秋の土用
第五話:秋「消えた他人とポテトチップス」前編
新宿のとある雑居ビルに、探偵事務所があった。
名前は『
だが、お客は滅多にこない。三ヶ月に一度しかこない。
理由はいくつかある。だが、今回は
というか、今回の客は『
お客の名前は、
背の低い
『占いの館
間違いない、占い屋だ。
カランコロンカラン
ドアは、喫茶店のような音をたてて開いた。
そして、メイド服を着た店員が挨拶をしてきた。
「いらっしゃいませ……あぁ、ワンコさん!」
メイド服の店員は、関西弁のトーンで驚いた。そして、ワンコと言われた
「コトリちゃん! どうして……あ! ひょっとしてここがコトリちゃんのお店?」
「はい。スペース借りさせてもらってます」
「じゃあ、折角だから、コトリちゃんに占ってもらおうかな。料金もちゃんと払うから」
「そんな、申し訳ないですわぁ。ワンコさんなら、無料で占います。メンバーも無料で
「ダメダメ! アイドル一本で食べさせてあげれてないんだから、これで副業にもお金払わないんじゃ、申し訳なさすぎる!」
コトリと呼ばれたメイド服の店員は、ちょっと考える
「せやったら、お言葉に甘えさせてもらいます。料金は二十分三千円です。時間内やったら、いくらでも占いますけど、時間が過ぎたら十分あたり千円の延長料金がかかります。
ワンコさんは初めてのお客さんやから、ここに、名前と住所と生年月日と生まれた時間、あと出生地を書いてください。でもって、占って欲しい内容を記入してください。
あ、名前と住所は適当でもえぇです。でも出生地は必要なんで、都道府県だけは、ホンマを書いてください。私の場合、名前は会話する時に必要なだけやし、住所は郵便でダイレクトメール送りつけるくらいしか使い道ないんで。
わたし、
「了解。了解。
そして、あらかじめ調べておいた、生まれた時刻を記入した。
占って欲しい内容は、チェックボックス式になっていた。チェックボックスは「恋愛」「仕事」「金運」「健康」「その他」の五項目だった。
「はい。
「まだ二十八!」
「あぁ! すみません。数えで歳を数えるクセがついてもうて‥‥で、出生地が東京都で、出生時間が午後八時四十八分。わかりました。ありがとうございます」
そういうと、メイド姿をしたコトリは、占いの館に
部屋は、十畳ほどだろうか。狭い。
パーテーションで、みっつに区切られていて、奥にもう一つドアが見える。
あとはトイレと、給湯室。
いたって普通の雑居ビルだった。
メイド喫茶みたいな飾り付けがされていた。
「今、飲み物出します。コーヒーと紅茶、あと、お酢と緑茶がありますけど、どれがいいですか」
「そりゃあ、お酢でしょ! コトリちゃんの一番のお勧めのお酢持ってきて!」
「
・
・
・
さて、
時間がかかるので、
現在は、そのアイドルグループを卒業し、会社を起業している。起業した会社は芸能事務所。つまり、活躍の場を、演者から裏方へとシフトしていく過渡期に差し掛かっていた。
余談だが〝ワンコ〟は、アイドル時代に付けられたニックネームだ。現在はタレントとして活動する際は、ワンコ名義で活動している。
分かり易い。
コトリと呼ばれたメイド姿の女性のフルネームは、
カテゴリーとしては、インディーズ……つまり地下アイドルに属するのだが、かなりの人気アイドルグループだった。百人規模の箱なら一瞬。千人規模の箱でも、入念な告知を行い、対バン、つまり共演者の設定を間違えなければ余裕で埋まる。
インスタグラムには、オススメのお酢の写真ばかり載せるし、Twitterには、星占いの十二星座別の今日の運勢を毎日づぶやいていた。要するにオカルトな不思議ちゃんだった。
普通に可愛い自撮り写真をアップしていれば、男性ファンにフォローされるものを。
もしくは、抜群のスタイル、かつ、抜群にセンスの良い私服コーデと、当たると評判の星占いを、SNSで上手に宣伝すれば、女性ファンにフォローされるものを。
本気ではない。
ポテンシャルを考えると、本当に勿体ないのだが、こればっかりは本人次第だ。第三者が強要はできない。
アイドルとしての素晴らしいポテンシャルを持ち、残念なモチベーション持った
ベストのお酢を選ぶのに、もう少し時間がかかる様なので、もう少しだけ説明をしよう。
悩み事はズバリ、経営問題だ。
自分の稼ぎを、
結構カツカツな状態だった。
だが、さすがにそんな話を所属アイドルに相談できない。
・
・
・
「すみませんワンコさん。どうしても一本に決められませんでした。この三本が同率で一位なんです」
そう言うと、
「わーすごい! どれも美味しそう!! これ、いただくね!!」
「さすがワンコさん、お目が高い! シャンパンビネガーは美容にめっちゃええです!」
そう言うと、
お酢の、むせ返るような鼻をつく匂いが、あたりに充満した。
「で、ワンコさん、占って欲しいことって……」
「え? あ、ああ……実は、気になることがあってね。ちょっと話を聞いてもらいたいの」
「はいはい。なんです? あ、一応タイマー押させてください。決まりやし」
そう言うと、
「えっとね……」
だから、昔話をすることにした。
「わたしがまだアイドルしている時なんだけどね。通り魔にあったの」
「ブッ!」
「ケホッケホッ! と、通り魔って! 大丈夫だったんです!?」
「うん。わたしはね。通り魔はわたしの前を横切って逃げただけだから。刺されたのは、サラリーマン? だったみたい。警察も救急車も来て、すっごい騒動になったから、その日のことはすっごく覚えてる。なんでも、刺された人がいきなり消えたって……」
「消えた!? ちょ、ちょっと待ってください!」
「ワンコさん、これ、なんて書いてあります?」
「えっと、『
「これはあかん! ちょ、ちょっと待ってください!!」
そういうと、
「あ、はい、準備OKです。話を続けてください。あ、その前に質問やった。それっていつの話ですか!?」
「えーと……ちょっと待って、たしかブログに投稿したから、昔のブログを発掘する」
そう言うと、
「あ、あった。えっと……日付は二〇一三年一月二十三日になってる」
「時間は!?」
「えーっと、午前一時五分だね」
「やっぱり!!」
「あ、でもこれは家帰った後に更新したから、実際の事件は前日だよ。時間は午後七頃かな?」
「え? なんで?? 時間がずれとる……うーん」
「時間がずれるって、どういうこと?」
「あ、い、いや、こっちの話です。気にせんといてください、それより、もうちょっとその話、詳しく聞かせてくれませんか?」
・
・
・
結局、
「ホンマすみません。結局質問ばっかりして。あとなんや最後の方は、わたしの悩みばっかり話してもうて……」
「いいって、いいって、今までコトリちゃんとじっくり話す機会なかったから、ちょうどよかったよ。じゃ、二週間後の対バン、しっかりね」
「ありがとうございました!」
カランコロンカラン
ミイラ取りがミイラになるとは、こういうことを言うのだろうか……いや、違うか。
(大変な事になってもうた!)
「コトリです。お客様がお帰りになられました」
「おつかれ。おつかれ。おつかれ」
ドアの向こうから、珍妙な返答があった。珍妙な返答だったが、つややかでとても魅力的な声だった。
ガチャリ
「失礼します」
男は立って、エクゼクティブデスクに食事を給餌していた。何故か、鎧に身を包んでいた。
体はチェインメイルで覆い、手足は皮をなめしたレザーメイル。そして、背中に大きなバスタードソードを
筋骨隆々、身長は百九十センチに迫る、大男だった。
女は、鎧の男から給餌されたマッシュポテトをもくもくと食べていた。
男の名前は、
女の名前は、
「あれ? イツキさんは?」
「もう、調査報告はもらっている。ついさっき、
「絵も、できている。完成。完成。完成」
そう言うと、
水墨画は、暗い洞窟の絵だった。見事な陰影が墨の濃淡で描かれていた。
「今回行くのはだれですか?」
「オレだ。真っ当なファンタジーだからな。コトリちゃんには行かせない」
「タクミさん、ホンマお願いします。ワンコさんを助けてください! ワンコさんが行ってもうたら、わたし……わたし……」
そして、非常階段のドアノブを、反時計回りにひねった。
ガチャリ
ドアをあけると、そこには、長い長い廊下が現れた。
長い長い廊下の左右には、等間隔でカラフルなドアが並んでいた。
そして、全てのドアに〝額縁〟が備え付けられていた。
一番手前の左のドアは、額縁の中に数字の〝1〟が書かれれいた。はっきりした色合いの緑と青のツートンカラーのドアだった。
反対側の右のドアは、額縁の中に数字の〝60〟が書かれれいた。一面、淡い色をした青いドアだった。
コツ、コツ、コツ……
そしてその手に、
ハッキリとした、青とグレーのツートンカラーのドアがぼんやりと光った。そして、水墨画にじんわりと色がついた。
色がついたとおもったら、水墨画はたちどころに写実的になった、いや、実写になった。額縁は窓になっていた。額縁窓になっていた。そして、窓の奥は、ジメジメとした洞窟になっていた。
突然、
「頼むよ兄さん、多分、ゴブリン達と一緒にいるはずだから。見た目は女の子になってるハズだよ」
「おみやげ、絶対、絶対、お願いします……」
「行ってくる」
「うん。うん。うん。よろしく。よろしく。よろしく」
ガチャリ
ハッキリとした、青とグレーのツートンカラーのドアの向こうは、ジメジメとした洞窟になっていた。ドアの向こうから、むわっと湿気が立ち込めた。
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