第14話 帰り道と手の温もりと胸の鼓動

『さて。んじゃあそろそろ帰るか。』



あれからしばらくまた稽古をして、そう言った歳さんは当たり前のように私に向かってそう言う。




『え、帰るんですか?』



『お前、俺を迎えに来たんじゃないのか?

俺はてっきり姉貴がお前を寄越せば俺が帰ってくると思って来させたんだと思ってたんだが。』



きょとん、と私を見つめる歳さんの顔を見て私がなぜ今日ここに来たのかを思い出す。



『あ!歳さん!また着物破いたんでしょう!?』



歳さんと山南さんの手合わせに気を取られていてすっかり忘れていたけど、私は歳さんが破いた着物の代わりの届けに来たのだ。



『着物?あぁ、そういや破いちまったな…』



どうやら破いた本人も忘れていたようで、歳さんが腕を上げると左腕の袖が破けてしまっていた。



『あぁー!その着物、反対側の袖この前縫ったばかりじゃないですか!もーう…』



持ってきた着物を風呂敷から取り出し、はい、と渡す。



『…もしかして、俺に着替えを渡すために来たのか?』



『はい。だっていつまでも破けた着物を着ている訳にもいかないし、歳さんすぐ破いちゃうから繕わないと足りなくなったら困るし…帰って来るか分からないからとりあえずお着替えを、と思って。』




そう答えると歳さんはびっくりしたようでしばらく私のことを見つめると



とんでもなく優しい顔で笑って



『ありがとな』



って言ってくれて。

とっても温かい気持ちになった。





━━━━━━━━━━━━━━━




夕暮れの中を歳さんと2人で歩く。私の少し前を木刀を肩に担いで、左手に着替えた着物を入れた風呂敷を持って、着流しの裾から綺麗な脚を見え隠れさせながら歩く歳さんは、やっぱりとてもかっこよくて、綺麗で。




今この時を一緒に過ごせていることが、何気ない日常が、幸せだなって思うには十分で。




少し前の、ここに来る前の現代の私は、こんな幸せな日常、『帰る』ことがこんなに幸せなことだとは思わなくて。




電気も、ガスも、水道も、スマホもテレビも無い、そんな現代人からしたらとても不便な時代だけど、私が現代で得られなかった幸せが確かにここにあって。




ここに来れてよかったなぁ、と思うのと同時に、ここに突然来たように、突然現代に戻されてしまうのではないかと、言いようのない不安が胸の中に生まれた。




『うわっ!』




つま先に小さな痛みが走り、身体が傾く。


どうやら小石に躓いたらしい。

舗装をされていない道は凹凸があって、考え事をしながら歩くのは危ない。

ここで『きゃっ!』とか言えたら可愛い女子なんだろうけど、残念ながら私はそんな可愛い女子じゃない。

傾いていく身体を立て直そうとしても着物で足が思うように動かせず、転ぶのを覚悟して衝撃に備えようとした時



『っと…。大丈夫か?』



力強い腕と温もりに包まれて顔を上げると、歳さんが抱きとめてくれていた。



心配そうに私の顔を覗き込む歳さんの綺麗な顔がすぐ近くにあって、顔に熱が集まるのを感じる。



『大丈夫です…!ありがとうございます。』




吐息がかかりそうなくらい近くにある顔と、腰に回された腕を意識してしまって。



慌てて目を逸らして離れようとすると、歳さんは離れるのを阻止するように私を引き寄せて、右肩に担いでいた木刀に左手に持っていた風呂敷をひょいと引っ掛けて、空いた左手で私の右手を握った。




それも、ただ手を握るだけじゃなくて、指を絡ませる、いわゆる『恋人繋ぎ』で。




え、えええ!?ちょっと待って!!

中高大と女子校で、男っ気皆無だった私にとって、男の人と手を繋ぐなんて初めてだ。しかも、こんな、繋ぎ方なんて。



もちろん異性と手を繋いだことはある。でもそれは幼い頃、同い年の幼馴染の『男の子』とであって、10年以上前の話だし、こんな、歳さんみたいな『大人の男の人』と手を繋ぐなんて、今までなくて。



繋がれた手を見て硬直していると



『すまねぇ、歩くの早かったか?転んだら危ないしな、手繋いどくか。』



歳さんがそう言って、きゅ、と手を握ってくる。



身長は変わらないのに、私よりも大きくて、ごつごつしてて、温かくて、剣だこが沢山できた、固くて、優しい手。




再び、私の脳内では、パニックになる私①を理性の私②と冷静な私③と放心状態の私④が3人がかりで抑えているような状態だ。




『もしかして…嫌か?』



いつまで経ってもそこから動かず、繋がれた手を凝視している私を不審に思ったのか、歳さんが声をかけてくれる。



『嫌なら袖でも握ってくれても…』




不安そうな顔で言う歳さんを前に、




『いえ!全然!嫌じゃないです!!むしろ嬉しいです!!』



ちょっと食い気味に、全力で否定した私を見て笑って



『おう、じゃあ帰るぞ!!』



と私の手をさっきよりも強く握って歩きだした歳さんの横を歩きながら、私は確かな胸の高鳴りと幸福を感じていた。










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