第10話 お姉ちゃんが好きだからですか?

「お邪魔します!」


 風無が壊れたパソコンを持ってきたと思ったら、後ろにストーカーがくっついていたという事件が起こってから数分後。


 どうやっても入ることを諦めなさそうな八坂とできるだけ交渉した後、俺は渋々何もしないことを条件に八坂が部屋に入ることを認めた。


 ……なんか、日に日に侵食されていってる気がするんだよな。


「何もするなよ」

「大人しく座ってます」

「座りもするな」

「立ちっぱなしですか!?」


 座ったら床に何か小細工しそうだからな。

 まあ、さすがに立ちっぱなしを強いることはないけど、収納とかテーブルには近づけたくない。


 俺の中の八坂はこういう時テンションマックスで家の中を漁る。


「……じゃ、俺はパソコン見るけど。充電はあるのか?」

「うん」

「偉いな」

「私のことなんだと思ってる?」


 それはとうと、今日風無達が来たことに八坂は関係ないから、俺はすぐにパソコンの前に座る。


 同時に部屋に入ってきた八坂は、意外にも端で大人しくしていた。


「ああ、そこら辺なら座っていい」

「あ、はい」


 一応、本当に立ちっぱなしでいようとしていたらしい八坂にはそう言っておく。


 何かするかもしれないけど、今はパソコンが先だ。


「で? 何ができないって?」

「ちょっと待って」


 そこで隣に座ってきた風無は、自分でパソコンを操作して、配信用の録画ソフトをクリックする。


「ほら! 起動しないんだけど。おかしくない?」

「うん」


 でも口で説明できたよね今の。


「じゃ、これが原因で配信できないってことでいいんだな」

「多分」

「怪しい口ぶりだな」


 まだ何か隠してるんじゃねーの。


 ただ、とりあえずパソコンが持ち込まれた原因はわかったから復旧工事に取り掛かる。


 この程度なら風無のパソコンにはよくあることだ。


「……あ!」

「? ……どうした」

「それクリックしてみてよ」

「……これがどうした?」

「あ、そっか。ソフト自体開かないんだ」

「うん……」


 ねーこの隣の機械音痴の人邪魔なんだけど~。


 なんでこの人機械音痴なのに隣から俺の作業見たがるの?


 見てるはずなのに同じ原因でパソコン壊れたって言ってくるし。


「……ふーん、再起動するんだ」

「まるで再起動したことないみたいな言い草だな」

「電源ボタン押すのと何が違うの?」

「だいぶ違うだろうよ」


 せめてシャットダウンって言ってくれよ。


 いや、まさかこいつ電源切る時ぶちって切ってるのか……? いや、まさかな……。


「ふーん……直りそう?」

「すぐ直る可能性が50%、10分くらい掛かる可能性が50%」


 何にしろ、どう見ても深刻な問題じゃないからすぐ配信はできるだろうよ。


 ただ、風無の場合、配信準備まで完璧にしといてやらないと安心できないからその分時間は掛かる。


 客観的に見て俺マジで便利なサポートセンターだな。給料欲しい。


「ま、一時間後くらいから配信しますって言っとけば絶対間に合うんじゃね」

「そっか」


 そう言って、風無は隣で座ったままスマホをぽちぽち触って文章を打ち込んでいる。


 俺より圧倒的にちゃんとしてるはずなのにこういう時は幼児に見えるから不思議。


 まあ、余計なことを考えてないで、今俺は直すことに集中して――


「…………っ?」


 ……なんだ? 今の気配は。

 何か重大な問題に忍び寄られているような。怪しい予感みたいなものがした。


 ……今、俺は風無のパソコンを直すのが目的なはずだ。

 それで間違いない。

 風無も隣にいる。


 何も問題ない。

 そのはずなのに、まるで何か忘れているような――


「あっ」


 そういえば今、八坂も部屋にいるんだっけ。


 それを思い出して久しぶりに八坂のいた方を見ると、八坂は数分前の全く変わらない体育座りの体勢で俺達の方を黙って見ていた。


 ……なにあれ。座敷わらし?


「………………る」

「……八坂?」


 予想外に大人しくしていた八坂は、俺と目が合うと小さく口を動かした。


「……どうした?」

「イ…………る」

「……聞こえないけど」

「イ…………チャ……てる」


 そこで、様子のおかしい八坂の声に俺が耳を傾けると、八坂は唐突に立ち上がって。


「先輩とお姉ちゃんがイチャイチャしてるうううううう!」

「……は?」

「はっ!?」


 八坂が大きな声を上げると、隣の風無も顔を上げて八坂の方を見た。


 ……いや、なに言ってんだ? こいつ。


「いや……そんな大声で叫ぶようなこと……」

「なんでずっと二人はくっついてるんですか!? お姉ちゃんなら! お姉ちゃんならいいんですか!?」

「いやこれは風無が勝手に来ただけだし」

「はっ? いや……パソコンの画面見えないから、仕方ないでしょ」

「そもそも見ても何もわからないお姉ちゃんが画面を見る必要はあるんですか?」

「それはないな」

「闇也!?」


 だってないんだもん。


 作業中もずっとこの人なんでいるんだろうって思ってたし。


「酷いです! 差別です! これは明らかな姉妹差別じゃないですか!?」

「なんだ姉妹差別って」


 お前らの親かよ俺は。


「いや……別に風無がいる必要はないから、八坂が風無連れてけばいいんじゃね」


 近さが不公平だって話なら、好きにすればいいし。


 そこで、そう提案した俺は、とりあえず風無が離れれば解決する程度の話だと勝手に思っていたんだけど。


「いえ、そういう問題じゃなく!」

「……んぇ?」

「そもそも、闇也先輩は私とお姉ちゃんに対する態度が違いすぎると思うんですよ!」

「いやすみれ……それは……」


 さすがにこの先は危険だと察したのか、風無が立ち上がって八坂の方へ歩いていく。


 そんなことを言い出したら……ねぇ? 人類全体の差の話まで説明しなくちゃいけないかもしれないし。


「私と闇也は元々同期だったから……」

「お姉ちゃんは黙ってて!」

「えっ」


 無下に扱われた風無が一気に暗黒のオーラを纏う。

 可哀想。シスコンなのに。


「闇也先輩は師匠にはなってくれましたけど、未だに私とは関わらないですしコラボもしてくれないじゃないですか!」

「だから……それは俺が人見知りなのもあるし……異性と関わるっていうところにリスクが――」

「前から思ってましたけど、ならなんでお姉ちゃんとは毎週何日も一緒に放送するんですか!?」

「…………」


 何か言おうと思ったけど、何を言っても墓穴を掘ることになりそうだったからやめた。

 いや、風無はさ……だってさ……。


「まだ私に足りない部分があるからですか? それともお姉ちゃんが好きだからですか? 納得できないので教えて下さい!」

「…………いやまあそれは……別に、風無が好きだからとかは……」

「先輩、Vtuberに関してだったら師匠になってくれるって言ったじゃないですか! ならコラボできないのは私の力不足だってちゃんと言ってくださいよ!」

「い、いや……そうは……」

「何も言えないってことはやっぱりお姉ちゃんと私の間に差があるってことですよね?」

「お前俺が人と直接話すの苦手だってこと忘れてないか?」


 どもってる奴に「何も言えないってことは」って言うのは強過ぎるから禁止にしないか?


「いや、いいんです……私も薄々気づいてましたから。闇也先輩と話せるようになったのに私がお姉ちゃんみたいにコラボできないのは、私の実力不足だって」

「い、いやそうでもないかもしれないし、待てよ、そんな思い詰めること――」

「じゃあコラボしてくれますか!?」

「えっ」


 それはちょっと、あの。

 何も言えないんだけど。


「……わかりました」


 流石に一音は出そうかと口を動かすものの、ドとレとミ以外の何の音も出ない俺。


 その反応を見た八坂は静かに立ち上がり。


「私は絶対、お姉ちゃんを超えて戻ってきます」


 そう謎の宣言をして玄関の方へ歩いていき、一人で部屋を出て行こうとする。


「……いや何の――」


「――お姉ちゃんの機械音痴ー!」


「ぐふっ……」


 そして最後に何故か、俺じゃなく風無の悪口を言って去っていった八坂によって、風無はその場に倒れた。


「……どうしたんだあいつ」


 風無を超えてくる、とか言ってたけど。

 そんなに熱くなるほど、俺にコラボしてほしかったのか……?


「…………うぅ」

「…………」


 ……あと、風無って機械音痴って言われたら傷つくんだ。

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