第17話 兄と弟と妹
『さっきから聞いていれば勝手なことをぺらぺらと。よくそんなことを平気で言えるものですね。』
あくまでおだやかな、淡々とした声。
そこまではいつもと一緒だ。
だけどそこにいつもの実は楽しんでいるような声色も、温かさもない。
底冷えするような、冷たい声。
普段山南さんは、"叱る"ことはあっても"怒る"ことは無いに等しい。
兄上や歳さんを叱る時もあくまで穏やかな声だが、じとり、じとりと追い詰めて行くのを楽しんでいる所もあるように感じる。
少なくとも、私は怒っている山南さんを見たことはない。
その山南さんが、怒っている。
『あなたは…あまりお会いしたことがありませんね。何も知らない方は黙っていてくださいますか。』
山南さんの言葉に、みつさんの感情のない声で言葉を返すけど、それがまた山南さんの怒りを増長させたようで。
『…何も知らない?確かに私は近藤さんや歳さんのように幼い頃から沖田総司という人間を知っている訳ではありません。
ですが、この2年ほど、ともに過ごして、彼のことはよく理解しているつもりです。
彼がこれまで、どれだけ努力して剣の腕を磨き、ここまでになったか。試衛館の塾頭になったか。居場所を作ったか。
あなたはその沖田くんの積み重ねてきたものを、自分の都合でなかったものにしようとしている。この子をここに預けた時と同じように。
確かにあなたは沖田くんの"家族"です。
血の繋がった、姉上なのですから。
でもそれは、血の繋がりだけの家族です。
私は、私たちこそが、沖田総司の家族なのだと思っていますよ。』
衣擦れの音が聞こえて、山南さんが立ち上がったのを感じる。
『…総司。私は君のことを、弟だと思っていますよ。
もちろん、おせいのことも、同様に妹だと。』
突然自分の名前を出されて、驚く。
前に私と兄上で、山南さんに『沖田くんとか、おせいさんとかそんな他人行儀な呼び方じゃなくて、近藤さんや歳さんと同じように呼んでください』と言ったことがあったけど、山南さんはただ笑うだけだった。
どこか1歩引いて、例えるなら薄い布を隔てて私たちと関わっているような気がしていたけど、そんな山南さんが私たちを弟と妹だと言ってくれた。
現代にいた頃、新選組の資料で『沖田総司は山南敬助を兄のように慕っていた。』とか『山南敬助は沖田総司を弟のように可愛がっていた。』とか読んだことがあったけど、その関係性はここから始まったのかもしれない。
『そういうことですので、お引き取りを。』
『お引取りを、って…!そんな勝手な言い分が通るわけないでしょう!!』
『おや。元々勝手なのはそちらではありませんか。』
山南さんとみつさんが言い合う声が聞こえる。
さっきの怒った山南さんはそこにはいなくて、いつものどこかこの状況を楽しんでいるような、じとり、じとりと追い詰める山南さんに戻っていた。
『先程申し上げたとおり、ここにいる総司の兄はお宅の旦那さんではなく私です。
私は大事な弟をよそにやるような兄ではありませんよ。
…総司、おせいが心配していた。行ってやりなさい。』
そう聞こえて、襖につけていた耳を慌てて離す。
涙が止まらなかった。
未だに一族の勝手な都合に巻き込まれる兄上と、それを阻止しようとする試衛館の面々、そして山南さんの気持ち。
『…なんてこと!そんな恩知らずもう知りません。総司、あなたの帰る場所はもううちにはありませんからね。そちらの方と兄弟ごっこでもして、いつまでも芋道場の門人をしていなさい!』
立ち上がる音が聞こえた直後、目の前の襖がすぱんっと勢いよく開いて、私の目の前にみつさんが現れる。
座り込んで涙する私を見て驚いていたようだったけど、私が『おせい』だと分かったのか、キッと睨みつけて歩いていってしまう。
『あら、お帰りですか?玄関はこちらですよ。』
私の隣にいたはずのふでさんがのんびりと声をかけると、苛立ったようにふでさんを睨んで『こんなところに預けたのが間違いでした!!』と捨て台詞を吐いて今度こそ出て行った。
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