第3話 隣の部屋のモンスター

『闇也先輩!』

「うるさ」

『闇也先輩!?』


 俺がいつも配信でプレイしているFPSゲームの中。


 珍しく配信外でゲームを立ち上げた俺のパーティには『sumire_yasaka』というIDのキャラが既に参加していた。


『いや、私闇也先輩とゲームができるなんて本当に――』

「……まだでかいか」

『あれ!? 先輩!? 聞こえてますか!?』


 ボイスチャットの音量を下げて、と。

 ひとまず八坂の叫び声が猫の鳴き声くらいにはなる。


『せんぱーい? せんぱーい?』


 まあこれくらいならいいか。

 風無以外とボイチャなんて繋げないせいで勝手がわからない。


 ただ、そんな俺がわざわざ八坂ゲーム内でボイチャを繋いだのにはもちろん理由がある。


 名付けて――『憧れの先輩、実は嫌な奴だった作戦』。


 八坂は俺のことが好きらしい。

 理由はわからない。わかる日が来るのかも知らない。


 しかし八坂が俺のことが好きなのは恐らく、八坂が、配信内のかっこいいイラストで動く俺のことしか見ていないからだ。

 一応、紫髪の切れ目でイケメンな『闇也』のイラストを使ってVtuberやってるわけだから、それは仕方がない。


 だが、それなら逆に。

 プライベートのイラストすらない状況で、素の俺が嫌なことを言いまくれば……?


 きっと八坂は俺を嫌いになってどうでもよくなるだろう。

 我ながら完璧な作戦だ……成功する気しかしない。


「ああ、悪い。八坂の声がうるさくてさ」

『それは私が悪いので大丈夫です』


 ちなみに、今のは既に作戦の内。


 Vtuberの生命線である声に文句をつけるという地味に道徳に反した嫌がらせだ。

 なんか普通に反省されたけど。


 まあいい。今日、俺が嫌な奴になるためにいろいろ言いたいことは考えてきたからな。


 参考にしたのは『ドS男子に言われたい罵倒百選』。


「じゃ、行くか……まず一戦」


 無駄話もそこそこに、俺はすぐにゲーム内の『PLAY』をクリックする。


 別に俺も陰湿な性格はしてるけど嫌がらせが趣味なわけじゃないから、こういうことはちゃっちゃと決着をつけたい。


『はい! 行きましょう!』


 ボイスチャットからは八坂の楽しそうな声が聞こえてくる。

 これからどんなことが起こるかも知らずに呑気な奴だ。


 ちなみに、俺が八坂と話すにあたって、電話じゃなく、ゲーム内のボイスチャットを選んだのにはちゃんと理由がある。


 その理由は至ってシンプル。ゲーム中ならボロクソに暴言が言いやすいから。


 元々FPSプレイヤーは気性が荒いことに定評がある。

 マナーも悪いし口も悪い。そういう奴に限ってそこそこ上手い。


 車の運転中に気が大きくなるように、銃を持つと心までヒャッハーしてしまうのだ。

 俺は全世界に配信してるからそういうことは言わないけど、言いたくなることがないと言ったら嘘になる。


 それならば。

 恐らくFPS初心者であろう八坂にその鬱憤をぶつければ……?


『はー……緊張します』

「……いや、別に遊びだし普通でいいけど」

『いえ! 先輩の前で不甲斐ないところは見せられないので全力でやります! 足は引っ張らないように頑張ります!』

「ああ、そう……」


 そういうこと言われると嫌がらせしにくくなるからやめてほしいんだけど。


 いや……言うけどな?

 ボコボコにするけどな?


 だけど俺にも情という物があるから悪人はとことん悪い方がやりやすい。

 できればもうちょっと俺の邪魔をしそうなところをアピールしてほしい。


 ……というか、今思ったけど、普通に話してても配信してる時と大して変わらないな、こいつ。


 大体初対面の相手だと「あ、ど、どうも……」ってなる俺が、ちゃんと話すのは初めてな割に結構話せてるのが不思議だったけど、八坂が配信で聞いた通りだからか。


「あー……そっちが、どこ行くか決めていいぞ」

『いいんですか!? 変なところいくかもしれませんよ!?』

「まあ……いいよ。別に」


 八坂が予防線張ってきたせいで「そんなとこ行くかね普通……」ってキレられなくなったし。


 ……ゲームが始まるまでに言いたい嫌な台詞わりと考えてきたんだけどな。


「…………うーん」

『先輩?』

「いや、何でもない」

『何でもない台詞でも私に向けて言われると……照れますね』

「なに言ってんの?」


 俺の嫌がらせより八坂の台詞の方がよっぽどインパクトない?


 ……というより。


 俺言うほど嫌な奴じゃなくない?

 今のところ、普通に後輩誘って仲良くゲームしてるだけの優しい奴じゃない?


 今の「なに言ってんの?」のところも「バカか?」とか「殺すぞ?」とか「お前をミンチにしてやろうか?」とか、どんな暴言でも吐けるチャンスだったのにソフトに言っちゃったし。

 根本的に俺の言語野が暴言用にできてない。


 ……いや俺ももっと酷いこと言ったりキレたりしたいんだけどな?


 俺がキレようとすると、こいつがやけに低姿勢で先に予防線張ってくるから。

 「今怒ったらさすがに酷くね……?」って思わせてくるから……。酷いこと言いたいのに。


 そうだ……要は全部こいつのせいなんだよ……キレそう。


『着陸! 先輩! 私はこっちの家の武器探します!』

「ん? ……あぁ」


 そんなこんなでバトルロワイヤルのフィールド内に降下すると、一応ゲームの定跡は知ってる様子で八坂はすぐ動きだす。

 てっきりほとんどやったことないのかと思ってたけど、


「意外とやってるのか? このゲーム」

『先輩のやったゲームは全部やってます』

「……ふーん」


 『下手なのでランクも低いんですけど』と言う八坂。


 「やってる割にはランク低いな」って言ってやろうかと思ったけど言えなくなった。


『あ、敵じゃないですか!?』

「ああ……」


 そうしてゲーム内で必要な物資を集めていると、建物の上で周りを眺めていた八坂が遠くで動く敵を見つけた。


 いつもなら味方とタイミングを合わせて狩りに行くところだけど。

 ……ま、今日は相手が八坂だし、別にわざわざ行く必要は感じないな。


『行きましょう先輩!』

「あぁ? ……いや……」


 ただ、初心者な割に戦うことには乗り気な八坂。

 まあ別に、負けてもいいから行きたいなら行ってやってもいいけど――――いや。


「いや、行きたくないね。今お前と行っても負けるだろうし」


 ――言えたッッッッッッッッッ!

 やっとッ、ようやく嫌な奴になれたッッッッッ!


 スラスラ嫌味なことを言えた自分には感動すら覚えた。


 ……ま、初心者と突っ込みたくないしな?

 悪いけどここは八坂には従えない。


「ふっ……」


 ……どうだ? こんな嫌な奴でもお前はまだ好きだとか言えるのか?


『いやいや! このレベルなら闇也先輩一人で余裕ですよ!』

「レベル? ……いや、レベルっていうかさぁ」

『いっつも倒してるじゃないですか!』

「いや、俺の問題っていうかー……」

『先輩なら絶対倒せるじゃないですか! 生で見たいんです! 闇也先輩の戦闘シーン!』

「いや、それはまあ、まあ……」

『お願いします!』

「…………」


 ……しょうがないなぁ!


「……ついてこいよ」

『はい!』


 そうして乗せられた俺は、こっちに気づいていなかった敵に突っ込んで、あっという間に一掃した。

 いつもより力が出ていた気がした。


『さすがです先輩!』

「いやまあ相手も気づいてなかったし……」


 凄い上手いプレイだったかっていうとそうでもなかったしな……。


「八坂のカバーも良かったしな」

『本当ですか!? 嬉しいです!』


 このくらいなら八坂でもすぐできるようになる。


 初心者だけど、やることはわかってるみたいだし――


「……ってちがあああああああああああああう!」

『先輩!?』


 あ……れ……?


 なんで俺は普通にかっこいい先輩を演じてるんだ……?

 なんで俺は後輩とこんな爽やかなやり取りをしてるんだ……?


 違うだろ……? 一掃しちゃダメだろ……?

 しいて言うならやられて「お前のせいだ!」って言うところだろ!? ドS男子はどこ行った!?


 クソ……完璧に八坂のペースに飲まれてた。そうだ。相手は俺よりコミュ力の高い相手。お世辞も使いこなすに決まってる。

 乗せられちゃダメだ……目的を思い出せ。


「……ふー」


 そこで一旦落ち着きを取り戻した俺は、ゲーム内で時間に余裕があることを確認する。

 そして、近くの建物の方を向いた。


「……八坂、しばらくあの建物にこもってていいか。移動が必要になるまで」

『? はい、いいですけど。どうしたんですか?』

「少し――八坂に話したいことがある」



 ◇◆◇◆◇



「八坂、お前の目的はなんだ?」


 建物の中にしゃがみ込み、何故か隅っこにぎゅうぎゅうに固まった状態で話を始める俺と八坂。

 ちなみに、当然ゲーム内でのこと。


 ここまでで何となくわかったけど、俺に嫌な奴は無理だ。


 元々、Vtuberのくせにキャラクターの設定もガン無視で配信してる俺に、演技なんて最初からできるはずもなかった。


 『闇也』は闇の中でしか生きられない種族という設定だって俺はVtuberを始めて一日で忘れた。

 俺は素でしか生きられない奴なんだ。


 ただ、ここで諦めたんじゃ、俺はただ八坂とゲームをする関係になっただけになってしまう。

 それはあまりにも悔しいし情けない。


 だからせめて、俺はここで八坂の目的を知るとともに、俺が何に嫌がっているかを伝える。


『目的ってなんですか?』

「なんで俺に近づいてくる?」

『それは、好きだからです』

「いやそういうのじゃなく……」


 ……というかそういうことを恥ずかしげもなく言うなよ。

 女子高生だろ。ラブコメは学校内だけにしとけよ。近所の引きこもりとラブコメしようとするな。


『じゃあ、どういうのですか?』

「だから……俺に近づいて、Vtuberとして人気を得たいとか」

『私がこの事務所に入ったのは闇也先輩と配信したかったからです』

「だから……その中には、俺の人気にあやかりたいとかそういう目的が」

『闇也先輩と配信したかったのは視聴者の時から闇也先輩のことが好きだったからです』

「……嘘つけ」

『嘘じゃないですよ!?』


 そんなピュアな目的があるか。

 そんな奴に俺の生活を脅かされてたまるか。八坂にはもっと悪い目的があるはずだ。ないと困る。


 ……まあ、何の色眼鏡もなしに見た時、八坂にそんな複雑そうな思惑はなさそうに見えるのも事実なんだけど。


「はぁ……なんだ。じゃあ、俺の部屋のチャイム鳴らしてたのも、一緒に配信してくださいって言いたくて鳴らしてたのか」

『あ、いいえ。それは違います』

「………違う?」

『それは、好きだからです』

「…………」


 今、俺無意味に告白された?


 なんだ? 「好き」って言いたかっただけか? 違うって何だ?


「いや、だから、ファンとして好きだったから一緒に配信したいって話だろ?」

『ああえっと、違うんです』

「具体的にどこが?」

『今は単純に、好きだから、会いたかったんです』

「……ちょっと待ってな」


 どうやら今、俺は謎解きミステリーの中にいるらしい。


 ……情報を整理しよう。


 つまり……? 八坂は視聴者の頃から俺のことが好きで、オーディションの時は俺と配信することが目的だった。


 ただ、隣に住んでるとわかってからチャイムを鳴らしてきた目的は、一緒に配信してほしいからじゃなかった。


 その理由は好きだからで……もっと言うと、会いたかった、と。


「出会い厨ってやつか……?」

『違いますよ!?』


 だって、今の目的はVtuberとか関係なく俺と会うことなんだろ?


 それなら一緒に配信したいを貫き通した方が健全だっただろ。


「大体……会ってどうするんだよ。会わない方がいいだろ」


 Vtuberの中身なんて。


 ミッ◯ーの中身見て満足する奴がいるか? 汗だくのおじさんだったらどうするんだよ。


『なんで会わない方がいいんですか?』

「だから……八坂が好きなのはVtuberの闇也だろ? 今の俺だって、別に闇也じゃないし」


 そこら辺はややこしいけどさ。


 VtuberっていうのはキャラクターがいてVtuberだし。悟空=野沢雅子じゃない。


 闇也が好きだから俺に会いたいってのは、欲求がおかしなことになってる。


『違いますよ?』

「……は?」


 ただ、八坂はそこでも否定してきた。


 「違います」と言われすぎて世界の何が正しくて何が違うのかわからなくなってきたけど、少しもふざけた様子なく答える八坂の声を聞いていると、俺は何かを根本的に間違っているんじゃないかという気になってくる。


 そして、その思考の正体を明かすため、八坂はゆっくりアクセルを踏むように話しだした。


『私が好きなのは闇也先輩です』

「だからそれはキャラクターが――」

『ああっ……違うんです。闇也先輩っていうのは、事務所で会った闇也先輩のことです』

「……事務所で会った?」

『今私と話してる闇也先輩のことです』


 明るく話す八坂と、ひたすら頭を混乱させる俺。


 そんな俺でも気づけるよう、八坂はとどめを刺しにくる。


『視聴者の時は画面越しの闇也先輩が好きでした。でも、事務所で闇也先輩に会った時、その闇也先輩を好きになったんです』

「いや、待て……あの時なんて一瞬しか会ってないし――」

『一目惚れでした』

「いやいやいや……」


 お前は一目惚れしたら「ぐふっ」って言って倒れるのか――とツッコミたかったけど、その元気すらない俺がいた。


 ――なんか話が噛み合わないと思ったんだ。


 でもそれも当たり前だ。

 八坂が視聴者の時の「好き」と、Vtuberになってからの「好き」の対象が違っていたんだから。


 八坂が一緒に配信したいと思ってた頃に好きだったのはVtuberの『闇也』。

 だけど、今の八坂が好き好き言ってるのは――


『闇也先輩、今言いたいことがあるんですけど、いいですか?』

「は……は? いや……違うよな。いや、ちょっと待ってくれ。後で聞くから」

『ダメです! もうここまで話したら言わずにはいられません!』

「はっ!? やめろ、止まれ! それ以上言うな! 言ったらゲーム落とすぞ!」

『いえ! 言います! 次のチャンスまで待てません!』


『闇也先輩、私と付き合ってくださ――』


 そこで俺はボイチャが繋がっていたゲームを切って、怖くなってパソコンもシャットダウンした。


 起きている間は滅多に暗くなることのないモニターの画面がスッと黒に染まる。


 頭に残ったのは全く使えなかったドS男子語録と、隣の部屋のモンスターの恐怖。


「……ぐふっ」


 俺のこの生活は、もう終わりかもしれない。

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