第11話 決意

万延2年 3月


この時代に来て2ヶ月が経った。


不便な暮らしにもだいぶ慣れて、囲炉裏や竈も1人で使いこなせるようになり、『沖田せい』という名前が元から自分の名前であると錯覚してしまうくらい、ここでの名前と日常を気に入っている。



最初、私が囲炉裏も竈も使い方を知らない事にみんな驚いていたが、ここでも記憶喪失設定が役に立ってくれて、手取り足取り丁寧に教えてもらった。



相変わらず日野宿本陣と試衛館を行き来してお手伝いをする生活。

新しく知り合った人も沢山いて、ご近所の方からは『おせいちゃん』と呼ばれ、仲良くして頂いている。




『おせい姉ちゃん!!』



試衛館の門前を箒で掃除していた私に、5人ほどの子供が駆け寄ってくる。



『みんな、寺子屋の帰り?』



そう訪ねると、満面の笑みで頷いて、今日はどんなことを勉強したか、とかどんな遊びをしたか、色々と教えてくれる。



『今日はね、御伽噺を習ったんだよ!!』



『御伽噺?』




『うん!』




『えっとね、かぐや姫とね、天女の羽衣習ったよ!!!』




『でね、みんなで話してたんだけど…』



5人がいきなり神妙な顔になって私を見上げる。




『おせい姉ちゃんみたいだねって。』




『え?』




かぐや姫や天女が私みたい…?




『あのね、2人ともすっごく綺麗で、優しい人だったんだって。』




『でもね、かぐや姫は月からお迎えが来て帰っちゃったし、天女は羽衣で天に帰っちゃったの。』




『おせい姉ちゃんも、2人と同じように突然来たし、すごく優しいし、綺麗だから』




『おせい姉ちゃんも、突然帰っちゃったらどうしようって思ったの。』




『どこにも行かないよね?ずっと、ここにいるよね?』




子供たちが不安そうに私を見つめる。



私がどうしてこの時代に来たのか。



いつかは、現代に戻るのか。



突然来たのだから、突然戻るのだろうか。



…嫌だ。





今、こうして問われてみて、やっとわかった。




私は、ここで、この時代で、生きていきたい。




ずっと、ずっと、ここにいたい。




確かに、元々新選組が大好きだった。



彼らのことは、よく知っている。





まだこの時代に来たばかりの頃は、アイドルの熱狂的ななファンみたいな感じで、彼ら一人一人のことを見ると言うより『後の新選組の○○さん』としての彼らしか見えていなかった。元の時代で憧れ、学び、手の届かぬ存在だった時の『新選組ファン』のままだった。

だが彼らと共に暮らし、笑い合い、日々を過ごして行く中で、元の時代で知っていた『新選組』と、彼らを同一視できなくなっていった。




いつの間にか、"新選組"の"局長 近藤勇"、"副長 土方歳三"、"総長 山南敬助"、"1番組組長 沖田総司"としてではなく、試衛館道場を営み、いつもおおらかな笑顔で皆を照らしてくれ、そして私に名をくれた"近藤さん"、行き倒れていた私を助け、連れ帰り、何かと気にかけてくれて、居場所をくれた"歳さん"、博識で頭が良くてそれ故に考えが飛躍してしまう面もあるが、少なくともこの中では1番の常識人で、みんなのオカンのような一面も持つ"山南さん"、そして近藤さんのことを誰よりも慕っていて、ものすごく強くて、小さな子供や動物に好かれて、私の事を自分に似ている、と言い、自らの妹として、家族として接してくれる"兄上"。




私の中で、身近な、大切な人になっていた。

もう彼らは、憧れの新選組でも、手の届かぬ人達でもない。




私を迎え入れ、共に暮らし、共に笑い、居場所をくれた大切な人たち。

彼らと離れ、現代に戻るなんて、そんなの…




想像もしたくない。





もちろん私はこの後彼らがどうなるか、全て知っている。



私が知る歴史の通りに進めば、10年後は誰もこの世に居ない。




だけど、今の私は過去を見ている訳では無い。


今このときを、彼らと共に生きている。




彼らと共に時を刻み、生きていきたい。



たとえ運命に抗えないとしても。




もちろん現代にも大切な人はいる。

莉々愛や春子は、今頃心配し、血眼になって私を捜索しているかもしれない。

2人だけではない。私の幼馴染や友人、母校の先生方、今まで私と関わった人達はきっと、突然いなくなった私を心配していることだろう。




それでも、私はここに、この時代にいたい。




私は知ってしまった。





家族の温かさを。








ゆっくりと腰を落とし、私を見つめる子供たちと視線を合わせる。





そしてきちんとひとりひとりの目を見つめて、答えた。





『大丈夫だよ。私は、どこへも行かない。

ずっと、ここにいるからね。みんなと一緒にいるからね。』




そうはっきりと言うと、後ろからいくつかの足音が聞こえて。




『そうだよ。おせいはずっと僕たちといるんだ。なんてったって、僕の妹なんだから。』



『お前ら安心しろ!もしこいつが、かぐや姫や天女だったとしても、月から遣いがきたら追い返すし、羽衣返すようなヘマもしねぇから。』



『ふふ、そうですね。歳さんなら、やりかねません。もしその時が来たら、私も全力で協力しましょう。』




兄上。歳さん。山南さん。





『そうか!ずっといてくれるか!!うれしいものだな!』




近藤さん。




『私、ここにいても、いいですか。』




呟くように言うと、近藤さんは満面の笑みで頷く。



『もちろんだとも!!実はな、ここにいるみんな、そして日野宿本陣の皆や試衛館の皆も、おせいがいつかいなくなってしまうのではないかと気が気ではなかったんだよ。

迎えが来るのではないかとか、色々と心配してね。総司は「もし万が一にも出ていこうとしたら何がなんでも止めろ」って皆に言って回っていたし、山南さんは君がここにいると知られないように、君も知っての通り名を変えさせるべきだとか、その他にも色々と根回しをするべきだと色々と考えていたし、歳なんて「もし迎えが来て連れ戻されそうになったら俺の子を身篭ってるとでも言って追い返せ」とまで言ってね。』




『えっ…』



その言葉に驚き、ほかの3人を見ると3人とも───特に歳さんは、ばつが悪そうに目を逸らす。



『皆、君がここにいてくれるのなら願ったり叶ったりなんだ。』





『皆さん…』




そんなふうに思って貰えていたなんて。





成実は、もういない。




ここにいるのは、せい。




この時代の、この土地の人間。








『君の過去のことや、どうしてあそこで倒れていたのかは分からんが、思い出した時、話したくなった時に話してくれればいい。言いたくないなら、ずっとそのままで構わない。』





近藤さんは、小さな子供にするように、私の頭をそっと撫でる。





『ただひとつ、約束してくれ。

この先何があっても、黙って居なくならないこと。おせい、もし君が突然いなくなったら、俺たちはそれが君の意思ではないと判断して全力で探す。遠慮は無用だ。





―君はもう、俺たちの家族なんだから。』







ああ。このためか。




私が今まで、現代で、辛い目にあっていたのは



今このときを迎えるため。




私の『家族』に出会うためだったんだ。





『はい…!約束します。黙って居なくなったり、しません。だから、ずっと、ここにいさせてください。』




そう言って深々と頭を下げると、皆口々に当たり前だ、と言って、私の頬を流れる温かい涙を拭ってくれた。





私の居場所はここ。



この時代で、この人たちの傍らで、私は生きていく。


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