第1話 現代にて、土方歳三を想ふ。


-2021年2月、福岡



梅の花が咲き始めた頃、私は重い足を引きずって駅から大学までの道のりを歩いていた。


『あー!!!だっるい!!くっそダルい!!大学、行く必要ある!?無いよね!?去年は全部オンラインだったのにわざわざ時間とお金かけて大学まで来て、来期の履修登録する理由が分からないね!!』


坂道に差し掛かったところでついに声を上げると、隣を歩いていた春子と莉々愛が頷く。彼女たちはもう声を出す気力すら残っていないらしい。


『そして4月で女子校8年目。彼氏いない歴日々更新。はい、人生詰んだね。みんなお疲れ。』


春子の言葉に、余計に気が重くなった。


私と春子、莉々愛は中学、高校、大学、と同じ学校に通っている。女子校中高一貫、希望すれば大学もエスカレーター式に進学できるが、出来れば大学まで一貫は誰もが避けたい道だ。

女子校なので、当然男子はいない。しかも県内屈指のお嬢様学校、と有名であるが故に、敬遠されてしまうのが運の尽きである。


学年の9割は、在学中彼氏どころか男友達すら出来ない。私達も例に漏れずそのタイプだ。


そしてその9割のうちほとんどが、アイドルや俳優、アニメ、歴史上の人物に恋をする。


春子はアイドル、莉々愛はアニメ。そして私は-



『歳三さん!!そろそろ私と結婚しませんか!?いい嫁になりますよ!!彼氏なんて要らないんです!!あなたがいれば!!!!』


『私たちに言っても仕方ないでしょ。帰って歳三さんのポスターの前で言いな。』



そう。幕末の京都で名を馳せた、新選組の鬼の副長と言われた土方歳三である。


名前と写真と『新選組の副長』ということしか知らなかった彼に恋をしたきっかけになったのは、彼の詠んだ和歌だ。


元々『源氏物語』や『枕草子』など、平安時代の華やかな宮廷生活を描いた物語作品が好きだった私は、和歌にも興味があった。

ある日、バラエティ番組で和歌や俳句などの特集があったので何気なく見ていると『新選組副長の意外すぎる趣味とは!?』と紹介されていたのは、泣く子も黙る新選組の鬼の副長にはあまり似合わない風流な『俳句』という趣味である。

気になって調べてみると、


『梅の花 一輪咲いても うめはうめ』


『うくひすやはたきの音もつひやめる』


『春の草五色までは覚えけり』


というような、はっきり言って上手いとは言えない捻りのない、でも彼の人柄を感じさせるような真っ直ぐな『豊玉発句集』に収められている41首が並んでいた。


上手くはない。はっきり言って、下手。

だけど、心に響くような、そんな俳句。


『土方歳三』を知りたいと思うまでに時間はかからなかった。


そして知れば知るほど、彼のことを好きになり、まんまと彼に恋をしてしまったのである。



『でも、成実はさ、努力してるもんね。掃除、炊事、洗濯、裁縫、家事なら比較的なんでも出来るし、着物も1人で着れる。髪も染めずに黒髪のまま。三味線も弾ける。全部歳三さんのためなんでしょ?すごいよ。こんなに想われて幸せだね、土方歳三。』


そう。歳三さんに恋してからというもの、元より得意だった家事の腕をさらに磨き、着物の着付け教室に通って1人で着れるようになった。かつて歳三さんの婚約者だったという三味線屋の娘、お琴さんに負けたくなくて三味線も習いはじめて、死に物狂いで練習した。

周りが髪を染める中、1人だけ黒髪を貫き通し、日々ケアをし、綺麗な黒髪を保っている。

全て歳三さんに釣り合う素敵な女になるため。

恋とは偉大なのだ。それが、叶わぬ恋でも。


『早く迎えに来てくれないかなぁ、歳三さん。今どこで何してるの?函館に埋まってるの?掘ろうか??場所ピンポイントで教えてくれれば掘るよ?歳三さん。』


『埋まってるの?掘ろうか?はパワーワードすぎるでしょ!とりあえず学芸員過程頑張ろう。そしたらそういう機会あるかもしれないでしょ。』


笑いながら言う莉々愛に深く頷く。


私たちは3人とも学芸員過程を履修する。

学芸員になれば、歳三さんにまた1つ近づくことが出来るかもしれない。

まだ見つかっていないご遺体を、見つけてあげることが出来るかもしれない。


『見つけてどうするの?どっかに祀るの?』


春子の問に、私は微笑む。


『故郷に、帰して差し上げたい。ちゃんとお墓に、お骨を入れてあげたいかな。

あとはまぁ…



黒魔術かなんかで蘇生させて、あわよくば結婚したい。』



『…前半結構感動したのに、後半で台無し。』



『いいじゃん!!眠り姫方式!!!!150年の眠りから覚ましてあげるの!!!』



『普通逆でしょ。あんたが覚まされる側でしょ。』


春子のツッコミに笑いながら、久しぶりに大学に足を踏み入れた。









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