和洋折衷の美 長崎

「見てみて! 新幹線だよ!」

 長いトンネルを抜けて長崎駅が近付くと、そばを新幹線が通過していった。赤と白の車体がまばゆくてかっこいい!

「日本もどんどん近くなっていくわね~」

 新幹線のおかげで日本各地に簡単に行けるようになっているんだよね。旅行が好きな人にはいい時代だ!

「長崎にはね、新幹線だけじゃなくて路面電車も走っているんだよ!」

 翔太は目をキラキラさせてカノンに訴える。今回は電車好きでもないカノンもそれに乗り気だった。

「路面電車はガイドにも載ってたわ! 路面電車ってレトロでいいわよね。移動するときはたくさん乗るようにするわ!」

「やった!」

 早くもはしゃいでいるお二人さん。一日で回りきれるのかしら?


※ ※ ※


 444番ホームから出ると、そこにはドーム状の立派な駅舎が! 翔太は首が痛くなるほど駅舎を見上げた。

「長崎駅は最近新しくなったんだって! 新幹線もきたことだし、都会って感じするわね~」

 そういえばカノンは都会に憧れているんだっけ。いつもと比べてもテンションが高いみたい。

「あれが路面電車だね!」

 翔太が興奮気味に道の真ん中を指さす。見るとアスファルトに敷かれた線路を緑色の古そうな電車が走ってくる。

「さっそく乗りましょ!」

 軽い足取りで低いプラットフォームからステップを上がって電車に乗り込む。電車はお客さんを乗せ終わるとモーターのうなり声を響かせて道路を滑るように進みだした。

「わ~、なんだか変な感じね」

 バスや車と並んでがたんごとんと音を立てて走っていく。たまにすれ違う反対方向の電車に、翔太は毎回手を振った。

 十五分くらい乗ると電車の終点を知らせる放送が流れる。電車の旅はひとまずここまでみたいだ。

「とうちゃーく!」

 終点だけあってその先で線路は途切れている。さて、ここから二人はどこへ向かうのかな?

「まずはグラバー園よ! その坂を上った先に入口があるはず」

 小道に逸れて歩いていくと、そこには「グラバースカイロード」の看板。どうやらエレベーターで楽々上まで行けるみたいだ。

「このエレベーター斜めに動いてる! おもしろーい!」

 翔太は下に流れていく階段の様子を食い入るように眺めている。エレベーターがなかったらこの長い階段は大変だったかもね……!

「さあ到着よ! ここがグラバー園!」

 坂を上りきった目の前に西洋風の建物が現れた。カノンに続いて中に入っていくと……そこは広い公園になっていて、この場所からだと園内を一望することができた。

「きれ~い!」

 目の前には鯉が泳ぐ変わった形の池があって、奥の方にはレトロな洋館が立ち並んでいた。道もすべてレンガ敷きで、まるで異国の地に足を踏み入れたみたい!

「グラバーは日本に外国の商品をたくさん持ち込んだ商人なのよ。このグラバー園はグラバーが住んでいたお屋敷の跡なの」

 だからすべてが洋風なつくりになっているんだね。道端のおしゃれな置物なんかにも翔太は興味津々。

「グラバーさん、お金持ちだったんだね」

「まあ、日本にないものを売ってたわけだから、さぞ儲かったでしょうね。でもそのおかげで日本も発展したんだから、持ちつ持たれつの関係だったのね」

 萩の偉人たちと同じで、日本の発展に大きく貢献した人だったんだね。翔太はとりあえず偉い人なんだなあってことだけ理解できた。

「あ、この建物とか入れるみたいよ」

 瓦屋根の壁が白く塗られた建物。ここもまたグラバーと同じく昔の外国人商人が住んでいた邸宅だ。その豪華さに二人は言葉を失っちゃう。

「すっごい……豪邸ね……」

 中は絨毯敷きになっていて暖炉やピアノなど年代物の品々がずらりと……。「お金持ちの家」のイメージがそのまま現実に出てきたような、豪華な内装になっていた。

「都会もいいけど……こういう生活も憧れちゃうわね……」

 カノンは手を胸の前で組んで目をキラキラさせて部屋の隅々まで眺めていた。

 その後も園内には巨大な泉やモニュメント、いくつもの邸宅が並んでいて、それぞれに感嘆のため息を漏らした。

 そしてその最後を飾るのが庭園の名前にもなっているグラバーの邸宅だ。長崎の港が一望できる場所に建てられていて、その背景と一階建ての白い建物、花壇に並んだ花の色とがマッチしている。

「はぁ~きれいね~」

 カノンももう言葉が出てこなくてため息ばかりついている。まるで恋する乙女だ。翔太も翔太で「スマホの電池が残っていればなあ」と思いながら絶景を眺めていた。しっかり心のシャッターを切っておかなきゃね!

「よし、じゃあ次に行くわよ!」

「え、もう?」

「長崎は観光地がひしめきあってるんだから! さっさと回らないと日が暮れちゃうわよ!」

 カノンはそう言って翔太の手を取って早歩きし出す。翔太も転ばないようにその速度に合わせて小走りした。

 グラバー園を出て坂道を少し下ったところで、カノンは振り向きざまに人差し指を高く掲げる。

「見て! あれが大浦天主堂よ!」

 見れば、とんがり屋根の巨大な建物がそびえ立っていた。これは……教会?

「大浦天主堂はキリスト教の教会なの。さっきのグラバーもそうだけど、長崎は外国の文化がたくさん流れ込んできていた場所だから、外国から来たキリスト教も盛んだったのね」

 カノンはそう説明しながらずんずんと天主堂に近付いていく。階段の正面に建てられた天主堂は近付けば近付くほどその存在感を増してくる。てっぺんの十字架は太陽に照らされて黄金色に光っていた。

「この中に入れるの?」

「もっちろん。さ、入るわよ!」

 またしてもカノンに手を引かれて走りこむように天主堂の中へ飛び込んだ。ここでも二人は「きれい」という言葉しか口に出せなくなる。

 天井はアーチ状になっていて梁や柱、きれいに並んだ椅子はすべて木製だった。それが白い壁をより引き立てていて、奥にある祭壇の神々しさを増していた。

 でも大浦天主堂の本領はこのあと。祭壇から振り返って見上げると、そこにはカラフルな光を放つ窓、ステンドグラスが輝いていた。

「太陽の光があることで初めて本当の輝きが見れるのよ……はあ~ロマンチック~」

 キリスト教がよく分からない翔太でもステンドグラスには目を奪われた。これを見るとやっぱり神様はいるんじゃないかって、そう思えてくるね!

 大浦天主堂にはキリスト教博物館が併設されていて、主に長崎のキリスト教徒の歴史が細かく説明されている。……まあ、翔太には難しくてほとんど読めなかったんだけど。

「昔、偉い人から『キリスト教はダメだ』って言われた時期があったのよね。その時になんとかしてキリスト教を続けたいってことで、元々の日本の文化に織り交ぜて残したってことらしいわ。だから教会の形も日本の文化が混ざってるオリジナルのものになっているそうよ」

 カノンが噛み砕いてくれたから、とりあえずいろんな教会の中でも特別なんだってことだけは分かった。ぜひ他の国の教会とも見比べてみたいね!

「さて、じゃあ次に行くわよ!」

「まだあるの?」

「まだまだよ! これで折り返し地点くらいなんだから」

 カノンはまたも翔太の腕を掴むと引きずる勢いで駆け出した。イエス様も苦笑いしてそうだ。


※ ※ ※


 再び路面電車に乗って降り立ったのは出島停留所。目の前の道沿いには既に古そうな木造の建物が並んでいた。

「ここが出島。江戸時代から貿易の拠点として使われていた場所よ」

「江戸時代から!? ……貿易って何?」

「要は外国との商品のやり取りね。昔はものを船で運んでいたから、外国からきた船からここに荷物を下ろして、それから各地に運ばれたわけね。さっきのグラバーさんの荷物も、最初はここからきているはずよ」

 歩き始めると、確かに江戸時代っぽさを感じる街並みが川沿いに続いている。萩を思い出すような、日本らしい家屋たちだ。

「ここも入れるみたいだからいろんなところに入ってみましょ!」

 連れられて適当な建物に足を踏み入れると……意外なことに中は洋風の装飾が施されていた。でも床はフローリングではなくてタタミ!

「これぞ和洋折衷って感じね……。和風だけなら私の学校でいやというほど見られるけど、このデザインなら飽きずに眺めていられるわ」

 天井からぶら下がったシャンデリアにうっとり見とれて、カノンは楽しそうだ。翔太も家には絶対に置けないような大きいテーブルをしげしげと眺めて口を開けっぱなしにしていた。

「長崎の建物って面白いね!」

「大浦天主堂でも言ったけど、外国のものと日本のものが混ざっているからね。こういうのを和洋折衷っていうのよ」

「わよーせっちゅう」

 聞き慣れない言葉に翔太は同じ言葉を繰り返した。

「建物以外にも、お菓子のカステラって知ってるでしょ?」

「知ってる! 黒いとこがザクザクしてて美味しいんだよね」

「あれも実は外国、ポルトガルのお菓子を長崎に持ってきたのが始まりなんだけど……でも『カステラ』ってお菓子はポルトガルにはないの」

「外国から持ってきたけど外国にはないの?」

 なんだかそれってあべこべみたい。でもカノンは笑って続けた。

「卵を使ったお菓子が外国から持ち込まれて、そこに日本人がザラメを入れたり作り方を変えたりしてできたのが今のカステラなの。それも外国のお菓子と日本人の工夫が作り出した、和洋折衷なのよ」

 翔太はもう一度「わようせっちゅう」と反芻した。今度学校に行く時には胸を張って教えてやるんだ、と意気込んでいるみたい。

(あ……でもいつ帰れるかはまだ分からないんだっけ……)

 学校のことを思い出した拍子に、自分が置かれている状況を思い出した。旅行は楽しいけど、先のことが分からないものね。

 翔太の顔が暗くなったのをを察したのか、カノンは柔らかい声で話しかけた。

「そこにカステラ屋さんがあるから、お茶にしてから次のところに行きましょうか」

 甘いものを食べると元気になるからね! 翔太もカノンの顔を見て元気に「うん!」と返事した。

「食べ終わったら最後の訪問場所よ!」

「今日は盛りだくさんだったね! 最後の場所ってどこなの?」

 翔太が何気なく聞くと、カノンは少しだけバツが悪そうに困った表情をした。

「最後に行くのはここ……長崎で一番大事な場所よ」

 その微妙な表情の意味を、翔太はまだ理解できていなかった。

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