第8話 当たったらゲームエンド
時は遡り、
二人は待ち合わせてなどいないような立ち振舞いだが、次の瞬間を左沢は見逃さなかった。
スーツの男が小さなビニール袋を、となりの人物のカバンに入れたのだ。ビニール袋の中には赤い錠剤のようなものが2,3粒入っている。‘‘赤りんご’’だ。
これで確定だと言わんばかりに、左沢は不敵な笑みを浮かべた。
スーツの男がその場を去った。左沢はその人物に近づく。
「一人か?」
左沢はその人物に話しかける。まるで前に会ったことがあるかのように。
「え、あなたは.....」
その人物は左沢を見て、少し困惑しているようだ。
「すいません。どこかでお会いしましたっけ?」
その人物がカウンターに置かれたグラスを持ち上げながらそう言った。
「あれ?忘れた?」
左沢は、その人物の右側に立つ。そしてカウンターに手をついた。
「すいません」
「まぁ無理もないよ」
「.....」
「赤りんごの副作用。特に増強型のやつは脳への負担がすごいからな。記憶力の低下なんて良い例だろ」
「.....」
その人物は黙り込んだ。左沢を警戒するような目で見ている。
「確証はなかったけど、あんたの発言が気になったからね」
「.....?」
「荒川さんのお墓の前で話した時、あんたは『犯人を捕まえて』と言ってたよね?」
「......」
「俺は『大森が死んだ』としか言ってない。随分ベタな感じだけど、これを知っているのは犯人か警察くらいだろ。墨田さん?」
「.............」
「つまりあんたは大森殺しに少なくとも関係してるってことだ。そして今受け取った赤りんごから推測するに、あんたが犯人だ。増強型の薬飲んで、頭を引きちぎったんだろ」
墨田は目を泳がせる。だが、しばらくすると墨田は笑った。何かから解放されたかのような、安堵の表情に見えた。
「もう逃げられないみたいですね」
墨田はグラスの中身を飲み干すと、両手を差し出した。
「分かった。では失礼して」
マトリはその職業柄、手錠を携帯している。左沢はポケットから手錠を取り出し、墨田の両手を拘束した。左沢は墨田の背中を押しながら店の出口へ向かう。その時だった。墨田の笑みが、安堵のものから狂気的なものへと変わった。左沢もこの異変に気付いたが、もう遅かった。
墨田は両手を繋げていた手錠を簡単に引きちぎると、左沢に向かって拳をふるった。
左沢はそれを見切り、後ろによける。が、素早く繰り出された二発目への反応が遅れ、墨田の拳が左沢の頬を掠める。その勢いで左沢は、1,2メートル離れたバーカウンターまで飛ばされた。
「きゃあああああああ!」
それを見た客の誰かが悲鳴を上げる。その悲鳴は音楽にかき消されるのだが、墨田の狂気的な雰囲気が、周りにいる者すべてに恐怖を植え付けた。恐怖は伝染し、悲鳴が上がっては、音楽に消されていく。
―――これはまずい。嫌だけど呼ぶしかねえか。
そう判断した左沢は、二条を呼ぶことにした。耳に着けてある通信機に手を当て、マイクをオンにする。
「おまえ、早くこっちにこい!」
『え、こっちってどこですか』
通信機から、抑揚のない声が返ってくる。
「こっちって言ったらこっちだ。バーだよ。急げクズ」
『クズって言いましたね?むかついたんで殴りに行きますね。左沢さんを』
「好きにしろ。早く来い』
会話している間も、墨田は攻撃をやめない。今のところ防戦一方で、なかなか反撃ができない。客はその様子を見てパニックになり、皆慌てて店の外に逃げる。しかし、入り口が狭いので出口付近には人があふれかえっていた。
「うちの店をどうしてくれるんだ?」
いきなり現れたのは花柄のシャツにサングラスをかけたスキンヘッドの男。いかにも悪そうなやつだ。
「店の人か?客の非難を頼む。事情は後で話すから」
「うるせーよ!滅茶苦茶にしてくれて、どう責任取るんだコラ!」
店の経営者だろうか。スキンヘッドの男の機嫌は悪そうだ。左沢がどう説明しようか悩んでいると、墨田は対象を左沢からスキンヘッドの男に変更した。墨田はその男に向かって拳を振り上げる。
「女が舐めてんじゃねーよ!」
男は片腕で軽くガードを作り、拳を受け止める。はずだった。
「うわああああああああああああああああ」
男は3メートルほど飛ばされ、壁に激突した。それだけではない。男のガードは役に立たず、片腕はありえない方向に曲がっていた。男はそのまま気絶した。
ただ、左沢はこの機会を見逃さなかった。敵の注意がほかに移った隙に、背後を取って足を高く振り上げる。
―――もらった!
左沢の足が、墨田の頭に直撃する。
しかし、墨田はびくともしない。逆に、左沢の足に大きな衝撃が走った。その勢いで、左沢は後ろに跳んで体勢を立て直す。
―――面倒なやつだな。今のは頭に力を入れて相殺したってとこだろ。
「あんた、だいぶ面倒だな」
墨田は何も答えず、狂気的な笑みを浮かべるだけだった。墨田は運動神経もそこそこあるため、薬の効果を最大限に使いこなせているようだ。先ほどの相殺なんかはいい例だ。
左沢は指をポキポキと鳴らし、敵のほうを睨んだ。するとすぐに、敵のほうから間合を詰めてきた。墨田は拳を振り上げたかと思うと、左沢目掛けてパンチを繰り出す。
左沢はこれを見切ると、素早く横に跳んで
「これって当たったらゲームエンドじゃね?」
しかし、墨田の攻撃はこれだけでは終わらない。素早く切り返し、先ほどとは逆の拳が左沢を襲う。左沢はそれを腕でガードする。反応が遅れたせいで、横に跳ぶ時間がなかった。左沢は墨田の拳を腕で受け止めた。
が、大きな衝撃はやってこない。
「.....?」
もう遅かった。これは囮のパンチだった。ガラ空きの胴体に、墨田の蹴りが炸裂した。
「ぐぬわああああっ!」
左沢はそのまま店の端まで吹っ飛ばされ、壁に激突した。とてつもないほどの衝撃が左沢を襲う。そのせいか、もう体は動きそうにない。
墨田が左沢のほうに歩いてくる。
―――もう終わりか.......
左沢は死を覚悟した。まさかこんな呆気なく負けてしまうなんて思わなかった。左沢は自分の弱さを責めた。
「ちきしょう.....」
ゴボッ!
いきなり墨田の体が飛ばされた。向こうから別の誰かが歩いてくる。
「まだ終わってないですよ」
熱いせりふを吐いているくせに、抑揚のない声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます