第11話 ファンと恋は違うだろ

「……最近、嫌なことでもあったのか? あいつは」


 八坂が一人で部屋に帰っていった後。

 俺は妹に嫌われて屍のようになった風無に向かって話しかけた。


「……うぐ、さあね……まあ、コラボしたいとは言ってたけど」

「ふーん……」


 俺が師匠もどきになってから一週間。


 八坂は一人で放送して上手くやってると思ってたんだけど。


 心の中では、俺の方から一緒にコラボしようぜって言ってくるのを待ってたのか。


 ……それは、人見知りに期待することじゃないんだよな。


「はぁあ……なんでコラボしてあげないの。可哀想」

「すぐ妹側に付くな」


 たった今嫌われたくせに。


「だって……ネット越しなら話せるんでしょ? もう、わりと仲良くなったんだから、意地張らなくてもいいのに」

「意地じゃない……関わるリスクがあるだろって」

「私のことはわりと最近闇也の方から誘ってこない?」

「…………」


 ……コラボする相手が風無以外いないんだよ。


 もう、一回関わった相手は仕方ないから、風無とはコラボしてるだけだ。

 それだけだ。本当に。


「本当に?」

「心の中を読むな」


 なに? 妹が関わると超能力使えるの? この人。


「大体、闇也ってわりとコラボしたい人でしょ」

「はぁ? 何言ってんだそんなわけあるか俺は一人でいるのが一番好きなんだよ。コラボしろって視聴者がうるさいから時々コラボもしようかなってなるだけだよ」

「ふーん」


 なんだその目は。

 本当だよ。俺はコラボなんて大嫌いだ。


「その割には闇也って好きなVtuber聞かれたらコラボ好きな人あげるよね」

「……見る側だと面白いってだけだ」


 やめろ。そのどんどん犯人追い詰めてる探偵の顔で俺を見るの。


「じゃあ、私の立ち位置にすみれがいたらすみれとは一緒に配信してたんだ」

「……それは知らないけど」


 八坂と同期なんて全く想像できないし。

 その場合、あいつは俺のファンじゃないんだろうし。わからん。


 ……ただ、


「まあ、八坂より風無の方が信用できるのはあるだろうな」

「……えっ、どういう意味?」

「風無より八坂の方が罪を犯す確率が高そうだ」

「そういう意味!?」


 実際、八坂はストーカーまがいのことをした実績があるし。


「風無はまあ、多分このままつるんでても炎上しなさそうな雰囲気があるし。ただ、八坂はテンションに任せて炎上するようなことしそうだから信用できない」


 結局、人と関わる時点で、そいつが何かしたら俺も疑われたり、燃えたりするってリスクはある。


 ただ、誰ともコラボしないと文句を言われるから、そのリスクがなるべく低い相手と関わってるってだけだ。


「ふーん……」

「納得してなさそうだな」

「いや、私達は、どちらかって言うとすみれの方がしっかりしてるって言われてきたから、意外だっただけ」

「……マジで?」


 どういう大人にそんなこと言われて育ってきたんだ?


 どう見ても八坂の方がヤバい奴だろうに。


「じゃあ要は、別にしてもいいけど、信用できないからしないってことね」

「まあ、そうだな」


 大体、あいつは欲張り過ぎなんだよ。

 そもそも俺が信用できる人間なんてこの世に0.1%もいない。


 師匠だの弟子だの言う相手だって、家にあげる相手だって俺からしたらかなり近い間柄なのに。あいつの距離感覚は狂ってる。


 ……ま、こう言ったら、俺がおかしいと言われるんだろうけど。


「忘れられてきてるから言っておくと、俺は人間関係が嫌いだ。人見知りだ。引きこもりだ。だから、それを踏まえるよう言っておいてくれ」

「私、さっき嫌われたところなんだけど」

「知らない」


 どうせ同じ部屋に帰るんだから話くらいはできるだろ。大丈夫大丈夫。


 そこで、俺が直してやった上で配信準備をしてやってるパソコンを覗き込んできた風無は、不思議そうに俺の顔を見て。


「……闇也ってさ」

「ん」

「結構優しいのに、なんでそんなに人嫌いなの?」

「結構優しいと人嫌いは関係ないだろ」


 その褒め言葉はちょっと嬉しいから受け取っておくとして。


 ……ただ、風無の質問はデリカシーがないとしか言いようがない。


「ちなみに、その質問は太った人に『なんで太ったんですか?』って聞くようなもんだからな」

「ごめん、気になったから」

「……別にいいけど」


 風無は素でわからないんだろうし。

 俺もコミュ力がある奴の気持ちはわからない。


「理由とかあるのかなって」

「いやまだ聞く?」

「私の前だと話せる闇也しか見ないから気になっちゃって」

「まあ配信でも普通に話せるしな……」


 誰にでも同じ感じで話せる奴は、そういう種族がいるのが不思議か。


 まあ、理由を聞かれたところで……俺がこうなった理由なんて、誰かに話すことでもないけど。


「というか」

「話変えるつもり?」

「当たり前だろ」


 この話ししても俺楽しくないもん。


「俺からしたら、八坂の生態の方がよっぽど気になるし謎なんだけど」

「そう? 闇也のことが好きってだけでしょ」

「それが不思議なんだよ。なんで好きになるんだよ」

「ファンだからでしょ?」

「ファンと恋は違うだろ」


 たまに同じ奴もいるけど。


 でも、八坂の場合バリバリの現役女子高生で、しかも顔だって良い。

 告白されたこともあるだろうし、学校の方で好きなだけ青春できるだろうに。


 若干うるさいところはあるけど、ああいう女子が好きな男子もいるだろうしさ。


 そんな奴がなんで、声しか知らない状態でゴリゴリに俺のことを好きになって、会ったら会ったでストーカーにまでなっちゃったのかがわからない。


「もしかして学校で友達いないのか? 八坂」

「いや……さすがにいると思うけど。違う高校だったから、高校の様子はわからないけど」

「中学とかは?」


 八坂と風無だと一学年違うだけだから、高校に入る前までは八坂のことも見てるはずだけど。


「……さあ? 友達はいたんじゃない?」

「風無……それでもシスコンか……?」

「いや! 私はシスコンっていうか一人暮らし始めたらすみれが恋しくなっただけだからっ」

「ああ」


 後天的シスコンだったのか。


「それに、すみれは真面目だったし」

「……ほぇー」

「何その信じてなさそうな音」

「いや、そうなんだって思っただけ」


 身内から見たら八坂もそう見えるんだなって。補正が入るんだろうね。


 まあ、ここで八坂について話してたところで、八坂の怒りが収まるとは思えないけど。

 そこはまあ、同居人に全部丸投げしておこう。


「じゃ……配信は確実にできるようにしといたから、後は喧嘩中の妹がいる部屋に戻って好きに配信すれば」

「あー……ありがと。……できればこの部屋で配信したいんだけど――」

「それはそれで八坂がさらに怒るだろうな」

「あ、じゃ、帰るから……」

「ん。じゃあな」


 そう言って、ノートパソコンを抱えた風無はとぼとぼ部屋を出ていった。

 その寂しい背中を見ながら、俺も自分の配信準備に取り掛かる。


 ――この時、なんだかんだで八坂もそこまで本気じゃないだろうと思っていた俺は、まさかこの後あんなことになるなんて想像もしていなかった。

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