第二章
第9話 私も入っていいですか?
まだ新年の気分が抜けきらない一月上旬。
「ふぁあ……」
それは私が冬休み中、寒さに凍えながら布団の中でスマホを触ってる時のことでした。
「……Vtuber」
姉から聞かされて名前だけは聞いたことのあった存在を最初に見たのは、その時たまたまYoutubeアプリのホーム画面に現れた生放送を見た時です。
初配信とか、Vスターとか、タイトルに並べられた言葉の意味もわからず開いた配信の中では、自称人見知りで引きこもりだというVtuberの人が喋っていました。
その見た目は紫髪のアニメキャラなのに、喋っているのは明らかに演技中の声優じゃなく、素の一般人で。
『あー……喋り慣れてる? 喋り慣れてねーよ。慣れてるとしたら独り言で鍛えられてたんだろ。……あ、今独り言を馬鹿にした奴はもれなく殺す。喋る相手がいない奴の気持ちがお前らにわかるか?』
気だるげに、だけど言うことはブレずに軽妙なトークを続ける様を見て、生放送のチャット欄は私の気持ちと同じように盛り上がっていて。
その生放送を見た時に、初めて、私は――。
◇◆◇◆◇
『がーっ! 今の! 今の私が当ててれば倒せてましたよ!? 今の……今のおおおおっ!』
俺の弟子こと八坂すみれがデビューしてから一週間ほどが経った。
本当は弟子だなんて呼びたくないんだけど、一応八坂とはそういう約束になっていて、それは今も継続してる。
『私の弱いところが出ましたよ……え、初心者にしては上手い? ダメですよそんな気持ちじゃ! 闇也先輩ならあそこから一人で全員倒して勝ってましたからね』
「さすがに倒せねーよ……」
と言っても、俺が師匠っぽいことをしてるかというと当然していなくて、俺が何も言わなくても、精力的に活動してる八坂は順調に人気を伸ばしてるところだった。
見せかけだけの師匠としては楽で結構。
直接的な迷惑行為も減ったし、一応俺と八坂の約束は良い方向に働いた、と言っていいと思うんだけど。
『直接教えてもらえば?』『闇也と二人でやれば上達するんじゃね』『コラボしよう』
「…………やらねーんだって」
コメント欄を見て呟く俺。
八坂の注目度も高まり始めたこの数日。
日に日に俺と八坂のコラボを求める勢力が強まっているところだけが、今の俺の悩みだった。
「はーぁ……」
自分の配信を終えた後、俺はため息を吐きながらパソコンを眺めた。
元々俺はエゴサーチなんてしない人間だったんだけど、最近はよくするようになってしまった。
その理由は言うまでもなく、
「くっ……八坂め……」
隣の部屋のモンスターだ。
いや、今はモンスターじゃなくて弟子なんだっけか。どっちでもいいけど。
「『闇也、表ではあんなんだけど裏では八坂ちゃんに優しくしてるのかと思うと推せる』……? 優しいわけねーだろ!」
俺に表も裏もあるわけねーだろ! 表の状態しか見せずに一日中配信できるかよ!
「はぁ……」
いや、一人で暴れても隣の部屋の風無から『今暴れてる?』ってメッセージが来るだけだからやめておこう。
「……変なイメージついてんだよなぁ」
八坂が現れてから。
俺は表では八坂に触れないし無視してるようにも見えるけど、裏では八坂にとっても優しいんですよ、みたいな。
優しいわけねーだろついこの間までちゃんとリアルでも避けてたわ。
「……とか言えたら楽なんだけど」
そう口にすると、結局八坂に俺が関わることになるという罠。
もしここまで考えて八坂が「師匠」なんて口走ったんだとしたら策士だと認めざるを得ない。
この変なイメージのせいで最近は、闇也と八坂がコラボするのも時間の問題! 八坂の放送に闇也がサプライズ登場するかも!? と妙な期待だけが膨らんでる。
別に何の予定もないから触れてないだけだしサプライズも何もないってのに。
当の八坂は、自分が何したか特にわかってないみたいだし。
普通に弟子としてよくやってると思ってるみたいだし。
手に負えない。
別に俺は、無視し続けることしかできないし、これ以上八坂が口走らなければいいんだけどさ……。
それで皆の期待が収まるのを待つしかない。
「……ふぅ」
という結論に至って、俺は無意味なエゴサーチじゃやめて配信でもしようかと思ったんだけど。
「……あいつ、今日もしてたのか」
エゴサーチに何故か引っかかった八坂のチャンネルを見ると、一時間くらい前からやっていたらしい八坂の放送が、丁度今終わるところだった。
『今日もありがとうございました! 次の配信までには達人級に上手くなっておきます! 楽しみにしておいてください! おやすみなさい!』
やたら勢いよく終了した配信の概要欄を見ると『闇也先輩並にFPSが上手くなる配信です』と書いてあった。
「良い方向に行ってんだか、迷ってんだか……」
俺を師匠にしてから、露骨に俺を目指すような配信が増えた気がする。
それでウケてるからいいんだろうけど、八坂の場合俺とは違って雑談するだけの配信とかこの前のホラーゲームやった配信も人気あったんだから、俺と同じようなやり方にこだわる必要ないと思うんだけど。
……っていうのを、師匠なら弟子に伝えるべきなんだろうけどな?
でも残念ながら俺、弟子とあんまり話したくないしな。
未だに八坂との会話もゲームのボイスチャットがメインだし。
まあ、もし向こうから聞かれたら答えてやろう。
そんなことを考えながら、配信のコメント欄を眺めながらボーッとしていると。
「……ん?」
スマホの方に、風無から着信が来ていた。
タイミング的に八坂の配信の感想でも語る気か? そこまでシスコンだったか。
「もしもし……」
『あ、今いい?』
「まあいいんじゃね」
配信してない時の俺はただの暇人だし。
やってることもかなり暇人のそれだった。
『配信しようと思ったらできなくて』
「あぁ…………え。今?」
『うん』
「八坂が配信してただろ」
『私がしようと思ったらおかしくなったんだって』
「何したんだ?」
『何もしてない』
「なら仕方ないかぁ」
何もしてないならさっきまで配信してたパソコンが急に配信できなくなってもしょうがないな。
風無の機械音痴に関しては俺はかなり甘い。そういう個性だと思ってる。
「じゃ、今持ってくれば」
『うん。ありがと。あ、闇也は――……ん!? ちょっとッ!? いや何も――!』
「……………え?」
なに。今の。
「……え、大丈夫か?」
『いやっ……大丈夫っ……ちょちょちょ、ちょっと待ってて!』
「えっ」
そこで、風無から通話が切られた。
自然と、部屋の中の武器になりそうな物に向かう俺の視線。
え、これ行かなくていいの? 俺。
あんな通話されて俺ちょっと待ってるだけでいいの? 本当に?
ホラー映画で一番最初に死ぬ奴並にやってることが悠長な気がするんだけど。
ただ、電話の向こうで大丈夫と言っていた風無を信じて、何もせずに玄関の前で待っていると。
【ピンポーン】
「開いてるー」
数分後。一応、見たところ何ともなさそうな風無がノートパソコンを抱えて部屋を訪ねてきた。
「何だったんだ? さっきの」
「いやうんちょっといろいろあって……ごめん」
「別に謝らなくてもいいけど」
俺は何も被害受けてないし――と、俺は謝る意味もわからないまま風無を部屋に入れた。
……しかし、申し訳無さそうな顔をした風無の後ろには、もう一人の人間が隠れていて。
「――先輩! 私も入っていいですか?」
「…………」
「……ごめん」
風無の通話を盗み聞きしてついてきたのか、元気に登場した八坂を見て。
俺は迷うことなく扉を閉めたのだった。
「先輩!?」
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