「この掌の刃は」part.17(エピソード5 了)
タケキの前に浮かぶのは、紛れもなくリザ・バーストンだった。先程までの小さくなった姿とは打って変わり、出会った頃と同じ等身大の姿になっている。
ただ一点だけ、タケキの知るリザとは違っていた。
その姿は、カムイとして感じつつも肉眼で見ることができた。
以前にタケキと同調することで見せた半透明の姿ではなく、はっきりとその存在が目に映る。
「リザ?」
「うん、そうだよ」
呼びかけと疑問が同時に口から出る。リザは大きく頷いて応えた。
消え去ったはずの相手がいることに、タケキは困惑を隠せなかった。
「俺は、また失敗したのか?」
「違うよ。タケキは約束を守ってくれた」
「なら、なぜ?」
リザは宙に浮かんだまま近づき、タケキの唇に指を当てた。肌の質感と、人らしい体温が伝わってくる。
カムイで作られた体とは思えなかった。
「ちょっとズルをしました」
リザは舌を出し、片目を閉じて笑った。
彼女らしい仕草に、タケキは徐々に落ち着きを取り戻す。
「詳しい説明は後にするね。あれを止めるのを手伝ってほしいの」
「それはこっちの台詞だ」
リザはタケキの後ろに回り、肩に手を乗せる。意識を同調させるための、馴染んだ体勢だ。
上着越しに柔らかさと温かさを感じた。
「見える?」
「ああ、凄いな」
「でしょ」
巨大な掌が、光の柱を掴み取ろうとしている。感覚を共有して見えたものは、予想を遥かに超える大きさだった。
これは、タケキだけの力では断ち切れない。
「だから、二人でやろう」
「ああ」
タケキはリザからカムイが流れ込むのを感じた。
これまでとは比べ物にならない、光の柱を超える程の量と密度だ。
「あの人を憎まないでね」
「わかってるよ。俺達は同類だから」
タケキは右の掌に刃を形成しつつ、リザの言葉に応えた。
立場は違えども、同じなのだ。
カムイを利用しようとした者に、運命と人生を狂わされた存在だ。
タケキは、少年時代から人を殺すことを教え込まれた。
ハクジは、人とカムイを統べ王として振る舞うことを強制された。
それは二人だけではない。リザ、ホトミ、レイジ、カミガカリの戦友達、ヤクバル中佐でさえも同じなのだ。
憎むことなどできない。
「だが、放ってはおけない」
「そうだね」
このままカムイを掌握させてしまえば、自分達と同じような存在が生まれ続ける。
カムイとは、人の意思で行使して良いものではない。自然にあって、生き物の意思を優しく繋ぐものであるべきだ。
タケキは自身の矛盾を理解した上で、刃を振るおうとする。この哀しい連鎖は、自分で止めてみせるという確固たる決意と共に。
意思の掌は、光の柱に接触しつつあった。
リザによる支えを失い、カムイ自体は拡散しようとしている。それを押さえつけようとする掌との干渉で、カムイの嵐が巻き起こった。
数日前にリザの体が発生させたものと、ほぼ同じ光景だ。
自我までも飲み込まれそうな、カムイの奔流がタケキを包む。その荒れ狂う力に抗うように、右掌を強く握った。
刃の密度が上がり、空気が揺らぐ。
「俺の」
瞳を閉じ、小さく口の中で呟く。カムイに囚われはしない、支配もされない。そこにあるのは、自分の意思だけだ。
刃が淡く光を放つ。
そして、タケキは目を開いた。
「この掌の刃は」
真っ白に輝く刃を振り上げる。
伸ばした刃は、上空の掌へと届く長さとなった。
「運命を断ち切る!」
叫びと共に、タケキは刃を振り下ろした。
意思の掌を断ち切ると同時に、意思の持ち主とカムイとの繋がりも断ち切る。
これで彼は、カムイを司る王ではなくなる。タケキは恨まれ憎まれるだろう。だが、それでいいと思う。
自分にはホトミの存在であったように、生きていくには拠り所が必要だ。存分に憎んでくれ。
タケキは刃から掌を離した。
「ありがとう」
「それも、こっちの台詞だ」
開放されたカムイはゆっくりと拡散を始めた。集められた時とは正反対の穏やかさだ。
同じくして、リザも消えていくだろう。
「二度目の、お別れだね」
「ああ」
リザはタケキの正面に回り、視線を合わせた。
「ホトミ姉さんは幸せにできそう?」
「たぶん」
「なにそれ」
煮え切らない回答に、リザは微笑む。タケキは必死に考えるが、別れの言葉など出てこなかった。
「じゃあ、お別れの印に」
そう言ったリザが差し出した掌に、タケキは握手で応えた。温かく、柔らかい感触だった。
「ありがとう。さよなら」
浮かべる笑みとは裏腹に、カムイで作られた瞳から一筋の涙が流れ落ちた。それが合図だったように、リザの姿は消えた。
エピソード5 「この掌の刃は」 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます