第七話:秋「消えた他人とポテトチップス」後編

 女は、気が気ではなかった。ニコニコしながら気が気でなかった。


 ニコニコしながら、CDを一枚買ってくださったファンとと握手し、三枚買ってくださったファンと一緒にチェキを一枚撮り、六枚買ってくださったファンと一緒にチェキを二枚撮り。十二枚買ってくださったファンと一緒にチェキを四枚撮った。


 女は、アイドルだった。アイドルの女は、白いコスチュームに身を包み、ニコニコしながら、ファンとチェキを撮り終えると、チェキに油性の蛍光マジックでコメントを書いた。

 入念に彼女の推しであるファンに、コンサートに来てくれたお礼と、ファンの体質に合ったおすすめのお酢を書き込んだ。


「ありがとー。おおきに!」


 アイドルの名前は丁番ちょうつがいコトリ。

 最終的には十二人になる予定の、現在は七人組のアイドルだった。

 十二支がテーマのアイドルで、彼女はとり担当だった。


 とり担当のコトリ。分かり易い。


 丁番ちょうつがいコトリは、最後のファンにニコニコしながら手を振ると、バックステージに駆け込んだ。そしてクーラーボックスのからお酢を取り出して、紙コップにダバダバと注ぎ込み、ごくごくと飲み干した。フランス産の白いシャンパンビネガーだった。


「ふう」


 ひといきついた丁番ちょうつがいコトリは、ひとりごちた。


(やっぱり、官星かんせいつこたあとは、飲みやすいんが一番や)


 ひとりごちた丁番ちょうつがいコトリは、クーラーボックスから、すぐさま別のお酢をとりだした。鹿児島県産の黒酢だった。

 丁番ちょうつがいコトリは、紙コップに黒酢をダバダバと注ぎ込み、ごくごくと飲んでいると、突然、背後から話しかけられた。


「ちょっと……アイドル辞めるの?」


「ブッ!」

 

 丁番ちょうつがいコトリは、背中越しにぶしつけにブッ込まれた物騒な質問に、口に含んだ黒酢を吹き出しそうになった。


「ケホッケホッ! トラミさん、突然なんてコト言うんですか!」


 振り向くと緑のコスチュームに身を包んだ、背の高く涼やかな顔をした美少女が立っていた。丁番ちょうつがいコトリが所属するアイドルグループのリーダーだった。


 リーダー名前は、甲本こうもとラミ。

 物静かで、表情の変化が少ない、とら担当のアイドルだった。


「今日のコト……おかしい。と言うか十日前からおかしい。ちょっと……笑い方がワンコさんみたい。作り笑い。コトリが今……ここにいるのがその証拠。がしまくった」


 そう、丁番ちょうつがいコトリがバックヤードに早々とけるのはめずらしい。人気もあるし、いつもニコニコしながらファンとの談笑が盛り上がるから、大抵は列がけのが一番最後だった。

 いつもなら「剥がし(握手した瞬間に追い立てるスタッフのこと)」を制して、時間が許すかぎり、ニコニコとファンとの交流を心から楽しむのに、今日に限って、極めて事務的に、ファンとの対応を行っていた。


 リーダーとして、常にメンバーの様子を気を配り、悲しいかな人気がそれほどなかったから、必要以上にメンバーの様子に気を配る余裕がある、つまり控えめな人気と性格の甲本こうもとラミは、丁番ちょうつがいコトリの様子がおかしいことを見破っていた。


 丁番ちょうつがいコトリは、悩んだ。本当のことを言うか悩んだ。だけど、言うことにした。 


「うん。まだワンコさんには言ってないんやけど、来年の一月いっぱいかな……って思ってる」


「やっぱり辞めるんだ。コトの本業は占い? ちょっと……顔がそう言ってる」


「さすがはトラミさん、相術そうじゅつの達人はなんでもお見通しや……」


相術そうじゅつ? ちょっと……なにいってるか、わからない」

 

人相にんそうです。人相にんそうと表情で、感情読めるってことです」


「ちょっと……なにいってるか、わかった。だからいつもニコニコしていたコトが……ワンコさんみたいな作り笑い方になったんだ。

 ちょっと……ワンコさんの目、おかしくなっちゃったから」


「そうです。なんや、大きい仕事が決まったみたいです。だからワンコさん、めっちゃムキになってしもうとる。

 あ、話がややこしくなるんで言っときますけど、アイドルの仕事が忙しくなりそうやから辞める訳やないです。最初から、もうずっと前から来年の一月で辞めることにしてます。もう三回ぐらい辞めてます」


「ちょっと……なにいってるか、わからない。でも、ちょっと……なにいってるか、わかった。ワンコさん、ちょっと……ヤバイ? わたしを見る目、おかしい。ちょっと……いやらしい」


「そうです。せやから申し訳ないんやけど、先抜けさせてもらってええですか?」


「ちょっと……なにいってるか、わかった。ワンコさんを助けに行く?」


「そうです。みんなへの説明、おねがいできます?」


「ちょっと……なにいってるか、わかった。みんなには伝えておく」


「おおきにトラミさん。ありがとうございます。お先に失礼します」


 そう言うと、丁番ちょうつがいコトリは一目散に楽屋に向かった。

 甲本こうもとラミは、楽屋に走っていく丁番ちょうつがいコトリを見ながら、ぼんやりとつぶやいた。


「ちょっと……コトが辞めるの寂しい。すっごく寂しい」


 丁番ちょうつがいコトリは大急ぎで、楽屋に駆け込んだ。

 白いコスチュームを脱ぎ捨てて、センスの良い私服に着替えてセンスの良いコートを羽織ると、中国産の餅米もちごめが原料の香醋こうずと、白いアイドルコスチュームを大きなトートバッグに放り込んで、大慌てでイベント会場を後にした。


 そのまま走って新木場しんきば駅まで行って、有楽町ゆうらくちょう線の市ヶ谷いちがや駅で新宿線に乗り換えれば、ちょうど急行で京王新線けいおうしんせん初台はつだい駅までスムーズにたどり着ける。

 そのほうが、タクシー行くよりも、安楽庵あんらくあん探偵事務所までは早かった。


 丁番ちょうつがいコトリは、電車に駆け込むと、シートに座ってスマホを取り出してグループLINEにコメントを書き込んだ。反応をしたのは一人だけだった。

 丁番ちょうつがいコトリは、その人物に、先ほど得た情報をこと細かく報告した。


 報告をうけた人物からは、無難な〝無料スタンプ〟が一通届いた。そのスタンプは、とても頼り甲斐よく親指を立てていた。



 カランコロンカラン


 丁番ちょうつがいコトリは、息を弾ませながら占いの館 安楽椅子あんらくいすのドアを押すと、ドアは喫茶店のような音をたてて開いた。


「馬鹿馬鹿しい!!」


 所長室から、犬飼いぬかいカズコの怒号どごうが聞こえる。


「ご忠告ありがとうございました!

 せいぜい参考にいたします! じゃ、そう言うことで!」


 ガチャリ


 丁番ちょうつがいコトリが、犬飼いぬかいカズコの怒号どごうが響きわたる所長室のドアノブを時計回りにまわした。


「ワンコさん……どうか、どうか、考え直してください。先生の言葉を、どうか、信じてください。信じてあげてください……お願いします!」


 犬飼いぬかいカズコには、丁番ちょうつがいコトリの前までスタスタあるくと、丁番ちょうつがいコトリの頬を思いっきり引っ叩いた。


 バシィ!


「あんた! なに抜け出してきてんの! せっかく来てくださったファンの皆様に失礼でしょう!!」


 丁番ちょうつがいコトリは、引っ叩かれた頬にそっと手を当てると、唐突にニコニコとわらった。


「はい。トラミさんに頼み込んで抜けてきました。トラミさんも気づいてました。ワンコさんの目がおかしいって」


「はぁ!」


「今のワンコさんは、めっちゃおかしいです。普段は日焼けするんにも厳しく注意するワンコさんが、アイドルのホホをぶつなんて考えられません。ウマみたいに叩かれて、せっつかれてニコニコ笑うアイドルなんて、そんなんアイドルちゃいます。

 そんなんされたら、お客さんの前でニコニコできません。わたしはウソつけませんから」


 丁番ちょうつがいコトリは、ニコニコしながら話を終えると、唐突に犬飼いぬかいカズコをにらみつけた。


「あんた、誰?」


「はぁ!」


「トラミさんは殺させへんで!」


 丁番ちょうつがいコトリは、唐突にトートバッグから中国産の餅米もちごめが原料の香醋こうずを取り出すと、瓶のフタを「きゅぽん」と外して、グビグビとラッパのみした。そして、


「ブッ!」


唐突に犬飼いぬかいカズコにぶっかけた。


「ぎゃああ!」


 犬飼いぬかいカズコは、香醋こうずを顔にしたたか浴びて苦しんだ。尋常じんじょうではない苦しみ方だった。体から黒い湯気がでできた。いや、出てきたのは瘴気しょうきだった。

 黒い瘴気しょうきを体から吐き出した犬飼いぬかいカズコは、ゆっくりをひざから崩れおちた。


 丁番ちょうつがいコトリは、倒れる犬飼いぬかいカズコを受けとめると、大きな声で叫んだ。


「お願いしますタクミさん!」


 ガチャリ


 癸生川けぶかわタクミが、非常階段のドアを時計回りに回して入ってきた。

 癸生川けぶかわタクミは、鎧に身を包んでいた。

 そして、両手で構えたバスタードソードを、黒い瘴気めがけて思いっきり振りおろした。


 瘴気しょうきは、バッサリと切り裂かれた。


 そこにすかさず、給湯室に駆け込んでいた癸生川けぶかわイツキが、流れるように手に持った白い粉を瘴気しょうきにぶちまけた。


 塩だった。


 塩を投げつけられた瘴気しょうきは、黒い煙を上げながら、たちどころに消えていった。


「おみごと、おみごと、おみごと」


 ことの顛末てんまつを、応接椅子に座ったまま、ぼけーと見ていた安楽庵あんらくあんキコは、拍手をしながら三人を珍妙にほめ称えた。


 癸生川けぶかわイツキは、塩まみれになった手を払うと、スーツの裾で、汗まみれの顔をぬぐった。


「やられた。まさか……犬飼いぬかい様が、通り魔だったなんて」


 丁番ちょうつがいコトリは、お酢まみれになった口をぬぐった。


「きっと、ワンコさんが逃げとる通り魔とすれ違ったときに、中身がワンコさんに乗り移ったんや思います。ワンコさんに隠れて、異世界に引きり込む獲物を狙っとんや。

 せやからトラミさんのことを、最近になって、めっちゃいやらしい目で見るようになった。トラミさんのことを、異世界に引きり込むつもりやったんや」


 癸生川けぶかわタクミは、バスタードソードについた瘴気しょうきをぬぐった。


犬飼いぬかいさんの、四墓土局しぼどきょくの中で、数年間、発酵醸造はっこうじょうぞうによって力をつけ、異世界に引きり込むターゲットを探していたんでしょう。犬飼いぬかいさんの中で、ひっそりかもしつづけて、今年の秋の土用どよう犬飼いぬかいさんを乗っとった」


 なにもしなかった安楽庵あんらくあんキコは、特にぬぐうものはないので、とりあえずスレンダーな胸をはって皆を珍妙にねぎらった。


「ごくろう、ごくろう、ごくろう」


 ・

 ・

 ・


 犬飼いぬかいカズコは目を覚ますと、目の中にぼんやりとしたLEDライトの光が差し込んできた。

 犬飼いぬかいカズコは、応接椅子に横になっていた。向かいの応接椅子には、安楽庵あんらくあんキコと丁番ちょうつがいコトリが座っていた。


 犬飼いぬかいカズコは、ゆっくりと起き上がった。なんだかとても、スッキリした気分になっていた。


 スッキリした犬飼いぬかいカズコは、訥々とつとつと話始めた。


「すみません。さっきは……わめきちらして。ちょっと……興奮してしまいました。

 改めてお聞きします。来年の、二〇二〇年の武道館ライブは中止になるんですよね」


 安楽庵あんらくあんキコは、もじもじしながら言った。


「自信がない。イツキが調べた的中率。たったの九九.二パーセント。自信がない」


 スッキリした犬飼いぬかいカズコは、笑った。大声で笑った。


「や、感染症が流行するんでしょ? そんな中で、ライブなんてできるわけない。ファンににご迷惑がかかる! すっぱりきっぱりあきらめます」


「自信がない。イツキが調べた的中率。たったの九九.二パーセント。自信がない」


「うるさいなぁ! ファンにご迷惑がかかるライブなんて、やっていい訳ないだろ! このショボ眼鏡!!」


 犬飼いぬかいカズコは、すっかり自信を喪失して、いじいじしている安楽庵あんらくあんキコをバッサリと斬り付けた。

 バッサリ斬られた安楽庵あんらくあんキコは、テーブルに両手をつけて頭をさげた。


「まいりました! 降参。降参」


「なんか別の方法考えるよ。ライブに行けないファンのみんなと、楽しめる方法。

 感染症? はぁ!

 そんなんクソだ! アイドルなめんな! アイドルは奇跡なんだ! 奇跡を産むからアイドルなんだ! ファンと一緒に楽しめる方法を意地でも探してやる!」


「よかった! ワンコさんや、いつものワンコさんがもどってきた!

 ホンマ……よかった……」


 丁番ちょうつがいコトリは、口に手を当ててボロボロと涙を流した。滝のように涙を流した。


「頑固なワンコ。わかりやすい」


「ちょ! 先生、余計な事、言わんといてください! すみません、気ぃ悪うしましたよね!?」


「いいっていいって、それに、褒め言葉じゃん。めっちゃ褒め言葉。キャッチフレーズに使おうかな?」


 そう言うと、すっきりした犬飼いぬかいカズコは、心から笑った。心から、安楽庵あんらくあんキコ、そしてなにより、我が子のように愛らしい、丁番ちょうつがいコトリに感謝をした。


「わかればいい!」


 安楽庵あんらくあんキコは、「むっふー」と息を吐きながら、得意げに胸を張った。スレンダーな胸を張った。


「先生は、黙っといてください!!」


「いえ、事実ですから。自分の事を危うく見失うところでした」

「わかればいい!」

「先生は、黙っといてください!!」


 犬飼いぬかいカズコは、安楽庵あんらくあんキコの口を必死でふさごうとする丁番ちょうつがいコトリを見て、声を出して笑った。久々に心から笑った。掛け値のない、心からの笑顔で笑った。



 ガチャリ


 犬飼いぬかいカズコが笑っていると、非常階段のドアが開いた。

 ドアの先では、黒いスーツで、短髪を整髪料でテカテカになでつけた男が、背筋を伸ばして立っていた。癸生川けぶかわイツキだった。


「お目覚めになられましたか」


 そう言うと、癸生川けぶかわイツキはスタスタと歩き、立ち上がった丁番ちょうつがいコトリと入れ替わりで流れるように応接椅子に座った。


 犬飼いぬかいカズコは、そんな癸生川けぶかわイツキを見ながら、やっぱり胡散うさん臭いやつだなと思った。だが、自分と同族の胡散うさん臭いやつだと思った。清濁せいだく併せ持った胡散うさん臭いやつだなと思った。


 胡散うさん臭い癸生川けぶかわイツキは、唐突に切り出した。


「結論から申し上げます。私どもの会社の子会社になりませんか?」

「イヤです」


 犬飼いぬかいカズコは、ニコニコした笑顔で返事をした。


「なるほど……では融資をしたいと言ったら?」

「条件次第です」


 癸生川けぶかわイツキは流れるように切り返し、犬飼いぬかいカズコは、ニコニコした笑顔で返事をした。


「なるほど……では融資をいただきたいと言ったら?」

「条件次第です」


 癸生川けぶかわイツキは流れるように切り返し、犬飼いぬかいカズコは、ニコニコした笑顔で返事をした。


「では、単刀直入に申し上げます。今、わたくしは有能な実業家と、確かな腕と経営センスを持つ料理人。このふたりと、とある事業を準備しております。その事業の、共同経営者になっていただきませんか?」


「条件次第です」

「経費回収の後、営業利益の三十三パーセントを還元いたします」

「乗った!」


 癸生川けぶかわイツキは流れるように条件を提示し、犬飼いぬかいカズコは、ニコニコしながらOKした。


「よろしいのですか? まだ事業内容をご説明していませんが」

「興味ない。わたしがやることと、その見返りにあなたがしてくれること、あと成功率だけ教えて」


 癸生川けぶかわイツキの質問に、犬飼いぬかいカズコは、ニコニコと自分が興味のある用件のみを要求した。


「はい。共同出資ならびに、イメージキャラクターを努めていただきたく存じます。ご融資いただきたい費用は、プロジェクト総額の三十三パーセントです。

 我々が提供可能なメリットとしましては、犬飼いぬかい様が本来であれば苦手とする経営業務、並びにマネジメント業務を、我々が全面的にバックアップいたします。犬飼いぬかい様にも、専属のマネージャーを少なくとも三人は付けるべきかと存じます。

 そして、これらの条件をすべてお受けになっていただいた際、事業が成功する確率率は、約九九.二パーセントです」


 癸生川けぶかわイツキの流れるような回答に、犬飼いぬかいカズコは、満面の笑みを浮かべた。


「乗った! 契約書はどこ?」

「こちらに」


 流れるように差し出された契約書に、犬飼いぬかいカズコは、満面の笑みを浮かべてサインをして、トートバックから社印をとりだした。


 癸生川けぶかわイツキは流れるように朱印を出し、犬飼いぬかいカズコは、満面の笑みを浮かべてダンダンと朱印の上に社印を叩きつけると、契約書の上に丁寧にハンコをおした。


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 そう言うと、ふたりは笑顔で硬い握手をかわした。


 癸生川けぶかわイツキと、犬飼いぬかいカズコが、ちょっとなにいっているか、わからなかった安楽庵あんらくあんキコは、ぼけーと座っていた。


 ・

 ・

 ・


 丁番ちょうつがいコトリと犬飼いぬかいカズコは、雑居ビルの非常階段に座って、お茶会ならぬ、お酢会をしていた。お茶請けならぬ、お酢受けに、ポテトチップスをパリパリと食べていた。


「ふーん、つまりこの異世界のじゃがいも? で、作ったポテトチップスを食べると、免疫ができると」


「はい。なんや、あっちの世界に引っ張られるんを防いでくれるらしいです」


 犬飼いぬかいカズコは、ポテトチップスを食べて塩がついた手を、ペロペロとなめながら、イライラしていた。


「いやでも、本当ムカついた。わたしがトラを殺す? 殺して異世界に引きひきずり込む? ありえない。まじで異世界むかつくわー。マジでポテトチップスむかつくわー」


「いやいや、ポテトチップスに罪はないです。なんでも、何にでも合う人畜無害なじゃがいもで作ったポテトチップスみたいです。タクミさんが言ってました。

 今、八階のタクミさんの店でポテトチップスのマリアージュ? を楽しんどるみたいです。

 なんでも、たこやきや、明太子、それから日の丸弁当や、ういろうにも合うみたいです」


「なんだそりゃ?」


 犬飼いぬかいカズコは、手についた塩をキレイになめとると、フランス産の白いシャンパンビネガーを、水で丁度ちょうど良い割合で割ったドリンクをちびちびと飲んだ。


「うん、お酢にも合うね! 確かに『知らない味だ』。流石異世界って感じ? クセになっちゃって、バリバリ食べれちゃう! とまらない、やめられない!!」


 犬飼いぬかいカズコは、笑いながらテンション高く異世界のポテトチップスをどっかのロングセラー商品のように褒めると、唐突に「すん」っと真面目な顔をして、丁番ちょうつがいコトリの顔を見た。 


「さてと、じゃがいものことはどうでもいい。コトリちゃん、本題を聞かせてもらえない?」


「はい……わたし、来年の一月いっぱいで、アイドルを卒業させてもらいたいんです」


「やっぱそれかー」


 犬飼いぬかいカズコは、予想通りの答えにガックリと肩を落とした。

 覚悟はしていたが、やっぱり、とても残念だった。


「まーね、コトリちゃんの本当の才能は、異世界に連れてかれそうな人を助ける仕事だもん。

 わたしとトラが助けられちゃったからなぁ。反論のしようがない。引き止めるのはさすがに無理だ」


「あ、いやその、ホンマは続けたいんですよ。ホンマは。せやねんけど、しばらくの間は、この仕事つづけたいんです。しばらくの間、二〇十九年に居たいんです」


「二〇十九年に居たいってのが、ちょっとなにいってるか、わかんないけど、わかったよ。

 あの、ショボ眼鏡と、胡散臭いスーツと、さっき八階でチラッとみた、めっちゃイケメン、そしてコトリちゃんにしか出来ない仕事なんでしょ?」


「はい、あ、でも、タクミさんは確かにイケメンやけど、どっちかと言えば通好みやし、イツキさんは胡散臭くないし、先生はショボくありません!」


「いいねえ、いいねえ! 信頼関係いいねぇ! あのショボ眼鏡、そんなに信頼できる?」


「はい。先生は、二〇二〇年をほんの少しでもマシにするために頑張っているすごい人です。もうキッカリ十二回も頑張っています!」


「キッカリ十二回ってのが、ちょっとなにいってるか、わかんないけど、いいねえ! 根性ある! 安楽庵あんらくあんキコさん? 好きになった!」


「先生もグループにスカウトします? あと……わたしも今の仕事を納得いくまでやりとげたら、グループに戻らせて欲しいです」


「当然! あ、ややこしいけど、当然はコトリちゃん。ショボ眼鏡はいらない。安楽庵あんらくあんキコさんはいらない。てかダンス覚えるなんて無理でしょあの人」


「確かに! 先生は絶望的にリズム感が悪いです」


「そう! 多分コトリちゃんより若い……ってか、どっからどうみても未成年だけど、ダンス踊れないんじゃ無理。いくら若くて、とんでもない美少女でも、育成なんて無理。才能がないんじゃ、努力したって可哀想なだけだよ」


「やっぱそうですか……。はぁ、先生、この仕事終わったらどうやって生きてくんやろ」


「あの兄弟のどっちかと結婚すりゃいいじゃん」

「いやいやワンコさん! 勝手に決めんとってください」

「そう? まあどうでもいいや」


 犬飼カズコが、けらけらと笑いながら、無責任に安楽庵あんらくあんキコの将来にサジを投げ捨てていた頃、安楽庵あんらくあんキコは、八階にある『ビストロたくみ』で、六人のアイドルにまぎれて、もくもくとポテトチップスを食べていた。ういろうとのマリアージュを楽しんでいた。


「このポテトチップスは、なんにでも合う。なんでも吸収する。この異世界のじゃがいもはすばらしい」


 安楽庵あんらくあんキコがひとりごちるなか、来年、大きく花開くであろう、六人のアイドルの笑顔が咲き誇っていた。


_________________________


幕間劇


 こんにちは。丁番ちょうつがいコトリです。

 ここまで、お読みいただきありがとうございます。めっちゃうれしいです。


 なんや訳わからん話ですみません。

 わたしが所属しているアイドルグループのメンバーのこと、本当はめっちゃ話したいねんけど、なんや、話を始めたらキリがなくなるみたいなんで割愛します。

 愛を込めて育成しとるみたいやから、話を始めたら、めっちゃながなるみたいなんで割愛します。


 どうか勘弁してください。


 あ、あとそれから、毎度毎度、しつこくて申し訳ないんやけど、大事な話やから、最後にうときます!


【この小説はフィクションです】

*実在の人物や団体、並びに実在の小説やマンガ、アニメーションや、基本無料の育成ゲームなどとは関係ありません。


 そこんとこ、キッパリはっきりうときます。何卒、よろしくお願いします。

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