魔法使いたちの日常
淡島かりす
魔法使いの凧
昨日、紙と金は空を飛んだ。
「どう見ても、普通の紙だよね」
「どう見ても、そうだね」
正方形の紙には折り目がついていて、その通りに折り畳むと三角形の凧のような形状になる。子供の折り紙遊びの定番で、余程の不器用でなければ簡単に折ることが出来る。
この国では「魔法使いの凧」と呼ばれているが、由来はよくわかっていない。魔法使いが国民の八割を占めるフィン民主国では、古くからあるものには「魔法」という言葉が使われやすい。
だが、どんなにやんちゃな子供でも数百枚分の凧を作って、あまつそれをばら撒くことはしないだろう。
「紙幣も似たような形に折られてたんだっけ?」
「そうみたいだね」
若い女の問いに、同じ年頃の男が応じる。二人がいるのは駅前の喫茶店。昨日の「怪事件」が起きた商店街のすぐ近くだった。
何の前触れもなく、商店街に飛び交った紙幣と凧。人通りは多くも少なくもない時間帯だったが、大騒ぎになったのは言うまでもない。
「犯人は捕まってないんでしょ?」
紙を折りながら女は尋ねる。青い髪に赤い瞳は、この国では殆ど見掛けない色合いである。対する男は、黒い髪に青い瞳と良くある色の組み合わせではあったが、顔立ちが異国の雰囲気を漂わせている。
「魔法が使われているとか、それにより死者や怪我人が出た、とかなら刑務部も本気出すと思うけど、ただ紙とお金をばら撒いただけだからねぇ」
「魔法は使われてないの?」
「そうらしいよ。僕は法務部だから詳しくは知らないけど」
この国では魔法使いが多いのと、それに関わる施設や装備が存在することから、魔法を律することを目的とした、魔法使いのみで編成された「魔法制御機関」が存在する。
だが、それはあくまで魔法の存在ありきで、今回のように魔法が絡まない、被害者のいない事件に対しては腰が重い傾向にあった。
この件も、事件が起きた商店街が制御機関の目の前でなければ、調査すら後回しになっていたかもしれない。商店街の人々はそんなことを噂していた。
「お金は回収されたの?」
「うん。全部かはわからないけどね。結構な額だったよ」
これくらい、と男はテーブルの上に指で額を書く。女は「わぁ」と素直に声を出した。
「その額だと、悪戯ってわけじゃなさそう。お金の出所とか、わかってないの?」
「盗難届はないみたいだよ。何処かで盗まれたお金じゃないみたいだ。名乗り出る人も今のところいないし。刑務部は愉快犯の仕業じゃないかって言ってるけど」
「リコリーはどう思うの?」
男は指をテーブルから離すと、首を小さく傾げた。
「僕は、悪戯でも愉快犯でもないと思う。アリトラだってそうだろ」
女は二回頷いて同意を示した。それから二人で、顔は似ていないがそっくりな笑みを浮かべる。二卵性双生児としてこの世に生を受けた二人は、見た目も嗜好も正反対だが、本質は似通っていた。
「だって、凄い労力がいるもん。もし悪戯でこんな手の込むことをするなら、一つぐらい、自分の素性を指し示すものが残ってると思う」
「使われたお金だって、悪戯で放出出来るものじゃないしね。でもそうなると、目的はなんだろう?」
うーん、とアリトラは腕組みをして考え込む。高く束ねた髪の先が、犬の尾のように揺れた。
「お金と紙、合わせて数百枚もばらまかれたんだよね?」
「うん。商店街にある廃屋の屋上に折り紙が落ちてた。証言から推理しても、そこからばら撒いたと考えるのが普通だろうね。非常用階段が外側にあるから、誰でも昇れるし」
事件発生時、通行人たちは紙と金に目を奪われて、屋上には注意を払わなかった。犯人はその隙に逃げたと考えられている。折り紙以外に残留物はなく、犯人像を不明瞭だった。
「多分ね、「誰かがお金をばら撒いた」という事実が大きすぎるから、目的が見えなくなってるんだと思う」
リコリーはそう言って、椅子に座り直した。脚の長さが合っていないため、少々大きめの音が店内に響く。
「お金って大事だからね。どうしてもそっちに意識が行く。でもこの場合に注目すべきは、折り紙のほうじゃないかな」
「どうして?」
「だって悪戯だろうと愉快犯だろうと、お金をばら撒くのが目的なら、わざわざ折り紙なんか混ぜなくてもいいじゃないか」
「あ、そっか」
現に、事件当時は通行人たちは紙幣の方ばかりを集めて、紙には見向きもしていない。
「それをわざわざ混ぜて、しかも丁寧に紙幣の方まで折っている。此処には何かのメッセージがあるんじゃないかな」
「メッセージ……。誰かに何か伝えようとしたってこと?」
「その可能性が高いと僕は思う」
アリトラは片割れの推理に納得したように、「ふんふん」と何度か頷いた。だが視線は中空を捉えており、脳内では既に別の思考が動いている。二人は仲の良い双子であるが、互いの言葉を鵜呑みにしたりはしない。考えた上で同意や否定を示す。
「半分正解だと思う。折り紙が何かのメッセージなら、紙幣はいらないもの。二つあることで成立するメッセージなんだよ」
「そうか。全体で考えないといけないね」
二人は揃って頷く。見解が一致したことを確認してから、再度リコリーから口を開いた。
「例えば、お金の額の大きさ。これは「単なる悪戯ではない」というアピールかもしれない」
「子供のいたずらだと思われないために、お金を用意したと考えるのが合理的」
「でも何かのメッセージなら、折り紙に何か書いたほうが効率的だよね。どうしてそうしなかったんだろう」
「文字を書くことにより、自分の素性が明らかになってしまうのを防ぐためじゃない?」
紙幣と紙だけで何かを伝えようとした「誰か」を、二人は手掛かりの中から見つけ出そうとする。
「なるほど。例えば内部告発が該当するかもしれない。何かの不正を暴くために、内部の人間が自分と気づかれないように発信したメッセージだ」
「じゃあメッセージの向き先は?」
「折り紙は「魔法使いの凧」の形になっている。あの商店街の近辺で「魔法使い」が関係するのは、制御機関だけだ」
「つまり、制御機関に向けたメッセージ」
アリトラの言葉にリコリーは頷く。制御機関には魔法使いしか所属出来ない。この界隈で、他に該当するような場所もない。
「紙幣も同じように折っているということは、「このお金は魔法使いのもの」という意味かもしれない。つまり、制御機関から持ち出されたお金ってことだね」
「でも盗難届は出ていない。今のところお金の持ち主も出てこない。……つまり、不正なお金」
「その可能性が高い。商店街でばらまいたのは、内部で揉み消されてしまうのを恐れたのかもね。皆に注目してほしい、でも気付かれないで欲しい。そんな矛盾があったから、あんな方法になった」
「堂々と言えばいいのに」
犯人の心情が理解出来ないアリトラは憮然とした表情で言った。リコリーは肩を竦めて首を横に振る。
「多分本人も、その不正に手を貸してるんだよ。途中で嫌になって逃げようとしてるのかもしれないね」
「そんなの勝手じゃない」
「誰もが正しい方法を取れるわけじゃないし、正しい方法が正解ってわけじゃないよ。それより、問題は誰が……」
犯人なのか、と続けようとしたリコリーだったが、後ろから急に肩を掴まれて、椅子の上で体を跳ねた。大人の男特有の節だった指が強く肩を握りしめる。
「そこまでだ、セルバドス」
続けて双子の家名を呼んだ声は、低く落ち着いたものだった。リコリーは振り返ると、そこに立っていた男を見て目を丸くする。
「エスト刑務官」
「お前は身内とはいえ一般人に、なーにをペチャクチャ喋ってやがる」
「いや、それよりも商店街の事件は……!」
「わかってるよ」
刑務部に所属する顔見知りの男はあっさりと返した。リコリーが呆気にとられる一方で、アリトラがどこか冷静に口を開く。
「刑務部が積極的に調査をしないのは、不正を行っている人を炙り出すため。違う?」
「その通り。メッセージには気づいたが、誰が何処から発信したものかわからない。だからわざと腰を重くして、向こうが焦れるのを待ってるんだよ。表沙汰に出来ない金を取り返そうとして、躍起になるはずだからな」
それを、と男はリコリーを睨みつけた。
「お前に邪魔されたら水の泡だ。わかったら黙ってろよ」
「すみません……」
謝罪するリコリーに対して、男は仕方なさそうに溜息をつくと、肩から手を離した。多少強く掴んだのを謝罪するように、手の甲で軽く叩く仕草をする。
本気で怒っているわけでないことはリコリーにもよくわかっている。もし相手が本気なら、互いの直属の上長を通じてお咎めがあるだろう。それをしないのは、相手がリコリーを法務部の情報源として利用したいからである。
「ところでお前らは此処で何してるんだ?」
「お昼食べようと思って」
「此処のポークソテーは絶品。でもランチタイム始まるまで時間があったから、事件の話をしてた」
「事件を暇つぶしに使うなよ」
呆れたように言いながら、男は当然のように空いている椅子に腰を下ろした。双子も特に気にするでもなく、その状況を受け入れる。男はテーブルのメニューを手に取って開いた。
「で、そんな美味いのか? そのポークソテーは」
「美味しいです」
「豚が豚って感じ」
何の情報も得られない返しに、男は眉間に皺を寄せる。双子は事件が絡まないと、少々語彙が貧弱だった。
END
魔法使いたちの日常 淡島かりす @karisu_A
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