第七話:秋「消えた他人とポテトチップス」後編
女は、気が気ではなかった。ニコニコしながら気が気でなかった。
ニコニコしながら、CDを一枚買ってくださったファンとと握手し、三枚買ってくださったファンと一緒にチェキを一枚撮り、六枚買ってくださったファンと一緒にチェキを二枚撮り。十二枚買ってくださったファンと一緒にチェキを四枚撮った。
女は、アイドルだった。アイドルの女は、白いコスチュームに身を包み、ニコニコしながら、ファンとチェキを撮り終えると、チェキに油性の蛍光マジックでコメントを書いた。
入念に彼女の推しであるファンに、コンサートに来てくれたお礼と、ファンの体質に合ったおすすめのお酢を書き込んだ。
「ありがとー。おおきに!」
アイドルの名前は
最終的には十二人になる予定の、現在は七人組のアイドルだった。
十二支がテーマのアイドルで、彼女は
「ふう」
ひといきついた
(やっぱり、
ひとりごちた
「ちょっと……アイドル辞めるの?」
「ブッ!」
「ケホッケホッ! トラミさん、突然なんてコト言うんですか!」
振り向くと緑のコスチュームに身を包んだ、背の高く涼やかな顔をした美少女が立っていた。
リーダー名前は、
物静かで、表情の変化が少ない、
「今日のコト……おかしい。と言うか十日前からおかしい。ちょっと……笑い方がワンコさんみたい。作り笑い。コトリが今……ここにいるのがその証拠。
そう、
いつもなら「剥がし(握手した瞬間に追い立てるスタッフのこと)」を制して、時間が許すかぎり、ニコニコとファンとの交流を心から楽しむのに、今日に限って、極めて事務的に、ファンとの対応を行っていた。
リーダーとして、常にメンバーの様子を気を配り、悲しいかな人気がそれほどなかったから、必要以上にメンバーの様子に気を配る余裕がある、つまり控えめな人気と性格の
「うん。まだワンコさんには言ってないんやけど、来年の一月いっぱいかな……って思ってる」
「やっぱり辞めるんだ。コトの本業は占い? ちょっと……顔がそう言ってる」
「さすがはトラミさん、
「
「
「ちょっと……なにいってるか、わかった。だからいつもニコニコしていたコトが……ワンコさんみたいな作り笑い方になったんだ。
ちょっと……ワンコさんの目、おかしくなっちゃったから」
「そうです。なんや、大きい仕事が決まったみたいです。だからワンコさん、めっちゃムキになってしもうとる。
あ、話がややこしくなるんで言っときますけど、アイドルの仕事が忙しくなりそうやから辞める訳やないです。最初から、もうずっと前から来年の一月で辞めることにしてます。もう三回ぐらい辞めてます」
「ちょっと……なにいってるか、わからない。でも、ちょっと……なにいってるか、わかった。ワンコさん、ちょっと……ヤバイ? わたしを見る目、おかしい。ちょっと……いやらしい」
「そうです。せやから申し訳ないんやけど、先抜けさせてもらってええですか?」
「ちょっと……なにいってるか、わかった。ワンコさんを助けに行く?」
「そうです。みんなへの説明、おねがいできます?」
「ちょっと……なにいってるか、わかった。みんなには伝えておく」
「おおきにトラミさん。ありがとうございます。お先に失礼します」
そう言うと、
「ちょっと……コトが辞めるの寂しい。すっごく寂しい」
白いコスチュームを脱ぎ捨てて、センスの良い私服に着替えてセンスの良いコートを羽織ると、中国産の
そのまま走って
そのほうが、タクシー行くよりも、
報告をうけた人物からは、無難な〝無料スタンプ〟が一通届いた。そのスタンプは、とても頼り甲斐よく親指を立てていた。
カランコロンカラン
「馬鹿馬鹿しい!!」
所長室から、
「ご忠告ありがとうございました!
せいぜい参考にいたします! じゃ、そう言うことで!」
ガチャリ
「ワンコさん……どうか、どうか、考え直してください。先生の言葉を、どうか、信じてください。信じてあげてください……お願いします!」
バシィ!
「あんた! なに抜け出してきてんの! せっかく来てくださったファンの皆様に失礼でしょう!!」
「はい。トラミさんに頼み込んで抜けてきました。トラミさんも気づいてました。ワンコさんの目がおかしいって」
「はぁ!」
「今のワンコさんは、めっちゃおかしいです。普段は日焼けするんにも厳しく注意するワンコさんが、アイドルのホホをぶつなんて考えられません。ウマみたいに叩かれて、せっつかれてニコニコ笑うアイドルなんて、そんなんアイドルちゃいます。
そんなんされたら、お客さんの前でニコニコできません。わたしはウソつけませんから」
「あんた、誰?」
「はぁ!」
「トラミさんは殺させへんで!」
「ブッ!」
唐突に
「ぎゃああ!」
黒い
「お願いしますタクミさん!」
ガチャリ
そして、両手で構えたバスタードソードを、黒い瘴気めがけて思いっきり振りおろした。
そこにすかさず、給湯室に駆け込んでいた
塩だった。
塩を投げつけられた
「おみごと、おみごと、おみごと」
ことの
「やられた。まさか……
「きっと、ワンコさんが逃げとる通り魔とすれ違ったときに、中身がワンコさんに乗り移ったんや思います。ワンコさんに隠れて、異世界に引き
せやからトラミさんのことを、最近になって、めっちゃいやらしい目で見るようになった。トラミさんのことを、異世界に引き
「
なにもしなかった
「ごくろう、ごくろう、ごくろう」
・
・
・
スッキリした
「すみません。さっきは……
改めてお聞きします。来年の、二〇二〇年の武道館ライブは中止になるんですよね」
「自信がない。イツキが調べた的中率。たったの九九.二パーセント。自信がない」
スッキリした
「や、感染症が流行するんでしょ? そんな中で、ライブなんてできるわけない。ファンににご迷惑がかかる! すっぱりきっぱりあきらめます」
「自信がない。イツキが調べた的中率。たったの九九.二パーセント。自信がない」
「うるさいなぁ! ファンにご迷惑がかかるライブなんて、やっていい訳ないだろ! このショボ眼鏡!!」
バッサリ斬られた
「まいりました! 降参。降参」
「なんか別の方法考えるよ。ライブに行けないファンのみんなと、楽しめる方法。
感染症? はぁ!
そんなんクソだ! アイドルなめんな! アイドルは奇跡なんだ! 奇跡を産むからアイドルなんだ! ファンと一緒に楽しめる方法を意地でも探してやる!」
「よかった! ワンコさんや、いつものワンコさんがもどってきた!
ホンマ……よかった……」
「頑固なワンコ。わかりやすい」
「ちょ! 先生、余計な事、言わんといてください! すみません、気ぃ悪うしましたよね!?」
「いいっていいって、それに、褒め言葉じゃん。めっちゃ褒め言葉。キャッチフレーズに使おうかな?」
そう言うと、すっきりした
「わかればいい!」
「先生は、黙っといてください!!」
「いえ、事実ですから。自分の事を危うく見失うところでした」
「わかればいい!」
「先生は、黙っといてください!!」
ガチャリ
ドアの先では、黒いスーツで、短髪を整髪料でテカテカになでつけた男が、背筋を伸ばして立っていた。
「お目覚めになられましたか」
そう言うと、
「結論から申し上げます。私どもの会社の子会社になりませんか?」
「イヤです」
「なるほど……では融資をしたいと言ったら?」
「条件次第です」
「なるほど……では融資をしていただきたいと言ったら?」
「条件次第です」
「では、単刀直入に申し上げます。今、わたくしは有能な実業家と、確かな腕と経営センスを持つ料理人。このふたりと、とある事業を準備しております。その事業の、共同経営者になっていただきませんか?」
「条件次第です」
「経費回収の後、営業利益の三十三パーセントを還元いたします」
「乗った!」
「よろしいのですか? まだ事業内容をご説明していませんが」
「興味ない。わたしがやることと、その見返りにあなたがしてくれること、あと成功率だけ教えて」
「はい。共同出資ならびに、イメージキャラクターを努めていただきたく存じます。ご融資いただきたい費用は、プロジェクト総額の三十三パーセントです。
我々が提供可能なメリットとしましては、
そして、これらの条件をすべてお受けになっていただいた際、事業が成功する確率率は、約九九.二パーセントです」
「乗った! 契約書はどこ?」
「こちらに」
流れるように差し出された契約書に、
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
そう言うと、ふたりは笑顔で硬い握手をかわした。
・
・
・
「ふーん、つまりこの異世界のじゃがいも? で、作ったポテトチップスを食べると、免疫ができると」
「はい。なんや、あっちの世界に引っ張られるんを防いでくれるらしいです」
「いやでも、本当ムカついた。わたしがトラを殺す? 殺して異世界に引き
「いやいや、ポテトチップスに罪はないです。なんでも、何にでも合う人畜無害なじゃがいもで作ったポテトチップスみたいです。タクミさんが言ってました。
今、八階のタクミさんの店でポテトチップスのマリアージュ? を楽しんどるみたいです。
なんでも、たこやきや、明太子、それから日の丸弁当や、ういろうにも合うみたいです」
「なんだそりゃ?」
「うん、お酢にも合うね! 確かに『知らない味だ』。流石異世界って感じ? クセになっちゃって、バリバリ食べれちゃう! とまらない、やめられない!!」
「さてと、じゃがいものことはどうでもいい。コトリちゃん、本題を聞かせてもらえない?」
「はい……わたし、来年の一月いっぱいで、アイドルを卒業させてもらいたいんです」
「やっぱそれかー」
覚悟はしていたが、やっぱり、とても残念だった。
「まーね、コトリちゃんの本当の才能は、異世界に連れてかれそうな人を助ける仕事だもん。
わたしとトラが助けられちゃったからなぁ。反論のしようがない。引き止めるのはさすがに無理だ」
「あ、いやその、ホンマは続けたいんですよ。ホンマは。せやねんけど、しばらくの間は、この仕事つづけたいんです。しばらくの間、二〇十九年に居たいんです」
「二〇十九年に居たいってのが、ちょっとなにいってるか、わかんないけど、わかったよ。
あの、ショボ眼鏡と、胡散臭いスーツと、さっき八階でチラッとみた、めっちゃイケメン、そしてコトリちゃんにしか出来ない仕事なんでしょ?」
「はい、あ、でも、タクミさんは確かにイケメンやけど、どっちかと言えば通好みやし、イツキさんは胡散臭くないし、先生はショボくありません!」
「いいねえ、いいねえ! 信頼関係いいねぇ! あのショボ眼鏡、そんなに信頼できる?」
「はい。先生は、二〇二〇年をほんの少しでもマシにするために頑張っているすごい人です。もうキッカリ十二回も頑張っています!」
「キッカリ十二回ってのが、ちょっとなにいってるか、わかんないけど、いいねえ! 根性ある!
「先生もグループにスカウトします? あと……わたしも今の仕事を納得いくまでやりとげたら、グループに戻らせて欲しいです」
「当然! あ、ややこしいけど、当然はコトリちゃん。ショボ眼鏡はいらない。
「確かに! 先生は絶望的にリズム感が悪いです」
「そう! 多分コトリちゃんより若い……ってか、どっからどうみても未成年だけど、ダンス踊れないんじゃ無理。いくら若くて、とんでもない美少女でも、育成なんて無理。才能がないんじゃ、努力したって可哀想なだけだよ」
「やっぱそうですか……。はぁ、先生、この仕事終わったらどうやって生きてくんやろ」
「あの兄弟のどっちかと結婚すりゃいいじゃん」
「いやいやワンコさん! 勝手に決めんとってください」
「そう? まあどうでもいいや」
犬飼カズコが、けらけらと笑いながら、無責任に
「このポテトチップスは、なんにでも合う。なんでも吸収する。この異世界のじゃがいもはすばらしい」
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幕間劇
こんにちは。
ここまで、お読みいただきありがとうございます。めっちゃうれしいです。
なんや訳わからん話ですみません。
わたしが所属しているアイドルグループのメンバーのこと、本当はめっちゃ話したいねんけど、なんや、話を始めたらキリがなくなるみたいなんで割愛します。
愛を込めて育成しとるみたいやから、話を始めたら、めっちゃ
どうか勘弁してください。
あ、あとそれから、毎度毎度、しつこくて申し訳ないんやけど、大事な話やから、最後に
【この小説はフィクションです】
*実在の人物や団体、並びに実在の小説やマンガ、アニメーションや、基本無料の育成ゲームなどとは関係ありません。
そこんとこ、キッパリはっきり
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