第22話 私……しばらく

 少し前、風無から「すみれがおかしいんだけど……」と相談を受けた。


 その時は、真面目な八坂が俺とコラボするためにゲームを頑張っていて……という騒動だったんだけど。


「お邪魔しまーす……」

「お邪魔されます」

「お前には言ってない」


 まさか今度は、八坂に風無がおかしいと相談を受けて部屋に来ることになるとはな……。


 まあ、俺も丁度風無に用があったからいいんだけど。


 ちなみに、今回は依頼人の八坂は俺と一緒にいる。

 依頼人として二人のやり取りは監視しないといけないらしい。


「実は留守とかじゃないよな」

「靴があるのでいるんじゃないですかね」

「ふーん……」


 じゃあ、このリビングの扉を開けた先におかしくなった風無がいるってことか。……緊張するな。


 おかしくなった八坂は想像しやすかったけど、おかしくなった風無は想像がつかない。


「……俺が開けていいのか?」

「……どうぞ」


 何故か小声になって相談をすると、八坂も寝起きドッキリのような雰囲気で答えてくる。

 ただ、開けた扉は当然ガチャッと大きな音を立てて。


「あ、帰ってきた~? どこ行ってたのしゅみれぇぇぇぇえええええええっ!?」


「はっ……?」


 振り向きながら手を広げて俺に突進してきた風無は、俺の目の前で急ブレーキを掛けた。


 これは……思った以上に重症かもしれないな……。


「や、闇也じゃん!」

「そりゃそうだろ」


 最初からここにいたのは闇也だったろ。


「八坂……これは思った以上におかしいらしいな……」

「あ、いえ……これは別に普通で……」

「え、マジで……?」

「二人して何の話してんの!?」


 風無がおかしいって話。


 というか、帰ってきた瞬間妹に抱きつくのが普通って……いや、いいや、これ以上は風無の精神にダメージを負わせることになりそうだから触れないでおこう。


「いや……あといい加減離れてほしいんだけど」

「あ、ごめん……えっ、入ってくんの? 闇也が?」

「まあ、うん」

「闇也が!? 何の用で!?」


 何だその、どんな用があれば家から連れ出せんの? みたいな驚き方。失礼な奴だな。

 お前だって俺のこと八坂がおかしくなった時連れ出したくせに。


 驚きながら俺から離れていった風無は、本当に入るのか疑うように俺を見てる。


「いや、今回はただ八坂が――」


 と、八坂の依頼を言いかけたところで、言わない方がいいか? と思い浮かぶ。


「まあ、来たかったから来た」

「絶対嘘でしょ!」

「失礼な」


 俺が嘘吐くわけないだろ。

 どんな理由があったって最終的には来たいと思って来るわけだし。嘘じゃないもん。


「じゃ、なんか、テキトーなとこ座るから……」

「えっ、あ、長居すんの……? 何か、飲む?」

「すぐ帰るからいい」

「えー……? 来たかったのにすぐ帰んの……?」


 とりあえず混乱させることに成功した風無は部屋の中で右往左往してる。


 と言ったところで、八坂に「どうした方がいい?」と目で聞いてみるけど、珍しく部屋の端で立ったままの八坂は何も干渉してくる様子がない。まさに監視。


 ……え、俺何も知らないんだけど。普通に過ごしていいのか?


「というか、闇也がうちでゆっくりするの初めてじゃない? いっつもすぐ帰るし」

「風無が配信できなくなって一時間くらい付き合ったことはあったろ」

「あれはゆっくりっていうか……まあ、そうだっけ」


 あの時はお互い引っ越してきたばっかで俺の部屋に風無のノートパソコンを持ってこさせるって手段すら思い浮かんでなかった。普通に懐かしいな。


「それで……なに? え、すみれと一緒に来たってことは……そういうこと?」

「どういうことだよ」


 変な勘違いする気じゃないだろうな。


「いや、俺は風無に用あったから……八坂についてきただけだよ」

「へー……」


 疑うように俺を見る風無。逃げるように八坂を見る俺。怪しさ満点。


 というか、このまま八坂が何も指示しないなら、俺は俺の言いたいこと言って帰るけどいいのか?

 部屋に入ってきた時の奇行がおかしいって話かと思ったけど、そうじゃないらしいし、別に今のところ心配するほどおかしなところがないんだよな……。


 と、俺が八坂を見たところで。


「お姉ちゃん、私と先輩の分のお茶を持ってきてください」

「え、え? まあすみれが言うならいいけど」

「妹の言いなりだなあいつ……」


 逆の格差があるらしいなこの姉妹には。

 そうして風無を遠ざけた八坂は、俺の近くまでやってくる。


「……おい、八坂、聞いてたほどおかしく――」

「ぁあっ……す、すみません近づきすぎました……」

「やってる場合か」


 コントかよ。ヒソヒソ話するんだろ。


「で……どうなんだよ……今おかしいところは出てるのか……」

「普通を装ってるのかもしれません」

「装ってるって言われてもな」


 俺には風無が装ってるのか八坂が嘘ついてるのか見分けつかないしな。


 八坂がおかしくなった時はあからさまにおかしかっただけに、風無をどう見ればいいのか迷う。


「別に俺は用伝えられればいいけど……普通に、このまま話して帰っていいのかよ」

「それはいいんですが、できれば先輩がお姉ちゃんに――」

「……二人で何話してんの?」

「いや……何でもない」

「……明らかに内緒話してたでしょうが」


 お茶とコップを持ってきた風無は怒ってるような雰囲気を出してるけど、別に話は聞こえていなかったらしい。


 どうせ風無の場合愛しの妹と話してた俺に怒りが向けられるんだろ……と思ってたけど、テーブルまでやってきた風無は八坂の方を見てる気がした。

 ちなみに八坂は知らぬ間にさっきまでのポジションに戻ってる。そこが定位置かよ。


「で、お茶飲むんでしょ?」

「ああ、飲む飲む――ん? なんだ、これ」

「あ、それは……」


 俺がテーブルの上に置かれた見知らぬお菓子を指差すと、風無は一瞬迷った後、お菓子の乗った皿を回収しようとする。


「それはお姉ちゃんが最近ハマってるスコーンです」

「へー、風無の好物か」

「いや、好物っていうか……」


 食べ物に興味なさすぎて名前しか聞いたことなかったけど、こういう生地を焼く感じのお菓子だったのか、てっきりとん○りコーンの仲間かと思ってた。


「食べられたくないなら隠しといた方が良かったんじゃね?」

「いやそんな子供みたいな駆け引きしないし……いや、これは試しに……」

「闇也先輩、食べてみてください」

「えぇ?」


 そこの部屋の端に立ってる人はどういう立場の方?

 食べてみてくださいって、罰ゲームか何か? ワサビが入ってるようには見えないけど。


「……食べていいのか?」

「えっ……まあ」


 完全に他の人に食われたくない時の反応じゃん。

 まあ、さっき最後に何か言い掛けてた八坂にも考えがあるのかもしれないし、食べていいなら、食べるけど。


「……ん」


 口の中に入れると、外はサクサク、中はしっとりとCMに使えそうな文言が頭に浮かぶ。ほぇーこういう食感なのか、スコーンって。初めて知った。


「ああ、美味いな」

「あっ、本当?」

「美味い美味い。ってかなんだその反応」


 お前が美味いと思ってるから食べさせてきたんだろ。


 と思っていたら。


「いや……それ作ったの私だから」

「……マジ?」


 衝撃の事実。


 え、でも、そんなこと言ってなかったじゃん。

 ただ好物だからって、


「あ、ハマってるって作る方かよ!」

「うん」

「ああ……勘違いしてたわ……」


 だから風無が変な反応してたのか。

 へー……。


「まあ、美味しかったなら嬉しいから……ありがと」

「えぇ、いや、別に……」


 俺は普通に市販の物だと思って……いやそれは褒め言葉か……風無が作ってると知ってたらもっと評価下げたのにな……くそ……。


 なんか意図せずべた褒めしてて恥ずかしいんだけど。


「…………」

「…………」

「――それで先輩! お姉ちゃんに用があるんですよね?」

「どうした急に元気になって……」


 場の静かさと反比例してんの?

 俺はちょっと自分の発言思い返して恥ずかしくなってたところだったんだけど。


「話した方がいいんじゃないですかね!」

「強要してるだろ言い方が」


 どうしたんだよ急に……それも何か意図があって誘導してんのか?


「……用ってなに?」

「あー……真城さんに、今度事務所来いって言われてるから、風無も事務所行くタイミングないかと思って」

「え、ああ……私と闇也が必要な話し合い?」

「いや、ただ同伴してほしいだけ」

「どういうこと!?」


 一人だと辛いだろ。事務所行くの。

 行く時知り合いがいたらまだ精神ダメージが少ない気がするんだよ。


「どうせ、風無はわりと事務所行ってるだろ」

「まあ行く時はあるけど……呼ばれてるのは闇也だけなんでしょ?」

「そだな」

「じゃあ一人じゃない?」


 極めて正しいことを言ってくる風無。

 しかし俺にそんな正論をぶつけられても困る。


「でも俺は誰かと行く気満々だから風無が断った場合真城さんが困るぞ」

「困らせてんのはあんたでしょ!?」

「そんなケチケチせずに行ってやれよ、風無が行く時ついてくだけでいいから」

「いやそれ自分で言うことじゃ……」


 いつもならこの辺で「別にいいけど……」と言ってくれるイメージのある風無だけど、今日は中々粘り強くて困る。

 どうしたもんか……。


「……ああ」


 風無が二人で行く理由がないと思ってるなら、あれを言えばいいか。


「あと、普通にその内風無の力も必要になるし」

「なに……力が必要って」

「もうそろそろ俺も、コラボしていかなきゃいけないかと思ってるって言っただろ」

「ああ……その話」


 言うと、風無は前に軽く話した時のことを思い出したようだった。


「したくないけど、しなきゃいけなくなる可能性もある。なら、いよいよ人気が伸びなくてヤバいってなる前にやるのも悪くない、かもしれない、という可能性もある」

「どんだけやりたくないの?」

「だから、やりたくないけど……この前言った通り、やるとしたら風無の力を借りて、って感じになるだろうから、真城さんとその話もするかもしれない」


 真城さんに話す必要があるかは微妙なところだけど、あの人は仕事に関してはちゃんとしてくれるから、私情を挟まなかった場合真面目に相談してくれるはず。


 もしやる場合心の準備期間が相当必要だから、この機会に話しておきたい。


「だからそれもあって一緒に行きたい。コラボに関しては風無以外頼れる奴いないし」

「えっ? いや、うん、そっか……」


 何故か照れたように壁しかない方向を見る風無。


 よしよし……ちゃんと一緒に行く必要性も話せたし、話も破綻してなかった。

 風無の反応も良さげだし、これはオーケーしてくれる時の雰囲気だな。俺の勘がそう言ってる。

 これで外出も少しは楽になる。


 ――と思っていたんだけど。


「あ――いや、ダメだ……ごめん」

「へ?」


 急に何かを思い出したような顔をした風無の雰囲気は一瞬で変わり、さくっと俺の話は断られる。


 既に勝った気でいた俺は思わず「なんで」と口に出してしまいそうになったけど――目の前に座る風無は冷静な声で。


「私……しばらく、闇也から離れて活動してみようかと思ってるんだ」

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引きこもりVtuberな俺に、彼女がストーカーしてくるわけ 山田よつば @toku_

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