「この掌の刃は」part.16
リザとカムイの繋がりは、精神と体の双方から断ち切った。彼女の力によって集められ収束されたカムイは、そのまま霧散する筈だった。
だが、それは未だに淡い光を放ちそびえ立っている。
「どういうことだ?」
「たぶん……王です……」
「そうか、これを狙っていたのか」
消え入りそうなリョウビの言葉は、タケキを納得させるには充分な一言だった。
リザによって集められたカムイが拡散しようとする瞬間を狙っていたのだ。他人の遺品をかすめ取ろうとは、随分と姑息なことをする。
王と呼ばれるのは、クレイ・ハクジ。
全てのカムイを掌握しようとしている男だ。
彼は平和利用のためという理由で、自分の意思をカムイに植え付けることを計画していた。
その大義名分は一見素晴らしい。だが、カムイによる支配を目論んでいるとも考えられる。
そこに倒れる骸が生前言っていたことと、結局は変わらない。
「タケ君」
「ああ、やるしかないか」
リザが消え去った今では、意思の糸はもう認知できなかった。
それでも、断ち切らねばならない。
カムイを軍事や支配に利用されないため、リザが自分の命と引き換えに成そうとしたことだ。
その遺志を無駄にはしたくない。
幸いにも、柱から溢れ出す濃密なカムイはそのままだ。刃を形成するには充分すぎる。
「ホトミ、盾で足場は作れるか? あの穴から外に出る」
「うん、それはいいけど。わかるの?」
リザの感覚を共有できない今、カムイを操ろうとする意思の糸を見つけることはできない。
つまりは、どこを断ち切るべきか不明確ということだ。
「いや、わからない」
「なら意味ないじゃない。確実に見つける方法を探した方が」
「方向の検討はつく。柱の頂点から振り下ろせば当たるさ」
「そんな無茶苦茶な……」
実際、タケキもホトミの意見に概ね同意だった。ただし、それは認めたくなかった。
恐らく時間は殆ど残されていないだろう。多少の無理をしてでも、すぐに動かなければならない。
「もう、いいよ。わかった。やろう」
「ありがとう、ホトミ」
タケキの勢いに折れたホトミは、足場となるように複数の盾を形成した。
カムイで強化した跳躍であれば、なんとか地表に出られる配置だ。
「ホトミ、戻ったらちゃんと言うけど、とりあえず今言えることを言っておくよ」
「急に、なに?」
「俺はお前のこと、女として見たい」
「え?」
一瞬の間のあと、ホトミは大声を出して笑った。
傷に響いたようでうずくまるが、笑いはとまらない。
「痛ったぁ……。それ、今言うかな。ばか。待ってるからいってらっしゃい」
「ああ」
タケキは盾を足場に何度か跳躍し、地表へと飛び出した。大穴の中心に立つ柱を避け、開口の縁に着地する。
治安維持局の周辺に配備されていた兵達は、見渡す限り一様に気を失っていた。中佐の意思から開放された際の、一事的な意識の混濁が原因だろう。
「始まっているな」
地表は風が大きく吹き荒れていた。カムイが移動を開始しつつある証明だ。
向かおうとしている方角は予想通り、ナムイ市のある南東だ。そこにはクレイ・ハクジがいる。
見上げて確認したところ、光の柱の先端は王都中心部に林立するビル群よりも少し高い位置にあった。
タケキは地下から上がってきた時と同様に跳躍した。今度の足場はビルの窓枠や露台だ。
何度か跳躍を繰り返し、ビルの屋上に到着する。
「さて、やるか」
糸を認識できないため、狙いは当てずっぽうでしかない。だめなら何度も試せばいい話だ。
タケキはカムイを行使し、最大限の長さで刃を形成した。
その時ふと、タケキの脳裏に少女の姿が浮かんだ。
美しく、強い少女だ。自慢の相棒でもある。
困難に直面した時、一番助けを借りたい相手を思い浮かべるのはよくある話だ。
これまでどれほど彼女に危機を救われたことだろう。
もういないのに、自分が殺したのに、いざとなったら助けが欲しいなど虫の良い話だ。
「――大丈夫」
タケキの耳によく知った声が届いた。
それはカムイを通しての声ではなく、大気の振動を鼓膜が捉えられる音としての声だった。
「タケキ、手伝って!」
声と共に、タケキの眼前にカムイが集まる。
カムイは光の柱と同等以上の密度で、人の形を作り出した。
長く艶やかな黒髪、意思の強さを感じるやや吊り気味の大きな目、通った鼻筋から続く桜色の唇。
子供と大人の隙間に在り、絶妙な均衡と危うさを体現しているように滑らかな身体の稜線、その少女は美しかった。
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