第16話 姉と弟
厨から中庭に抜け、客間の方へ近づくと、中から言い争う声が聞こえる。
『だから僕は家督を継ぐ気は無いって何度も言ってるじゃないですか!!』
兄上の怒鳴り声が聞こえたかと思うと、
『待ちなさい、総司。まだ話は終わっていないだろう?』
と近藤さんが諭す声。
どうやら、穏やかではないらしい。
『お前たち、そこで何をしておる』
背後からいきなり声をかけられ、驚いて振り向くと、天然理心流宗家三代目、つまり近藤勇の養父にあたる近藤周斎先生とその妻、おふでさんが立っていた。
おふでさんは私たちの背後、つまり客間の方を一瞥すると、
『そんなに気になるならコソコソしてないで行ってらっしゃい!ただし男たちだけですよ。おせい、あなたは残りなさい。』
と一喝した。
さすがは天然理心流宗家の妻。貫禄がある。
『私は、行ってはなりませんか?』
恐る恐る聞くと、呆れたように私を見て
『当たり前でしょう。おせい、覚えておおき。女は女を目の敵にするものですよ。自分より若いと、尚更。』
あなたは私といなさい、と言われ、渋々従う。たしかにおふでさんの言う通りだ。火に油を注ぐことになりかねない。
『わかりました。私、ここで待ってます。』
兄上のことは心配だけど、ここは歳さん達に任せて、私はおふでさんと待っていよう。
話がいい方向に進むことを祈りながら、3人の背中を見送った。
『さて、と。』
私の隣に立っていたおふでさんがぱん、と手を打つ。
『そんな不安そうな顔しなさんな。さて、行きますよ。』
そう言ってスタスタと中庭を出ていってしまったおふでさん。
『ちょ、ちょっと!!!どこ行くんですか!』
『いいからいらっしゃい!』
兄上のことはとても心配だったけど、着物の裾を踏みそうになりながらも小走りでおふでさんを追いかけた。
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再び母屋に戻り、中庭とは反対側の建物の方に進む。そのままぐるっと迂回すると、母屋の中でも奥まった部屋…周斎先生とおふでさんの寝室になっている部屋にたどり着いた。私がここに来た時に出入りするのは道場と厨くらいなのでここまで来たのは初めてだ。
どうやら廊下を挟んで客間の向かい側にこの部屋は位置しているらしく、声がよく聞こえる。
『邪魔するぜ』
歳さんの声がして、歳さん、山南さん、源さんが部屋に入る気配がする。
『おみつさん、何度来ても俺たちは総司を渡す気はありません。』
歳さんの落ち着いた声が聞こえてくるけど、歳さんが怒りを落ち着けているのが伝わってくる。
『土方さん、あなたは末っ子でしょう。総司は長男なんです。』
女性の感情のない平坦な声が聞こえる。
私の時代の創作物では、沖田総司の姉のみつといえば情の深い優しい女性として描かれる事が多いのに、本物のみつさんはまるで正反対みたいだ。
『でも総司の幼名は"宗次郎"だったじゃねぇか。それってあんたの旦那を長男として迎えたからだろ?言ってることおかしくねぇか?』
また歳さんが言い返す。
『確かにそうです。うちは総司が産まれるまで女しかいなくて、困った父が私に婿養子に林太郎さんを取らせて長男として家督を継がせると決めた後出来たのが総司なのですから。でもその林太郎さんが、総司に家督を譲って下さるとおっしゃっているのです。
総司、これはめったにないありがたいことですよ。私は何も考え無しに言っているわけではないのです。林太郎さんよ恩に報いるためにも、お戻りなさいと言っているのです。』
…ひどい。そんなの兄上のこと何も考えてない。自分勝手すぎる。
するとガシャン!となにかを叩く音がして
『厄介払いしたくせにやっぱり戻って来いって言ってるのと同じじゃねぇか!いいか?総司はな、この試衛館で必死こいて鍛錬して、塾頭にまでなったんだ。あんたに!!あんなちっこい子供の時に厄介払いされて、幼いながらにそれを理解して、ここで必死にやってきたんだよ!もうこいつは、あんたんとこの総司じゃなくて、試衛館の総司なんだ!!』
歳さんの怒鳴り声が響いた。
そしてそれをやんわりと制したのは
『歳さん、少し落ち着いてください。
…ですが私も歳さんと同意見です。』
山南さんだった。
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