第12話 着物
万延2年 4月 土方家
『おせいちゃん、ちょっといい?』
ノブさんに呼ばれ、指定された部屋に入ると、近所の奥さんたち数人が色とりどりの着物を広げ、話に花を咲かせていた。
『あらぁ!!おせいちゃん!!今日も相変わらず可愛いわねぇ!!』
魚屋のおかみさんがふくよかな身体を揺らながら手招きをする。
『今ねぇ、ここいらの奥さんたちで若い頃の着物を持ち寄っているんだけどね、なにか気に入った着物はあるかい?』
『…え?』
話が呑み込めず、ノブさんを見ると、ノブさんは苦笑しながら
『ここらの若い女の子はみんな嫁に行ってしまって、もうおせいちゃんしかいないもんだから、みんな構いたいんだよ。』
と教えてくれた。
どうやら、ここに広げてある着物の中で気に入ったものがあれば、私にくださるらしい。
だが、着物の柄の善し悪しなんてよく分からないし、どれを選ぶのが良いのか、この時代の一般論がわからない。
奥さん達に聞いても『おせいちゃんだったらなんでも似合うわよぅ!!!』と取り合ってくれない。
かと言ってなにも選ばないという選択肢は無さそうなので困り果てているとちょうどいいタイミングで
『ごめんください、おせいちゃんはいますか?』
と私を呼ぶ声が聞こえた。
『はぁい!!おります!!』
と大声で返してから『ちょっと出てきますね』とことわって、玄関に向かう。
玄関に立っていたのは試衛館の門人の源さん-井上源三郎さんだ。この人も後の新選組の幹部…6番組組長だ。
『源さん!どうなさいました?こちらにいらっしゃるなんて珍しいですね。』
源さんが日野宿本陣の方に来ても、土方家に来るなんて滅多にないことだから、驚いて聞くと、源さんは苦笑しながら
『歳さんがね、稽古で派手に転んで着物を破いてしまったんだ。だから替えの着物を持ってきてもらおうと思ってね。』
その言葉に私は驚きと呆れでため息をつく。
『またですか!!!』
歳さんはしょっちゅう稽古で着物破く。この前も二着破れた箇所を縫ったばかりだ。
夢中になって稽古をするのはいい事なんだろうけど、これでは何着着物があっても足りない。
『私がこのまま試衛館に持って行ってもいいが、どうする?』
『いいえ、私も行きます。一言お小言を言わなきゃ気が済みません。それに、破いてしまったものを貰ってこなきゃ。こちらにお帰りになるか分かりませんから。』
歳さんはたまに試衛館に泊まることがある。
そうなるといつまでも破いてしまった着物を縫うことが出来ず、着替えが1枚足りないままになってしまう。
…ただでさえ川でずぶ濡れになったり、しょっちゅう破いたりするのだ。1枚でも多く、替えの着物はあった方がいい。
そのまま箪笥から歳さんの着物を取り出して風呂敷に包んでいると、為次郎さんが奥から三味線を抱えて来た。
『そこにいるのは…おせいだね?』
『はい。そうです。』
『また、歳かい?』
『…はい』
苦笑しながら答えると、為次郎さんも笑って
『そうかい。世話をかけるねぇ。
今日はおせいの三味線を聞かせてもらおうと思っていたんだがね。歳じゃあしょうがない。気をつけて行っておいで。』
『はい。三味線はまた今度、一緒に弾きましょうね!』
ああ、とうなづいてくれた為次郎さんに行ってきます、と声をかけて部屋を出ると、案の定着物を広げてお喋りをしていた奥様方に見つかってしまう。
『あらおせいちゃん!!どこ行くの?』
『すみません、せっかく着物を持ってきて頂いたのに申し訳ないのですが、試衛館に行ってまいります。』
『あら、今日も行くの?』
『はい。歳さんが着物を破いてしまったようなので、お着替えを渡してきますね。』
と言うと、皆一様にニヤァっと笑ってそういうことなら早く行ってあげなさい、と玄関に追いやられる。
玄関前で待っていてくれた源さんと連れ立って行ってまいります、と家を出たあと、為次郎さんとノブさん、それから奥様方が『あの二人、結婚すればいいのにねぇ』と話していたことを知るのは、もう少し先の話。
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