天邪鬼と花子さん

「どうぞ、こちらが客席です」

 車掌さんについて客室に入ると、それはむかし図鑑で読んだことあるような寝台車と同じつくりになっていた。一番左の窓のところに通路があって、通路の右側には半分個室みたい。

 そこには普通のボックス席(向かいあって座る座席)にシーツをかけたみたいな、横向きのベッドが用意されていた。壁の真ん中くらいからは二段目のベッドも用意されていて、一つのブロックに合計四人が寝られるようになっている。

 本当なら翔太もその珍しい座席をじっくり観察したいのだけど……。その座席には妖怪ばかりひしめきあっていてあまりじっとは見られない。

 一番手前にはさっきの首が長い女の人が座っていて、頭につのが生えている人や顔がない人、もはや人ではない動物みたいなのや、座席に収まりきらない大きいクモなんかも……。あっちもこっちも妖怪だらけ!!

「ほ、本当に妖怪しか乗ってないんだ……」

「そりゃあそうですよ。妖怪列車ですからね。あ、食べられたりする心配はないですよ。車内での暴力行為は禁止させていただいてますから」

 車掌さんはそう言いながらずんずんと進んでいく。

(逆に車内じゃなきゃ人を食べる妖怪もいるのか……)

 安心と不安が同時に襲ってきて、翔太はなんだか変な気持ちになった。

 車掌さんについてもういくつか車両を通り過ぎても、まだまだ座席は埋まっている。いったいどこまで埋まっているんだろう? 妖怪列車って人気なんだなあ。

「すごいいっぱい乗ってるんだね」

「妖怪が遠出するにはこれしか方法がありやせんから。おまけに乗車定員がないんでね」

「乗車定員がない?」

「はい。この客車自体も妖怪なもんですから、お客さんが乗れば乗るだけ客車が増えていくんでさぁ。だからお客さんは何人でも乗り放題」

「この客車も妖怪!?」

 翔太はびっくりして思わず足元を確認したけど、古い客車は特に何の変哲もない。床もカーペットも照明も、古いことを除けば普通。

 でも、歩いても歩いても端っこに辿り着かないってことはやっぱりただの客車じゃないんだね……! さっきから驚いてっばかりだ。

 妖怪がひしめく車内を見ているのもなんだか嫌だし、翔太は廊下側の窓の外をぼんやりと眺めながら歩いた。

 外には民家の明かりとか車が走っているのが見えている。つまりこの列車は普通の線路を走っていることになるわけだけど……。

「車掌さん。この列車ってどこを走ってるの?」

「どこって、線路に決まっているじゃないですか」

「それじゃあ他の列車とぶつかっちゃうよ! 運転指令所(電車が安全に走れるようにするための管理をしているところ)は妖怪列車なんか知らないんだから!」

 スマホを見てもまだ夜の十時すぎ。この時間ならまだ走っている列車もあるはず。危ない!

 ところが、車掌さんは呑気にあっはっはと声をあげて笑った。

「それは大丈夫ですよ。そうは言っても妖怪列車ですから。人間からは見えませんし、ぶつかったりはしません。ただ線路を借りているだけです」

「……でも僕は見えるし乗れるよ?」

 ぶつからないならいいけれど……だとしたら翔太が乗れちゃうのは変だよね。

「はい、だから私も困っているんですよ……。こんなこと一度もなかったんですから。いったい何がどうしちまったんでしょうねえ」

 車掌さんもまゆげをハの字にしてため息をついた。

 翔太が妖怪列車に乗った初めての人間っていうことになるみたい。嬉しいような嬉しくないような……。いや、嬉しくない。

「あ、空いてる席を見つけましたよ」

 二十両くらい進んだくらいで、ようやく車掌さんが一つのボックスをのぞいて言った。

 翔太ものぞきこむと……そこにはぎょろっとした目を持っていて(目は二つある)つのが生えている、肌の赤っぽい人が座っていた。上半身裸だから男の人……かな?

 まるで鬼みたい……というか鬼なのかもしれない。

「お客さん、相席よろしいですか」

「あん? どうせ手前からつめていくってルールなんだろ? いちいち聞く必要ねえじゃねえか」

(この人(?)少し怖そうだけど大丈夫かなあ……)

 怖気づいている翔太を気にもとめず、車掌さんは「だ、そうです」と席につくよう勧めた。ここまで案内されて断るわけにはいかないし、翔太はしぶしぶ車掌さんの言う通り鬼っぽい人の真向かいに座った。

「じゃ、ごゆっくり~」

 車掌さんは翔太が席に着いたのを見るとそそくさとどこかへ行ってしまう。

 車掌さんは話通じそうな人だったから良かったけど……。本当に人間が一人でこんな妖怪たちの中にいて大丈夫なのかなあ……。

「おい坊主」

「へ!? は、はい!」

 不安でうつむいていたら、向かいの赤い人が話しかけてきた。何かされたわけではないけど、そのだみ声で委縮してしまう。

「お前、人間のにおいがするな」

「え、えっと、人間です……」

「そうか人間か。……なに! お前人間なのか!!」

「ひぃっ!」

 赤い人は突然ガバッと大きな口を開いて叫びだす! 他の妖怪と比べれば人間に近い見た目とはいえ、鋭いキバが奥まで生えたサメみたいな口を見るとやっぱり怖い!

 その状態で数秒間じーっと翔太のことを見てそれで……

「だーっはっはっは!! 妖怪列車の中で人間に会うたぁ面白ぇや。それじゃあ妖怪列車じゃなくてただの列車だぁな。へっへっへ!」

 大きな声で笑い始めた。

 とりあえず怒っていたわけじゃない……のかな?

 車掌さんといいこの人といい、妖怪は高らかに笑う人が多いのかもしれない。

「しっかし坊主、なんでわざわざこんな列車に乗ってんだ。そもそも人間がどうやって乗ったんだ」

 彼は持っていたおちょこの酒をぐびっと飲み干して、それを翔太に突き出して聞いた。元気だった頃の翔太のおじいちゃんにそっくりだ。

「いや、それが乗り間違えちゃって……」

「乗り間違えるったってな……だいたいお前、きっぷは持ってんのか」

「きっぷ……」

 そういえばさっきの長い首の人と車掌さんのはからいで今こうして乗っているけれど、翔太は普通のきっぷしか持っていない。

 妖怪列車で人間のきっぷが使えるなんてことは……まあないよね。

「あのなぁ、この列車はきっぷを持ってる妖怪のとこにしか来ねえんだよ。きっぷの持ち主のところときっぷの行き先に書いてあるところ、それをきまぐれに巡ってんだよ、こいつは。きっぷは妖怪にしか買えねえ。しかも列車が到着するのは妖怪しか入れねえ妖怪列車専用ホームだ。だから妖怪しか乗れねえ」

 彼はもう一杯おちょこに酒をついであおった。その話が本当なら確かに車掌さんが驚くのも無理はない。

 そしてさっき車掌さんが「横浜に着くのがいつになるのか」と言っていた理由も分かった。気まぐれに走っていくから行きたい場所に行くのにはすごく時間がかかるんだ。

「僕は普通に電車に乗ろうとしてて……そしたらよく分からないホームに出ちゃって、そこにこの列車が停まってたんだ」

「ホームに入りこめてる時点でおかしいんだよ。お前、本当は死んでるんじゃねえか」

「そ、そんなことないよ!」

「んなことは分かってら。人間くせえもの」

 そう言ってまた「ぐえっへっへ」と笑う。ちょっと子ども扱いされているみたいでムカッとしたけど、酒を飲んでる人にムキになって言いかえしても面倒くさいと思って翔太はぐっとこらえた。

「それでお前の名前はなんつーんだ」

「な、名前?」

「そうだ名前だ。少しの間って言ってもしばらくは隣にいるわけだからな。多少は雑談しなきゃあもたねえよ」

 この人の言うことも一理ある。さすがに乗ってるあいだ何もしゃべらないというのは気まずいからね……。

 翔太は新しいクラスで自己紹介するような気持ちでひざに手を乗っけて背すじを伸ばした。

「僕は翔太。飛翔の翔に太いで翔太」

「しょーた? なんだかハイカラな名前だな。俺は天邪鬼の鬼丸ってんだ」

「あまのじゃく?」

「天邪鬼だ。……なんだ、知らねえのか? 人を騙したりすることを生き甲斐にしてるちんけな鬼だよ。俺ぁ馬鹿みたいなイタズラに興味はねえけどな」

 そう言って鬼丸さんは丸出しのでっぱったお腹をさすって感慨深そうに言った。やっぱり見た目通り鬼だったんだね。

「天邪鬼ってみんな鬼丸さんみたいな格好してるの?」

「うん? まあそうだな。そんなパリッとした着物きるような身分でもねえし。ゴミ捨て場で拾った布切れを腰に巻いときゃそれでいいのよ。どっかに人の皮をかぶってた仲間がいたらしいけどな」

「ひ、人の皮!?」

 それってつまり人を殺してその人の皮をかぶってたってこと……?

(この人ももしかして人を殺したりとかして……)

「さっきも言ったが俺はそういうことには一切興味ないからな。そう怖がるな」

「は、はぁ」

 怖がっているのがバレたのか、鬼丸さんはそうつけたした。

 翔太はまだ少し怖い気持ちはあったけれど、酒を飲んで「ぷはーっ」と変な声を上げつつ流暢にしゃべるのを見て、なんとなくだけど鬼丸さんも悪い妖怪ではなさそうな気がした。

「それで、しょーたはどこに行こうとしてるんだ? こんなどこへ行くかも分からん列車に乗って」

「横浜だよ。そもそも乗り間違えてなければ横浜の家へ帰れるはずだったんだ」

「なるほどなぁ。自分の家か。俺には家と呼べる家はねえからな……お前が無事に家に帰れるのを祈ってるぜ」

「あ、ありがとう」

 色んなことがあって忘れそうになっていたけど、翔太の目的は家に帰ること! 早く帰れるといいんだけどね……。

「逆に鬼丸さんはどこに行こうとしてるの?」

「俺に行き先なんざねえさ。きっぷを適当に買ってこうして列車でのんびり旅してんのが好きなんだ」

「そ、そうなんだ」

「なんだ? 意外か?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 と言いつつ内心は見た目やしゃべり方の豪快さとギャップがあるなぁと思っていた翔太。やっぱり他人を見た目で判断しちゃいけないね。

「俺ぁな、列車に揺られてこう車窓が流れてくのを見るのが好きなんだよ。酒を片手にな」

 そしてまた鬼丸さんはおちょこの酒をあおる。話しぶりからしてずっとこの列車に乗っていたみたいだけど、鬼丸さんはいつからこの列車に乗ってるんだろうか。

「っていうことは電車が好きなの?」

「……は? デンシャ?」

「そう! ほら、はやぶさとかサンライズ出雲とか、蒸気機関車とか!」

「……あー、何言ってるかはよく分からんが、機関車っつーのは聞き取れたな。別に機関車が好きなわけあるもんか。俺は客車の『旅情』が好きなんだよ」

(そうなんだ……。せっかく電車の話ができると思ったんだけどなあ)

 翔太は期待をしただけに少しがっくりきてしまった。同い年でも電車の話ができる友だちはほとんどいないんだ。

「『電車』すら知らない時代遅れのおっさん相手にしてたって時間のムダよ」

 その時、突然通路の方から女の人……というより女の子の声が聞こえた。振り返ると、そこにはおかっぱ頭に赤いスカートを着た翔太より一つ二つ上くらいの女の子。

 この姿は……さすがに翔太でも知っている。

「花子さん!?」

「ええそうよ……と言いたいところだけど、それは妖怪としての名前で、私自身は花に音でカノンっていうわ」

 す、すごく普通の名前だ……!

「お、嬢ちゃん帰ってきたか」

「なれなれしく呼ばないでくれる? おっさんとしゃべると田舎くささが移りそー」

 カノンはそう言って「しっしっ」と鬼丸さんをあしらうと、そのまま翔太の横に座った。

「私、あのおっさんの上の段だったんだけど話しかけられて話しかけられてウザかったし今度はあんたんところの上で寝かせてくれない?」

「えっと……あ、はい」

 カノンに早口でまくしたてられて、翔太は考えるひまもなく頷いた。

 トイレの花子さんってもっと暗くておどろおどろしいイメージがあったけど、カノンはどこからどう見ても現代の子供にしか見えない。妖怪っぽさみたいなものは全然ない。

「カノンさんは……」

「カノンだけでいいわよ」

「あ……カノンはこの列車でどこに行こうとしてるの?」

「そんなの決まってるでしょう? 原宿よ」

「原宿?」

 翔太がくり返すと、カノンは急に目を輝かせて翔太の方を見た。

 顔が……顔が近い!

「そう! 大都会東京! 東京と言えば原宿! あんた横浜の方からきたってことは東京行ったことあるでしょ!? 読モとか有名人とかとにかくキラキラした人たちがいっぱいいるんでしょ!?」

「それはまあ、多分……」

「ぼっとん便所にハエがたかることもない! くっさい木造のトイレにタヌキが入ってくることもない! 田舎くさいきったないトイレとはおさらばよ!」

 カノンは興奮した様子で休むことなくしゃべり続けた。

 人間でも東京に行きたがる人がいるけど、妖怪も同じなんだね。

(ぼっとん便所って……社会の教科書に載ってたような……?)

 都会育ちの翔太はそんなことを考えながらカノンの話を聞いていた。

「……そう思ってこの列車に乗ったら小汚いおっさんと話さなきゃいけないんだもん。嫌になっちゃう」

「小汚いおっさんで悪かったな」

 鬼丸さんは完全にカノンの勢いに押されたみたいで、特に言いかえすこともなく一人でちびちびと酒を飲んでいた。彼も悪い妖怪ではないので少し可哀相な気もするけど……。

「それじゃ私そろそろ寝るから。また明日ね」

 カノンは一方的に話し終えたかと思うと、座席の真ん中あたりにあるはしごをツカツカのぼって上のベッドへとあがっていった。そしてシャーっとカーテンを閉める音。

 嵐のようにやってきて嵐のように去る……っていうのはまさにこのことだね。

 そしてその場に残ったのは翔太と鬼丸さんの男二人だけ。

「鬼丸さんは寝ないの?」

「ああ、俺ぁ夜のなんも見えねえ景色を眺めてるのも好きだからな。お前は早く寝ろ。子どもがあんまり遅くまで起きてるもんじゃねえ」

 鬼丸さんは相変わらず酒を飲みながら、お父さんのようなことを言った。

 ――お父さん。翔太が次に家でお父さんに会えるのはいつになるんだろうね……。

「……それじゃあおやすみなさい」

「おう」

 寝る前の挨拶だけしてカーテンを閉めて、備えつけの毛布をかぶって横になって目を閉じる。目を閉じて今日のできごとをゆっくりと振りかえった。

 乗り間違えて最初はどうなるかと思っていたけど、思ったより優しい妖怪が多いっていうことが分かって最初みたいな抵抗感はなくなった。

 ……でもやっぱり家に帰りたい。

(僕はこの列車に乗り続けていいのかな……)

 がたんごとん……と列車の音がベッドに響く。それを聞いているうちに翔太はだんだん夢の世界へ落ちていくのだった。

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