病室に似合わないような言葉が飛び交う。それを見て、白衣の男はゲラゲラ笑っていた。


「うるせえよ。ここ病院だぞ?」

病室に入ってきたのは部長の靱だ。

「その言葉そっくりそのまま返します」

二条は靱の手に握られたタバコを見て、そう言った。


「言うようになったなお前も」

靱は携帯灰皿で火を消す。


「靱さん、どうなりました?」

左沢は真剣な顔になりながら、そう言った。


「あぁ、墨田は薬が切れて、今は落ち着いている。まぁ禁断症状やらでこれからが大変になるだろうな」


「で、売人はどうなったの?」

今度は白衣の男が聞く。

「売人は雇われた大学生だった。ルートを辿るのはかなり厳しい」


「あ!」

二条は急に何か思い出したかのように、声を上げた。


「そういえば左沢さん、何で場所が分かったんです?」


「てめえには教えねーよバーカ」

「あ?もう限界です。この人最悪です。部長、バディ変えてください!」


再び罵り合いの始まりだ。それを見て靱は、「いいコンビだな」と笑っていた。



♢ ♢ ♢ ♢


一週間後


二条は退院し、通常営業に戻る。通常営業と言っても特に仕事はなく、暇な時間を過ごしていた。

左沢は怪我もひどいため、もう数週間入院するそうだ。その割には病院を抜け出しては引き戻されたりと、元気に過ごしているようだ。


そんなある日、二条は靱に呼び出された。呼び出されたのは、都内の居酒屋。狭い店内は満席で、大盛況だ。二条と靱は、カウンター席に、横並びで座る。店の一番奥の席なので、落ち着いて話ができそうだ。


「なんで俺だけ呼んだんです?」

二条は運ばれてきたビールに手をかけながらそう言った。

「いや、まあみんな誘ったんだがな。断られた」

靭はいつものようにタバコに火をつけながら答えた。


「こら!店で吸うなって言ったろ!何回言わせるんじゃ!」

突如カウンターの向こうから声がした。店主のおじいさんが靭のことを睨みつけていた。眉間のしわが深く、縦にまっすぐ入っていることも相まって、恐ろしい顔だった。

「悪かった。これだけ吸わせてくれ」

「だから吸うなと言っておるじゃろ!ほかの客に迷惑じゃ」

靭は渋々吸うのをあきらめた。


「この店はよく来るんですか?」

「まあな。しょっちゅう来てる」

靭は店主の老人が運んできた焼き鳥の盛り合わせの中から一本取り出し、豪快にかぶりつく。

「あの、一つ聞きたいことがあるんですけど」

「なんだ?」

「....なんで俺はこの部署に異動させられたんですかね」

靭は二本目の焼き鳥に手を伸ばしながら、少し黙る。


「その件なんだけど、私のスカウト」

「................え?」

「だから、スカウト。引き抜いた、そういうこと」

靭は早く焼き鳥を食べたいらしく、だいぶ適当に返答をしていた。


「スカウト、でもなんで俺なんかを」

「にゃから、ふぃふぁぢやはは、はひはひほほ」

「口の中なくなってから話してください」

靭はビールで焼き鳥を流す。


「まあ理由は左沢だな」

「あいつですか?」

「あいつもお前と同じで、相棒がいなくなったんだ」

「.....そうなんですか」

「詳しいことは本人から聞くんだな」

「そうしてみます」

「じじい!ビールおかわり!」

靭は店中に響く声で店主を呼びつけた。店主の老人は怒りながら注文の品を運んでいた。二条は店主の顔に見覚えがあるような気がしていた。気がするだけで、思い出せない。誰かに似ているような、そんな感じがしていた。


ここはお気に入りの場所になりそうだな、と二条は思いながらビールを飲み干した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤いリンゴは食べるな!!!! 兎人 @kymsk122333

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ