「この掌の刃は」part.14
タケキはうつ伏せに倒れた男を見下ろす。うるさい程に強かった意思はもう感じることなく、血溜まりだけが広がっていた。
死んだ人間は語らず、かけるべき言葉もない。
既に《切り札》によるカムイ行使の妨害は時間切れだ。念の為、機械でできた左腕を切り裂いた。
これで、王都に住む人々への思考の強制も終わるだろう。
『タケキ……』
『大丈夫だよ』
リザを構成する僅かなカムイが頬に触れた。触覚では感じない。だが、その優しい気遣いは充分に伝わっていた。
これで邪魔者は排除した。本来の目的を遂行できる。
「ホトミ、リョウビさんを頼めるか?」
通信機に向かって声をかける。
「任せて。行くんだね?」
「ああ、行ってくる。待っててくれ」
ホトミの返事を聞いたタケキは、光の柱に向かって足を進めた。
今ならその意味を理解できる気がする。
カムイは密度によって視覚に与える印象が変わっていく。強い意思の元で集められた超高密度のカムイは、薄く発光して見えるようになる。
そんなこと、タケキにはできない芸当だ。それには特性というものが深く関わっているのだろう。
リザの体が作り出す光の柱からは、少しずつカムイが漏れ出していた。それですら王都全域を包んで、人の意思に介在し操ることができてしまうほどの密度だ。
タケキの見上げる先には、リザの体がある。
彼女は、どんな意思でこれほどのカムイを集めたのだろうか。
『裸で、なんか恥ずかしいね』
照れくさそうに、少しずれたことを言う少女の意思とは到底思えない。
ただ、どんな理由があったとはいえ、このままにはしておけないことだけは確かだ。カムイが危険なものだというのは、嫌という程学ばされている。
『リザ、今度こそ約束を果たすからな』
『ありがとうタケキ』
タケキは右の掌に不可視の刃を形成した。
浮いてはいるが、カムイで身体強化し跳躍をすれば届く高さだ。肉体を切り裂きカムイとの繋がりを断ち切るのは、さほど難しいことではない。
迷いのあった前回とは違う。
リザとカムイを断ち切るという、確固たる意思で刃を振るおう。
タケキは地面を蹴った。
間近にみるそれは、遠目に見たとおりリザそのものだった。
目は開いているが、焦点が合っておらず生気を感じない。姿形はリザでも、タケキの知る明るく健気な少女と同じとは思えなかった。
今からその細い首へと刃を当てる。
『お別れだ』
『うん、好きだったよ。ホトミ姉さんと幸せになってね。自分を傷付けたらだめだよ』
『ああ』
最後の言葉も他人を想う。リザらしい別れの言葉にタケキは微笑んだ。
刃はリザの体に触れても消失しなかった。
刃は頭と体を分離させ、カムイを集めるという意志なき意思を断ち切った。同時に、短い日々を共に過ごした少女の感覚も消え失せた。
タケキの着地に合わせるように、リザの体であったモノも落下してきた。そこから血は流れていなかった。
それはもう既に、人の抜け殻ですらなかったことを示していた。
タケキは大きく息をついた。
これで王都に渦巻くカムイも次第に散っていくだろう。
自分のやるべきことは終わった。
モウヤ軍の車を拝借でもしてナムイへ戻ろう。レイジを殴る約束をしている。
その後のことは、その時に考えることにしたい。今はとにかく疲れている。
まずは、ホトミとリョウビの応急処置からだ。
「動けそうか?」
「私は何とか。でも、リョウビさんが」
「すいません……喋るのが……精一杯で……」
見たところ、左手と右脚の骨が折れているようだ。他にも折れている箇所があるかもしれない。
小銃の銃身をとりあえずの当て木代わりにし、長身を背中に担ぐ。
ホトミには自力で歩いてもらわざるを得ない。
「とにかく、ここを離れよう」
出口に向かい歩き出そうとした時、強烈な違和感がタケキの足を止めた。
「ホトミ、リョウビさん。悪いがまだ帰れないみたいだ」
「そうみたい……だね」
ホトミもその違和感に気付いていた。
タケキは振り向いた。
リザの体を失って尚、光の柱は健在だった。
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