第7話 美しいの基準

タイムスリップの翌日。




とりあえず今日はうちに泊まりなさい、と言ってくれたノブさんとその旦那さん――彦五郎さんに甘えることにして、私は日野宿本陣にお世話になることになった。宛てがわれた一室で目を覚まし、渡された着物に着替える。




まさかタイムスリップするなんて思っていなかったけど、着付け教室に通っていて本当に良かったとつくづく思った。




前夜のうちにノブさんに教えて貰っていた水場で顔を洗い、何か、手伝うことは無いかと台所に向かうと、土方さんが瓶の中から水を柄杓で汲んで飲んでいた。




…やっぱりまだ信じられない。

あの土方歳三が目の前にいて、水飲んでるなんて。

声、かけた方がいいよね。

うわぁ、緊張する。

だって大好きな大好きな土方さんだもん。

普通に声掛けるだけでも夢みたいで、緊張するのに朝一でおはようございます、なんて。

心臓を吐いてしまいそうだ。

でも何も言わずにここにただ突っ立ってるのも良くない。覚悟を決めよう。





『あの…おはようございます…。』




よし、私!!頑張った!!頑張ったよ私!!偉い!!ちょっと声震えちゃったけど気にしない!!!




振り返った土方歳三、やっぱりかっこいい。

見返り土方じゃん。好き。

…じゃなくて。





『おう、おはよう。眠れたか?』




『はい。ありがとうございます。』




優しい…朝イチから優しい…。




なんて思っていると土方さんが私の顔をまじまじと見つめていた。




…しまった。やらかした。今、ノーメイクだ。



二重を作ったり、シェーディングとハイライトを駆使して自分の顔面を作り上げている私。




すっぴんの顔はそりゃあもう酷くて。



小学生の時のあだ名は紫式部。



高校生の時、日本史の先生には『見返り美人、お前にそっくりだな。これ、お前か?生まれる時代間違ったなぁ、お前。江戸時代に生まれてれば絶世の美女だったのに。』と失礼すぎる評価を頂いた。




泣きそうだ。

タイムスリップした時、私は荷物を春子と莉々愛に預けて中庭に出ていたので、手ぶらだった。

メイク道具は、カバンの中。




この時代のメイク道具はせいぜい白粉と紅。

二重化粧品やアイシャドウなんて、あるはずがない。




大好きな土方さんの前では、少しでも可愛い私でいたかった。

少しでも、可愛いなって思って貰えるように、していたかった。




最悪だ。消えてしまいたい。

土方さんはとても綺麗なお顔立ちをしているから、きっと今まで沢山綺麗な女の人と関わったことがあると思う。



史実でもモテたと伝わっている。




それに比べて、私の顔。

ただの目汚しだ。朝っぱらから。

きっと不細工過ぎてビックリしちゃってるんだ。




思わず俯くと、土方さんは驚いたように、こう言った。








『お前、ものすごい美人だな。』










…え。今、なんて。








『昨日はなんか変わった化粧をしていたから素顔が分からなかったが、お前、ものすごく、綺麗だ。』






かああああっと顔が熱くなる。

そんなこと言われたの、初めてだ。

そうか。ここは、江戸時代。現代とは、美しいの基準が違う。

…見返り美人が描かれたのは江戸時代。

つまり私は、この時代だと美人に該当するのかもしれない。






『あ、ありがとう、ございます…。

そんなふうに言っていただいたの、初めてです。』





『あぁ、自信持っていいと思うぞ。あとあの化粧は、もうするな。せっかくそんなに綺麗なんだから。』




『…はいっ!』




あぁ、幸せだ。

大好きな人から、そんなふうに言って頂けて。本当に幸せだ。




それだけでも嬉しすぎて卒倒しそうだったのに、土方さんが自分が水を飲んだ柄杓を『お前も飲むか?』と差し出してきて意識を保つのがやっとだったのは言うまでもない。


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