第5話 完全勝利だ……!
ゲームがエラーを吐いたという通報を受けて俺が風無の部屋に訪ねると、風無は何もやることがないという様子で玄関に突っ立っていた。
「状況は」
「え、何も触ってない」
「上出来だ」
風無が触ってもどうせ悪化するからな。
俺の部屋と同じ構造をした部屋の中を進んでいくと、何度か見たことあるリビングに充電された状態のノートパソコンが置いてあった。
「いけそう?」
「……ま、直せるだろ」
『(ゲーム名) エラー』とかで検索したら対処法出てきそうだし。
風無に同じように検索に頼るよう言っても聞かないけど。
とりあえず、いつも通り直すとして。
「……部屋、特に変わってないな」
「ああ、すみれが来たから?」
「そう」
俺の部屋に風無が遠慮なく来るようになってから、俺も渋々数える程度この部屋には来てるけど、黒と白で揃えられた部屋のところどころに可愛いキャラのグッズやポスターが貼られた、風無の部屋特有の異様な雰囲気は特に変わってない。
八坂は見るからに女子高生してそうだし、無駄にカラフルな部屋になってるかと思ったけど。
「すみれには向こうの部屋あげたの。私のベッドはこっち持ってきて」
「ふーん。一緒に寝ないんだな」
「え、どういう意味?」
シスコンなのにと思って。
「じゃあ、寝室にしてたところが虹みたいな部屋になってるのか」
「……なんで?」
「あいつレインボーとか好きそうだし」
あとは派手なもんが好きそう。
「いや、部屋の中は特に変わってないけど」
「嘘つけ」
「見てく?」
「見ない」
八坂とは言え、女子の部屋を無断で覗くのは罪悪感がある。
それに、気になったから会話してたわけじゃなく、パソコン直してる間暇だったから口動かしてただけだ。
「とりあえず、すぐ直るんじゃね」
「本当? 私いなくてもいい?」
「いやいろよ」
俺が部屋の中物色し始めたらどうすんだよ危ねーな。
「いや、十分くらいで帰るんだけど。コンビニ行きたくて」
「自分の部屋に他人を一人で置いていく人間の気が知れない」
「そこまで言う……? どうせ闇也何もしないでしょ」
「しないけど」
でも何かする奴もここで「する」とは言わないんだよ。
そんな簡単に人を信用するな。
「帰ったら俺が部屋の中漁ってたらどうするんだ?」
「とりあえず視聴者に言う」
「ならいいけどさ」
ちゃんとそこで脅せるならいいんだよ。
それなら俺も何もできないからな。
「じゃ、いいでしょ? ダッシュで帰ってくるから」
「あいよ」
「終わっても帰らないでよー」
そう言って、風無は本当に走って部屋を出ていった。
まあ、十分なら丁度いいくらいの時間だろうから、コンビニ行くだけならいいけど。
視聴者に言うと脅されたことだし、俺も部屋の中に残されてもパソコンを触る以外やる気にはならない。
せっかくだからついでにパソコンを軽くしたりしといてやろうか。
でも余計なことしてパソコンから変なもん出てきたら嫌だな。
エロ画像とか出てきたら風無が帰ってきた時、ぎこちない話し方しかできなくなってしまう。
それに、今は確か八坂もこのパソコンで配信してるらしいし。
下手には触れない。
一人増えたんだからさっさと新しいパソコン買えばいいのにな。
ただ、デスクトップパソコンを買われると修理の度に俺が出向かなきゃいけなくなるから、風無にはノートパソコンで充分なのかもしれないけど。
今日はいないからいいけど、八坂がいる時は俺はこっちには来れないだろうしな。
それから、サクッと原因を解明してパソコンを再起動していると、時計の中ではあっという間に十分は経っていて。
丁度パソコンを起動し終えた頃に扉が開く音がして、風無が帰ってきた。
「ちょうどよかったな」
何買ってきたのか知らないけど、時間は宣言通りだった。
用も済んだことだし、俺は帰らせてもらおう……。
風無との話はとっくに終わってるしな。
「あと、ゲーム起動するか確認して帰るわ」
アプリまみれのホーム画面からゲームのショートカットをクリックすると、とりあえず問題なさそうにゲームが起動する。
相変わらずこのパソコンじゃ重そうだけど、風無がいいならいいだろ。
「じゃ、大丈夫そうだから――」
「――……せんぱい?」
その瞬間、俺の体は時が止まったように鋭く冷えていった。
――風無の宣言した時間通りに玄関の扉が開き、後ろから近づいてきた足音を、俺は何の疑いもなく風無だと確信していた。
しかしそれは言うまでもなく油断だった。
もし帰ってきたのが風無だったなら、風無はすぐに俺に声をかけただろう。
声が聞こえなかったということは、俺の後ろにいるのは不審者か、ストーカーのどちらかということになる。
そんな事実にようやく気づいた俺がゆっくり振り向くと――そのどちらにも当てはまる人物が、高校の制服姿でこっちを見ていた。
「……八坂……だったか」
「ややや、闇也先輩……? ……ややや、闇也先輩……!?」
「徐々に声のボリュームを上げるな……」
あとそれだと「ややや」の部分も俺の名前みたいだし。
「ああ……この時間に……帰ってくるのか」
「あ、はい……闇也先輩の配信を見るために帰宅部に入っています。闇也先輩のためだけに」
「きっしょ」
「なんでそこまで言うんですか!?」
ようやくドS男子に言われたい罵倒百選が生きた。
……というか今更だけど、そういえば八坂って女子高生だったんだっけか。
存在が異質過ぎて八坂が学校に通ってるところが想像できなかったけど。
ただ、制服姿を見ると、高校生の八坂は至って普通の可愛い女子という感じがするから不思議だった。
あと、口には出さないけどこう見ると風無と胸の差が凄い。
「そ、それで……もしかして……今日ここに来たのは――」
「風無にパソコン何とかしろって言われたから来ただけだ……今、直してた」
「……ということは――」
「パソコン直してたってことだよ」
それ以外の何の意味もねーよ。
「というか、今直し終わったから……俺は、帰るから」
「……そうなんですか?」
「そうだ」
「……そうなんですか」
「なんだその手は」
なんで入り口で門番したまま何か触りたそうに空気を揉んでるんだよ。
俺のどこを揉む気だ。自分のが一番大きいだろ。
「……帰るからな?」
「はい」
「帰るとしたら俺はどこから出ればいい」
「ここからどうぞ」
「言葉と行動が合ってない」
どうぞと言うならそこから動け。
いや……八坂がやりたいこともわかるけどな。
俺を帰す前に、ボイスチャットで話した時のことを聞きたいんだろうし。
ただ、俺は意地でも八坂とは顔を合わせて話さないし、今も一切目を合わせないまま帰る。それが人嫌いのポリシー。
「ちなみに、その……」
「話なら聞かない」
「なんでですかっ!?」
「今は聞かない。俺は面と向かって人と話さない」
「私は先輩と面と向かって話したいんです!」
「だから……」
……いや、ダメだ。
ここで反論したらなんだかんだで八坂のペースになる。
無理やり帰るしかない。
「……通るからな」
これ以上話すことはないと、立ち上がって無理やり八坂の横を通ろうとする。
その時、せっかくなるべく八坂のどこも触らないようにすり抜けようとしたのに、俺の進路を塞ぐように八坂が壁に倒れてきた。
「おい、だからっ……」
いい加減にしろ――と床を見ていた顔を上げると。
壁を肩を付けたまま床にしゃがみ込んだ八坂は、何かを悟ったような顔で遠くを見ていた。
「…………えっ。八坂?」
その逆方向に回って通り抜けようとしても八坂は動かない。
そのまま帰ろうかと思ったけど、今目の前で人間が倒れたかもしれないという事実に数秒間葛藤して、こういう状況を経験したことがない引きこもりは渋々手を差し伸べる。
「……え、あれか? 貧血か? ……生きてるか?」
生きてないことはないだろ、と思ったものの、八坂から返事はない。
背中から吹き出るおかしな汗。
「八坂? おいっ……」
しどろもどろになりながら、どうすればいいのか迷った末に俺は手を掴んで八坂を立ち上がらせようと――
「いや脈早っ!」
手首を掴むと、止まってたらどうしようと思っていた脈拍が爆速で俺の手に伝わってきた。
え、なにこれ、こういう病気? 逆に危ない?
「あっ……闇也先輩の……看病……シチュエーション……ボイス……」
「なんだ焦らせやがって……」
全然大丈夫だったわ。
そこで玄関の扉が開き、風無は「ただいまー」と呑気な声で言ってきた。
「……あれっ? すみれ、帰ってきてた? ……え、何してたの?」
「何もしてない。俺は帰る」
「あっ先輩……! 待ってください先輩……!」
「パソコンは直した! ゲームも起動した! 全部大丈夫だった!」
「あ、ありがとう?」
そうして、八坂の隣を通り抜けた俺は、首を傾げる風無の肩をがっちり掴んで語りかける。
「風無……俺はやることはやったからな……! 後は頼んだぞ……!」
「な、何の話っ?」
「後ろにいる奴の話だ……! 絶対裏切るなよ……!」
「うぇっ……ああ、ね……?」
「た・の・ん・だ・か・ら・な……!」
それだけ言って風無の横も通り抜けた俺は、八坂から逃げるように自分の部屋に戻り、十分ぶりの自室の空気を大きく吸い込んだ。
「くはは……」
落ち着くと、自然と笑いがこみ上げてくる。
俺を悩ませていた種は、今日風無が八坂に告白の返事を伝えることで全て解決するだろう。
あとは俺が寝ていたって自然と風無がやってくれるんだから……。
こんなにいい気分はない……!
「勝った……!」
俺の完全勝利だ……!
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