第19話 僕の中のカプ厨が
『いや……さらに腕を上げたねぇ、闇也君』
「牛さんこそ相変わらず上手いじゃないですか、配信すればいいのに」
Vtuber事務所っていうのはコラボも多いから横の繋がりが強くて、同じ事務所の所属Vtuberは皆仲良しというイメージを持たれてる節があるけど、そのイメージは『じゃあ闇也は?』の一言で壊すことができる。
それくらい俺の交友関係は狭いし、マジで他のVtuberの配信もほとんど見てない。
同じ事務所のVtuberのネタをコメント欄で言われても気づかないし、何なら名前を言われても気づかない。だから触れない。
ただ、百人以上所属していればその中には、完全に関わりを拒絶している俺にも向こうから優しくしてくれる聖人のような人もいるわけで。
今ゲーム内ボイスチャットで話してる牛さんは、まだド新人だった頃の俺に配信の仕方を教えてくれた恩人だったりする。
『いやいや僕なんか、闇也君と比べたら見せるようなものじゃないさ……』
「どうせ牛さんより上手い人なんてリスナーには一割もいませんよ、配信すればいいのに」
牛さん――
決して牛の格好をした人間のVtuberではなく、牛のVtuber。品種はホルスタイン。
元々俺と同じような一日中ゲーム配信するスタイルで活動してたらしいんだけど、よく指示が溢れ返るコメント欄に心をやられてどんどん配信頻度が落ちていき、今は月一くらいで登場する幻の存在になってる。
最近はしばらく顔を出してないから出荷されたんじゃないかと心配されてた。
『いやね……闇也君』
「はい」
『配信で大事なのは上手さじゃなく……指示できる隙を与えないかどうかなんだ』
「……そうなんですか」
実感がこもりすぎてて俺からは下手なことが言えない。
ただ、こんなになるまで弱ってしまった牛さんだけど、配信はしないだけでVtuberに対する熱意は衰えていないらしく、最近は話すたびに「配信見てるよ」という話を引くほど詳しくしてくれる。
この前「配信する時間を減らしたら、配信を見る時間が増えたんだよね」と嬉しそうに語っていた。
『それに、今更僕が配信する必要もないさ……最近は女性Vtuberだけじゃなく男性Vtuberもちゃんと人気が出てる。特に、闇也君はこれからVスターの男性V代表になれるだろうしね』
「それ、牛さんが配信しない理由になります?」
『老兵は去るのみ……僕は隠居して一日中同僚達の配信を見る生活をするよ』
「若いでしょあなた」
俺とそんな歳変わらないでしょ。
配信歴もまだ一年くらいだし。
『若さは関係ないんだ。必要なのは勢いだよ……それで言うと、今闇也君の勢いに勝てるVtuberはほぼいないだろうしねぇ』
「はあ」
『初期から僕は目をつけてたんだ。それくらい闇也君の配信スタイルは際立っていたよ……ほぼ一人で喋り続けて一日中配信するんだから……しかも最近は八坂君との絡みという武器も……』
「武器じゃない武器じゃない」
呪いなんであれは。
『八坂君とはリアルでも仲が良いんだよね?』
「仲良くない仲良くない」
コラボはしたけど仲は良くない。
最近はコラボのせいで、「裏では仲が良い」を超えて「もう付き合ってるらしい」とか「今婚姻届書いてるらしい」とか好き勝手言われてるけど全部嘘だ。
別にリアルでの八坂との距離は変わってないし、関係もVtuberに関する師匠と弟子のままだ。
『でもネットで……』
「ネットの情報は全部デマ!」
騙されないで同僚なんだから! 嘘は嘘を見抜いて!
『え? ……ああ、そういう
「違う違う違う!」
別にそういう気の遣われ方がしたかったわけじゃないから!
「はぁ……八坂に関しては……マジでただ、向こうが俺のファンってだけですよ。あとは全部、派生した悪質な噂です」
『ああ……そうだったのか。いや、そうだよね。闇也君が師匠になってくれと言われてなるなんてって驚いてたけど……よくよく考えてみればならないか』
「……そうですよ」
その部分だけ本当だとは言いにくいから黙っておくけど。
『でも、八坂君のおかげで本当に勢いは増してるよ……闇也君がコラボって武器を手に入れたら鬼に金棒だ』
「手に入れたつもりはないんですけど……」
そもそも手に入れてなかったつもりもないし……。
別に、風無とはコラボしてたしな。
『ただ……そうだね……闇風派の僕としては少し寂しい気持ちも……』
「闇風派?」
『ああいや、何でもないよ』
「いや言いたいことはほとんど伝わってましたけど」
もうとぼけられる範囲は超えちゃってるけど。
え、なに。この人、自分の活動しない間に俺と風無のファンやってんの?
「え、牛さん俺と風無のコラボのファンだったりするんですか?」
『……闇風は本当にいいよ』
「開き直っちゃったよ」
語彙なくなるくらい心の底からいいと思ってる人の言い方じゃんそれ。
『人を信じない闇也君が風無君だけは信頼してるっていう信頼関係が……物凄くクるんだ』
「それ本人の前で言います?」
俺今どんな顔すればいいのかわからないんだけど。
『ああごめんよ……最近心までファンになっていていけないね』
「本当ですよ……配信もしてくださいよ」
『大丈夫大丈夫今度するよ……それはそうと、これは同じ事務所の人間としての質問なんだけど』
「なんですか?」
『闇也君と風無君が近所に住んでるって……本当かい?』
「ファンとしての質問じゃねーか」
同じ事務所だから知れた情報を使ってファンとして質問してるだけじゃねーか。
大体そんな個人情報をさ……。
『闇也君……YESかNOだけでいいんだ』
「必死過ぎるでしょ」
何この人。本当に俺の先輩? 八坂と同類?
『ああっ……いや、ごめんよ……この情報を知ってから、僕はより一層ただのファンになってしまってね……』
「じゃあ答えたくないんですけど」
答えたら俺の先輩がさらにただのファンに近づいちゃうんだろ。嫌だよ。
『それも仕方ないね……ただ、その言い方ということはNOではないようだね……』
「執念!」
諦めたように見せつつ全然諦められてない!
もう何なんだよ牛さん……こんな先輩じゃなかったのに……この人ちゃんと面白いVtuberだったのに……。
「いやもう……事務所行って俺のマネージャーとかに聞けばわかりますよ」
『一応聞いていいかい?』
「なんですか」
『二人が幼馴染という可能性は生きているのかな』
「生まれてすらないです」
なんだその可能性。どっから出てきた。もしかして牛さんが産んだのか?
「俺と風無はただの同期で……その後いろいろあって、近所に住んでるだけですよ。元々知り合いだったわけでもないんで」
『……ありがとう』
「何の感謝だ」
噛みしめるように言うな。
「大体今日、俺と八坂と風無の話しかしてないですけど。牛さんの最近の話はないんですか?」
『ないよ……活動してないからね』
「ああ、そうでしたね……」
すいません。別に責めたつもりじゃなかったんです。
『ただ、今ノリに乗ってる闇也の話を聞きたいのは当然のことさ……僕の知り合いも、闇也君達とコラボしたいって言ってるよ』
「えぇ……? いや……ありがたいですけど」
牛さんの知り合いって言ったら間違いなく先輩Vtuberだろうし。
牛さんがデビューした頃のVtuberはもう大物ばっかだし、ありがたいけど。
……でもコラボか。キツイな。
『風無君はよくコラボしてるけど……闇也君レベルになると誘う方も勇気がいるらしいからね』
「ああ……すいません」
誘いにくいオーラ出してて。
俺もコラボが嫌なわけじゃないんだけどさ。根本的に人が嫌いらしくてさ。
初対面の瞬間を想像するだけで冷や汗かくんだよ。
『だから……僕を挟んでコラボしようなんて言ってくる失礼な相手もいたんだけど』
「それはさすがに牛さんに失礼ですね」
『いや、チャンネル登録者数的に僕が挟まるのは失礼でね』
「そっちか」
いや確かに活動少ないせいでチャンネル登録者数は俺も抜かしちゃったけど。
面白いのになこの人。
『だから、もし闇也君がコラボとかにも興味があるなら……風無君に協力してもらって、風無君の知り合いから輪を繋げていくのも、いいだろうね』
「あー……」
闇風に一人追加して、ってことか。
いや、それでも気まずいけどな……まあ、二人が話繋げててくれる分楽なのか。
『そもそも……闇也君がコラボしたいのかわからないからあれだけど……ああ、それに、その場合風無君が……』
「……風無君が?」
『いや、風無君の知り合いとなると女の子だろうから……と思ってね』
「ああ、俺が困るって話ですか」
『いや……風無君が心配でね』
「……そっち?」
風無が知り合い連れてくるんだったら、風無は別に心配ないだろ。
『いや、風無君も乙女じゃないか……』
「乙女じゃないですよ」
ゲーム内で銃で人殺すのが得意な時点で乙女じゃない。ゲームオタクな上にVtuberオタクだし。機械音痴だし。
大体、今の話と乙女の何が関係あるのかわからないけど。
『……前から気になっていたんだけど』
「はい?」
『闇也君と風無君は……オフでもそんな感じなのかい?』
「そんな感じ? まあ、何も変わんないんじゃないですか」
良くも悪くも。俺と風無の配信スタイルがどっちも素って感じだし。
『……闇也君は風無君のことをどう思っているんだい?』
「同期のゲーム仲間ですかね」
『……Vtuberってことを抜かしたらどうなるんだい?』
「え、なんか近くに住んでる機械音痴って感じになるんじゃないですか」
知らんけど。Vtuberじゃなかったら機械音痴ってことも知らないか?
どういう質問なのかよくわからないな。
よくわからないけど、ボイスチャットの向こうで牛さんはわなわな震えてる気配がする。どうしたんだ。
『……じゃっ、じゃあ、闇也君は、もし風無君に彼氏がいるかなんて気にならな――……あぁ、ダメだ……ごめんよ……この先は職権乱用になってしまう』
「大丈夫ですか……?」
『いや、大丈夫だ……僕の中のカプ厨が……いや、何でもないよ。やっぱりダメだね……もうそろそろ配信しなきゃ、身も心もファンになってしまうよ……』
「はあ……」
そんな、悪の人格と戦ってるようなこと言われても困るけど……。
もしかしたら病んでるのかもしれないし、今度、真面目に相談聞いてあげた方がいいのかなぁ。
『じゃあ……時間があればもう1マッチ行ってくれるかな、闇也君……配信のリハビリをすることにするよ』
「ああ、全然いいですよ」
それから、病んでしまったらしい牛さんの配信復帰を手伝うために一時間ほどFPSで遊んだ。
その時は、ファンの姿はどこかへやった牛さんは先輩らしい話しかしていなかったんだけど。
そうしてただゲームをやっている間も、何も考えずに聞いていた『風無』と『彼氏』という単語が、やけに頭の中に残っていた。
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