334.――今度会った時、どんなノリで話せばいいんだよ。
師走の風に追い立てられるようにして、残り少ない今年が過ぎていく。
クリスマス当日は終業式だった。
終業式の終わった隼人たちの教室でも、各所でクリスマスと2学期終了にかこつけ、どこかへ繰り出し騒ごうという話で盛り上がっている。
現に伊織と恵麻も、早めに切り上げる予定で2人きりで過ごす時間はあるからと冗談交じりで誘われ、皆の笑いを誘う。すっかりこのクラスの公認カップルっぷりに目を細める隼人。
春希もまた周囲から誘われているのが見えたが、すべて断っているようだった。ここ最近の春希は相変わらず忙しくしているようで、放課後もすぐ帰ることが多い。
その様子に苦笑していると、クラスメイトに声を掛けられた。
「なぁ霧島、オレらこれから遊びにいくけど、どうする?」
「すまん、実は今日これから田舎に帰るんだ」
隼人も誘われるものの、月野瀬に帰郷することを理由に申し訳なさそうに断る。
すると残念そうに去っていくクラスメイトと入れ替わりで、春希がやってきた。
「隼人、もう月野瀬に帰るんだ?」
「あぁ、姫子も受験勉強の追い込みにうってつけだって言っててな」
「あははっ、遊ぶところ何もないもんね。沙紀ちゃんの神社に初詣に行くくらい?」
「その準備とか、冬野菜収穫の手伝いとか。あと狩猟シーズンだし、そっちも」
「む、それも色々面白そう」
「春希も来ればいいのに」
「ん~心揺れるけど、ボクはこの冬、お母さんと向き合うって決めたからね」
「……そっか」
そう言われると少し寂しい気がするが、母のことを出されれば仕方がない。
不安も少しあるものの、春希なら何かあれば知らせてくれるだろう。
もし何か起きたのなら、こちらから手を掴みに行けばいいだけ。
そう思い、隼人は財布のある鞄に手を当てる。財布の中にはつい先日取った、原付の免許。原付そのものはまだ持っていないものの、いつでも駆けつけられるパスポートのようにも思え、自分にできることが増えた気がして。
そう思い直し、隼人がニッと笑みを浮かべれば、春希も同じように笑みを返す。
「それじゃ隼人、少し早いけどよいお年を」
「おぅ、春希こそよいお年を」
そう言って挨拶を交わし、それぞれ家へと帰った。
◇
社会人としては世間よりだいぶ早い正月休みに入った父和義と共に、隼人たち霧島家は月野瀬へと帰郷した。どうやら和義は、かなり強引に有休をもぎ取って来たらしい。これまで母真由美の入院費で物入りだったとはいえ。職場の誰の目にも明らかな激務をこなし、同時に周囲に臆面もなく年末年始は退院した妻と故郷で過ごしたいと喧伝していれば、上司も頷くしかなかったのだとか。
実際、道中の車の中で後部座席からは運転席と助手席で仲睦まじく惚気合っている両親が見れた。隼人としてはやはり、親のそうしたやり取りを見るには気恥ずかしいというもの。ついそのことをグルチャで愚痴れば、強引な有休取得のくだりで『なるほど、血筋か』と妙に納得され、渋面を作ることに。なお姫子はノーコメントを貫き、ずっと窓の外を見ていた。
そんなこんなで休憩を挟み運転を両親で交代しつつ、高速道路の途中にあったサービスエリアで夕飯に味噌カツを食べ、月野瀬に着いたのは夜もかなり更けてからのこと。くたくたになっていたのでこの日はお風呂に入って、すぐ寝ることに。
明くる日、月野瀬に帰って久々に元気な姿を見せた両親は、周囲から歓迎され各所で引っ張りだこだった。めでたいことは何度祝ってもいいからと、連日どこかで宴会騒ぎ。正月を機に帰省した人たちも加わって、どんどん賑わっていく。
隼人は彼らに弄られまいと、なるべくそちらの方には近付かないようにして、神社の正月準備に畑や山の仕事の手伝いを精を出す。
ここだけ切り取って見てみれば、今年もこれまでと変わらない冬の様相だ。初夏から目まぐるしい日々が続いただけに、やけにちぐはぐな感じがする。まるで都会での出来事が、夢か幻だったかのよう。
だけど確かに現実だと知らせる人がいた。沙紀だ。
「お兄さん、今日もお邪魔してます」
「境内の方でいい匂いがしてますね。お餅かな? ちょっと貰いにいきましょうよ」
姫子とよく一緒に受験勉強をしている沙紀は、家や村の中、神社など月野瀬のあちこちで顔を合わせては駆け寄ってきては、笑顔で声を掛けてくる。
半年前の月野瀬では考えられない光景だ。それだけ夏祭りを機に彼女との仲が深まったわけなのだが、月野瀬の皆の目にはどう映ることやら。
沙紀の両親を始めとした村尾家の人たちや、源じいさんや兼八さんたち氏子たちからは「随分仲良くなってまぁ!」「これで神社も安泰だねぇ」だなんて、微笑ましそうに弄られる羽目に。
かつてなら沙紀との仲を明確に否定しただろう。そんなことはないと一蹴したり、彼女に迷惑がかかるからやめろ、とも。
だけどこの場で誤魔化す言葉を探そうにも、先日の文化祭の言葉が脳裏を過る。
『お兄さんも私とのそういう未来、想像してみてくださいね!』
沙紀は月野瀬の皆が言うような未来を望んでいるのだろう。その証拠に沙紀自身も揶揄われているものの、満更でもない様子。むしろ余裕さえあるように見えた。受験の追い込みで必死になって無口になっている姫子とは対照的だから、なおさら。
都会と違い、誰もが知り合いという狭い月野瀬で頻繁に沙紀とのことを話題に出されれば、否応なしに彼女を意識させられてしまう。まるで外堀を埋められていくような感覚。
悶々としつつ迎えた大晦日から元旦に年をまたぐ、毎年恒例の二年参り。
神社では今年も、沙紀が正月を迎えることを祝う神楽を舞っていた。
しんと静まり返り厳かな空気の中、篝火と星明りに照らされ舞われる沙紀の神楽は、荘厳にして佳麗。
誰もが夏よりも更に研ぎ澄まされた神楽に、目が離せない。
今年もかつて初めて見た幼い彼女の神楽と同じく、沙紀が輝いて見えた。それこそ、ステージの上の春希に比肩しうるほどに。
そして神楽からは高校受験に新生活、それから隼人との関係――これから始まる新たな年へ向けての、沙紀の熱意がよく伝わってきた。もはや彼女から並々ならぬ感情を寄せられていることに、気付かないほど鈍くはない。
目を細めながら、沙紀について思い巡らす。
隼人の目から見ても、沙紀は魅力的な女の子だ。
彼女との
むしろ根が田舎者の自覚がある隼人にとって、性に合っているのかもしれない。
人となりもよく知っているし、妹や家族との仲も良好、万事うまくいくだろう。
それでも自分の中で答えを出し、彼女の手を取ることに躊躇いがあるのも事実。
しかし保留をするのも、ひどく不誠実な気がして。
神楽を見終えた隼人は姫子と共に本殿に参拝し、自らの心に問いかけるも、しかし自分の心なのにどうすればいいのかまるでわからなかった。
◇
遅い時間に帰宅し、沸かしていた風呂で冷えた身体を温め布団に入るも、悶々として中々寝付けやしなかった。東の空が薄っすら明るくなり始めた頃にようやく眠りに落ちた隼人が起こされたのは、正午を少し過ぎてのこと。
「お、おぉおおおぉおぉおにぃ起きて!」
「っ!? なんだよ姫子……」
やけに慌てた様子の姫子が部屋に入ってきて、強引に布団を剥ぎ取る。
突然冷たい外気に晒され目を覚ます形になり、ジト目で抗議する隼人。
しかし姫子は鬼気迫った様子でリビングへと引きずるようにして引っ張っていく。
「いいから早く!」
「お、おいっ!」
新年早々、少し懐かしくもある妹の慌ただしさに、寝起きということも相まって困惑を深めていく。
しかしリビングに足を踏み入れた瞬間、その疑問も氷解した。せざるを得なかった。
「……え?」
リビングに足を踏み入れると、そこに置かれたテレビにくぎ付けにされ、信じられないとばかりに瞠目する隼人。
画面の中で春をイメージした舞台衣装に身を包み、唄い踊っているのは春希。
まさにアイドルそのもの。その証拠にテロップでは『新春デビューのアイドル!』『生放送』という文字が躍っている。
しかも2人ユニットのようで、もう1人の方にも見覚えがあった。茉莉と呼ばれていた、北陸で撮影していた女の子が。どうやら今日がデビューのお披露目らしい。
一体何が起きているのかわからなかった。
何度も画面を見直してみるも、確かに春希だ。
あの顔、声、舞台で放つ輝き――ずっと傍で見てきたのだ、見間違うものか。
姫子の混乱も頷ける。現に隼人も現状把握に思考が追い付いていない。
心臓を鷲掴みにされたように唖然と立ち尽くす隼人の隣で、未だ信じられないと言った様子の姫子が、否定してくれといわんばかりの声色で呟く。
「はるちゃん、アイドルになっちゃった……」
「……ウソ、だろ」
まるで現実味のない隼人。
どうして?
母とのことは?
目立ちたくないんじゃ?
春希が何を考えてこの選択をしたのかわからない。
ただ、その誰もを惹き付けるその魅力を、今この瞬間も全国に広がっているのだけはわかる。
まるで悪夢を見ているようだった。
隼人は色んな思考と感情がないまぜになった心のうちを、画面の中の春希に向かって叫ぶ。
――今度会った時、どんなノリで話せばいいんだよ。
※※※※※※※※
これにて7章終幕です。
転校先の清楚可憐な美少女が、昔男子と思って一緒に遊んだ幼馴染だった件【web版】 雲雀湯@てんびんアニメ化企画進行中 @hibariyu
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