テツオと私のバスタイム

葉月りり

第1話

 朝目覚めると、目の前ににテツオの顔があった。同時に目覚めたのか、ずっと私の顔を見ていたのか。目が合うとテツオは私の顔に顔をくっつけてきた。


 臭い。最近、テツオが臭い。

 決行は今日だ。決心する。


 テツオを無視して起き上がる。トイレに行こうとしてるのに、ついて来てくっつこうとするから押しのける。どうせお腹空いただけでしょ。トイレくらい行かせてよ。


 ご飯の支度を焦らして身支度をする。パジャマがTシャツとジャージになるだけだけど。


 ご飯はこれだけだからね。


 ご飯を食べるテツオを後ろから眺める。なんかテツオ、お腹周りがたるんできてない? これって私が悪いのかも。甘やかしすぎちゃったかな。いや、私が放ったらかしにしちゃったのかも。


 美味しくなさそうなご飯なのにしっかりおかわりを要求して来た。いま機嫌を損ねたくないな。ちょっとだけ盛ってあげよう。

 

 テツオが食べてる間にをお風呂場を片付ける。シャンプーやソープ、風呂の蓋も外に出して洗い場に何も置かないようにする。湯船の残り湯は抜かずに置いておく。クローゼットから古タオルを何枚か出してきて脱衣所のカゴに置いた。テツオに気づかれないように音を立てず素早くを心がける。


 食べ終わったテツオは満足そうにまたベットに寝そべっている。今度は私から顔を寄せて頬ずりをする。


 やっぱり臭い。でも、食べてすぐは良くないよな。もうちょっと待とう。


 鏡に向かって髪をひっっめる。靴下を脱いでジャージの裾を少し折って短くする。私の方は準備万端だ。テツオが大欠伸をして伸びをしている。そろそろいいかなと、テツオ!と呼んでみる。猫じゃらしを振って、もう1度テツオ! あれ?寄ってこない。


 テツオが私と距離を取り始めた。私が身動きすると私をじっと見る。近寄ろうとすると離れる。


 これは、気づかれたか? さすが動物、野生の感か。いや、私のミスか。何か気づかせてしまう行動を見せてしまったか。もしかしてこの服装か。あの小さな脳味噌で、以前の嫌な思いをした時の私の行動を記憶してるのか。


 私が立ち上がると、テツオは完全に警戒態勢に入った。多分もう機嫌を取るのは無理だ。でも、中止する気はない。ここは力で行くしかない。って、いつものことだけど。


 暫く追いかけっこをした後、テツオはいつも遊んでいる穴あき段ボールの中に隠れた。浅はかな奴め。私は普通に蓋を開けてテツオの脇を持って風呂場へ直行した。


 お風呂場のドアを閉めてしまえばもう逃げ場はない。この狭い洗い場だけが戦場だ。湯船に水が入っている限り、テツオは湯船には逃げられない。


 テツオが私に向かって威嚇し始める。牙を剥いて怖い顔をするけど、構わずシャワーを浴びせる。ちょっと顔が濡れるとすぐ怯む。そこをついてテツオの両手を合わせて左手で掴む。その手の甲を湯船の縁に置くと楽にテツオを立たせた状態に保定出来る。噛みつこうとする時は掴んだ両手をヒョイと上にあげるとテツオも上を向いてしまい噛み付けない。


 すごい声で鳴き続けるのも構わず、空いた右手でテツオを丁寧に濡らす。シャワーヘッドをテツオの体にくっつけて逆毛に這わせる。こうすると効率よく毛の根元まで濡らすことが出来る。充分濡れたら猫用シャンプーをたっぷりつけて洗う。指を立ててなるべく細かく横に動かす。


 ここまで来るとテツオは声を出さなくなる。逃げ出そうともしなくなるから手を離して自分で湯船の縁につかまらせる。もしかしたら気持ちいいんじゃないかと思うけど、こればかりはわからない。


 泡を落とすためにシャワーを使う。またテツオが鳴き始める。切なげな声で一定間隔で鳴く。これは諦めの境地になっているんだと思うがやっぱりわからない。今まで無言で黙々と手を動かしていた私もこの声を聞くと切なくなる。いやだよね。もう少しだからがんばれと声をかける。


 用意しておいたボロタオルでテツオを拭く。頭からタオルを被せると前に進まなくなるから、テツオの後ろに座って動きを封じてゴシゴシ拭く。何枚か使って良く拭いて、ドライヤーを適当にかける。あとは日の当たる窓辺にタオルを敷いてそこに置いてやると自分で毛繕いをする。


 私もビショビショになった服を着替えて一息つく。お風呂の日はテツオも私も疲労困ぱいだ。


 フカフカになったテツオを抱く。でも、テツオはまだ怒っている。手を私の胸に当て突っ張る。そして半目で私を睨む。


 私はチュールをとりに立ち上がる。

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テツオと私のバスタイム 葉月りり @tennenkobo

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