震動の滝 豊後中村

次の駅は 「中村」

「結局萩の町に残ったのね、あいつ」

 翔太が之太郎の決断のことを伝えると、カノンは食堂で貰ったお弁当を口にしながらそう言った。気にしてないようにも見えるけど、内心はカノンも寂しかったりするんじゃないかなぁ……?

「しっかり自分の気持ちにケジメをつけたんだな。男らしい決断だぜ」

「男らしいとか、そういうの古臭いんですけど」

 鬼丸さんが景気よく「ガッハッハ」と笑うのをカノンは冷たい目で眺める。どうにもカノンは鬼丸さんが気に入らないんだねえ。

「おや、お客さぁん。横浜まで乗り続けると決めたんですねぇ?」

 翔太がお弁当を食べ終わる頃、通路から車掌さんが声を掛けてきた。そういえば車掌さんにはまだどうするか言ってなかったんだね。

「うん。妖怪列車の中なら安全だってカノンも言ってるし」

「分かりやした。では一応お客さんのためにきっぷを用意しておきまさぁね」

 そう言うと車掌さんは之太郎がやったみたいに手からきっぷを生み出した。『出雲市→横浜』と書かれた硬券のきっぷ。

「なくさずに持っていてくださいね」

「うん! ありがとう」

 今ではほとんど手に入れられない、珍しいきっぷ。電車が好きな翔太は大喜びだ。

 それに、これで翔太は正式にこの妖怪列車の乗客になったことになる。堂々と妖怪列車の旅を楽しむことができるね!

「ねえねえ車掌さん! 次の駅ってどこ?」

 妖怪列車にも慣れ、楽しい気分になっていた翔太は勢いでそう訊ねた。スピーカーなんて妖怪列車にはないから車掌さんに聞かないと次の駅が分からない。

 観光するんだったらどこに行くかくらい知っておきたいものね!

「次は中村だそうです」

「中村? 土佐か?」

 鬼丸さんが聞くと車掌さんは首を横に振る。

「中村は中村でも豊後でさぁ。由布の辺りでさぁな」

 車掌さんはそう付け加えたけれど、翔太には二人のやり取りがほとんど理解できなかった。結局どこなんだろう?

「カノン、それってどこなの?」

「豊後は今の大分県ね。湯布院っていう温泉は知らない? そのあたりってことよ」

「ゆふいんは分かるよ! ゆふいんの森が走ってるもん!」

「森が……走る……?」

 ゆふいんの森っていうのは九州で走っている列車の名前。電車に詳しくないカノンには伝わらなかったみたい。

 とりあえず翔太はそれが九州なんだなってことだけ理解できた。横浜からはどんどん離れていってしまっているけど、今は不安よりも楽しみの方が大きいみたいだ!

「さっきガイドを見てみたんだけど、中村なんて駅は載ってなかったわ。そんなに大きい駅じゃないのかも。着いたら適当に駅の周りで聞きましょ」

「うん!」

 ほとんど計画は立てられなかったけど、それでも旅行のことを考えると想像しているだけで楽しい! おまけに移動は大好きな列車。翔太にとってはまさに天国だ!

「お前らは楽しそうでいいな。土産話を持って帰ってきてくれよ」

「えー、鬼丸さんも一緒にくればいいのに」

「遠慮しとくぜ。動き回るのが苦手なんでな」

 鬼丸さんは頭をぼりぼりかきながら言う。

 カノンもカノンで「おっさんなんか連れてこなくていいわよ」って言うし。みんなで行った方が絶対楽しいのにね。

「さて、とりあえず寝る準備しましょ。あんた昨日シャワー浴びてないでしょ。さっさと浴びてきちゃいなさい」

「う、うん」

 臭くなるわよ、とカノンに言われて急いでリュックから着替えを取り出す。

 ここで初めて、翔太は一泊分しか着替えを持っていなかったことを思い出した。

「そういえば僕、着替え一回分しか持ってないんだ。どうしよう、長い旅になるのに……」

 もともとはサンライズ出雲で一泊するだけの予定だったからね。当然そんなにたくさん着替えを持ってきているわけがない。

(このまま臭い服を着て旅行しなきゃいけないのかな……)

 そんな心配をして冷や汗をかいている翔太を見て、鬼丸さんは大きな声で笑った。

「しょーた、若いヤツの旅行なんざそんなもんだ。この妖怪列車はお湯が頭からかぶれる最新設備があるからな。そこで服も洗っちまえばいい」

「最新設備……?」

 鬼丸さんの言っていることが分からなくてぽかんとしていると、カノンが「おっさんも古い妖怪だから列車そのものだとかシャワーとかがものすごく新しく感じられるのよ」と耳打ちした。之太郎も既に百年以上生きているわけだし、今みんなが当たり前に使っているものも新しく見えちゃうんだね。

「最悪朝までに乾かなかったら私の服を貸したげるわよ」

「えっっ!?」

「……? そこまで驚くこと? ちゃんと洗ってるから汚くないわよ」

 カノンは不思議そうな顔でじっと翔太を見つめる。

(汚いとかじゃなくて恥ずかしいだけなんだけど……)

 なんてそんなこと口に出せるわけもなく、翔太は耳を赤くして「べ、べつに」とだけ返した。

「一応この格好だと目立つかと思って地味めの服とかボーイッシュな感じの服も持ってきてるし……私はサイズも小さいからぶかぶかってことはないはずよ。結局ほとんど使ってないし数着なら全然貸せるわ」

 上段のカノンのベッドを覗き込むとバレーボールを六個詰め込めるくらいの大きさの大きなカバンが置いてあった。その中身はほとんどが洋服みたい。

 カノンはその中から一着出して、翔太に渡そうとしてくる……。

「じゃ、じゃあとにかくシャワー浴びてくるね」

 恥ずかしすぎて耐えられなくなって、翔太は全力ダッシュでシャワールームに向かった! 顔から火が出そうとはまさにこのこと!

「何よ、貸してあげようと思ったのに」

 カノンはまだ翔太が恥ずかしがっていることに気付いていないみたいで、首を傾げながら洋服を畳んだ。カノンも鈍感なところがあるんだね……!

 ちなみにシャワールームが予想以上にこんでいて翔太は妖怪がひしめく中で何十分も待つことになったのだけど、そのお話はまた別の機会に。

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