第6話 開けちゃダメだ
「っはーっ……今日はめちゃくちゃやったなぁ。さすがにこの辺で終わるかー」
午前三時頃。
久しぶりに休憩もなく12時間ほど配信し続けた俺は、何故か俺より疲れた様子でコメントする視聴者達に別れを告げて配信を切った。
「じゃ。また明日な~」
始めた頃はこんな時間に生放送見る奴なんていないだろと思ってたけど、案外深夜放送という需要があるのか、見てくれる視聴者は多い。
最近は精神的に調子が悪かったせいでこの時間までできなかったけど。
これからは毎日元気にこの時間まで配信するか。新しい目標だ。
そんなことを考えながら、俺はもそもそ動いて布団の中に移動する。
八坂の行動に悩まされてた頃は布団の中ですら八坂の声が頭の中に流れてたけど、今はそれすらも懐かしい。
もう俺は一生悩まなくていいんだ……俺は一生この部屋で誰にも脅かされずに生きていくんだ……。
そう考えているうちに、その日はいつの間にか眠りに落ちていた。
◇◆◇◆◇
「いい朝だなぁ」
午後三時頃。
カーテンを開けると、外からの光が俺の目を刺す。
映画のワンシーンのような素敵な一幕だった。
「さて、と……」
今日は少し遅めに起きちまったし、飯食ったらすぐに配信するか。
待ってるかもしれない視聴者のために朝は軽くパンで済ませよう。
ニートの皆も今頃朝食を食ってる頃だろうな。世界との繋がりを感じる。
「ふんふん……」
近くにあったパンを片手に、スマホを持ってネットを眺める優雅な朝食。
ブラウザを開いてくだらないニュースに一通り目を通したところで丁度満腹になる。頭に残ったニュースの情報はゼロ。
なんだろうな……このくだらなさと時間の無駄使い具合。
ようやく元の日常を取り戻したって感じがするな。最高の引きこもり生活だ。
最後に、他のVtuberのツイートをパッと見て配信を始めようかとTwitterを開く。
「……ん」
ただ、そこでは良からぬものが目に入ってしまった。
画面の上の方に見えたのは、たった今帰宅し始めたらしい八坂のツイート。
そういえば、DM送る時にフォローしたんだっけか。
ちなみに、そのツイートの内容は『恐らく闇也先輩が起きたであろう時間なのでおはようございますと言っておきます』というもの。
「うーん」
普通なら相当な恐怖を感じる内容だけど、慣れたせいか全く何の感情も起きないな。
しいて言うなら、昨日風無から話を聞いたはずの八坂が、未だにこういうツイートをしてることには違和感はあるけど……。
「……ま、このキャラは急に変えられないか」
いきなり俺のファンってキャラじゃなくなったら「どうしたの?」って感想が返ってくるだろうし。
そこはまあ、仕方ないだろう。
八坂も渋々やってるんだろうから、理解はしてやることにする。
俺への熱が冷めたら、徐々に変身が解けて普通の女子高生に戻っていくだろうし。
「さーてと……」
今日も配信始めるかぁ。
最近新しいゲーム始める余裕もなかったし、せっかくだからなんかゲーム探してもいいけど、今から探すと時間掛かるしな。
ああ、どうせなら配信付けてやってほしいゲームないか視聴者に聞いて――
【ピンポーンピンポーンピンポーン】
「……んぁ?」
その時、唐突に家のインターホンが聞いたことのあるリズムで鳴った。
何か頼んだっけか。
いや、今日は何もなかった気がする。というか今の鳴り方は――
「……風無だよな」
また配信できなくなって、ノートPC抱えて外に立ってるんだろうな。
何の連絡もなくってことは、相当急いでるに違いない。
もう少しで配信の予定時間なのにできなくなったとか、そういうやつだ。
仕方ない、開けてやろう。
【ピンポーンピンポーンピンポーン】
俺が玄関に向かう最中も同じリズムでチャイムが鳴る。
「……風無だよな?」
口には出したけど、別に疑ってるわけじゃない。
この状況で訪ねてくる相手はもう、風無しかいないはずだからだ。
誰が来たか確認する必要もなく、中に入れてやっていいはずなんだ。
なにを不安になってるんだか、俺は。
「今、開けるぞ――」
【ピンポーンピンポーンピンポーン】
「開けるって……」
何故か高鳴る鼓動。
背中から吹き出る汗。
『開けちゃダメだ』と囁く心の声。
それらを無視しながら、玄関の扉へ歩みを進めた俺に聞こえてきたのは――
「せんぱーいせんぱーいせんぱーいせんぱーいせんぱーいせんぱーい」
「ひぃっ……!」
ドタンッと思わず俺は尻もちをついた。
玄関の扉の向こうから聞こえてくるのは、間違いなく俺を追い詰めた悪魔の声。
なんでだ……? あいつは昨日風無が退治したはずじゃ……っ!
「せんぱーいせんぱーいせんぱーいせんぱーいせんぱーいせんぱーい」
「いやうるせぇな……」
ってか普通にめちゃくちゃ近所迷惑だなこいつ……。
近所迷惑過ぎて冷静になってきたわ……。
なんで八坂が――とも思ったけど、冷静に考えると、風無が退治したとしても、まだ八坂が俺と話したがるのは、まあ、あり得る話か……。
ひとまず俺は落ち着いて、扉は開けずにインターホンの前に移動した。
自分をフッた相手と、何を話したいのか俺には全くわからないけど。
『せんぱーいせんぱー――』
「……はいはい」
『先輩!』
うるせぇ! と言いたくなったけど、無駄な会話は八坂の餌になってしまうためグッと堪える。
「……用件は」
『用件がなかったら来ちゃダメなんですか?』
「ダメだろ」
用件ないのにチャイム鳴らしてたらただのイタズラだろ。
ダッシュしてないだけのピンポンダッシュだ。
「というか……お前」
『はい?』
「風無から……話なんか聞かなかったか」
『話ですか? ああ、聞きましたよ?』
「……聞いてそれか」
もしかすると、風無が裏切ったのかと思ったけど……話聞いてその態度なのかよ。
『あ、先輩。今日もこっち来ますか? お姉ちゃんがパソコン――』
「待て。用ないくせにいきなり話出すな」
『用はなくても話はしたいんです』
「だから……」
フラれた奴に言う台詞じゃないだろ、それ。
……もしかして、告白を断っても俺は八坂対策を練らなきゃいけないのか?
いや、違うよな? 今日の八坂はただ昨日あったことの確認をしにきただけとかで――
『好きな人と話したいのは当然じゃないでしょうか』
「…………その好きはどっちだ」
『え?』
「Vtuberとしての俺への好きだよな?」
わかりきったことだと思いつつも、念のため聞いてみる。
――しかし、八坂の答えは、
『いいえ、今話してる先輩への好きです』
「…………」
いや、それ……何も変わってなくね?
そう言われて告白されて、俺は断ったはずなのに、八坂は何も変わってなくね?
そして何も変わっていないどころか――さらに八坂の状況は悪化していて、
『もうこの世に存在する先輩の全てが好きです。けだるげなのに芯の通った声もすらっとした体に鋭い目がついたルックスも全人類を見下すような生き方も何気にどんなゲームもこなす手先の器用さも見た人全員を無意識に魅了する天才的な配信スキルも――』
ブツッ、と音が鳴った後、八坂の声が途切れた。
途切れたというか、俺が切った。
これ以上絶望を味わいたくはなかった。
どんなに死に戻りを繰り返しても正解ルートがなかった時の主人公みたいな気持ちはもう懲り懲りだった。
「あぁ…………」
頭の中を走馬灯のようなものが流れる。
元々暗かった幼稚園時代、周りに合わせて遊んでた小学校時代、明らかに孤立し始めた中学校時代、なんやかんやあった高校時代、まさに天国だと思った一人暮らしを始めてからの日々――そして最後に頭の中を埋める、特大サイズの八坂の顔。
「なんで顔だけは可愛いんだよこの化け物……」
せめてブサイクであってくれ――そんな無意味な願いは、どこにも届くことはなかった。
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