あとがき(及び解説)
こんにちわ。
初めまして、あるいはおひさしぶりです。
奇水です。
電撃文庫などで書いてました。五年は商業刊行してません。来年こそはどうにかしたいです。本当に。
今作『常政子二刀剣談』は、2022年にあったKAC20221 カクヨムコン8短編にだした掌編をリライトしたもの――というより、構想通りに書いた完全版ともいうべきものです。
そのうちに電子書籍にでもまとめて売り出そうと思っていたのですが、なんとなく今回公開することにしました。
さて、その時のお題は『二刀流』でした。
二刀流については、私は常々色々と語っているものでしたから、当時の担当で、いまもなんだかんだとやりとりがある清瀬さん(当時電撃文庫編集)にSNSで話を振られ、確か三日とかそこらで書いたものだったと記憶しています。
構想そのものは以前からあったものでしたから、書き上げるのに苦労はさほどなかったのですが、その時には全部で9000文字近くあり……規定は4000文字なので、半分以下に削る羽目になったのでした。正直、それが一番苦労しました。
そういうわけでなんとか仕上げたのですが、内容的にちとマニアック過ぎたというか、元々こういうコンペ向けの代物ではなかったので、さほど成績はふるいませんでした。それなりの好意的な評価はいただけたので、それだけでも私は満足したのですけども。
そうして一年が経過して、その時に完成させたものをさらにリライトしたのが本作です。
常政子二刀剣談 https://kakuyomu.jp/works/16816927861295015117
こちらが掌編版です。機会があれば読み比べてみてください。
☆ ☆ ☆
さて、今作の内容についてネタバラシというか、色々と解説をします。あんまりこういう歴史モノに解説を加えるのも野暮な気はするのですが、昨今、リテラシーなどが叫ばれているという事情もありますし、一応、幾つかの資料を参照している手前、そのあたりについて色々と。
まず、主人公の伏見十郎太政名ですが、これはまったくの架空の人物です。
しかしモデルというか、参考にした人物は存在します。
『日本武道史』 https://dl.ndl.go.jp/pid/1125984/1/208 に書かれたエピソードで、大石進が伊庭軍兵衛の弟子の二刀流の使い手に突きで勝ったというものです。
この二刀流使いについては他に記載がなく、名前も解りません。この本の著者である横山健堂は若い頃に大石進の直弟子が存命であったと書いていましたから、そのあたりから伝え聞いた話なのかもしれません。今回の物語は、このエピソードを知ったことによって書けたともいえます。
なお、『常政子』という表徳名ですが、これらは諱を流用はしなかったようなので、あくまでもフィクションとしてのものです。
有名な『常静子剣談』と同じ読みにしたかったのと、『政名』という諱を使用したかったというのがあって、わざと書いた嘘です。ご承知ください。
武藤左膳宣旬と『昨七日今八日』は実在します。
無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)
http://kanoukan.blog78.fc2.com/
の記事を参考にしました。
この記事にある、大石進フォロワーの長尺竹刀の使い手を尽く封殺した二刀流使いは何者なのか?
それが今作を書く動機の、最も大きなものでした。
改めて、道標(みちしるべ)を書かれている貫汪館の森本邦生先生には、この場にてお礼申し上げます。一度もお会いしたことはありませんが、道標の記事は示唆に富み、機会を作って読んでおります。
勿論、今作を書くにあたって意図して書かなかったこと、ついた嘘などがあります。
それらをいちいち解説はしませんが――
いずれ歴史創作ですから、端っから真に受けないで、そのような資料があって、それを元にしたのだな、程度に思っていただいて結構です。というか、剣術の歴史について本当にご興味がある人は、このブログの記事や、武道学会などの論文を読まれることをお薦めいたします。
小説とは、嘘なのです。
嘘であることを言い訳にはいたしませんが、嘘であることを承知で楽しんでいただきたいですし、小説を読んで興味を持ったことがあれば、まずは検索、もしくは論文を探すなりして調べてほしいです。
歴史の事実を知れば、あるいはより楽しめるかもしれません。
興ざめしてしまうかも、しれませんけども。
『市場町史』https://dl.ndl.go.jp/pid/945037/1/122 の記載は『日本武道史』同様に、国会図書館デジタルから引用しました。
つくづく、便利な時代になったものです。
この記事を見つけたのは、2019年のことでしたが、これによって心形刀流、そして大石神影流に興味を持ちました。
心形刀流や原士も興味深いものがありますが、何よりこの『市場町史』に書かれた防具竹刀。突き、胴の技が徳島に持ち込まれたことは、そのまま『大日本剣道史』https://dl.ndl.go.jp/pid/1234704/1/396に「天下の撃剣大石流に化す」と書いてあることにも符合します。
現代剣道へと続く道具の改良、新技の開発導入は、大石進の存在あってこそでした。
残念ながら、大石進が現代において正しく評価されているとは言い難いように私には感じられます。勿論、剣道史を学んでいる方々にとっては、このあたりの事情はすでに自明のことだったのでしょうけど。もう少し世間に知られてもいいのになあとも思います。
日本剣道成立に際し、重要な役割を果たしたであろう大石神影流と大石進、そしてその大石と交流を持ち、かなり初期に道具と技を導入した心形刀流の話は、機会があればもう少し掘り下げたい題材です。
というか、今作を書き上げてから、もしかしたら前述の大石フォロワーたちを倒しただろう二刀流使い……かも、しれない?と思える、実在剣士を知ることができました。
まだ確定ではないですが、もしかしたら、この次はその人物を主人公にして物語を描くかもしれません。
とりあえず今作の解説は、こんなところで終了いたします。
まだここにも書かれていない嘘はありますし、重ね重ね、読まれる方々は端っから信じず、娯楽として消費してしまうことをお薦めします。
この解説を読まれ、リンク先の資料にも目を通され、剣術史に興味を持たれた方がいれば――
是非とも創作物の嘘に惑わされることなく、資料を読んでください。
創作物の嘘を愉しむのとは、また別の面白さが、歴史を探求することにはあるのですから。
本作がその一助となれたのなら…それは望外の喜びです。
最後に。
時代小説、歴史小説――のみならず、小説というものは、嘘です。
この中でこれらの小説は、歴史を参考にした、それらしく、あるいはとびきりぶっとんだ、嘘です。
どうせなら、面白く、楽しい嘘を書きたいものです。
それでは、また何処かで、別の機会に。
新しい嘘と共に。
2023年 九月十八日 ニコ生の『江戸前エルフ』一挙を視聴しながら
常政子二刀剣談(完成版) 奇水 @KUON
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