「この掌の刃は」part.15

 カムイの光の中、リザは自分の意識がまだ存在していることに気付いた。


『あれ……?』


 目下には、自分であったモノがふたつに分離して転がっていた。

 タケキは約束を果たしてくれたのだ。あんな無茶な願いを叶えてくれて、心から感謝している。

 では、消えて無くなるはずだった自分の意識は、なぜここに在るのだろうか。


『そっか、私、死にたくなかったんだ』


 リザの意識は、体に残っていた僅かな意思を取り込んでいた。それは、生存本能と呼んでしまえる程度の根源的な意思だった。


 十二年前、少年だったタケキに切り裂かれた時のことだ。

 自分の力を戦いに利用されることを恐れたリザは、死ぬことを選んだ。ただ殺されるだけではなく、カムイとの繋がりまで断ち切ってくれる相手を求めた。

 それが、タケキだった。ただ、当時の彼は自分の特性を曲解させられており、リザの体を切り裂くのみに終わってしまった。

 結局、リザとカムイは断ち切られず、自身を消すべきと判断した表層の意識だけが肉体と分離した。生きたいという本能的な部分が理性的な部分を排除したのだろう。

 残った体はカムイを集め、無理矢理に生命活動を永らえさせた。それはクレイ軍に回収され、カムイを集める装置に組み込まれる。戦後はモウヤに接収され、今に至ることとなった。

 表層の意識は分散し、カムイと共に再構成されるのに十年以上の時を必要とした。

 意思の糸はタケキに繋がったままだったため、二人は再び出会うことになる。


『どう考えても私のせいだね』


 一部欠落していた記憶が補完されたことで、より自身の罪を把握してしまった。

 きっとホトミやリョウビ、そしてタケキなら「リザのせいではない」と言ってくれるのだろう。

 自分の体が集めてしまったカムイは、人の心を狂わせた。

 その責任を取るためタケキに断ち切ってもらったのだが、未だ意識はここに在る。肉体は事切れており、生存本能などとうに消え去っている。


『カムイが散ってない』


 カムイというものは、そこに在るだけでは大きく意味のあるものではない。世界中に分散し、人の意思を介在するものだ。

 人々の中でも特に意思の強い者は、カムイを操り集めることができた。

 一定上の濃度となると、才能のある者であれば物理的な作用に行使できるようになる。

 それを軍事に転用したのがカミガカリだ。


 リザの体は既にカムイを集めていない。リザの意識もカムイを集めようとはしていない。

 つまり、リザではない誰かがここにカムイを留めているということだ。


『あれか』


 見上げる先は、地下実験場の天井に空いた大穴だ。光の柱はそこから上空に向かって伸びている。

 リザの意識は、柱に意思の糸が繋がりつつあるのを捉えた。


『糸なんてもんじゃないね』


 それはあまりにも太く、糸などとは呼べない。

 強い意思で作られた巨大な掌が、光の柱を掴み取ろうとしていた。


『あいつか』


 カムイは一箇所に留まっていて良いものではない。そうリザは思っている。

 本来の姿は、生き物同士の意思を繋ぐ優しいもののはずだ。家族や親しい友人などが、お互いのことを尊重し合うためにあるもののはずだ。

 人を傷付けたり、思考を強制するためにあってはならない。

 だから、カムイを集め支配する力などあってはならない。


 こんなことができる者を、リザは一人しか知らない。

 全てのカムイを掌握し、自身の意思を常に介在させようとしていた。

 平和利用しか認めないとは言っていたが、個人の考えを他者に強制するという点では中佐と同じだ。カムイを使った脅迫に他ならない。

 あの掌は止めなければならないと確信する。

 だが、今のリザには不可能だ。できることといえば、掴まれる前のカムイを集め密度を高めることくらいだ。


『でも、大丈夫』


 リザには頼りになる相棒がいる。

 何度も頼ることになるのは申し訳ないが、きっと笑って付き合ってくれる。

 ふたりの力を合わせれば、あんなものを止めるのは簡単だ。

 リザは光の柱からカムイを拝借した。自分の姿が形作られるのがわかった。


『タケキ! 手伝って!』


 カムイで作られた仮初めの体の方が、自分には似合っていると思った。

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