第九話:冬「とり残された男とじゃがいもソフト」後編
男は、からあげを調理していた。
試行錯誤のうえ、完璧な調合がなされた秘伝のタレに鶏肉を十二時間漬け込み、合理的にフランチャイズ展開を行うための調理マニュアルに忠実にしたがって、男は、からあげを調理していた。
つまり、誰が作っても失敗しない、からあげだった。
からあげが完成すると、そのまま、みっつの皿に盛り付けた。
秘伝のタレを開発した居酒屋のオーナーシェフと、そのオーナーシェフの料理の腕と経営手腕を高く評価して事業を興した実業家。そしてその実業家にプロジェクトの総額の三十三パーセントを出資し、店のイメージキャラクターを務める女に、最終版の試食してもらうためだ。
「うん、多分、これで大丈夫だと思う」
「すごいですよ
「これは売れるね。間違いない。まあ、わたしが居るんだから奇跡が起こるのまちがいない。つまり、爆売れまちがいない」
三人は、口々に男の作ったからあげを絶賛した。絶賛は、男に向けてではなく、あくまで男が作った、からあげや、秘伝のタレを開発した男、そして自分自身に向けられていた。
男は薄っぺらい笑顔で答えた。
「良かった。ありがとうございます」
男が答え終わると、秘伝のタレを開発した男が言った。
「そういえば、コトリちゃん、今日、引退ライブでしだっけ?」
「本当、もったいないなぁ。これからって時に……」
フランチャイズ展開を行うための調理マニュアルを作った男が相槌をうつと、店のイメージキャラクターを務める女が答えた。
「そうなんです。本業に専念するらしいです。一応、何度か引き留めたんですけど。こればっかりは本人次第ですし……才能あるんだけどなぁ……まぁ、本業の方が遥かに才能あるみたいですし、しょうがないです」
店のイメージキャラクターを務める女は、卒業するアイドルの引退の顛末を簡単に説明すると、ついでに思い出した様な口ぶりで、からあげを調理した男に言った。
「あ、そうそう、グループLINE見たよ。結果、出たんだって?」
「はい、今から事務所に
男は薄っぺらい笑顔で答えた。
「コトリちゃんはライブのリハやってるから、説明してくれるのは、
イメージキャラクターを務める女の言葉に、マニュアルを作った男がきり返した。
「
その言葉に、秘伝のタレを開発した男が続いた。
「うわ! ワンコさんも、
でも、
「あははっ! 確かに!」
ワンコさんと呼ばれたイメージキャラクターを務める女は、あっけらかんと笑った。
三人は、心から信頼しあえる仲間たちだからこそ言いあえる、軽口の悪口で、互いの検討を称えあった。
客のいないホールに、笑顔の花が咲いた。
からあげを作った男は、そんな三人のやりとりを、苦笑いしながら見つつ、外出の準備をした。
「じゃ、僕はそろそろ、行きますね」
「あ、ちょっとまって!」
外出しようとする、からあげを作った男を見て、秘伝のタレを作った男が、あたふたと、からあげ、そして秘伝のタレの入った紙袋を渡してきた。
「悪いけど、秘伝のタレと、からあげを、持って行ってくれないかい?
「わかりました」
からあげを作った男は、紙袋を受け取ると店を出た。両手をポケットに突っ込んで、
一月末の空っ風が、からあげを作った男に容赦無く襲いかかる。
出先で受け取った紙袋が思いの外重い。ポリエステル材の取手が、冷え切った手首にしたたかと喰い込んでいた。
からあげを作った男は、急ぎ足で
新宿線で、
一回目は、
一人だと思っていた
こっちの世界での死因と、転生先での現在を聞きに行く。
からあげを作った男は、心の中ではどうでも良いと思っていた。心底どうでも良いと思っていた。どうでも良いと思ったのは、三人の
秘伝のタレを作った男と、調理マニュアルを作った男、そして、イメージキャラクターを務める女は、自分と違う世界の住人だった。天才に属する人物たちだった。
そして、今から行く、
そう、
そんな、小さな泉の様にコンコンと湧き上がってくるコンプレックスに、からあげを作った男は溺れてしまいそうになっていた。
スマホがズボンのポケットの中で震えづつけていた。きっと、
カランコロンカラン
からあげを作った男が、占いの館
ドアの先では、黒いスーツで、短髪を整髪料でテカテカになでつけた男が、背筋を伸ばして待っていた。
「お待ちしておりました。
目が会うと、男は流れるようにおじぎをした。
来月の三日にオープンを控えた、自分が雇われ店長をする店の事業出資者だ。財閥系グループ会社のお偉い様らしい。
そして、店のイメージキャラクターを務める女のマネジメント業務を代行する、大手音楽レーベルのお偉い様だ。
そんな「お偉い様」が、自分を「様」付けして頭を下げている。とても不思議だった。まるでドラマの登場人物になったのではないかと錯覚する。いや、あまりにシュールすぎて、お笑いコントに参加している錯覚に
「あ、そうだ、これ。お兄さん……タクミさんに、渡していただきませんか? からあげと、秘伝のタレです。
「これは、これは、ありがとうございます。では、お話は所長室で……」
「イツキです。
「了解。了解。了解」
ドアの向こうから、珍妙な返答があった。珍妙な返答だったが、つややかでとても魅力的な声だった。
ガチャリ
銀の細フレームのメガネの美人は、名刺を出した。
「
「
「では、こちらに」
陶器のように白い肌に映える艶やかに長い黒髪。切れ長な瞳。銀の細フレームのメガネが乗った主張しない鼻に、同じく主張しない唇。そして最も驚いたのは、そんな
「それでは早速調査報告を……あ、そうか、コトリちゃんいないんだ……先生、申し訳ないですが、飲み物を用意していただけませんか? 先生の
「コーヒー、紅茶、緑茶、どれがいい? 残念ながらお酢は出さない! 絶対出さない!! 出さない!!!」
「先生、紅茶をふたつお願いします。あ、砂糖とミルクは四つずつ」
「了解。了解。了解」
「まずは、御足労ありがとうございます。お手数をおかけしました。
結論から申し上げますと、消えた御三方は、ご存命です」
「あ、はい、それはもう聞いてます。異世界で、ですよね」
「いえ、こちらの世界で、です」
「……は?」
「この度は非常にイレギュラーな現象でした。御三方は、来年、異世界よりお帰りになられます。
あなたの前に、まるで何事もなかった様に、突然帰ってくると思われます。時期としましては、来年の六月頃と出ております」
「…………は?」
何を言ってるんだ? ちょっとなにいってるか、わからない。
ドガーン!!
お盆の上には、ティーカップがみっつ、そして、大量のスティックシュガーと使い切りのミルクが乗っかっていた。
「
ぶははっ! そりゃあそう! 本人は無意識! 無意識! いい迷惑!!」
「
周囲は大戦争! 大戦争でパワーを失う。本人はいっさいがっさい気づかない。はた迷惑! いい迷惑! 迷惑!」
そして、
満足そうな
「
「は!?」
何を言ってるんだ!? ちょっとなにいってるか、わからない。
「何言ってるんですか! 僕は……僕は…………?」
なぜだろう。自分の名前がわからない。というか知らない。
「ブッ!」
「ぎゃああ!」
自分の名前を知らない男は、あまっあまのミルクティーを顔にしたたか浴びて苦し……まなかった。おもむろに優しい光につつまれた。そして、おもむろに体がうっすらと透けていった。
「お前のいる年代は、ここではない! そして年齢も違う!
待っている! みんな、待っている! お前と、はた迷惑と、独り言と、未来と、無表情の五人を、首を長くして待っている! お前はそこでは高校生。イツキと同じ仕事をする。解説役をする! すごい! すごい! 大尊敬!
二〇二〇年の六月を、みんなが待っている! 新しいお前達の物語を待っている! 首を長くしてまっている!!
そういうと、
「この役は役不足! 本当に役不足! 誠に申し訳ありませんでした……」
「……………………は?」
自分の名前を知らない男は、
二〇二〇年の六月に、消えて行った。皆が待つ待望の新刊の中に消えていった。
「疲れた。本当に疲れた。やっぱり、これは、コトリ担当」
ガチャリ。
非常階段のドアが時計回りに捻られると、大男が現れた。男は、特徴のない地味な私服に身を包み、手にソフトクリームを持っていた。異世界の食材に魅せられた天才料理人、
「これを……異世界のじゃがいもとミルクで作った、じゃがいもソフトです」
「あまい、あまい。この世界の幕間劇のじゃがいもはとてつもなく、あまい! あまくてとても有名な味。みんなが『知ってる味』。そして絶対に安全。あまっあまのイージーモード!!」
ひとりごちた
弟の
「あ、
「そうか! ついに……」
「美味しい!」
「信じられない! この原価で、どうしてこの味が出せるんだ!? すごいな
驚く
「うん。間違いない。この原価でこの味なら、利率も高い。これなら確実に勝てる」
「勝てる? 品のない言い方だな?」
「商売だからね。
「……そうだな。そこは俺の領分じゃなかった。すまない」
「おたがいの領分で、できるだけあがこう。兄さん」
「ああ……」
ふたりは、文字通り、二〇十九年二月から、二〇二〇年一月までの成果の結晶である、からあげを見つめなら、静かに兄弟喧嘩をして、そしてすぐに和解をした。
カランコロンカラン
喫茶店の様な音を立てて、占いの館
ふたりの青年のうち、短髪を整髪料でテカテカにした青年が、ドアの前にかかった「OPEN」と書かれた札をひっくり返して「CLAUSED」にした。そして、さりげなく腕に巻いた
「午後5時27分。会場後ちょっと後には着くはずです。下にタクシーを待たせてますので」
そう言うと、
三人はエレベーターに乗り込むと、
「ワンコさんが、打ち上げにと『ビストロ
珍妙な私服に身を包み、くるんくるんのツインテールの不思議ちゃんは返事をした。
「うん。うん。うん。了解。了解。了解」
ピーン
エレベーターが一階に到着した。
その間に、
タクシーは流れる様に、発進した。
時刻は、午後5時30分。ちょうど
「コトリは、
「いや、先生。時刻と
「おかしい! そもそも、コトリは
「いやいや、先生。普通は、
「おかしい! おかしい! 最近のアイドルは乱れている!!」
「いやいやいや、先生。普通のアイドルは、てか普通の日本人は五行思想なんて気にしませんよ!」
「おかしい! おかしい! おかしい…………」
珍妙に叫び続ける
_________________________
幕間劇
こんにちは。
ここまで、お読みいただきありがとうございます。めっちゃうれしいです。
なんや訳わからん話ですみません。
おかげさまで、ワタシの卒業ライブは、大盛況で終了しました。
いっぱい歌って、いっぱい踊って、いっぱい笑って、最高のライブでした。
あと、ワンコさんに花束もろうた時は、感極まって、泣いてしまいました。
もう三回目なんやけどなぁ。やっぱり卒業は、何回やっても慣れません。泣いてしまいます。
でもって、毎度毎度、本当にしつこくて申し訳ないんやけど、大事な話やから、最後に
【この小説はフィクションです】
*実在の人物や団体、並びに実在の小説や小説やマンガやマンガ、アニメーションやアニメーションとは関係ありません。
そこんとこ、キッパリはっきり
_________________________
・
・
・
……でも今回は、流石にギリギリアウトと違います?
・
・
・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます