タイトルが長いので簡潔に一文で。
「クラスごと異世界に飛ばされた子供たち(と先生)が椅子を投げたり何やりして魔物を倒しまくり、世界を救う」話です。
レビュータイトルの動詞は全部椅子がします(椅子が「する」って何だよ……)。
つまり、椅子が貫通性能を持ち、爆発し、敵を撹乱、そして明かりにもなり、風呂やテント、トイレにもなり、冷蔵庫も作り(何故かクーラーは作れない)、回復性能を持つなどなど、椅子が万能すぎる世界線での物語です。
何だよそれ……と思った人。読んでみてください。普段使ってる椅子、こんなに可能性あったっけ……ってなりますから。
子供たちの自由な発想で椅子がどんどん変化して、ここに立派な「椅子哲学」が生まれます。
きっとあなたも「椅子とは……」となるはず。
一緒に椅子について考えませんか(何だこの終わり方)。
クラス丸ごと異世界移転、しかもそれが小学一年生!異世界で一クラス分の児童を引率する大人はなんとたった一人…!子供ってじっとしてなくない!?という不安はあったけど、子供達が個性的でありながら良い子揃い。しかも賢く、子供らしい発想力と行動力で、ピンチをどんどん切り抜けてくれる。
そして主人公であり、読者のツッコミの代弁者とも言える先生がサバサバしていて、ものすごくリアリスト。考えても仕方ない事は軽く放棄して、単純明快にばっさばっさと苦難を乗り越えていくという。それが軽軽で、暗くなりそうな要素も明るく描かれ、読んでいてとても「楽しい!」と純粋に思えました。
椅子に無限の可能性を持たせた物語は、後にも先にもこの作品以外あり得ないのではないかという奇作でもありますが(木+奇の子だし…?)、イロモノと思うなかれ。合間に含蓄ある言葉が織り込まれたり、人間心理の闇な部分、社会的な問題にも触れていたりして、ただの娯楽作品とは言い切れない要素も濃いです。
旅をしているために生じる、出会った人々との別れ。子供達とのふれあいを微笑ましく見ていた身としては、この別れがかなり切なく悲しい。でもそのそれぞれの別れの必然性と、納得できる決着の付け方があり、読後感が最高に良いです。
一気読みもできるライトな口当たりですが、これは注意点だ…!と思わせるのが、飯テロ要素。どうにもお腹がすくという。夜に読んだらいけないやつです。
モンスターを椅子で倒すと、お弁当やおやつが出るんですよ!それの描写が細かくてですね!みんな美味しそうに食べるの!!
ご縁があり、この物語に出会いました。更新分まで読み終えましたので、レビューさせていただきます。
本作は新白梅小学校1年1組の児童34人が、遠足中に指導教員の主人公である彼女と共に、何故か1クラスまるっと異世界に転移してしまったところから始まります。
異世界にやってきた彼らにモンスターが襲いかかる! ならば椅子で対抗だッ!
はい。至極真面目に言っております。何故なら彼らは元の世界で、「椅子で不審者を撃退した」実績のあるクラスだからです。だから異世界で椅子を召喚してモンスターを倒しても、何の不思議もありません。いいね?
初っ端からインパクトが群れをなして襲いかかってきますが、内容は結構現実的。中でも特徴的なのが、小学一年生の子ども達というものを一つの塊ではなく、個人個人として描いている点です。倒すのが得意な子、飛んでいる虫が嫌いな子、そして戦うこと自体が嫌な子等、彼らの性格とその背景に多様性があり、一人ひとりが生きています。
そんな子ども達ならではの自由な発想は、椅子をさらなる形へと進化させます。ただ座る為だけの物と侮ることなかれ。椅子の持つ可能性は無限大。それはまさに、子どもの持つ無限の想像力の賜物でしょう。
微妙なスキルしかない主人公の教員である彼女。でも彼女には彼らの多様性を認め、色々と未熟な面を支え、そして導くという変えが効かない役割があります。それは物語の語り手に加えて、読み手と一緒になって驚いたりもする、ある意味読者の立場にも近いものがあるのかもしれません。
しかし子ども達と異世界の都合に挟まれる彼女は、悩みを抱えて頭と胃を痛めることも……誰か頭痛と胃痛に効く椅子持ってきて。
椅子が巻き起こすクラス系召喚異世界ファンタジー。他の皆様も是非読んで見てください。
異世界に転生して、椅子がいろいろ素晴らしいことになるお話です。
椅子の描写が奇怪で面白いです。
そしてそれを、嬉々として操る子供たちの描写が奇々怪界で本当におもしろいです。
ただ、あくまで主観の所感ですが、本当に面白いのは、小学一年生の子供を、リアルにスケッチしている情景です。本当にリアルだと思います。
ただ、これは本当にザンネンでならないのですが、多くの読者様には、このリアルが伝わらないのも事実なんだろうな。とも思います。
理由は、見も蓋もないのですが、おそらく読者様のほとんどが、同じ年頃のお子さんをお持ちでないからです。
ですので、
「小学一年生ってこんなものだよね?」
と、多くの読者様は、先入観でタカをくくってしまうからだと思います。
つまり、ちょっと描写がリアルすぎるのかな? と思います。
「あぁこんな世界があったらいいな」
という「リアリティ」を望む読者が、とても写実的な「リアル」を読んでしまい、ちょっと困惑してしまうのかな? と思います。
でも、面白いです。とても面白いお話です。
タイトルとあらすじで、ちょっとでも気になった読者様は、是非、お読みいただきたいです。
【物語は】
不思議な世界観。ある戦闘風景から始まっていく。勝利で得られたのはお弁当。ここで、多様性について描かれているのが印象的。そしてここでは、多様性は当たり前であること、適材適所、助け合いと、人間の基本的なことについて語られていく。
これは自分も常々感じていることである。平等とは何かということ。戦える者が戦い、戦えないものは見ているだけ。そう思えるかもしれないが、飲み物に例えるならば、平等だからと言って全員に珈琲を配る。好きな人にとっては”嬉しい”嫌いな人にとっては”困る”ということが起きるのは想像に難くない。すなわち平等とは、同じものを渡すという事ではないのだ。
一話では、主人公である教師には”お弁当”が二つ。一見不平等に見えるかもしれないが、体格に合わせた栄養という意味では平等だ。物語のはじめから、多様性と平等について語られているのがとても印象的である。
【物語の魅力】
この物語は、ある日自分のクラスの生徒と共に、担任教師である主人公が、異世界に飛ばされるという物語。斬新なのは、生徒が椅子で戦う所。学校によくあるタイプの椅子である。しかし、何故椅子だったのかについて、詳しい経緯が書かれている為、なるほどと納得してしまう。モンスターを倒すための発想ではないという事だ。ステータスなどもあり、完全にゲームをしているような感覚で楽しめるのも良い。特性がステータス化されるという世界観。
沢山の生徒が出ており、教師である主人公視点で物語は進んでいく。多視点切り替えではない為、一部の特別な生徒以外は名前を覚えられなくても、物語の流れが理解できる。飛ばされた先の世界では、時間に合わせて必要なものを与えられるシステム。主人公も心の中で不審がっているが、ご都合主義なのが気になる点。何かに支配された世界なのだろうかと疑ってしまう、不思議な物語である。彼らは果たして、無事に戻ることが出来るのであろうか?
【登場人物の魅力】
この物語には、個性的な生徒がたくさん出てくる。多様性とは当たり前であり、個人個人発想も違う。だからこそ助け合えると感じる部分がたくさんあり、一見弱いだけに見える主人公がそれらを認めることでバランスが取れている。この物語では主人公は解説者であり、理解者であり、語り手なのだ。
子供たちの多様性を通し語られるのは、人間とは何かという事なのではないだろうか。何故、主人公は教育者なのか。どうして子供たちが、自由な発想が出来る年代なのか。そこに意味のある物語だと感じる。かなりテーマの深い作品だ。
【物語の見どころ】
ほのぼのしているように見え、計算された世界。子供たちは疑うことなく、自分の感性を信じている。自由な発想が自分たちを救い、仲間も救っていく。椅子一つから産まれる発想もまた自由だ。そして最大の魅力は個性。椅子が持つ力は、椅子そのものにあるわけではなく、個人個人の想いによるもの。つまり椅子は象徴でしかなく、本当は子供たちの想いの結晶なのかもしれない。成長し、団結力が強くなっていく生徒たち。そんな彼らにこの先、待ち受けるものとは何だろうか。主人公視点では、推理も展開されていく。果たして、この世界が彼らを呼んだ目的とは?
是非あなたも、お手に取られてみませんか?
一見ほのぼのだが、メッセージ性が強く、ミステリー部分もあり。
読む手が止まらなくなる物語。おススメです。