333.クリスマスパーティー④告白
◇◇◇
沙紀たちはやがていつも通学の待ち合わせに使っている、分かれ道へとやってきた。
「じゃあな春希、沙紀さん」
「おやすみー沙紀ちゃん、はるちゃん」
「うん、お休み隼人、ひめちゃん」
「また学校で~」
挨拶を交わし霧島兄妹と別れ、しばらくその場で名残惜しそうに片手を振る沙紀。ほどなくして親友と想い人の背中が宵闇へと消えていく。すると途端に胸の中には寂しさが込み上げ、そのまま口から「ふぅ」とため息として零れてしまう。
今日のクリスマスパーティーは楽しかった。
月野瀬に居た頃は考えられなかった大人数の同世代の人たちで集まっただけでなく、ここのところ春希を取り巻く状況が収束し、何の憂いもなく騒げたというのもあるだろう。
どうして春希の周囲が沈静化したのかわからない。
だけど、春希が何かしら行動を起こしたのはわかる。
それに北陸への逃避行以来、沙紀の目から見て春希の変化は明白。晴れ晴れとした顔が何よりの証拠。きっといつものように、隼人が彼女の迷いを晴らせたのだろう。
一体2人の間に何があったのだろう?
気にならないといえば嘘になる。それから、羨ましいとも。
今までと変わらない隼人の様子から、春希を見る目が変わっていないのが幸いか。
だけど想い人と2人きりの旅、同じ部屋で過ごす一晩。嫉妬を抑える方が難しい。
沙紀は振っていた手を下ろし、にわかに締め付けられた胸を抑える。
するとその時、ふいに隣から空いている方の手を遠慮がちに掴まれた。
「……春希、さん?」
つい先ほどまで抱いていた春希へのやきもちから、びくりと肩を震わせる沙紀。しかしそれを悟られまいと、努めていつも通りを装い振り向けば、やけにまごついた様子の春希の姿。ここ最近のことを思えば酷く違和感を覚え、目を瞬かせてしまう。
春希自身も自覚があったのだろう。
なんともバツの悪いを取り繕うともせず、見つめ合うことしばし。
春希は一瞬、ちらりと霧島家のあるマンションのある方角へ目をやった後、意を決して緊張した声で尋ねてくる。
「沙紀ちゃん、ちょっといいかな? 大事な話があるんだ……」
どこまでも真剣で、そして覚悟を決めた眼差しだった。
即座に何を言おうとしているのか察する沙紀。わからないはずがない。
緊張と不安で怖気付きそうになるがしかし、ことこの件に於いて春希にも誰にも譲れるはずがないではないか。沙紀は弱気と共に色んなものを呑み下し、「いいいですよ」硬い声を返すしかなかった。
◇
霧島家のあるマンションから遠ざかるように来た道を引き返す。万が一、隼人に聞かれることがないようにと。
重い足取りで歩く。心臓はこれから起こることに対し、一足早くおまつり状態。
はらはらと舞い散る粉雪が、地面に落ちては床に染みを作り消えていく。
沙紀と春希の間に会話はない。
肌をひりつかせるような空気の中、ふいに春希は場にそぐわない軽い感じの、それこそいつもの他愛ない世間話をするような調子で声を掛けてきた。
「ね、沙紀ちゃんは。冬休みは月野瀬に帰るの?」
「……へ?」
意外な問いかけに面食らう沙紀。
春希はなおもなんてことない風に言葉を続ける。
「ひめちゃんたちは帰るって言ってたからさ。おばさんが月野瀬を恋しがってるって」
「あぁ、言ってましたね。私も冬休みに入ったらすぐ帰ります。その、神社は年末年始色々と立て込みますから」
「でも受験直前に大変じゃない?」
「一応、今年は受験だから免除されてますけど、習慣になってるからまったくしない方が気になるといいますか……あと勉強の気分転換にもなりそうですし」
「あはっ、わかる。ボクも受験の時、なんだかんだ漫画アプリの巡回はやめられなかったし、気分転換で始めたジオラマ作りに嵌っちゃったし」
「ふふっ、ずっと勉強ばかりだと肩凝っちゃいますもんね」
顔を見合わせ笑う沙紀と春希。空気が緩む。話というのは予想したものと違うのかとは、錯覚してしまうほどに。
やがて住宅街の中にある公園が見えてきた。
春希はここが目的地だとばかりに公園の中へと駆けていき、そして背中越しに今度は固い声色で呟いた。
「沙紀ちゃんさ、正月も神楽舞うの?」
「一応そのつもりです。今も練習は欠かしていませんし」
「そっかぁ……ボクさ、夏に沙紀ちゃんの神楽を初めて見た時さ――」
春希はそこで一旦言葉を区切り、顔だけ振り返って言葉を続ける。
「――勝てないな、って思っちゃったんだ」
「……え?」
沙紀の目が大きく見開かれる。
少し困ったような、まいったような、複雑な表情をする春希。その瞳は、嘘ではないと語っていて。
意外過ぎる告白だった。
混乱を加速させる沙紀。
春希はフッと小さく笑い、足元の小石をつま先で蹴飛ばしながら理由を話す。
「すごく眩しかった。輝いて見えた。あぁ、ボクには真似できないなぁって」
「そんなこと、春希さんの方がっ! 月野瀬でのカラオケに動画に撮られたMOMOさんとのやつ、文化祭のライブだって、あれだけすごかったのに……っ!」
咄嗟にそのことを否定するかのように言葉を被せる沙紀。
わけがわからなかった。
春希の凄さは身に染みてよく知っている。時に目の当たりにして卑屈になってしまうほどに。そもそも周囲にあれだけの技量を見せつけたからこそ世間を魅了し、騒がせる事態になったのに、何を言うのだと。
しかし春希は自嘲の笑みを浮かべて諭すように言う。
「沙紀ちゃんのはね、沙紀ちゃんにしかできない隼人への想いと熱が伝わる、沙紀ちゃんだけのものだった。ボクのは誰かの表面をなぞっただけの紛い物。本物じゃない、本物にはなれないだって――
「――っ」
ふいに春希は纏う空気を一変させた。
スッと目を細め、射貫くようなまなざしで沙紀を見つめてくる。
その瞳には燃え盛る、確固たる意志。
自然と沙紀の背筋が伸びる。
そして春希はこれこそが本題だと緊張を帯びた声で、おっかなびっくり自分の想いを綴った。
「ボクは隼人のことが、好き」
まっすぐで、飾り気のない言葉だった。
だけどとても大きくて熱い想いの込められた、決定的な言葉だった。
瞠目する沙紀のここり芽生える、子供じみた対抗心。
これだけは決して譲れないと、自らの幼い頃から抱き続けた想いの丈をぶつけ返す。
「わ、私もお兄さんのことが、小さい頃からずっと大好きっ!」
自分でも驚くほど大きい声が出た。出てしまった。
羞恥でにわかに頬が熱くなるものの、負けたくないという気持ちで蓋をして春浮きを見つめ返す。
春希は虚を突かれたように目をなんどかぱちくりとさせた後、少し可笑しそうに肩を揺らして言う。
「うん、知ってた。やっと言ってくれたね」
「それは春希さんが――」
さっきはそこで言葉を止め、少し拗ねたように唇を尖らせつつ、疑問に思っていたことを問う。
「――でも、どうしてそのことを私に?」
すると春希は何かを思い返すように胸に手を当て、目を瞑る。
そして深呼吸をひとつ。何かを確かめるように、目と共に口を開く。
「後夜祭でさ、隼人とみなもちゃんを見送った後、初めて隼人のことが好きだって……この苦しくて、切なくて、辛くも愛おしいって気持ちに気付いたんだ」
「あぁ……」
沙紀は先日初めて耳にした、春希の心をむき出しにして赤裸々に叫んだ春希の歌を思い返す。それから、胸が痛いくらいに共感してしまったことも。
「だからまず、こんな気持ちをずっと抱えてきた沙紀ちゃんに伝えなきゃって思っちゃって……その、さっきちゃんは友達で、これからライバルになる人だから」
――友達で、ライバル。
その言葉が沙紀の胸にストンと落ちた。
決して悪くない。清々しくさえある。
はにかみつつ、ニッと歯を見せながら拳を突き出してくる春希。
沙紀はこの
「私、負けませんから」
「ボクの方こそ」
互いに譲れないことへの宣戦布告。
だけど沙紀と春希は、まるで戦友のように楽し気に笑みを交わすのだった。
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