ブルートレインあやかし号
前花しずく
妖怪列車へようこそ
発車しますよお客さん!
夏休みがそろそろ終わりそうな日の夜。出雲市駅の改札口に、おばあちゃんといっしょに男の子がやってきた。
「気をつけて帰るんだよ」
おばあちゃんが声をかけると男の子は「うん!」と元気に返事。
どうやら男の子は一人で家に帰るみたい。意気揚々と切符を改札機に差し込んで一人通り抜けると、振り返っておばあちゃんに手を振った。
「うん! おばあちゃんまたね!」
この男の子の名前は影森翔太。神奈川県の横浜に住んでいるんだけど、夏休みの間だけ島根のおばあちゃんのうちに遊びに来ていたんだって。
それにしても、こんな夜遅くに島根県から神奈川県まで一人で帰るなんて大丈夫なのかな?
「サンライズ出雲は……二番線だね!」
翔太はそう呟いて、ホームへと上がる階段を一段飛ばしで駆け上がった。
サンライズ出雲っていうのは寝台特急! 寝ている間に遠くまで行けちゃう電車なんだ。翔太はそれに乗るつもりなんだね。
何を隠そう、翔太は電車が大好き。だからサンライズ出雲に乗れるのが楽しみで楽しみで仕方がないんだ。
「とうちゃーく! プシュー!」
電車のマネをしながらホームの上へと飛び出した。
既にサンライズ出雲が停まっているかもしれない! 翔太はホームについてすぐに周りを見渡した。
「……あれ? なんだろうこの電車」
そこにはサンライズ出雲はいなくて、代わりにへんてこな電車が停まっていた。
すっごく古めかしくて、車体は青いけど色が褪せてねずみ色みたいになっちゃっている。古い図鑑で見たブルートレインに似ている気がするけど……?
「あっ、SLだ!」
そのふるーい車両の前の方を見ると、そこには真っ黒でぴかぴかしたSLがくっついていた。SLが見れるなんてラッキー!
SLはもくもくと煙突から煙を吐き出して、ときどきシューシューと水蒸気が吹き出す音を立てた。
「なんでこんなところにいるんだろう?」
翔太は嬉しいながらも首を傾げる。SLはとても珍しいから日本の中でも数カ所しか走ってないんだ。出雲市にはSLなんてなかったような気がする。
それにこのSL、なんだか雰囲気がおかしいような……?
「あ! それよりサンライズはどこ!?」
スマホを確認したらいつの間にかサンライズ出雲の発車五分前!
(早めに来たはずなのに……)
不思議に思いながらも急いでサンライズ出雲をきょろきょろと探す。そのとき、翔太はとんでもないことに気付いた。
「ここ、どこ!?」
出雲市駅にはもう一つホームがあるはずなのに、なぜかそれがどこにも見あたらない。それどころか駅の周りにあるはずのビルとか町も、黒いもやみたいのがかかってて何も見えなくなっている。
そして何よりもこのホーム……「444番線」!?
「ど、どうなってるんだろう……」
「まもなく出発しまあす! お乗りおくれのないようにご注意くださあい!」
気が付くとさっきのおんぼろ電車のところで
「あの、すみません! サンライズ出雲って……」
「ほらほらお客さん何やってんですか。発車しますから乗った乗った」
「え? いや、ちょっ……」
車掌さんは問答無用で翔太をおんぼろ電車に押しこんだ! その拍子に翔太は床にひざをつく。
「いってて……」
「オーライ!」
ガラガラガラガラ……。翔太が立ち上がるよりも先に、おばあちゃんちのふすまみたいな音を立てながらドアが閉まった。
(サンライズ出雲に乗らなきゃいけないのに!!)
翔太のあせりもむなしくホームがだんだん離れていく……。いつのまにか窓の外には出雲市の町並みが戻っていた。
「お客さん、なにぼーっとしてんです」
ふりかえると、そこにはさっき翔太を押しこんだ車掌さんが立っていた。
「ぼ、僕が乗るはずだったのはサンライズ出雲なんだけど……」
手に握りしめていたきっぷを見せながら、翔太はおそるおそる打ち明けた。車掌さんに押しこまれたとはいえ本来乗るはずのない電車に乗ってしまったから……。
不正乗車ですよ! と言われてしまうかもしれない。
車掌さんは切符を受け取ってまじまじと顔を近付けて確認した。
「えー……? お客さぁん、こりゃあ人間の列車のきっぷですぜ。この列車のきっぷじゃあねえですよ」
車掌さんは独特な言い回しでそう言った。
人間の列車だとか怪しいことも言ってるけど……それよりも翔太は車掌さんの無責任な物言いに少しカチンときた。
「だから言ってるじゃないか! 僕が乗るはずだったのはこのサンライズ出雲で……」
翔太はムキになってそう言いかけて、ハッと息ができなくなった。
それもそのはず。なんとその車掌さんの顔には五センチくらいもある大きい目玉がぎょろっと、顔の真ん中に一つだけついていたのだから!!
「う、うわぁぁぁああああ!!」
翔太は腰を抜かして床に尻餅をつく。それを見ると一つ目の車掌さんは大きい目の下にある大きな口を開けて、声を上げて笑った。
「がっはっは! 何をそう驚いてんですか。人間みたいに」
「に、人間って、あ、当たり前だよ! 人間なんだから」
翔太はぐりんぐりんと動くその巨大な目玉が怖くて動けないものの、なんでだか笑われたのが癪で思わず言い返した!
それを聞いて車掌さんはますます笑い声を大きくする。
「そんなわけないでしょう! この列車には人間なんて乗ってきませんよ! がっはっはっは!!」
頑なに人間だと認めない車掌さんに、翔太はまたも腹が立ってきた。
さっきまで怖かったのも忘れて、立ち上がって顔を突きだしせいいっぱい睨みつける!
「だーかーらー……」
「ちょっと! うるさいわよ!」
大声で言いかえそうとしたその時、客室の方からドアを開けて女の人が顔を出した。
車掌さんの顔でびっくりして気にしてなかったけど、この電車にはお客さんが他にも乗ってるんだ!
(他のお客さんも車掌さんの顔を見たら一緒に逃げてくれるかも!)
「お姉さん、この車掌さんの顔が……」
「お客さぁん、この子がね、人間だって言い張るんですよ。おかしいでしょう?」
翔太が女の人に話しかけるより先に、車掌さんが女の人に話しかけた。
女の人は車掌さんの顔を見てキャー! ……という声を上げることはなかった。それどころか「ふぅん?」と気の抜けた返事をすると、そのまま客室からこっちへと出てきた。
……顔だけが。
「う、うわぁぁぁああああ!?」
客室から長い首がするすると伸びてきて翔太の周りをぐるりと一周取り囲む!
翔太はもう一度「怖い」気持ちに襲われた。身体が思うように動かず、その場に固まってしまう。
「だっはっは! この驚き方、傑作でしょう!」
「……なるほどねぇ」
ぐるぐると翔太の周りを回っていた女の顔が急に近付いてきて、くんくんと翔太のにおいをかいでくる。
「ひ、ひぃっ!!」
女の首は一通り翔太の周りをくんくんかいだかと思うと、ふと顔を上げて車掌さんの方を向いた。
「……車掌さんや」
「はい、なんでしょう」
「この子、本物の人間よ」
女の人の首がするすると縮まりながらそう言った。車掌さんはそれを聞いてしばらくぽかーんとしていて――。
「えええええええ!!!!」
「わっ、びっくりした」
車掌さんのあまりの大声に翔太は肩をビクッと震わせた。
「そ、そんなことがあるわけないでしょう! 今までそんなことはただの一度もなかったんですよ!?」
「でもねぇ、この子から人間のにおいが嫌というほどするもの。明らかに人間よ」
女の顔は澄ました顔で言い切った。それを聞いた車掌さんは頭を抱えてうなったり頭をかきむしったり……。
翔太にはどうも状況が分からない。
「あのー……」
「君はなんでいったいこの列車に乗ってくれたんだまったく!!」
「そ、それは車掌さんが押しこんだんじゃないか!!」
翔太が言いかえすと車掌さんは余計に「うがー!」と騒ぐ。
(泣きたいのはこっちだよ!)
翔太は心の中でありったけの声で叫ぶ。
「あーあーうるさいねえ。乗っちまったもんは仕方がないだろう。それよりこのあとどうするか考えなよ」
取り乱す車掌さんとは真逆に、ふわふわと浮かぶ女の首は冷静にそう言った。
「ぐ……ああ、そうだな。そういうわけだお客さん。次の駅に着いたらすぐにでも降りてくれねえか」
車掌さんはそう言ったかと思うと、今度は手を合わせて翔太にお願いをしてきた。
……化け物になぜかお願いをされているなんて。さっきからいろいろとあべこべだ。
(次の駅って言われてもなぁ……)
翔太はこの電車がどこへ向かう列車なのかも分かっていない。これで知らない駅に降ろされても困っちゃうよね。
「次ってどこに停まるの?」
「どこって言われても……おぉい! 首無し汽車! 次はどこだって!?」
車掌さんがそうやって電車の前の方に声を張り上げると、すぐに「ぽーっ!!」と機関車が汽笛を鳴らすのが聞こえた。
「次は萩だそうでっせ」
「ハギ……ってどこですか?」
「萩って言ったら長州藩の萩に決まってるじゃないですかぁ。山口県ですよ」
「山口!?」
山口県って言ったら本州の最西端の県。横浜に近付くどころかますます遠ざかっちゃうよ!
「そんなところで降ろされても困るよ! 僕は横浜に帰りたいんだ! サンライズ出雲にも乗れなかったし、お金も全然ないし!」
どうやら人間を乗せちゃいけない列車だったらしいことだけは翔太にも分かった。それに、翔太自身も化け物と同じ電車に乗ってるなんてめちゃくちゃ嫌だ。
それでも山口県に一人取り残されるのは同じくらい嫌だ!
「横浜に着くのなんていつになるのか……そんな長いあいだ人間を乗せているわけにはいかんしなあ……」
車掌さんはそう言ってゴツゴツしたアゴに手を当てて考え始めた。
考えこむ車掌さんとおろおろしている翔太を交互に見て、女の首は「はあ」と大きなため息。
「別にそんな急いで降ろさなくてもいいんじゃないかい?」
「そ、そうは言いましてもね……」
「別に人間の子供が一人乗っていたくらいで大した問題はないだろう? それならこの子の目的地の近くまで行くのを待っててやったっていいじゃないか」
「まあ確かに、ただちに問題があるってわけじゃありませんが……しかし妖怪列車に人間が乗るなんて前代未聞でして……」
「ただ前例がないだけだろう。そうびびることじゃあないさ」
女の人の首はそう言うと、翔太の方にすっと顔を向けた。やっぱりその光景に慣れず、翔太はビクッと肩を震わせる。
「そういうわけだけど坊や、坊やはどうしたいのかしら」
「えっと……」
「坊やだってこんな妖怪だらけの列車に乗っていたかないだろうからねえ。降りるか乗り続けるかは坊や次第だよ」
女の人は首の長さこそ気持ちが悪いけど、表情だとか喋り方はとてもやさしかった。最初は「怖い」としか思えなかったけど、二人と話してみてどうやら悪い人(?)たちじゃなさそうだ。
山口県になんて降ろされたら絶対に帰れないし、もし食べられたりしないのであれば乗っていた方がいいかも……?
「ま、それは萩に着くまでに決めればいいのさ。どうせこの列車は萩まで停まらないんだからね。それまでこの列車の居心地を確かめておきな」
「は、はい!」
翔太が返事をすると、女の人は目で車掌さんに合図を送る。「だってさ」というような感じ。
それを受けて車掌さんは大きなため息を一つつくと、その大きい目をまたグリンと翔太に向けた。
「それじゃ、客室にご案内しますよ」
「そ、その前に……」
さっそく車掌さんは客室に連れて行こうとする。
でも翔太は一つだけどうしても聞いておきたいことがあった。ここまで話を聞いてても全然分からなかったこと。一番大事なこと。
「この列車は、いったいなんなんですか!!」
翔太が勇気を振り絞って聞くと、車掌さんは「ああ」と振り返ってこう言った。
「この列車は妖怪列車あやかし号。妖怪のための寝台列車です」
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