お家時間に
メイルストロム
二人で
同じ茶葉を使っているのに、君が淹れてくれた物よりも不味い紅茶しか淹れられない。
……どうしてだろうか。
紅茶の淹れ方は、君に習った通りのやり方をずっと守ってきた。季節によって蒸らす時間やなんかも変えたりはしたけれど、それも君に習った通りのやり方だよ。
君は私の淹れた紅茶を、毎回美味しいと言ってくれる。けれどそれは本心から言っているのか、時々疑問に思うんだ。淹れてる本人が不味いと感じている紅茶なのに、君が美味しいと言う。
不思議で堪らない、お世辞を言わせているんじゃないかと気になってしまう。
1人、部屋の中で思案していると電話が鳴った。
ディスプレイには付き合いの長い友人の名前、懐かしいメロディを響かせるそれを手に取り通話ボタンを押す。
「やぁ、マリーナ。元気にしているかい?」
スピーカー越しに聞いた友人の声は、相変わらず元気そうだった。
「元気にしているよ。君の方はどうだい、ラーダ」
「妙な感染症で外に出られないこと以外は問題なしって所だな」
「アウトドア派の君には辛い世の中になったね 」
「こればかりは仕方ないな。
とはいえ、家にいても出来る新しい趣味も見つけたし悪くないよ」
「へぇ、どんな趣味を見つけたんだい?」
「趣味っても料理だ。旦那も内職に切り替えたから、これを機に自炊するようにしたんだよ……まぁお前の想像通り、見た目はヒデェし味は微妙な料理しかできねぇ。ぶっちゃけ店で出したら廃棄確定レベルだろうな。
だがそんな料理を旦那は美味い美味いって食いやがる。始めは馬鹿にされてんのかと思ったけど、どうも違うみたいで」
「へぇ、旦那さんはなんていったの?」
「“お前が俺の為に作ってくれたんだ、それが不味い訳無いだろ!”
だなんて素面で言いやがった。よくもまぁあんな恥ずかしい事を面と向かって言えるよ。
まぁなんだ、たまに旦那も飯を作るんだが……店よりうめぇんだよアイツの手料理。なんでうめぇんだって、聞いたらさ……何時だったか“お前が嬉しそうに食べる顔が見たい、お前の事を想って作ってるんだ”なんて言ってたっけよ。
アイツは当たり前だと言ってたけどさ。私はこんな情勢下で、飯を作るようにならなきゃ気づけなかったんだよなぁ。間抜けも良いところだ」
「成る程……──」
「どうした、マリーナ?」
「別になんともない、持つべきものは君のような友人だと思っただけさ。良い話をありがとう、ラーダ」
「はぁ?
……なんか良くわかんねぇけど、まぁいいか」
「別に深い意味はないさ」
「変なやつだなぁお前も……
それじゃ、元気な声も聞けたしそろそろ切るぞ」
「あぁ、私もお前の元気な声が聞けて良かった。また話そう」
「おう。たまにはお前からかけてくれても良いんだぜ?」
「……すまない、まだスマホに慣れていないんだ。慣れたら此方からかけよう」
「まだ慣れてないのか、さっさとソレイユに教われよ?
それじゃあな、マリーナ」
ラーダとの電話から一時間後、買い出しに出ていた同居人のソレイユが帰って来た。
「お帰り、ソレイユ」
「ただいま。
ねぇマリーナ、なにか良いことでもあった? 」
「……少しね」
「へぇ、後で聞かせてよ!」
「勿論、でもその前に手洗いとうがいを済ませてきてね。あとはしまっておくから」
「いつもありがとね、マリーナ」
「これくらい、いいのよ」
買い物袋から野菜や乳製品を冷蔵庫へ移し、コンロに火をつける。その目的は紅茶を淹れること。
“相手の事を想って作る”
ラーダから聞いて思い出したけど、それは一番最初にソレイユから教わっていた。初めて作った料理は酷いもので、今思うと恥ずかしさで火を吹きそうだ。
懐かしい思い出に浸りつつ、習った通りに紅茶を淹れていると着替えを済ませたソレイユが戻ってきた。
「ごめんソレイユ、戸棚にスコーンがあるんだけど出して置いてくれるかな?」
「オッケー」
準備を済ませて二人で席に着き、暖めておいたカップに紅茶を注ぐ。すると嗅ぎ慣れた茶葉の香りがふんわりと漂ってきた。いつもの茶葉を使って普段と変わらない手順で淹れたそれは、普段よりも良い香りに思えた。
カップを手に取り、熱さを確かめつつ口を付けるソレイユ。
「……普段も美味しいけど、今日のは一段と美味しいね。マリーナ、茶葉を変えたの?」
「変えてないよ、ただ初心に帰って淹れただけ」
「初心に帰っただけ……?」
「ソレイユがいつもしていることよ」
あまりピンと来ていないような顔をしているソレイユだったけど、すぐに気付く筈だ。
だってこれは──君が私に教えてくれたことなんだから。
お家時間に メイルストロム @siranui999
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