第四話:夏「消えたエリートとマッシュポテト」後編
男は、職場で帰り支度をしていた。
部長職の今ならまだ解る、ただの平社員だった時ですら、やっている姿を見た事がない。
男は仕事が出来ない部長に対する
そして会社に戻って頼まれた仕事をとっとと片付けた。
表計算ソフトをさえまともに
結果、表計算ソフトをまともに
男の名前は、
先々週の日曜日に、『占いの館
「もしもし」
電話越しに、聞き慣れない男の声が聞こえてきた。
(お世話になっております。わたくし、
「はい」
(大変お待たせいたしました。
「できるだけ早く
(一応、営業時間は七時までなのですが、わたくしも、そして所長の
「可能であれば、お願いします。営業時間外に
(いえ、こちらこそ申し訳ありません。本来であれば、先週中にご連絡差し上げるのが筋でございますので。到着のお時間をお聞きしても
「今からですと、八時前には……」
(
「承知しました。よろしくお願いいたします」
電話を切ると、
スーツ姿の
そしてタクシーを拾うと、交通の便がすこぶる悪い、
カランコロンカラン
ドアの先では、黒いスーツで、短髪を整髪料でテカテカになでつけた男が、背筋を伸ばして待っていた。
「お待ちしておりました。
目が会うと、男は流れるようにおじぎをした。四十分ほど前に、電話をしてきた
「お話は所長室で……」
そう言うと、
「イツキです。
「了解。了解。了解」
ドアの向こうから、珍妙な返答があった。珍妙な返答だったが、つややかでとても魅力的な声だった。
ガチャリ
銀の細フレームのメガネの美人は、名刺を出した。
「
「
「では、こちらに」
陶器のように白い肌に映える艶やかに長い黒髪。切れ長な瞳。銀の細フレームのメガネが乗った主張しない鼻に、同じく主張しない唇。そして最も驚いたのは、
化粧っ気のない顔は、十代の少女のように見える。だが、その知的な佇まいは、とても十代のそれではない。自分と同じ、いや、考えられないが実はもっと上なのかもしれない。
目の前の女性は、年齢不詳の、絶世の美人だった。
「それでは早速調査報告を……あ、そうか、コトリちゃんいないんだ……先生、申し訳ないですが、飲み物を用意していただけませんか? 先生の
「コーヒー、紅茶、緑茶、どれがいい? 残念ながらお酢は出さない! 絶対出さない!! 出さない!!!」
「先生、紅茶をふたつお願いします。あ、砂糖とミルクは四つずつ」
「了解。了解。了解」
「こちらが調査報告書です。ご依頼通り、事細かに失踪当時の様子を明記しております。
あなたの務める会社で、部長職をやっておられる
「ありがとうございます! これを証拠として突き出せば、
だが、
「いえ……この証拠だけでは警察は動かないと思います。物証がない。
「そんなバカな! 列車に
「そうです。ですから、異世界でご存命です」
「
そして、異世界に転生なさっています。この少女は、
そう言うと、
「期日ギリギリまで接触を
何を言ってるんだ? ちょっとなにいってるか、わからない。
ドガーン!!
お盆の上には、マグカップがみっつ、そして、大量のスティックシュガーと使い切りのミルクが乗っかっていた。
「
「
そして、
満足そうな
「
わたくしも接触を試みましたが、残念ながら失敗に終わりました。ですから止むを得ず、新聞の切り抜きを持ち帰った次第です。ギリギリまで粘ってはみたのですが、
そして、
「失礼ですけど、
しかしながら、直属の上司を
「
「ちょ! 先生、余計な事、言わないでください!! 申し訳ありません。お気を悪くしましたよね?」
そしてその言葉に、
痛いところをバッサリやられた。だが、とてもスッキリした気分になった。
スッキリした
「……
そして、部長は確かに仕事ができない。ですが、できないなりに必死で自分をアピールして、まかりなりにも部長にまで昇進した人だ。
部長は、汚い手段で肩書きを手に入れた。でも、その肩書きは悔しいけど本物です。
私は、部長に企画を
「わかればいい!」
「……先生、少し黙っていただけませんか?」
「いえ、事実ですから。自分の事を危うく見失うところでした」
「わかればいい!」
「黙っていただけませんか!?」
スッキリした
びっくりするほど
ガチャリ
「遅くなりました!」
そして、
「
そう言うと、
ゴンゴン。
三分ほど経っただろうか、非常階段のドアから音がした。
流れるように
「お待たせしました」
大男は
クローシェの中にあるそれは、たちどころに素敵な
料理は大量のマッシュポテトだった。ドイツ料理だった。
大男は、いつのまにか
そう思っていた矢先、コーヒーの
「八階でビストロの店番をしている
前回は時間が経ちすぎて、少しだけ酸味が立ち始めたコーヒーだったが、やはりコーヒーは
「さすがにマッシュポテトだけでは忍びないので……こちらも」
大男は、エグゼクティブデスクに置いてあった、もうひとつのクローシェをテーブルに置いて開けた。
四角い形をした小さなハンバーガーが、
「スライダーです。ハンバーガーの原型と言われています。西暦一九二〇年頃、アメリカ合衆国のドイツ系移民がフィンガーフードとして作ったのが起源です。最近は日本でも流行の
「こんなこと言うのは、失礼かもしれませんが、じゃがいもスライダーが一番美味しいですね……いや、私は味覚に自信がないですから、目新しく感じるだけかもしれませんが」
「良かった。私もじゃがいもスライダーが一番の自信作です。シンプルだが、本当に美味しい。調理も簡単で実に合理的です」
「このじゃがいもは、異世界に
そう言うと、
「? ザワークラウト……ですか?」
「ザワークラウトをご存知でしたか。ですがこれはクラウト……つまりキャベツではありません。ポテトです。異世界のじゃがいもを瓶詰めにして、しばらく放置しただけの料理、ザワーポテトです。異世界で売っていたものを、イツキに持ち帰って貰いました」
「私は、今までこれほど便利な食材に出会った事はありません。調理工程を変えるだけで、ここまで応用が効くなんて。こんな合理的なじゃがいもに出会った事はありません」
「毒があるけど合理的。
「先生も、このザワーポテト食べません? 結構イケますよ!」
「酸っぱいのはイヤ。イヤ。イヤ。絶対」
応接間の食卓に、笑顔の花が咲いた。
・
・
・
占いの館の入り口では、天才料理人、
「では、お代は明日中に振り込みますので」
「期日に間に合っておりませんので……おこころづけを戴ければ構いません。あと、少しよろしいですか?」
「なんでしょう?」
「あなたの企画にとても興味があります。是非、融資をしたいので、独立をお考えになりませんか?」
そういうと、
名刺には、
「腕の良い料理人もご紹介できますよ」
「! まさか!
「……いえ、兄は非合理が服を着た人間です。損益などに興味を示さない。ご紹介する料理人は、確かな腕と、確かな経営センス、
そう言うと、
ピーン
古い作りのエレベーターが、
「興味がおありでしたら、是非そちらの名刺の電話番号にご一報を」
「はい! 前向きに検討いたします」
天才料理人、
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幕間劇
こんにちは。
ここまで、お読みいただきありがとうございます。めっちゃうれしいです。
なんや訳わからん話ですみません。
あと、イツキさんが、なんや、めっちゃ
「イツキさんは、
優しい人を騙すなんてコスイ事は絶対せぇへんから、そこんとこは安心してください。
あ、あとこれも大事な話やから、最後に
【この小説はフィクションです】
*実在の人物や団体、並びに実在の小説やマンガ、アニメーションなどとは関係ありません。
そこんとこ、キッパリはっきり
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