エピローグ

「俺は人を救いたい」

 窓から差す朝日で、タケキは目を覚ました。

 隣で寝ていたはずのホトミの姿はなく、僅かな匂いと温もりだけが残っている。


「タケ君、そろそろ起きてー。朝ごはんできてるよー」


 髪をひとつに括り、エプロンを身に着けたホトミが顔を覗かせた。七分袖から見える腕には、未だ点々とした傷痕が残っていた。


「ああ」


 ホトミに従い、ベッドから這い出る。

 王都での反乱から約一ヶ月、タケキ達の生活は落ち着きを取り戻しつつあった。


 タケキ達はカムイを解放した直後、モウヤ共和国の正規軍に拘束された。 事が終わるのを待っていたかのように鮮やかな手並みだった。

 抵抗する力など残されてはいなかった。怪我人二人はすぐに仮設病院で治療を受け、無傷に近いタケキはモウヤ本国へ移送された。

 今回の事件に関わる重要参考人として、軍事法廷に立たされるらしい。


「サガミさん、あなたは義勇の人です」


 勾留中に名ばかりの弁護官から聞かされた言葉には、思わず苦笑してしまった。

 ヤクバル中佐は、本国に無断でスピリッツを軍事転用し謀反を企てた極悪人という扱いになっていた。

 中佐の計画を察知したクレイ国王は、秘密裏に義勇軍を組織したそうだ。タケキは果敢にも反逆者を討ち取った英雄だと説明された。

 王都の人々や軍人の多くが洗脳状態にあったというのが証拠のひとつらしい。

 十二年ぶりにされる英雄扱いは、あの時と同じで道化になったような気分だった。


 あの愛国心の塊が、反乱など起こすはずがない。事を丸く収めるために、愛する祖国から捨て駒にされたのだろう。

 レイジ達がここまで見越して事を進めていたとか思うと、最早呆れるしかなかった。

 死人に口なしとはいうが、あまりにも哀れな結末だ。彼の本心を知る者は、タケキだけになってしまったのかもしれない。

 法廷にはハクジやレイジの姿もあった。二人とは言葉を交わさなかったが、憑き物が落ちたように穏やかな表情だった。

 茶番と呼ぶしかない裁判が終わった後も、タケキが自由になることはなかった。

 英雄には英雄の役割があるらしい。


 タケキに言い渡されたのは、密偵のような仕事の命令だった。

 今後、カムイに関係する事件が起きた際は、事が大きくなる前に処理せよとのお達しだ。

 与えられた大仰な名称は《特殊対応班》だそうだ。

 ホトミを人質に取られているような状況では、受け入れるしかなかった。それに、それはカムイに関わってしまった者の責任であるとも思えた。


 形ばかりの手続きを終え、解放されたのが一週間ほど前のことだ。

 その時、既にクレイ王国という国名は消滅していた。属国として扱われていた暫定政府は解体され、モウヤ共和国の正式な領土に変わっていたのだ。

 ただし、旧ナムイ市はクレイ自治区という名で部分的な独立が認められていた。

 旧王国貴族連中が、その財力とコネを最大限に使い勝ち取ったそうだ。


 タケキの住まいは自治区の片隅に充てがわれていた。

 そこで怪我が癒えつつあるホトミと再会し、共に暮らすようになった。

 療養中に特殊対応班に指名されたと、彼女はベッドの中で語った。

 そして、現在に至ることになる。


「タケ君、レイジ君達が来ちゃうよ」

「おう」


 タケキは茶碗に残った白米をかき込んだ。

 呼び鈴の電子音が鳴る。レイジ達が来たようだ。


「よう、ホトミ。結婚式はいつだ?」

「まだまだ先だよ」


 レイジの軽口と、ホトミの嬉しそうな応対が聞こえる。


「よお、タケキ」

「おう」


 以前と口調を変えないレイジに、タケキはぎこちなく答える。

 眼鏡はそのままに、髪を下ろし飾り気のないシャツを着ている。三日前にタケキが殴った頬は未だ腫れていた。


「こんにちはサガミさん」


 レイジの後ろには松葉杖をつくリョウビの姿もあった。相変わらず白衣を着ている。


「早速だが命令だ。明日にでも出発しろとのことだ」

「無茶苦茶ですね」


 レイジが持ってきた紙を広げる。

 五人はその命令書を覗き込んだ。


「北か」

「寒そうだねー」


 タケキの肩越しに命令書を見たリザが、体を震わせる仕草をする。


「いや、リザは関係ないだろ」

「ちょっと、リザちゃん近づきすぎ」


 その命令は特殊対応班にとっての初任務だ。

 気は引き締まるが気分は重くない。


「ねぇタケキ、カムイで何がしたい?」


 カムイで体を構成する少女がとりとめのない質問をする。


「俺は人を救いたい」


 タケキは本心からそう答えた。

 窓から見える空は、気持ちよく晴れ渡っていた。





【君の姿と、この掌の刃】 完

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君の姿と、この掌の刃 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho

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