「この掌の刃は」part.13

 ホトミの危機に、タケキは叫んだ。悲鳴だったかもしれない。

 自分以外が傷つくのは耐え難い。ましてや、大切に想う相手だ。思考が止まりかける。


「振り向かないで」


 それはホトミの願いだった

 通信機から聞こえるか細い声を、タケキは真っ直ぐに受け止めた。

 そうだ、自分達には仕留めなければならない相手がいる。


「そうこなくては!」


 直進するタケキに、中佐は左手を振るう。

 周囲を取り囲むように、空気が圧縮され始めた。

 予兆を察知し、繋がった意思の糸を断ち切る。その隙をつくように、カムイの針がタケキに向かっていた。

 後退すればなんとか回避はできる。ただし、その先には圧縮空気が仕掛けられているだろう。それも、辛うじて回避できそうな配置で。

 恐らく、二重三重に罠を張ってタケキを疲弊させ屈服させるのが狙いだ。その後どうしたいのかはわからないが、酷く不快だ。

 しかしそんなものは、タケキ達には通用しない。


「私の、タケ君に、手を出すな!」


 叫び声と共に、不可視の盾が針の群れを側面から叩き落とした。

 中佐はホトミを舐め過ぎた。あの程度で倒れるはずがないというのに。

 その想いにどう言って応えるかは、終わったら考えよう。


「流石だよ、カミガカリ!」


 距離を詰めるにつれて、中佐の意思をカムイ越しに強く感じるようになる。

 彼は、複雑に入り混じった感情をタケキに向けていた。

 祖国に対する強い愛と、敵への殺意。それらに塗り固められた恐怖、悲壮、憔悴、憧憬、愛憎、自己嫌悪、そして左腕の痛み。

 モウヤのためという大義名分で、あらゆる非道が許される。中佐の掲げる理屈は歪んでいるのだと、タケキは断言する。

 ただ、その歪みを作り出したのは自分だと、今になって思い出した。

 彼の左腕を落としたのは俺だ。


 終戦直前、タケキ達は大量のモウヤ軍に包囲されていた。降伏勧告の放送がしつこく鳴り響いていたのを、今でも覚えている。

 日常的に激戦区に送り込まれていたカミガカリは、設立当初の十分の一以下の人数にまで減っていた。

 十人を切った中、降伏か玉砕かで意見はふたつに分かれる。

 国民の為に死すべしというクレイ軍の教えに従い、レイジの静止を振り切ったタケキと数人は、包囲へと飛び込んだ。

 仲間達が銃弾に倒れる中、ホトミの盾に守られたタケキは敵の指揮官へと接近する。

 そのままの勢いで指揮官の左腕を、肩口から切り落とした。恐怖を与え包囲を緩めさせるため、殺すことはしなかった。

 その直後、モウヤ側には既に終戦の報が届いたらしい。

 タケキは滑稽にも、カムイが薄れ刃が形成できなくなるまで暴れ続けた。


「思い出してくれたようだな」


 目を見張ったタケキを見て、中佐の笑みが深まった。

 圧縮空気と針による攻撃は間断なく続いている。ホトミの援護があれども、未だ有効範囲までは近づけない。


「こうでもしないと話ができないとは。君は手強いな」


 声を上げ笑いながら、中佐は左手を振るい続ける。


「感謝しているのだよ。左腕は君のおかげだ。スピリットとは素晴らしいものだな」


 左腕に取り付いたスピリッツの数から、中佐が行使するのは三種類だと想定できる。

 一人の人間が三種の特性を行使できるのは、機械での支援があるからだけとは考えにくい。元より中佐には、カムイを操る資質があったのかもしれない。

 そのきっかけを十年前にタケキが与えていたというのは、笑えない話だ。


「だから、私の部下になれ。共に平和を築こう」


 懐の広さからによる提案ではないのは明らかだった。仇を内に取り込むことで、自身の正しさを自身に証明したいのだ。

 偏った思想を更に歪ませてしまった。

 それはタケキだけのせいではない。国家が、戦争が、カムイが、そうさせてしまった。

 しかし、最後に手を下したのは自分だ。その責任は取らなければならないと思う。


 一進一退ではあるが、徐々に距離は詰まっている。盾に守られ、圧縮空気と針を掻い潜り、遂に中佐を有効範囲へと捉えた。

 タケキは左手の刃を消失させ《切り札》を手に取った。

 拳銃を改造した《切り札》の引き金を引く。狙いをつける必要はない。

 瞬間、タケキの周りにある圧縮空気、針、盾、刃が消失した。

 リョウビから手渡された《切り札》が、一時的にカムイの行使を妨害したのだ。

 範囲は狭く、有効時間は数秒で、使用は一回限り。奇襲にしか使えない欠陥だらけの代物だ。


「なんだ!?」


 力なく垂れ下がった左腕に、中佐は狼狽する。

 その隙に、タケキは肉薄する距離まで駆け寄った。腰に差した短刀を逆手に握る。


「たぶん俺のせいだ、謝るよ。だが、俺はあんたを悪だと思う」

「ならば、お前も……」


 最後まで聞いている余裕はない。

 タケキは鞘から抜き放った短刀で、中佐の首を切り裂いた。


「そう、俺も悪だよ」


 鮮血を噴き出し、巨躯が崩れ落ちた。

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